魔法少女の憎悪

 桃童子さんを広場へ行かせて直ぐにアルカナを解除し、5分程で広場の入り口まで来ることが出来た。


 出来れば桃童子さんの戦いを観たいが、そんな余裕はなく、アロンガンテさんと共に、押し寄せる魔物と戦う。

 

 だが、1人では厳しかったが、アロンガンテさんが居ることにより、これまでより余裕をもって対処できている。


 流石にSS級となると、俺では押し切られてしまうが、アロンガンテさんなら一撃で倒せるし、ビットを盾にして前衛もこなせる。


 余裕はないが、これまでみたいに死力を尽くすほど、追いつめられることはない。


「イニー」


 アロンガンテさんの責めるような呼び掛け。

 何を言いたいかは分かるが、それを俺が答える事は出来ない。

 決めたのは桃童子さんであり、俺はそれを尊重しただけだ。

 

 桃童子さんが今どうなっているか確認はできない。

 だが、後ろに居る要人たちと、アクマからの情報で多少知る事が出来ている。

 

「勝手に動いたのは謝罪します。ですが、全ては桃童子さんの戦いが終わるまでお待ち下さい」

「いえ、私は別にイニーを責めたいわけではありません。彼女の性格は分かっていますからね」


 ……どうやら思い違いだったようだな。

 まあ、こんな事もあるだろう。


「私が聞きたかったのは、桃童子さんが勝てるかどうかです」


 確かにアロンガンテさんからしたら、それが一番気になることか。


 正直なところ、どうなるかは俺には分からない。


 単純な強さなら、桃童子さんが勝てる可能性はほとんどない。

 それでも、桃童子さんは1人で挑んだのだ。

 

 勝つだろう…………俺はそう信じている。

 

「何があろうと、勝つと思います。その後の事は、その時に考えましょう」

「……そうですね。結界が解けない限り、私たちは中に入れませんからね」


 ああ、流石にアロンガンテさんでも、結界の仕様は調べられていないのか。

 俺がやることはないが、もしも桃童子さんが負けた場合、結界が解かれる前にこちらから破壊すれば、中に居る魔物へダメージを与える事ができる。


 アクマの見立てでは結構な威力になるそうだ。


 まあ、やった場合、桃童子さんも巻き添えになるので、やるつもりは本当にない。


 桃童子さんが広場に入ってから約10分。

 結界で遮断されているはずなのに、広場の方から流れてきた”何か”により、悪寒が走った。


(アクマ) 


『天使が第二形態になって、本当の戦いが始まったみたいだね。どうなってるかは、正確に確認できないね』 


 ちらりとアロンガンテさんを見るが、アロンガンテさんは何も感じていないみたいだな。

 天使はマスティディザイアの様に、複数の形態を持っているらしい。


 だが、天使のそれはマスティディザイアの比にならない。

 便宜上第一第二と呼称するが、第一ですら破ることの出来ない盾と鎧。

 魔法や武具を切り裂く剣と、数の不利をもろともしない圧倒的な魔法。


 この第一すら単独で勝てるのは。片手の指位だろう。


 だが、問題は第二の方だ。


 あくまでも報告上だが、第一を倒すと、塵……魔力が集まり、新たな姿を作り出すそうだ。


 見た目は堕天使の様な姿だが、その能力は洒落にならない。

 高濃度の魔力を周囲に撒き散らし、飛び散る羽に触れば、触れた場所が呪われる。

 更に武器となる剣には苦痛の概念付与されているらしく、防御しても身体中に激痛が走る。


 まともに戦うのが、馬鹿らしくなる魔物だ。


 遠距離で仕留めるのが理想だが、鎧も盾も無くなったことにより、更に素早くなり、魔法への耐性が跳ね上がっている。

 近距離での戦いをしてはいけないのに、近距離で戦わなければ倒す事が出来ない。

 俺は当たり前だが、アロンガンテさんでも勝つのは不可能だろう。


 今出来るのは、桃童子さんが勝つのを信じて、耐える事だけだ。

 

 だが、広場から流れてくる”何か”は徐々に強くなり、俺の中で違和感として膨れ上がっていく。


『結界が解けるよ!』

 

(勝ったのはどっちだ?)


『多分桃童子だと思うけど、ちゃんと見ないことには何とも……』


 出来ればしっかりと確認してから広場に行きたいが、仕方ないか……。


 アロンガンテさんと要人たちに、先に広場へと入ってもらい、俺は殿として残ろう。

 アロンガンテさんでは手数が足りないので、先に行ってもらった方が良い。


 SS級を倒すのは無理だが、足止めなら何とかなる。

 

「アロンガンテさん。もうすぐ結界が解けますので、後ろの人たちと一緒に行ってください」

「分かりました。結界が解け次第離脱するので、お願いします」

「はい」


 魔力の残りは後5割程か。

 アルカナも残っているが、もしもの事を考えると、万全とは言えない。


「土煙で中が見えないが、大丈夫なのか!?」


 後ろから罵声が聞こえたが、あんな狭い所で戦えばそうなってしまうか。

 結界で隔離されているが、あの桃童子さんなら床や壁を砕いてもおかしくない。


『解けるよ』


「今です」

「分かりました」


 アロンガンテさんが残っているSS級の魔物を倒し、広場へと向かう。


穏やかな灰塵の波ダストストリーム


 周りに誰も居なくなれば、魔法の調整をしなくて済む。

 前衛が居るのはありがたかったが、魔法は魔物を一掃してこそだ。


 灰炎の下位互換の魔法で一掃し、再び湧いてくるSS級の魔物の足元に氷槍を打ち込む。


 これで時間は稼げるので、俺も広場へと向かう。


『勝ったのは桃童子だね。魔物の反応は無いよ』


 それは良かったが、問題はこの後だ。

 通路からでも広場の土煙は見えていて、奥の方は見えない。

 アロンガンテさんたちも、入り口付近固まっている。


 先に土煙を吹き飛ばすが。


「吹き飛ばすので、端に寄って下さい」

「――分かりました」


 通路から広場に魔物は入って来ないが、魔物はまだ通路に残っている。

 つまり、攻撃として広場の土煙を通路に押し流せば、魔力の消費を押さえられる。


砂塵の嵐ストームフォール

 

 土煙は渦を巻き、通路へと流れていく。


 そして、広場に残っていたのは……。


「その姿は……」

「イニーフリューリング!」

「桃童子さん」 

 

『……おかしい。あれはおかしいよ。何故立っていられるの? 反応は無いのに、何で見えているの?』


 片腕を失い、血を滴らせながら、桃童子さんは立っていた。

 アクマの言葉も気になるが、先ずは治療をしなくては。


「よい。わらわの命はここまでじゃ。それと、魔女から伝言じゃ。この先に進めばテレポーターがある。それで出られるとの事じゃ」

「なら、早く怪我を治して、桃童子さんも……」

「駄目なんじゃ。わらわは既に人ではない。後は朽ち果てるだけじゃ。イニーでも、ジャンヌでも治すことは叶わん」


 回復魔法を桃童子さんに飛ばしてみるも、何故か治らない。

 アロンガンテさんが俺を見るが、俺には首を横に振ることしか出来ない。

 

「あなたはどうするんですか?」

「言うたであろう。ここまでじゃ。最後に、十数人の命を救えたのじゃ。魔法少女としての最後には相応しいじゃろう。――ゆけ。ここに長居していても、何一つ良いことはない」


 桃童子さんの威圧で要人たちはたじろいてしまうが、アロンガンテさんは真っすぐに桃童子さんを見詰める。


「それがあなたの選択なんですね?」

「うむ。あまり時間は残されておらん。早うゆけ」


 アロンガンテさんはそれ以上何も言わず、テレポーターに続くと思われる通路に進むが、動かない俺を見て一度振り向く。


「アロンガンテさん。先に行って下さい。私は少しだけ桃童子さんに話があるので」

「……私は、残らない方が良いんですね?」

「はい。それに、早く皆さんを帰した方が良いでしょうからね。最後の通路には、もう魔物はいないのでしょう?」

「……うむ。そう言っておったのじゃ」


 桃童子さんは、少し悩む様な仕草をしてから答えた。


 魔女の性格的に、一発目は不意を突いてくるが、結果を出した後は何もしてこない。

 あっていたようで何よりだ。


 アロンガンテさんの後に要人たちも続き、広場には俺と桃童子さんだけが残された。


「分かっていたんですか?」

「……そうじゃな。次はないと分かっておった。じゃが、これが最良であろう。犠牲はひとりで良い」


 皆が居る時は抑え込んでいたのだろうか、今は視認できるほどの魔力が、桃童子さんの周りに渦巻いている。


 おそらく、天使が撒き散らした魔力をすべて取り込んだのだろう。


 そうしなければ、俺たちがこの広場に入った段階で、大変な事になっていた。


 桃童子さんは既に、取り返しのつかない段階まで汚染されている。

 アクマの反応からしても、既に人としての桃童子さんは死んでいるのだろう。

 今此処に居るのは、桃童子さんと言う名の、魔物だ。


 俺たちが居なくなった後、自害するつもりなのだったのだろう。

 

 桃童子さんらしいと言えば桃童子さんらしい。


 だが……。

 

「なあ、イニー」

「はい」

「わらわと死合え」

「はい」

「ふっ。死ぬなよ?」


 自害するくらいなら、戦いの中で果てる。


 そっちの方が、桃童子さんらしい。


『何馬鹿な事言ってるの! 今の桃童子に勝てるわけないでしょう!』


 強さでいえば、シミュレーションで戦った時より上だろう。

 だが、それでも、俺は桃童子さんの願いを叶えたい。

 

 なんせ、今の桃童子さんの姿は、将来の俺かも知れないのだ。


 俺も、死ぬなら戦って死にたい。


 それに、此処に居るのは俺と桃童子さんだけだ。


 何をしても問題ない。

 

「私も、今回は全力で行かせてもらいます」

「わっぱが。吠えるわい」


 桃童子さんの無くなっていた腕が生えてきて、後ろに魔力の塊が現れる。


 桃童子さんに残されている時間は短い。

 

 だから……。


(出番だ。俺が塗りつぶされるか、お前が塗りつぶすかの、チキンレースといこう)


『本当に史郎は馬鹿ですね…………ですが、健闘を祈るです』


 エルメスの諦めるような呟きの後、第二形態へと変身する。


 黒いドレスに、二振りの剣。

 そして、湧き上がる憎悪。

 

「ほう。イニーが例の魔法少女でもあったのじゃな。手向けには丁度良いわ」

「ええ。最後ですから。お互いに、楽しみましょう」


 俺を乗っ取ろうと殺意や憎しみと言った感情が膨れ上がる。だが、簡単に吞まれる程、やわな精神をしていない。


 どちらの意思が勝っているかは分からない。

 だが、お互いに戦いの邪魔をしたいわけではない。


 両手に剣を握り、桃童子さんを見据える。


 既に俺の身体は染まり、アルカナの反応も無い。

 無駄な物は全て削ぎ落した。

 有るのは俺と憎悪の意志だけ。


 どちらからともなく踏み込み、一気に距離を詰める。


 振るわれる拳を身体を捻りながら避け、剣で撫でるようにしながら桃童子さんを斬りつけ、横を通り抜ける。

 

 初手は俺が取れたが、ほとんどノーダメージだな。

 そのくせ、こちらはごっそりと肉を持っていかれた。


 掠るどころか、結構間合いを取ったはずなのにこれか……。

 シミュレーションの時より酷いな。


 回し蹴りを跳んで避け、魔力の塊の拳を右手の剣で防ぐ。

 

 俺の腕は悲鳴を上げ、右腕の骨が外に飛び出る。


 だが、吹き飛ばされる事無く、耐える事が出来た。

 

 左手の剣で桃童子さんを迎え撃ち、腕が粉々になる。


 治りかけの右腕を振るうが、籠手で防御されてしまう。


 一撃も通用せず、攻撃を受ける事すら出来ないか……。


「すまぬな。穿孔」


 両腕は繋がっているが、動かすことは出来ない。


 無防備な俺に、殺意を乗せた拳が近づいてくる。


 確実に俺の命に届く一撃。当たれば、肉片となってしまうだろう。

 だが、こんな所で終わる気は毛頭ない。


 桃童子さんとの間に大量の障壁を展開し、コンマ1秒でも時間を稼ぐ。


 バックステップしながら、ぐちゃぐちゃな腕を動かして剣を交差させる。


『ふふ。無様ねぇ。早く退いてくれないかしら? あなたじゃあこのまま死ぬだけよ』


(死ぬ気はないさ。それよりも、お前こそ全ての力を俺に寄越しな)


 桃童子さんの拳をギリギリ剣で受け、壁まで吹き飛ばされる。


 激突する前に障壁で衝撃を和らげるが、身体中の骨が文字通り粉々になる。


 だからと言って、立ち止まることも、倒れる事も出来ない。

 一瞬でもその場に留まれば、今度こそ肉片となってしまう。


 桃童子さんが微かに笑い、突撃してくる。


 全身に残り僅かな魔力を行き渡らせ、その場から飛び退く。


『魔力も既に僅か。剣の腕も文字通り駄目。全ての要素で勝ち目は無し。諦めたら?』


(魔力が無いなら命を使えば良い。腕が駄目なら今上げれば良い。勝てないのなら…………その程度の男だったのさ)

 

 二度三度と斬撃を飛ばし、再び間合いを詰める。


 相手は正真正銘の化け物だ。


 素でSS級に勝て、強化フォームの更に上の強化をしている。

 それだけでなく、魔力を無限に使え、身体も人ならざる物へと変わっていっている。


 おそらく、今の桃童子さんに勝てるのは、魔女や楓さん位だろう。


 剣の間合いに桃童子さんを捉えるが、俺が剣を振るうより先に、蹴りを放たれる。

 

 後ろは……衝撃でやられるな。ならば、下から潜り込む。

 

 左手の剣で桃童子さんの足を、下から斬り上げながら潜り込む。


 僅かに軌道を上へと弾くが、代償に腕の筋肉が、引き千切れる音が聞こえた。

 

叉漸華さざんか


 防がれる事を前提とした、三連突き。

 狙うは防具の無い胴体。


 一突き目は身体を反らされて避けられ、二突き目はパリィされ、三突き目は腕を圧し折られながら、吹き飛ばされてしまった。


 此方も音速に近い速さのはずだが、桃童子さんの見切りの前には赤ん坊のはいはいと、変わらないのだろう。

 桃童子さんに一撃入れるには、桃童子さんの能力を越える何かをするか、桃童子さん以上の力でねじ伏せるしかない。


『本当に、救いようのない馬鹿ね』


(お前が俺から発生したものなら、俺の気持ちも分かるだろう? )

 

 憎悪は俺が姉を殺された恨みから発生したものだ。

 だが、その憎悪の中には、憎しみや殺意だけではなく、憧憬や憧れなんて物もあったはずだ。


 もしも、俺が姉を助けられるだけの力が有れば……。

 もしも、俺が魔法少女か、それに準じる能力が有れば。

 もしも、姉が魔法少女になんてならなければ……。


 まあ、今となってはそんなのは、ただの建前にしか過ぎない。


 それでも、俺が俺らしく在るためには、これ戦いが必要なのだ。


『…………少しだけ認めてあげるわ。だけど、あなたが少しでも日和る様なら、私が何度でも染めあげる』


 ピースが綺麗にはまる様な感覚が襲い、頭がクリアになる。


 どうやら、引っ込んでくれたみたいだな。


 ならば、期待に答えなければならない。


 そして、今ならば出来るはずだ。


 戦いの後に動けなくなるかもしれないが、死ぬよりはマシだろう。


 障壁を展開して、衝撃を和らげながら壁に衝突する。


 左手の剣で残りの全ての魔力を使い、斬撃を放つ。


 そして……。





「ナンバー6シックス恋人エルメス解放」


 


 



 アルカナを解放した。

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