魔法少女と僅かな自制心

 イニーが一度目御覚ましてから、更に3時間程経ってから訪れたジャンヌは少し驚いていた。

 

(もう目が覚めているのか。1日位は寝込んでいると思ったが……)


 偶然テレポーターで倒れているイニーを拾ったジャンヌは、仮眠室兼診察室に運ぶことにした。

 そして、イニーが抱えていた物を見て、桃童子がどうなったのか察した。


 もう、彼女が帰ってくることがないことを。


 何があったかを知りたいが、無理にイニーを起こそうとするのは危険と判断し、先ずは帰ってきている可能性のあるアロンガンテに連絡を入れた。


 繋がった事に安心するも、得られた回答は想像通りだった。


 魔法少女ならば、戦いで命を落とすのは仕方ない事だ。


 それに、ジャンヌは死と言うものに慣れていた。

 桃童子との最後の会話の事もあり、割り切れる程度は大人だ。


 そんなジャンヌをもってしても、興味深いものがあった。


「体調はどうかね? ……なんて聞くまでもないかな?」

「あまりよくないですが、話す程度なら出来ます」


 イニーはジャンヌから少し視線を外し、部屋の中を見渡した。

 どうしたのかと思ったジャンヌだが、直ぐにあれだろうと思い至った。


「イニーが抱えていたものはそっちの棚の上だよ。大丈夫だとは思うけど、死角になる場所に置いといたよ」

「ありがとうございます」

「いいさ。それで、何があったのか教えてくれるかね?」

「分かりました」


 イニーの顔色は決して良いとは言えないが、非常時の報告は重要なものだ。

 なにより、ジャンヌは桃童子の最後を知りたかった。


 イニーの報告は簡潔的であり、とても分かりやすいものだったが、何点か非常に難しい問題があった。

 

 1つ目は魔法少女を人為的に作る研究を始めた第一人者が死んだ事だ。

 それも、手を下したのがイニーだ。


 ジャンヌですらオーストラリアの外務大臣が元凶とは知らなかったが、知る人が知れば問題となるだろう。


 それは今病院で寝ている要人たちにも言えることだ。

 出来る事なら皆殺しにしてでも口封じをしたいとジャンヌは考えるが、流石にそんなことは出来ない。


 いくら箝口令を引こうとも、情報は洩れるだろう。

 そうなれば、イニーの立場は今以上に悪くなる恐れがある。


 仮にイニーが魔女を倒そうものなら、次はイニーが糾弾され、新魔大戦の後のような悲劇が繰り返される恐れがある。


 あるいは、イニーを元に研究をしようとする者も現れるだろう。


 イニーに平穏が訪れることは二度となくなる。


 まあ、全てを力で捻じ伏せた楓と言う前例もあるので、最悪の場合はどうとでもなる。


 だが、ジャンヌ視点から見たイニーは多少戦闘に積極的だが、心の優しい少女だ。

 そんな少女に血生臭い事をさせるのはジャンヌの良心が少し咎めた。


 次に、イニーやアロンガンテが倒してきた魔物だ。

 特に桃童子が再び倒した天使のもう一つの姿は、存在そのものを秘匿しているような魔物だ。

 

 要人たちがどこまで知る事が出来たかが気になるが、政治関係はアロンガンテに一任するしかない。

 

 下手を打つことはないだろうが、状況は決してよくはない。

 妖精女王がどちらに肩入れするかの問題もあり、ジャンヌとしては流れに身を任せるしかない。


 そして、最後の問題点。


 イニーと桃童子の殺し合いだ。


「確認だが、詳細を知っているものは誰もいないんだね?」

「はい。知っているのは覗いていたと思われる、魔女位だと思います」 

「そうか……。すまなかった……いや、ここはありがとうと言った方が良いのかな?」


 イニ-はどういうことだと首を傾げるが、その仕草を見たジャンヌは少し笑ってしまった。

 ジャンヌと桃童子の付き合いは、それなりに長い。


 その最後を看取ったイニーに感謝こそすれ、謝るのは違うと思った。


「イニーにはあまり関係ないかもしれないが、桃童子はランカーになる前からやんちゃでね。過程がどうであれ、彼女は満足していただろう?」 

「……はい」

「なら、それで良いのさ。だが、武具を残せるとは……通常はその場で受け継ぎするのだが、なんとも彼女らしい執念だ」


 魔法少女が能力を託すのは極稀にだがある事だ。

 だが、それはその場の事であり、桃童子みたいに武具が残るのは常識的に考えてありえないのだ。


 魔法少女の武具は、魔法少女の魔力によって作られている。

 その供給元となる魔法少女が消えれば、一緒に消えてしまうのが普通だ。


 今の桃童子の籠手のように残っているのは、常識外れなのだ。


「話は分かったが、桃童子の件は他言無用だ。勿論アロンガンテにもだ。適当に遺品だけ貰った事にしておこう」

「……分かりました。ですが、1人だけ真実を話しても良いですか?」

「それはその籠手を渡す相手かな?」


 イニーは頷き、変わらない濁った目でジャンヌを見る。

 なにかとイニーと会っているジャンヌだが、未だに表情を読むことが出来ないでいた。

 声のトーンもあまり変わらず、どの様な内情なのかを読むのに四苦八苦している。


 単独行動を好む節はあるが、アルカナであり騒がしいアクマと一緒に居たり、小さくなった時につれ回した時の様子から表に出さないだけでしっかりと感情があるのは分かっている。


 ジャンヌの個人的な観点からは、許可を出したくはない。

 だが、珍しいイニーからのお願いである。


 何より、桃童子からもミカの事を頼むと言われていた。


「私が同席しても良いなら構わないよ。それで良いかな?」

「はい」

「しかし、あの桃童子に勝つとはね……。どうだった?」


 イニーはジャンヌが何を尋ねているのか悩み、アクマに聞いて理解した。


「……もしも桃童子さんが俺を殺す気なら、負けていました。勝負は勝ちましたが、実質負けです」

「…………いや、聞き方が悪かったね。桃童子の、例の姿について聞きたかったんだ」


 イニーは後で、アクマを歯ブラシで洗うことを心に決めた。

  

「症状としては魔女の薬と同じですが、その強さは雲泥の差ですね。奥の手としては凄まじいですが、よく自我を保てていたと、アクマが言ってます」

「桃童子の言い分では誰でも使える可能性はあるそうだが、どう思う?」


 イニーは先程のエルメスとの会話を思い出す。


 桃童子の限界突破は、イニーに起きている状態によく似ていた。

 アルカナの魔力パスのおかげで、細胞はそちら側に傾いているが、もしアルカナが居なかった場合、イニーの適応は周囲の魔力に適応しようと働いていただろう。


 つまり、イニーにも桃童子と同じことが出来る可能性がある。

 だが、他の魔法少女が使えるかどうかまでは、イニーにも、アクマにも分からない。


 イニーはどう話すか迷うが、ジャンヌはこれまで 自分に協力的であり、命を救ってもらった恩もある。

 また、知識も豊富なので、下手に誤魔化すよりは正直に話した方が良いと答えを出した。


「……私なら可能ですが、他の魔法少女は無理だと思います」

「出来てしまうか……」


 出来ればイニー自身も不可能と答えて欲しかったが、そうそう上手い話はないかと、溜息を吐く。


「確認だが、使う気はないんだよね?」

「どうしようもなくなれば、可能性としては考慮すると思います」


 どこまでも遠回しな言い方。

 まるで社会経験のある大人の様な感じに、ジャンヌはやれやれと内心で首を振る。

 

 負けて死ぬよりはマシかもしれないが、場合によっては限界突破を使った本人が暴れる可能性もある。

 魔法少女個人の話ならば仕方ないで済むかもしれないが、被害の事を考えれば使わないでほしいと思うのが、ジャンヌの本心だ。


(まあ、今更か)


 アルカナであるアクマを信用しているわけではないが、ジャンヌは楓から北極の事を聞かされている。

 魔女が出鱈目に魔物を解放すれば、それだけで多大なる被害。事によっては人類滅亡すらあり得るのだ。


 イニーを押さえつけようにも、負ければ本当の意味で終わりとなってしまう。


「私がとやかく言っても意味はないだろうが、今は休みなさい。どうせ動けないのだろうしね」

「……はい。出来れば、此処にミカちゃんを呼んでほしいのですが」

「構わないが、それは明日にしよう。私もこの後出掛ける用事があるし、イニーももうそろそろ寝た方が良いだろう?」


 イニーの瞼は会話を始めた頃から徐々に下がり始め、今は半眼位になっていた。

 流石に表情が読み難いと言っても、眠いのは一目瞭然だった。


「……そうですね」

「食料や飲み物は冷蔵庫に入っているから、好きにしてもらって構わないよ。また明日」

「はい」


 ジャンヌは仮眠室を去り、これからの事を考える。

 楓が本格的に動いたことにより、破滅主義派の戦力は順調に減っているが、一番問題となる戦力である魔物は魔女の手に落ちた。


 勝敗として見るならば既に負けているが、魔物の封印さえ解かれなければ、問題は無い。

 仮に魔物が解き放たれた場合……。


「……いかんな。折角折り合いをつけたというのに、また思い出してしまった」


 ジャンヌの回復魔法はイニーを除いた、全ての魔法少女の中で最も強力だ。

 その過去は、とても語れるようなモノではなかった。

 

 今でこそ飄々としているが、一歩間違えればジャンヌは 既に楓によって殺されていた。

 ジャンヌにとって、世界がどうなろうと構いはしない。

 だが、仲間と認めた魔法少女が死んでいくのは、あまり気分が良いものではない。


 ジャンヌの胸に宿る憎しみは、今も消えることなく燻っている。


 それが少しばかり、ジャンヌを焦がした。


「辛気臭いですね。イニーは寝ましたか?」

「……ああ。色々と話させたからね。疲れて寝てるだろうさ」


 ジャンヌが額に手を当てて項垂れている間に、いつの間にか楓がソファーに座っていた。

 疲れが見え隠れするが、その表情はとても柔らかいものだった。


「そうですか。私も話を聞きたかったのですが、タイミングが合わなかったみたいですね」

「どうせアロンガンテから報告を貰っているのだろう? 聞きたいのは桃童子のことかい?」

「はい」


 楓はジャンヌの所に訪れる前に、アロンガンテの所によって報告書を読み、何があったか話を聞いていた。


 楓もアロンガンテたちを探していたのだが、見つかるよりも先に、アロンガンテたちは自力で帰ってきたのだ。


 ジャンヌはソファーに座り、イニーの報告を頭の中で纏める。


「表向きの報告と、裏の報告。どちらが良い?」

「……やはりそうなりましたか。先ずは表向きをお願いします」

  

 桃童子の最後を知っているのは、今の所イニーとジャンヌだけだ。

 そしてジャンヌの話し方から、楓はイニーと桃童子の間で一波乱あったのだと予想を付けた。


「桃童子と二人きりになったイニーは桃童子の遺言を聞き、最後を看取った……なんてどうかな?」

「表向きとしては問題なさそうですね。裏の方は?」


 楓もジャンヌも、世の中が綺麗なものではないと知っている。

 人と手を取り合って協力をする段階は、既に過ぎてしまっているのだ。

 

 ただの魔法少女の損失ならそこまで気にしなくても良いが、桃童子は特異性のある魔法少女だった。


 その特異性を知っている者に、今からジャンヌが話す裏の報告……本当の結末を教えるわけにはいかないのだ。

 

「魔を取り込んだ桃童子と戦って、勝ったようだよ。それもお土産付きでね」

「そう……お土産?」


 深刻そうに思案しようとした楓だが、お土産と聞いて首を傾げた。


「ああ。桃童子はちゃんと後継者を用意しておいたようだよ。今情報を出すから少し待ってくれ」


 ジャンヌは端末を取り出し、とある魔法少女のページを楓に送る。


 楓は送られてきたは魔法少女の情報に目を通しながら、眉をひそめた。

 

「魔法少女タケミカヅチですか。最近力を付けているようですが、お世辞にも桃童子の後継者とは言えませんね」

「その評価は分かる。だが、その評価も明日には変わるかもしれないよ?」


 桃童子が残したお土産。

 ミカに渡すようにとイニーに託した、自身の籠手。


 ジャンヌは桃童子がなぜミカを選んだのかは分からないが、ただ妹分だからと選ぶほど、桃童子が私情に走るとは思っていない。

 

「何故ですか?」

「どうやら死ぬ間際に、イニーに籠手を託したんだ。そのタケミカヅチに渡すようにね」

「……死んでも残るとは、彼女らしい執念ですね」


 楓は笑うが、桃童子の死は堪えるものがあった。


 ゼアーを除き、楓。桃童子。ジャンヌが日本のランカ-としては古株であり、その後にレン。ブレード。フルール。

 最後にタラゴンとアロンガンテとなっている。


 長い付き合いのある魔法少女の死。

 憎しみが湧いてくるが、勝手な行動を取ることは出来ない。


 楓の立場が、それをさせない。


「そうだね。後任はどうするんだい?」

「ブレードとゼアーを除いて繰り上げ。補充はイニーが第一候補ですが、本人が嫌がってるんですよね」

 

 イニーがアロンガンテに頼んだ事は、既に楓まで報告が上がっている。

 色々とタイミングやごたごたのせいで、イニーのランキングは不明のままだが、出来ることならイニーをランカーに添えたいのが、楓の考えだ。


「彼女はああ見えて頑固だから、諦めた方がいい。今は保留にしても良いが、桃童子の抜けた穴は早めに塞いだ方が良いだろうね」

「そうですね……」


 楓は此処へ来る前に会ったアロンガンテの様子を思い出した。


 ゼアーが居た事にも驚きだが、流石にアロンガンテ1人に仕事を押し付け過ぎていると、反省した。

 非常時とはいえ、アロンガンテが倒れれば、日本だけではなく魔法局が麻痺してしまう。


 破滅主義派の件もあるが、今にも倒れそうなアロンガンテの穴埋めと、いなくなった桃童子の穴埋めをしなければならない。


 使える人材。他国の状況。潰した破滅主義派の拠点の数。妖精の情勢。

 他国のランカーや、魔女が動き出すまでの猶予。


 それらをとある能力を使って、楓は素早く計算していく。


「……ブレードさんとグリントさんに頑張ってもらうとしましょう」

「これまでの魔女の動きから、予告もなく魔物を解き放つなんて事はないと思うが、勝てるのかい?」

「私が知っている通りなら可能性はありますが、これまでは負けているようですからね……。もう四手程策が欲しい所です」


 お茶会には出られなかった楓だが、何を話したのかは全て聞いている。

 眉唾と疑う気持ちもあるが、嘘を言うメリットもなく、アルカナであるアクマが証明でもあった。


 ならば、負けることを前提とした策を、考えなければならない。

 

「戦いは私には専門外だからね。応援はしているよ」

「知っていますよ。私はアロンガンテさんの手伝いに行こうと思います。イニーの事は任せましたよ」

「勿論さ」


 楓は珍しく扉から出て行き、再びジャンヌが1人部屋に取り残される。


 ジャンヌはため息を吐いてから胸元のポケットに手を伸ばすが、寸での所で手を止める。


「珈琲でも飲むかな」


 ジャンヌは昔、精神を落ち着けるためにタバコを吸っていたが、ある日を境に止めることにした。


 極稀に吸いたくなるが、出来る限り吸わないようにしている。

 成人しているとはいえ、若い女性がタバコの臭いを漂わせるなと、楓に怒られたからだ。


 そのタバコの代わりに、珈琲を飲むようになった。


 それでも今みたいに吸いたくなる事があるのだが、隣の仮眠室で寝ているイニーの事を思い出し、踏み止まったのだ。


 イニーに臭いと言われるのは、流石に嫌だと思ったのだ。


 年齢で言えばギリギリ姉と妹と言える年齢だが、もしも妹に臭いと言われれば、当分立ち直れない自信が、ジャンヌには有った。

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