天使はただ笑う

 絶望しない方法。

 それはとても簡単なことだ。


 希望を持たなければいい。


 最初から期待せず、受け入れていれば望みが絶することはない。


 あるいは、全てに抗える精神力でもあれば、問題ないかもしれない。


 だが、絶望とは抗えないから絶望なのだ。


 50個目の広場へと続く通路。


 これまで強くてもS級だった魔物は、遂にSS級すら現れるようになった。

 魔物たちに仲間意識などなく、ただイニーたちを殺そうと襲ってくる。


 流石にアロンガンテや桃童子も、温存した状態で戦うのは分が悪く、強化フォームで戦っていた。


 イニーのアルカナとは違い、強化フォームにデメリットらしいデメリットはない。


 その代わり、魔力の消費量が上がるのだ。


 1回の戦闘ならば気にならないが、今回のような長時間。それも体調が万全ではない状態では、明確なデメリットとなってしまっている。

 

(この量をイニー1人に任せるのは、無理そうですね)


 強化フォームになった事でスムーズに進めているが、状況は決して良いわけではない。


 アロンガンテと桃童子が広場へ入った場合、今押し寄せている魔物をイニー1人で相手しなければならない。


 ランカーが2人で何とかなっている状態の戦いを、ランカーではない魔法少女1人に任せるのは、荷が重い。


(しかし、このままでは広場に着いたとしても、余力はほとんど残らなさそうですね……やむを得ませんね)


 アロンガンテが選ぼうとしている選択は、イニーが言っていた3人での広場への突入だ。

 それでも勝率は低いが、2人で戦うよりは勝率が上がる。


 だが、その代償として、助かるのは3人だけとなるだろう。

 

 罠をビットで解除し、近づいてきた魔物は高周波ブレードで切り裂く。

 魔法を使うであろう魔物は、イニーが魔法で邪魔をすることにより、妨害していた。


 後ろでは桃童子が暴れ、1体も魔物を通さずにいた。


 間に居る要人たちはただ震え、アロンガンテの歩調に合わせて進むことしか出来ていない。


 これまでは何度か声を荒げることがあったが、僅かでもアロンガンテたちの判断が遅れれば、死ぬのは自分たちなのだ。

 少しでも頭の回る人間なら、こんな状況で無駄口を叩くようなことはしないだろう。


 そんな中、広場に近づくにつれて、桃童子は何かを――いや、広場から漂ってくる僅かな魔力を感じて、これから先の事を悟っていた。


(なるほどのう。よう考えられたものじゃ。わらわの勘の通り、死地となりそうじゃ)


 アロンガンテも、イニーすら気づいていないが、桃童子は次の広場に居る魔物がわかっていた。

 

 その魔物は、今の所桃童子だけが戦った魔物であり、桃童子と因縁のある魔物だからだ。


 桃童子は魔法少女である前に、1人の武人でもあった。

 だから、死ぬ事を恐れたりはしない。


 しかし、武人である前に、1人の人間でもある。

 未練がないわけではない。


(ミカをもう少し鍛えたかったが、ジャンヌに頼んであるし、大丈夫じゃろう。良い友もいるようじゃしのう)

 

 桃童子はこれまで3度限界突破を使用している。


 使用する度に、額に生えている角が大きくなり、身体の中で荒れ狂う感情を抑えられなくなってきていた。


 もしも次、限界突破を使用したら……。


 その先の未来は、桃童子は理解していた。


 だが、次の相手となる魔物は、限界突破を使わなくては勝てない。

 3人ならば勝てるかもしれないが、そうした場合の被害は3人以外の死亡だ。

 だが、次の魔物を相手に3人で挑むのは悪手なのだ。


 自分1人の犠牲で他が助かるのなら、選ぶのは決まっている。


 広場の入り口が近づいて来ると、4枚の翼で体を包んで丸まっている何かが見えた。


 その存在を最初に確認したのは、アロンガンテであった。

 記録上にある魔物と少しだけ姿が違うが、その魔物はアロンガンテが想像しうる上で最悪の存在だ。


 天使。


 名前を付けたのは桃童子だが、見た目だけがそう見えるだけで、その能力は天使と呼べるようなものではない。


 物理と魔法に耐性を持つ鎧に、様々な魔法を発動する天使のような天輪。


 空を飛べ、音速を超える速さで動く事が出来る翼。


 桃童子が倒したのは翼が一対二翼だったが、広場に居る天使は二対四翼だ。

 

 つまり、桃童子が倒したのよりも、弱いなんてことはありえない。


 アロンガンテの次に魔物に気づいたのはイニーだったか、アクマから情報を貰い、事態を把握する。


 そして、最後尾で戦って桃童子も広場の方を確認し、口角を上げた。


「イニー。少しこちらに来るのじゃ」

「分かりました」


 イニーは翼を魔法で生み出し、前と後ろを行き来しながら援護していた。

 単純な魔物の撃破量では、実はイニーが一番だったりする。


「わらわが何を頼みたいか、わかっておるな?」

「――はい」


 中身の無い会話。

 だけれども、イニーは理解していた。

 

 イニーの中身が大人なのも関係あるが、お互いに似た感性を持っているからだ。


「最低でも瀕死には追い込んでおく。もしもの場合は頼んじゃぞ。それと……すまんのじゃ」

「構いませんよ。5秒後に時間を作ります。その後、広場へと向かってください」


 広場への道には魔物がまだまだ蠢いており、簡単に進むことは出来ない。

 これまでは、広場に近づくとアロンガンテが拡散型の弾を撃って、魔物を殲滅してから突入していた。


 アロンガンテがそれをするにはまだ距離があり、アロンガンテの虚を突くのは今が丁度良かった。


「ナンバー0。愚者。解放リリース

「イニー!」


 突如イニーがアルカナを使用したことに驚いたアロンガンテだが、だからと何か出来るわけではない。


 イニーの突然の行動を、止める術はない。


「吹き荒れる桜は全てを切り裂く」


 氷の花弁が吹き荒れ、押し寄せる魔物を塵に変えていく。

 氷の花弁はそのまま広場の方へと進み、人が通れる道を作り出す。


 桃童子はアロンガンテの横を通り過ぎ、イニーが作り出した道を使い、真っ直ぐに広場へ向かって行く。


 アロンガンテは直ぐに考え、桃同時の後を付いて行こうとするが、氷の花弁が壁のようになり、道を閉ざしてしまった。


(一体何を考えているんでしょうか……。桃童子さん1人行かせても、意味なんてないのに)


 情報に精通しているアロンガンテではあるが、桃童子が天使を討伐していることを知らなかった。


 桃童子が天使と戦ったのはアロンガンテがランカーになる前であり、楓の手により詳細は機密となっているため、アロンガンテは見ることが出来なかったのだ。


 魔物の情報だけは一般公開されているが、討伐者等は非公開である。

 何故アクマが知っているかだが、勿論ハッキングしたからである。


 しかし、アクマでも動画を見つけることは出来なかった。


 桃童子が広場に入ったことにより、結界が展開され、通路と分断される。


 天使は自身を包んでいた翼を広げ、その姿を露にした。


「あの時より強い個体じゃのう。じゃが、わらわとてあの頃と違うのじゃぞ?」

「アァァーー」


 天使は翼をはためかせ、宙に浮かび上がる。

 右手には剣を。左手に盾を持ち、天輪は凛々と輝いている。


 しかし、何故か攻めようとはせず、その場に留まる。

 まるで、桃童子を待つようにして……。


 既に桃童子は、覚悟を決めている。


「律儀じゃのう。あの時も、止めを刺せるというのに、待っていたな。――開闢せよ”阿修羅”」


 視覚出来るほどの魔力が桃童子の周りで荒れ狂い、桃童子を染め上げていく。

 籠手と脚甲は四肢を覆い、背後には魔力によって作られた腕が、浮かび上がる。

 シミュレーションで使った時より荒々しい姿は、正に阿修羅と呼ぶに相応しい姿だった。

 

 桃童子は地面を割る程の勢いで踏み込み、一気に天使へと近づく。

 

 今の速度はイニーと戦った時よりも早く、もしもこれ程の速さで攻められていれば、イニーは反応も出来ず一撃でやられていただろう。


 だが、相手は魔物の中でも最強に近い存在だ。


 天使は桃童子の拳を盾で受け流し、距離を取りながら大量の魔法を展開する。


 それは広場の空間全てを埋め尽くし、桃童子の命を刈り取ろうと迫る。


 避ける隙間などどこにもなく、天使も桃童子を両断しようと近づいてくる。


 そんな絶望的状況でも、桃童子は揺るぐ事はない。

 桃童子は全ての魔法を粉砕しながら、天使と切り結ぶ。


 昔戦った天使より翼が増えており、全ての能力が向上しているのを肌で感じた。


 魔物を作り出したのは魔女だが、魔女といえこのレベルの魔物を作り出すのは容易ではない。

 そんな魔物をここに配置したのは悪意に寄るものもあるが、桃童子を試す試金石でもあった。


 負けるならそれで構わないし、勝つのなら次の世界の参考にする。

 知らないものは調べないと気が済まないのだ。


(強いのう。じゃが、わらわとて負けるわけにはいかんのじゃ!)


 攻めているのは桃童子だが、決して有利とは言えない。


 天使の魔法と剣を防いではいるが、時間が経つほど、桃童子の中で燻ぶる感情が大きくなっていった。


 感情が爆発する前に、決着をつけなければいけない。


 もし爆発すれば……。


「修羅煉獄殺!」 


 魔法の合間を縫って、天使へと連撃を繰り出す。


 天使は盾で受け止めるが、物理への耐性があっても、桃童子の攻撃を受け取めるには限度がある。

 

 盾に次第に罅が入り、砕けてしまった。

 盾が無くなったとはいえ、天使にはまだ鎧が有り、攻撃を通すのは難しい。

 基本的に不利なのは桃童子だが、一点だけ有利なものがあった。


 それは……。


「獄・鎧通し」


 相手が鎧だろうが裸だろうか関係なく、攻撃を通すことが出来る。

 拳だから出来る技術があるのだ。


 天使も無防備に攻撃を受けるのではなく、桃童子の攻撃に合わせて、剣で斬りつける。


 剣は桃童子の肩に深々と刺さり、血飛沫を上げる。

 

 重症と呼べるレベルの怪我だが、剣が桃童子に刺さった事により、僅かに天使の動きが止まる。


 それは、好機と呼ぶにはあまりにも短い時間だが、桃童子にはそれで十分だった。


「葬刹」


 桃童子は全ての意識と魔力を拳に集中させ、天使に繰り出す。

 天使は咄嗟に魔法を放ち、桃童子の間合いから逃げる時間を稼ごうとするも、桃童子は魔法を正面から受け止め、怪我を厭わなかった。


 確実に天使を葬るためには、この好機をモノにするしかない。

 今の桃童子は死にさえしなければ、怪我などどうでも良いのだ。


 桃童子の拳は天使の鎧を貫通し、その肉体をも粉砕する。


 天使が放っていた魔法は消え、天使は壁に激突する。


 天使は塵へと姿を変え、50個目の広場の戦いは終わりに……ならない。


 ここまでなら、桃童子が限界突破しなくてもどうにかなる。

 問題はこの後だった。


 塵は空中に溶けず、集まって新たな魔物を作り出す。


 白かった翼は黒く染まり、鎧は消え、黒いローブをすっぽりと被っている。

 禍々しい剣を持ち、それ以外の装備は何もない。


 堕天使フォールダウン


 ここからが本番であり、桃童子はこの姿に変わった天使により、死の一歩手前まで追い込まれた。


 桃童子は斬られた左腕を軽く動かし、動く事を確認する。


(動くが、血が足りんな。それに、意識が朦朧とし始めておる。持って数分かのう)

 

 桃童子が広場に入って約10分。


 元々限界に近い状態で限界突破を使用し、更に大量の血を流した事により、立っているのもやっとな状態だった。


 桃童子は全身に魔力を送り、体を無理矢理活性化させた。


 血が無くなり、意識が朦朧としても、魔力がある限り、戦う事が出来る。


 想いが潰えなければ、倒れることはない。

 

「たとえこの身体、この魂尽きようとも、わらわの生き様。通させてもらおうぞ!」

 

 桃童子と言う個が、沸き上がる感情により消え失せる中。


 天使はただ笑っていた。

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