魔法少女の成れの果て

 僅かばかりに魔力が回復し、2本の剣が1本に変わる。


 身体中に激痛が走り、瞬く間に修復が完了する。そして、能力を理解した。


 ああ、確かにこれならば、勝てるかもしれない。


 この能力はそれだけ魅力的で、反則である。

 エルメスは俺の想いに答えてくれたようだ。


 だが、能力は1秒も使う余裕がないだろう。


 チャンスは一度きり。


 失敗すれば、俺は桃童子さんの手によって死ぬだろう。


 憎悪に染まった思考の中で、次の一手を選び出す。


 足の筋肉が弾ける程の力で踏み込む。

 これまでで最速の速さだというのに、桃童子さんの目に、迷いは見られない。

 極度の集中により、全ての動きがゆっくりに見えるようになる。


 チャンスは一度。狙うは後の先。


 桃童子さんの右手の拳が、ゆっくりと流れる時間の中ですら、目で追うのもギリギリな速さで突き出される。


 俺の顔面へと向かってくる。

 俺の命に届く。渾身の一撃。

 

 本来なら魔法名、呪文を唱えなければいけないが、今だけはそれを無視する。


 見開かれる桃童子さんの目。


 吹き飛ぶ、俺の左腕。


 そして、桃童子さんの心臓に、俺の剣が突き刺さる。


「――見事。若き魔法少女に敗れるとは、わらわもまだまだみたいじゃのう……」

「……」


 若いね。実年齢ならば、俺の方が上だが、言う必要もないだろう。


 桃童子さんから剣を引き抜くが、血が流れることはない。

 つまり、そう言うことだ。


「思い残すことは無い……いや、これをミカに渡してくれ」


 桃童子さんは片方の籠手を外し、俺に渡した。

 魔法少女の武器を、他人に長時間預ける事は出来ないのだが、これは継承とかいう奴だろう。

 俺はただ運ぶだけだが、面白いものだな。


 だが、普通なら魔法少女が死ねば、武器も消える。

 そこら辺は大丈夫なのだろうか?


「……分かりました」

「すまんな。このような役目を押し付けてしまって。わらわは魔物と相打ちになったと、アロンガンテに言っておけ」


 徐々にだが、桃童子さんの姿が塵へと変わっていく。

 こんな時に気の利いた事でも言えれば良いのだろうが、何も思い浮かなばない。

 

 左腕の止血は出来たが、治すのは少々無理だな。

 此処を出るまでの辛抱だ。


 第二形態の解放が勝手に解け、今までのダメージで頭が真っ白になる。


 それを気合で我慢するが、流石に辛い。


「ありがとうございました」

「礼を言われるいわれはない。ゆけ。…………後は頼んだのじゃ」


 普通なら自我は潰えて、まともに話すことすらできないというのに……。


『勝ったんだね……』


 どうやら、アクマも意識を取り戻したみたいだな。

 だが、先ずは此処から帰るとしよう。


 桃童子さんも、最後の姿を見られたくはないだろうからな。


 もしも、俺に桃童子さんを救う力が有れば、また違った結末があったかもしれない。

 だが現実はそんなに甘いものではない。

 力には代償が必要であり、戦いなのだから、死ぬこともある。


 姉を救えなかった俺には、この結末が限界だ。

 

「それでは」

「うむ。達者でな」


 桃童子さんは快活に笑い、俺を見送ってくれた。

 視界は赤く染まり、手足もまともとは言い難いが、 動いてくれればそれで良い。


(すまなかったな。勝手に決めて)


『もう良いよ。ハルナが自分を曲げないのは知っているからね。けど、ハルナがあれを使えば使うほど、ハルナは浸食されるんだからね? 魔力による汚染ではないとしても、決して良い結果は訪れないよ』


 今回は相当無理をしたからな……。

 まあ、死ぬよりはマシだろう。


 本当によく勝てたものだ。


 ……正確には、勝ちを譲ってもらったのかもな。

 あの時の桃童子さんは、心臓を突かれた位で直ぐに死ぬわけではなかったはずだ。


 その証拠に、あれだけ普通に話していた。


 桃童子さんの心臓に剣を突き刺した方法。

 それは第二形態と、想いが形になる恋人が齎した奇跡……なんて、カッコイイものではない。


 使ったのはとある魔法だ。

 一度タネが割れれば、同じ手は桃童子さんに通用しないだろう。

 だが、一度だけなら、後の先を取ることが出来る。


 それは、時空魔法。

 刹那の瞬間だけ自分の時を速め、桃童子さんと同じ次元に追い付いたのだ。


 左腕で拳を受け、その間に突き刺したのだ。


『あっ……』


(言わなくても分かる。あの人が望んだ事だ)


 日本のランカーに、空きが出てしまったな。 


 桃童子さんの代わりになる魔法少女なんてそうそういないが、ランカーになっても問題ない魔法少女が、日本にはそれなりに居る。

 

 多少混乱は有るだろうが、他国に比べればマシだろう。


 たく、視界が真っ赤なせいで前がほとんど見えない。


 5分ほど歩くと、通路の行き止まりに着き、1台のテレポーターが鎮座していた。

 此処に来るまで一本道だったし、アロンガンテさんたちは先に帰ってくれたのだろう。


 頭もボーとするし、痛みも薄くなってきた。

 急いで洞窟から出ないと、今度こそ死んでしまう。


(操作の指示を頼む。あまりよく見えないんでな)


『ハルナがどれ位酷いかは、ハルナよりよく分かってるよ。言う通りボタンを押してね』

 

 アクマの指示でボタンやらタッチパネルを触り、テレポーターへと入る。


 テレポーターの浮遊感で意識が飛びそうになるが、何とか堪える。


(此処は?)


『アルブヘイムのテレポーターだよ。ここが一番、人が少ないからね』

 

 確かにそうだな。


 洞窟から出た事により魔力が急速に回復したので、回復魔法を使って腕や諸々を治す。

 血を失った事による眩暈はあるが、これで死ぬ事はもうない。


 だが、僅かに気を抜いたのが不味かったのあろう。


 アクマの『あっ』という声が聞こえ、そのまま意識を失ってしまった。






 1




 死闘を極めた、桃童子と堕天使の戦い。

 奇しくも、桃童子が取った手段は、イニーが桃童子にやったことと一緒だった。


 一撃を受けることで、確実に自分の間合いで攻撃を決める。

 

 ただ、桃童子はイニーのように、自分を治療するなんてことは出来ない。


『おめでとう。此処が最終ステージだよ。あとはこの先のテレポーターまで行けば、ゴールインよ』


 堕天使を殺し、立ち尽くす桃童子へと魔女が声を掛ける。

 それは最初に洞窟へ飛ばされた時と同じホログラムだが、舞い上がる土煙で、ほとんど見えなかった。


 立ち尽くす桃童子だが、魔女に応える余裕はなかった。

 なにせ、結界が解ける前に広場の魔力をどうにかしなければ、魔法少女はともかく、一般人は死んでしまうからだ。


 堕天使が死んだからと言って、汚染は消えない。

 桃童子は全てを、その身に吸収しているのだ。


 そして、桃童子が何をしているのかを理解している魔女は、愉快に笑った。


『まさか、あなたの様な魔法少女が居るとは思わなかったわ。私に協力するなら助けてあげるけど、どうする?』


「……ぬかせ」


 内側から湧き上がる衝動と、作り変えられる嫌悪感を我慢しながら、桃童子は突っぱねた。


『そうよね。あなたならそう答えると思ったわ。それじゃあ、殺し合いを楽しんでちょうだい』


 桃童子の状態を正確に分析した魔女はこの後に起こるであろう悲劇を思い、笑った。


 だが、魔女には1つ誤算があった。

 それは、魔女が思っていた以上に、桃童子の自我が強かったのだ。


 アロンガンテやイニーが広場へと入り、舞っていた土煙を吹き飛ばす。


 なのに、桃童子は動かなかった。

 痛々しい姿だというのに笑みを浮かべ、アロンガンテたちに先へ行くように促す。


 この場に、魔法少女桃童子は既に居ない。

 そこに居るのは魔法少女の皮を被った化け物だ。


 だが、その化け物は相も変わらず、笑っていた。


 執念とも呼べる、桃童子の想い。

 己の望みのためだけに戦い、限界の境地に至ったからこそ耐えられるのだろう。


 だからこそ、桃童子には心残りが出来てしまっていた。


 戦いの中で果てたい。


 それだけが、悔いとして渦巻いていた。


「アロンガンテさん。先に行って下さい。私は少しだけ桃童子さんに話があるので」

 

 そんなイニーの言葉を聞いて、消えかけていた桃童子の心に、光が灯る。


「分かっていたんですか?」

「……そうじゃな。次はないと分かっておった。じゃが、これが最良であろう。犠牲はひとりで良い」


 2人だけとなり、少し間が開いた後にイニーが桃童子に問いかけた。


 天使と戦うには、誰かが犠牲にならなければいけなかった。

 それは、堕天使による魔力汚染をどうにかしなければ、広場に入る事すら出来ないからだ。


 そして、それが出来るのは桃童子ただ1人だけ。


 実際に戦い、その身で受けたからこそ、堕天使の脅威がどれほどのものか分かっていた。


 今も内から漏れだそうとしている魔力や意思に抗っているが、長い時間は持たない。


 桃童子は、自分の意志がある間に、自害しようと思っていた。


 だが……。

 

「なあ、イニー」

「はい」

「わらわと死合え」

「はい」

「ふっ。死ぬなよ?」 

 

 希望を見てしまった。


 桃童子の本懐。それは、戦いで果てること。

 イニーがひとりで残った理由を問いただす気などない。

 応えてくれたのならば、応じるまでだ。


 抑え込んでいた全ての枷を外し、イニーを見据える。

 限界を超えた状態の桃童子に、イニーはシミュレーションでは惨敗している。


 自分から聞いておいて、桃童子はイニーが勝てるとは信じていない。


 たが、最初からイニーは桃童子の想像を超えてきた。


 人形の様な綺麗な顔に合った黒いドレスに、二振りの剣。

 その姿は、お茶会の話題にも上がった、黒い魔法少女だった。


  

「ほう。イニーが例の魔法少女でもあったのじゃな。手向けには丁度良いわ」

「ええ。最後ですから。お互いに、楽しみましょう」


 これから始まるのは殺し合いだと言うのに、イニーは楽しもうと言った。


 その言葉から、桃童子はライバルである魔法少女の事を思いだした。

 

 魔法少女ブレード。


 今のイニーと同じく、二刀流で戦う魔法少女だ。

 最低限の良心はあるが、本質は桃童子と同じ戦闘狂だ。


 戦いに、魔法に魅入られ、そのために魔法少女を続けている魔法少女。


 最後はライバルと戦うものだとばかり思っていたが、相手はまだまだひよっこと呼べる程度の魔法少女だ。


(我が糧となるか。それとも童が糧となるか……)


 どちらからともなく踏み込み、間合いを詰める。


 しかし、桃童子にはイニーの動きが、次の動作が見えていた。

 ならば、後はタイミングよく潰せばそれで良い。


 一撃目だけは様子見の攻撃にするが、当たればそれだけで終わる一撃だ。

 イニーは体を捻りながら避けるが、拳に込められた魔力の余波により、肉を抉られる。


 その後も、戦いは桃童子が優勢で進んだ。


 イニーの攻撃は当たらず、桃童子の攻撃は避けても防いでも、イニーにダメージを与えた。


 骨が砕け、肉が飛び散り、それでもイニーは桃童子へと挑んだ。


 イニーが繰り出した叉漸華さざんかを見切り、三突き目に合わせて、止めとなる一撃を放った。


 全身の骨は砕け、権を持つ腕もギリギリ繋がっているような状態だ。


 回復が出来るとはいえ、それは魔力が有ってこそだ。

 桃童子の瞳には、イニーが倒れ伏す姿が幻視されていた。

 

 勝負あり……だが、桃童子は油断せず構えを解かない。


 何故なら、イニーが笑っているからだ。

 既にイニーには魔力もほとんど残っていない。

 それは周りを汚染している桃童子には、手に取るように分かっていた。


 イニーはなけなしの魔力で一発の斬撃を飛ばすが、桃童子の魔力によって、四散する。


 だが、斬撃とイニーが壁へ激突した時に舞った土煙で、少しの間イニーの姿が消える。


 その時だった、見えないはずのイニーから何かが溢れ出してきた。


 憎しみや殺意。嘆きや苦しみと言った、負の感情がごちゃ混ぜとなった何か。


 十数年の間圧縮された憎悪。

 

 常人なら気が狂いそうな想いを纏って、イニーが飛び出してきた。

 

(人の身でありながら、その重荷を背負うか。――されど、負けるつもりは毛頭ない!)


 意志の力で薄れいく自我を抑え込み、全身全霊を持ってイニーを迎え撃つ。

 既に能力は機能せず、今の桃童子には膨大な魔力があるだけだ。


 だが能力が使えずとも、これまでの努力の結果が身に染みている。


 イニーの顔面に向けて、拳を放つ。


 完璧な間合い。最適な踏み込み。

 

 イニーの命を刈り取るには十分すぎる威力だ。


 終わった……。


 最低な結果だが、それもまた戦いの定め。

 勝者がいれば、敗者もいる。


 桃童子の拳が当たる瞬間、イニーの姿がブレる。


 イニーの顔があった所には、左腕が差し込まれ、何かが身体を突き抜ける感触を、桃童子は感じだ。


 そこは本来なら、心臓がある場所だ。

 

 今の桃童子は、そこを剣で貫かれた程度では倒れることはない。


 だが、桃童子は負けたと感じた。


「――見事。若き魔法少女に敗れるとは、わらわもまだまだみたいじゃのう……」

 

 感嘆の言葉。それが、自然と零れた。


 満足した感覚が広がり、桃童子は腕を下した。


 自分が何者なのかさえ忘れ始めているが、その眼には、人らしい輝きが残っている。


 だからだろう。妹分である、ミカの事を思い出した。


(わらわが居なくとも、真っすぐ歩んでいいけるじゃろう。……じゃが)

 

 桃童子は右腕の籠手を外し、イニーに渡した。


 ミカに届けてくれと、頼んだ。

 

「それでは」

「うむ。達者でな」


 戦いに言葉は必要ない。

 ならば、終わった後も、語ることはない。

 

 桃童子は笑顔でイニーを見送り、1人で広場に残った。


「……まこと、よき戦いであった」


 仲間のために戦い、死闘の果てに死ぬ。

 未来を託し、目を瞑る桃童子から一筋の涙が流れる。


 それが、魔法少女ランキング3位。桃童子の最後であった。

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