魔法少女タケミカヅチの涙

「やあ、君がタケミカヅチ……ミカで合っているかな?」

「そうなのじゃ……です」

 

 ミカがジャンヌに指定された場所へ行くと、そこには既にジャンヌが居た。

 時間としては予定よりも早く、ミカは既に待っていたことに驚くが、ミカが近場のテレポーターに来たら、連絡が来るようにジャンヌが手を回していたのだ。


「言葉使いは気にしなくても良いさ。色々と聞きたいこともあるだろうが、先に移動しよう」

「はいなのじゃ」


 ミカから見たジャンヌは、ドラマにで出てきそうな悪い医者といった風貌だが、どれだけ凄い存在なのかはミカも知っている。

 下手なことは言うまいと思っていたが、ついついいつもの口調で喋ってしまったりもした。

 

 ジャンヌは持っていた簡易テレポーターを使い、テレポートした。

 

 ジャンヌが待ち合わせに指定した場所は、なんの変哲もない公園の一角だった。

 アルブヘイムの入り口で待ち合わせをしても良かったのだが、念のため離れた場所にしたのだ。


 破滅主義派は勿論、他の魔法少女や妖精の目を少しでも欺くために。


 アルブヘイム内にあるテレポータへテレポートした2人は静かな廊下を歩き、イニーが寝ている仮眠室を目指す。


「イニーとは学園で一緒だったみたいだけど、どんな感じだったのかな?」

「うむ……いつもマリンという魔法少女が付き纏い、よく暁と焔という魔法少女に喧嘩を売られていたのじゃ」


 イニーは絡まれようが、纏われ付かれようが端からは無抵抗のように見えるが、本人はしっかりと抵抗していた。


 だが、魔法少女の中でも最低クラスの筋力では、無抵抗とさして変わらないように見えたのだ。


「ふむ。クラスメイトとは仲良くやれていたのかね?」

「イニーを嫌うような者は誰もおらんかったはずじゃ。少々不気味ではあるものの、人となりを知れば知るほど惹かれるのじゃ」


 最初は取っつき難い風貌だが、だれにでも平等に接し、その小さい身体とは不釣り合いな魔法を見ている内に、引き寄せられてしまうのだ。


 一種のカリスマ性が、イニーにはあったのだろう。


 或いは、これまでクラスで一番強かったマリンがイニーによく話しかけていたのも、イニーがクラスにそこそこ馴染めた要因かもしれない。


「そうか。あの子はあまり周りの事を話さないから、少し気になっていたんだ。仲良くやれていたなら良かった」

「ジャンヌさんはイニーと、どのような関係なのじゃ?」

「関係か……」


 ジャンヌとイニーの関係。


 最初は回復魔法が使えるとの事で、弟子にしようと考えていたが、その腕前は群を抜いていた。

 ジャンヌでも難しい広範囲での回復魔法を最初から使え、魔力量もかなり多い。


 数度ジャンヌがイニーを治療したり、その事で恩を着せて自分の仕事を手伝ってもらったりもしている。

 自分の後任になってほしいと思っているが、イニーは戦いたがっているのをジャンヌは知っている。


 ジャンヌとしても、イニーに無理を押し付ける気はない。


 そなると……。


「妹分……かな。タラゴンに言えば怒られそうだが、そんなものさ」

「イニーの義姉じゃな。一度は会ってみたいと思うのじゃが、ランカーは雲の上の存在じゃからのう……」


 ミカはうむむと腕を組みながら唸り、ジャンヌはそぼ様子を見て笑った。


(なるほど、桃童子にそっくりだ)


 ミカの仕草や言葉使いは、ジャンヌの思い出の中にある桃童子とそっくりだった。

 そして、こんな少女が何故明るいのか不思議に思った。


(桃童子の件はニュースでもやっていたし、知らないわけない。だとすると……ああ、私のせいか)


 ジャンヌは原因に思い至り、僅かながら顔をしかめた。

 ジャンヌはミカに、これから会う相手が誰なのか教えていない。


 そして呼び出したのがジャンヌだ。


 桃童子は生きているかもしれないと思っても、仕方ないだろう。

 この後の事を思うとジャンヌは少しやるせない気持ちになった。


 今この場でミカの勘違いを正しても良いが、それはジャンヌ良心が咎めた。

 

(イニーには悪いが、任せるとしよう)


 それなりの数魔法少女を弟子として取ってきたが、ジャンヌは年下が苦手であった。

 

 こんな所で泣かれた場合、ジャンヌにはどうすればいいか分からない。

 時間的な余裕もあまりないので、イニーへ丸投げすることにした。

 

「その内会える機会もあるだろうさ。それに、タラゴンは結構フレンドリーだか緊張もしないだろう。さて、到着だ」


 執務室に入り、仮眠室の扉に手を掛ける。


「……一言だけ言っておくが、現実は甘くないよ」

「うむ?」


 ミカはジャンヌが言った言葉に首をかしげながら、ジャンヌの後に続いて仮眠室へと入る。

 そこに居たのは、ミカの予想とは違う人物だった。


「お待たせ。頼まれたものを持ってきたよ」

「ありがとうございます。話の前に、とりあえず座ってください。長くなりますからね」


 ジャンヌとミカは椅子へと座るが、その時ミカの目にある物が映った。

 そう、桃童子の籠手だ。


 見るからにミカは焦燥し、桃童子の籠手から目が離せなくなった。

 

(嘘じゃ……だって、イニーが……ジャンヌさんが居るのに……本当に……)


 そんな様子を見たジャンヌはやはりかとため息を零し、ミカを無理やり座らせた。


「ミカちゃん?」


 イニーの声が耳に届き、視線をイニーへと向ける。

 その表情は絶望に染まっており、イニーはどう声を掛けようか悩む。

 一応中身は大人だが、社交辞令的なもの以外は苦手なのだ。

 

「……本当……なのかえ? お姉ちゃんは?」

「――はい。私がこの手で殺しました」

「イニー!」


 イニーの発言に、ジャンヌは言い方を考えろと叱る思いで声を掛けるが、イニーはそれを手で制した。

 考えがあるわけではないが、もしもミカが怒りに任せてイニーを攻撃したとしても、此処にはジャンヌが居る。

 即死しない限り、死ぬ事はないだろうと思っているのだ。


「――何故、イニーが?」 

 

 ミカは自分の中で渦巻く黒い感情を抑え、イニーを問いただす。


 ミカがただの少女ならば、イニーの言葉を聞いた瞬間、自分の感情に身を任せていただろう。

 だが、魔法少女は常に死と隣り合わせであり、その事は学園で学んでいた。

 それもあり、寸での所で思い留まったのだ。


「それは今から説明します。ですが、これから話す事は他言無用です」

「……うむ」


 イニーが語ったのは、ジャンヌに話したモノよりも、桃童子とのやり取りに重点を当てたものだった。


 イニーと桃童子が話した内容。

 アルカナの事だけはそれとなく誤魔化し、真実を話した。


 ミカはただ呆然とイニーの話を聞くが、全く感情の整理が出来なかった。

 本当の姉の様に慕っていた、魔法少女の死。

 悪いのは破滅主義派ではあるが、どの様な理由であれ、殺したのは自分が親友だと思っている魔法少女だ。

 

 誰にこの悲しみをぶつければ良いのか分からず、目から流れる涙が、小さな音を立てて握りしめた手の上に落ちていく。


 分かっていたはずなのだ。どんなに強い魔法少女でも、戦う限り死ぬ可能性があることを。

 だが最強だと思っていた姉が死ぬなんて、ミカには考えられなかった。


 悲しみ一色だった感情は徐々に色を変え、憎しみや殺意と言った色が増えていく。


「……そして最後に、心臓を貫きました。桃童子さんはそれで負けを認め、死ぬ前にこれを託しました」


 イニーは桃童子の籠手を手に取り、呆然としながら涙を流すミカへと差し出す。


 ミカの視線はイニーからゆっくりと籠手の方に移り、イニーが持っている籠手を受け取る。

 ミカが受け取った瞬間に籠手は光を放ち、粒子となってミカへと解けていく。


(ああ…………そうなのじゃなぁ。それだけのためにお姉ちゃんは……)


 籠手と共に、桃童子が残した想いがミカの中へと流れ込んでいく。


 桃童子には恨むような感情はなく、ただ満足していた。

 

 桃童子には一般的な正義感は有ったが、強者と戦い、死ぬのが夢でもあった。

 それは桃童子が昔、自らの手で殺めることになった、とある魔法少女への贖罪のためだ。


 自らの信念を最後まで貫き、仲間のために死地を乗り越え、最後はイニーの手によって死んだ。


 その想いを、ミカは美しいと感じだ。

 

「大丈夫ですか?」

「……うむ。大丈夫じゃ。お姉ちゃん……あの人の想いはこのタケミカヅチがしかと受け継いたのじゃ」


 休憩室に入ってからは弱々しいミカだったが、桃童子の形見を受け取った今、その目には決意が見えた。


「前代未聞の事なので一応聞くけど、身体に異常はないかい?」


 一言口を挟んでいこう、ずっと話を聞いていたジャンヌがミカに声を掛ける。


「異常はないのじゃ」

「それなら良いが、何か変化は?」

「変化……そうじゃな、全てが変わったのじゃろう。わらわはもう迷わない。それが無駄だと、分かったのじゃ」

 

 ミカが強くなりたい理由は、イニーと共に戦いたかったからだ。

 泣いたり逃げたりしながらも、魔法局の先輩や桃童子に鍛えてもらっていたのはそのためだ。


 しかし、そこにはやはり甘えがあった。


 それが今完全抜け落ちたのだ。


 何故と聞かれれば、ミカも正直分からない。

 だが、桃童子の想いを継いだ事で、ミカに足りなかったものか埋まったのだ。


「それは駄目そうな気もするが、数日は様子を見といた方が良いよ。異物を身体に取り込むのは負荷が掛かるからね。それも、相手が相手だしね」

「分かったのじゃ」

「……私からの話は以上です」


 イニーはミカに何が起きたのかを、こっそりとアクマに聞いた。

 魔法少女が力を受け継ぐと事は稀だが、前例が何度かある。


 受け継いだ後は様々だが、大体は能力をそのまま使えるようになる。

 受け継いだ後、本人の能力と融合して変わる事もあるが、そもそもどうして受け継がせることが出来るかすら解明できていないので、結果は千差万別だ。


 なので、アクマは本人次第としか答えられなかった。


 その事にイニーは内心で溜息を吐くが、顔に出ないようにした。


「イニーも辛い話をさせて済まなかったのじゃ。先程までは思い至らなったのじゃが、わらわ以上に手を下したイニーの方が、辛いという事にな」

「いえ。私はそれしか手段が取れなかったのです。一番は助けられることでしたが……」

「分かっておる。何を想い、何を感じ、何を残して死んだのかは、全て受け継いだのじゃ」


 あからさまな変わりようにイニーとジャンヌは少し不安に思うが、下手に落ち込まれて泣かれても手に負えなくなるので、その事には触れないようにしている。


「わらわはこの後、シミュレーションで訓練をしてこようと思うのじゃ。お姉ちゃんが残したモノを、実際に感じてみたいのじゃ」

「ふむ。それなら私もまだ時間があるから、見学しよう。一応ランカークラスの力を受け継いだのだから、誰かが確認しておいた方が良いだろうからね」

「私は……」


 イニーは歩ける程度には回復したが、万全には程遠い。


「まだ動かない方が良いだろうね。何か欲しいものはあるかい?」


 どうするかとイニーが考えている間に、ジャンヌから釘を刺されてしまった。

 アルブヘイムは立地的に魔法少女や妖精が少ないが、会う可能性はゼロではない。


 弱っている状態のイニーでは、どんなトラブルを巻き起こすか分からないので、ジャンヌとしてはまだ休んでいてほしかった。


「冷蔵庫に入っていた、高カロリーの栄養バーを補充しといてもらえたらありがたいです」

「ああ、あの不味い栄養バーね…………食べたのかい?」

「私としても食べたい訳ではないですが、あれが一番手軽に栄養補給できたので」


 イニーが食べていたのは非常用に作られた栄養バーであり、栄養やカロリーは凄まじいのだが、味はそれ相応に不味い。

 それこそ百人中百人が1口でもう十分と思う程だ。


 非常用という事もあり、袋には妖精の魔法により長持ちするように作られている。

 だがその魔法のせいで少し高く、平時では食べようと思う人は居ないため、不良在庫を抱えている業者が多い。


 商品名は妖精印の満足バー。通称、妖精バー。

 名前からして食欲を落としてくるので、これもまた売れない理由の1つである。


 そんな物を食べたいと思うイニーに思う所もあるジャンヌだが、イニーの過去の事を思い出し、しばし閉口してしまった。


(今度美味しいものを食べさせてやるか)


 栄養面で見れば確かに優れているが、望んで食べる者は居ない。

 今度イニーに美味しい物を食べさせたあげようと、ジャンヌは考えた。


「分かった。あれはまだまだ沢山有るから後で持ってこよう。それと、後でタラゴンが来ると言っていたから、せめてそれまでは休んでいなさい」

「………………分かりました」


 イニーはかなりの時間悩んでから、了承した。


 一応とはいえ、タラゴンはイニーの保護者になるので、逃げるのは駄目だろうと考えたのだ。


 イニーを残し、2人は仮眠室を出て行く。


 出て行くミカの背中は、少し大きく見えた。

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