魔法少女はまた死にかけている
『緊急ニュースです。三日程前から行方不明になっていた……』
イニーが目覚めるのと同じ頃、アロンガンテたちが帰ってきたことが報道されていた。
会議は秘密裏に行われていたものだが、こうなっては大々的に報道するしかなかった。
また、病院で寝ている要人たちに横槍を入れられることを恐れた、アロンガンテが急いだのもあり、ほとんどの事が包み隠さず報道された。
それは、帰って来ることの無い者もだ。
タイミングが悪かったと言えば、それまでなのだろう。
緊急ニュースが流れる時、ミカは東北支部にあるシミュレーターで訓練をしており、丁度休憩をしていた。
師であり、姉と慕う桃童子と、友であるイニーが行方不明になり、一時期は取り乱した。
だが、ミカに出来ることは何もなく、ならばといつもよりも多く訓練をし、魔物の討伐を行っていた。
ミカは休憩室にあるテレビで何気なく緊急ニュースを見て、手に持っていたコップを落とした。
「お……ねえちゃん?」
運が良い事に休憩室にはミカ以外誰も居らず、コップから零れたジュースを気にする者は誰も居なかった。
そう、落した本人であるミカも緊急ニュースで流れてきた情報により、零れたジュースを気にする余裕は全くなかった。
何故? どうして?
ランカーである桃童子が負けるはずはない。
これまでだって常に勝ってきたのだ。
なのに……。
(そうじゃ。イニーなら。イニーが一緒に居たなら助けられているはずじゃ。これはきっと嘘なんじゃ)
ミカはニュースを陰謀と決めつけることで、心の平穏を保とうとする。
我に返ったミカは落としたコップを拾い上げ、直ぐにジュースを拭いて休憩室を後にした。
こんな時でも魔物は出現し、破壊の限りを尽くす。
そしてミカは魔法少女だ。
どんな状況であれ、魔物の討伐が最優先される。
ミカが討伐を終え、寮に帰ったのはそれから4時間程経ってからだった。
食事を終えてお風呂から出ると、ミカの端末が鳴った。
着信音は
相手は人類では知らない者は居ないと言わしめる魔法少女、ジャンヌであった。
内容はシンプルなものであり、会わせたい人物がいるので、明日の朝8時に指定の場所に来るようにと言ったものだった。
メールを見たミカは、やはり桃童子は生きているのだと早合点し、ほっとため息を吐いた。
ジャンヌの回復魔法が魔法少女の中で群を抜いて強力なのは誰もが知っており、そのジャンヌから名指しの呼び出しだ。
桃童子は死にそうにはなったものの、生きているのだろうと、ミカは考えた。
重傷を負ったであろう桃童子の事も気になるが、ジャンヌが居るならば安心だと思い、ミカは布団に入った。
その考えが全て間違いだったと気づいた時、ミカは…………。
1
「めっちゃ怠い」
話す時はなるべく丁重な言葉を心掛けているが、この場には俺を看病しているアクマしかいない。
なので、問題ないのだ。
「珍しいね。ハルナがそんな声出すなんて」
「流石に無理をしましたからね。ちょっとした息抜きみたいなものです」
ジャンヌさんの診察ではギリギリ問題ないとなっているが、実際は死ぬ一歩で前であった。
どうやらアクマが誤魔化してくれたようだが、今回は感謝しておこう。
これ以上騒がれると、また小言を言われるだろうからな。
アクマが冷蔵庫から持ってきた栄養とカロリー豊富な固定物をもしゃもしゃと食べながら、桃童子さんとの戦いを振り返る。
最後の心臓への一撃。
時間を遅延させ、桃童子さんが反応できるかどうかのギリギリの攻撃だったが、本当は首を斬る予定だった。
人は心臓を突かれたとしても、直ぐに死ぬわけではなく、人から変異しているなら尚更、首を落とすのが一番良い手段だ。
だが、あの刹那の瞬間それは防がれると勘が告げた。
左腕から飛び散っていた血によって桃童子さんの表情は見えなかったが、もしもあの時首を狙っていたら……。
どちらにせよ、勝ちは譲られたものだ。
自分の選択が正しかったと信じるしかない。
口をもしゃもしゃと動かし、クソ甘い栄養バーを咀嚼する。
正直微妙な味だが、今は大量の栄養とカロリーがいる。
正直辛いのだが、今は耐えるしかないのだ。
「頑張ってねー」
「応援はいいので、次をお願いします」
手を動かすのも億劫なので、アクマに食べ物を口まで運んでもらっている。
先ずは回復を優先しなければいけないので、羞恥心も糞もない。
「予定時間まで後2時間でしたか?」
「そうだね。ジャンヌからそう連絡があったよ」
栄養さえ補給できれば、後は回復魔法で多少の無茶は出来るようになる。
あくまでも念のためだが、歩行に問題ない程度には回復しておきたい。
流石にミカちゃんが凶行に出るとは思はないが、魔法少女に頬を叩かれたらそのまま気絶する可能性が、今の俺にはある。
それと、出来る事なら、俺の手で桃童子さんが残した籠手を渡したいと思っている。
それが桃童子さんに止めを刺した俺の責務だろう。
「後2本食べたらシャワーでも浴びましょう」
「一応そのベッドには、身体を奇麗にする機能がついているよ?」
「お風呂やシャワーの方が個人的に好きなんですよ」
清潔度の問題ならベッドの機能を使った方が良いのかもしれないが、風呂は精神を落ち着けるのに良く、個人的に好きなのだ。
口の中が甘ったるく、吐き気を我慢しながら飲み込む。
造血さえ出来れば良いのだが、それも出来ず、輸血も出来ないので、血液不足の体調不良は気合で我慢しよう。
「大体1日程経ちましたが、情勢はどうですか?」
「魔女の方の動きは無し。アロンガンテの所に楓が応援に入って、会議に出席していた人たちはまだ目が覚めないね」
何かしらアクションが有ると思ったが、今のところは無しか。
少々不気味だが、考えた所で答えは出ない。
後で楓さんから何をしていた聞いておいた方が良いかもな。
魔物のことや、潰してきた破滅主義派の拠点。
情報は多い方が良い。
「そうですか。妖精はどうですか?」
「あの2匹の事だね」
……そこは匹ではなくて人ではないのだろうか?
「妖精局に話は通したみたいだね。妖精女王も本腰をいれて動くみたい。それと、イニーが不当にさまたげられないよう、手を回すみたいだね。これで寝ているゴミたちが何か喚いても、手を出すような人は出てこないと思うよ」
人間に比べれば、妖精の方がスムーズだな。
基本妖精女王のトップダウンであり、逆らうのが居ないのが要因だろうが、見習って欲しいものだ。
アシュリーとミリーには礼を言いたいが、会うことはもうないだろう。
「これで少しは動きやすくなりそうですね」
「どうせ転移出来るから、関係ないんだけどね。はい、ラスト1本」
食事とは楽しむためにあるのに、養殖の豚みたいに栄養重視で食べなければならないとは……。
豚で思い出したが、エルメスにイブの事はバレているし、アクマにも話しておくか。
「そう言えばですが、イブから接触がありました」
ニコニコしていたアクマからスッと表情が抜け落ち、俺に差し出していた栄養バーを引っ込める。
「何の用だったの?」
「これ以上の変異は気を付けろと。それと、協力は此方から断りました」
「ふーん」
再び差し出された栄養バーを食べ、無理矢理飲み込む。
「戦力はあった方が良い筈なのに、なんで断ったの?」
「犠牲は私だけで十分……なんてのはどうでしょうか?」
「本音は?」
「獲物は全て私のです」
直接話した訳ではないが、アクマの事だから俺の内心は見透かされていてもおかしくない。
俺にとって、魔女に勝つのは過程でしかない。
戦いの中でしか見ることの出来ない、人の輝き。
生死を賭け、想いの限りを込める。
あれ程甘美なものを知ってしまえば、止めることは出来ない。
アクマは大きく溜息を吐き、残りの栄養バーを俺の口の中に押し込む。
「別にさー。ハルナの好きにすれば良いと思うけどさー。一応正義の魔法少女なのに、それはどうなの?」
「公園で2人の魔法少女ではなく、私を選んだのが運の尽きですね」
アクマが俺を選んだのは偶然だろうとずっと思っていたのだが、とある可能性に行きついた。
もしかして、エルメスのせいではないだろうか?
エルメスは俺の中に引きこもることによって行方を晦ましていた訳だが、封印されていた訳ではない。
微弱ながらも、魔力を放っていたのではないだろうか?
アクマ側は適当に世界を渡ってきたのだろうが、エルメスに引き寄せられたのではないかと思う。
話を聞いている感じ、アルカナ同士はお互いの位置が分かるみたいなので、可能性としてはあり得るだろう。
今更誰のせいだと問い詰めるわけではないが、人生とは何があるか分からない。
さてと、これだけ食えば一旦なんとかなるだろう。
「
怠さは全く消えないが、痛みなどはほとんど無くなった。
「どう?」
「日常生活位なら大丈夫ですね。戦闘は……もう2日は様子を見とこうと思います。それも向こう次第ですがね」
「とは言っても、戦いにならないでしょう?」
素の状態では、そこいらの魔法少女と変わらないからな……。
制限なく使える強化フォームに早くなりたいものだ。
「それもそうなんですがね……。とりあえずシャワーでも浴びてきます。早く来ないとも限らないですからね」
「はいはい」
今回はタラゴンさんに捕まった時の様に紐に繋がれている訳ではないが、話し合いを終えるまでは、此処から出ない方が良いだろう。
重い身体を無理矢理動かし、シャワーを浴びながらしばらく呆ける。
色々と考え、思うこともあるが、この時間だけはなにも考えない。
「もう30分経つけど、いつまで浴びているの?」
「……出ますか」
思った以上に時間が経っていたな。
ジャンヌさんたちが来るまであまり時間もないし、後は横になって休むとしよう。
ついでに、栄養とカロリーを煮詰めたような栄養バーを追加してもらうように、ジャンヌさんに頼まないとな。
それと、桃童子さんの籠手をベッドの横に置いておく。
後は来るのを待つだけだ。
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