魔法少女と犠牲者の犠牲者
48個目の広場。
イニーたちが洞窟飛ばされてからの時間にすれば、約66時間。
誰も欠けることなく此処までこれたのは、奇跡と呼べるものだった。
だが、イニーを含め、全員が限界を越えて疲労している。
後2つとはいえ、進むのは厳しいものだった。
全員が広場へと入ると、1人の男が膝から崩れ落ちるようにして、地面へと倒れこんでしまった。
アロンガンテはその様子を見て、内心でやはりと呟いた。
「私はどうやらここまでみたいだね」
「どうしたんだ! 毒か何か受けたのか!? イニーフリューリング!」
倒れた男はオーストラリアの外務大臣であり、そこそこ高齢であった。
それなりに付き合いのある男がイニーフリューリングを呼ぶが、倒れた男は呼ぶのを止めさせた。
「今の私にはもう回復魔法は効かん。正直死にたくはないが、私のことは置いていけ」
「しかし!」
呼ばれたので一応来たイニーだが、男に触ると、フードの中で顔を顰めた。
男の症状は、回復魔法による弊害が引き起こしたものだった。
回復魔法は魔力によって様々な症状を治せるが、常に対価が必要となる。
軽いものなら魔力だけで済むが、極限状態での疲労やストレスを癒すのは、魔力だけでは足りなかったのだ。
そして、対価は症状の重さによって変わる。
先走る者がいても、発狂する者が出てこなかったのはイニーがストレスを癒していたおかげだが、その反動が遂に出てしまったのだ。
イニーとしても故意にやっていたわけではないので、自分の失態だと思い、顔を顰めたのだ。
この外務大臣を助ける手立ては、一応あるのだが、助けた場合、イニーは奥の手が使えなくなってしまう。
イニーが外務大臣を治すことは許されない。
「我ながら頑張ったと思うが、やはり歳には勝てん」
「動けないなら背負って運べば……」
「そんな余裕は誰にもないだろう。私が最初なだけで、全員ボロボロだろう?」
「……」
事務仕事ばかりしてきた彼らの疲労やストレスは、魔法少女であるイニーたちとは異なる。
気丈に振舞っている者が大半だが、一度倒れれば、もう立ち上がる事は出来ないだろう。
あと少しかもしれないとしても、無理はできない。
「伝えておきたい事はありますか?」
「オーストラリアの魔法局本部の局長にすまなかったと伝えてくれ。しかし、不思議なものだな。もう死ぬと分かっているのに、恐怖があまり湧いてこない」
外務大臣は力なく笑うが、イニーの魔法により、一定以上感情が高まらないようにしているのだ。
1人の暴走は、集団の破滅を導く。
もちろん限度はあるが、今は魔法のおかげで、取り乱す程暴走をしているのは、1人だけで済んでいる。
それも事態を受け止めて、既に沈黙している。
「ああ。最後に1つだけお願いがある」
「何でしょうか?」
「イニーフリューリングと少しだけ話させてくれないか? 出来れば2人きりで」
アロンガンテは、外務大臣の真意が分からないが、死にゆく者の頼みを断るほど薄情ではない。
だが、決めるのはアロンガンテではなく、イニーである。
アロンガンテがイニーを見ると、イニーは頷いてみせた。
「良いですよ。皆さん少し離れていて下さい」
「すまないね」
今の外務大臣には行動を起こす力はない。
だが、万が一が起こらないとも限らないので、アロンガンテは了承しながらも、ビットを1つ空に待機させた。
アロンガンテたちが離れてから数分ほどイニーは外務大臣と話をした後、おもむろに魔法を唱え、外務大臣を燃やしてしまった。
突然の事態に全員驚くも、アロンガンテと桃童子だけはイニーの行動の意味が分かってしまったので、声を出すほどではなかった。
しかし、驚きとは別に外務大臣の置き土産に少し怒りを感じてしまうのだった。
1
俺のミスであったが、精神的な疲れってのは個人差がある。
特にいつ死ぬか分からない状態では、疲労してしまうのも仕方ない。
治せないこともないが、俺が貯めたなけなしの栄養を使わなければならない。
そして、それを使うと俺は奥の手を使えなくなる。
よって、俺がこの人を治すことは実質出来ないのだ。
若干の負い目もあって提案に乗ったが、一体何の用だ?
「先ずは、オーストラリアを救ってくれた事のお礼を。君におかげで、オーストラリアは救われた。本当にありがとう」
「あれは任務だったので、構いませんよ」
「あれ程の地獄の中戦ったのも、任務だったからと?」
正確には少々違うが、任務だったのは間違いない。
「はい」
「そうか……」
男は寂しそうな顔をして、少しの間目を閉じた。
「私としては、君みたいな少女には自由に生きてほしいのだが…………悪いのは我々大人なんだろう……」
懺悔するような、後悔の言葉みたいだが、この人も何か悪さをしてきたのか?
「良ければ、顔を見せてくれないか? 死ぬ老いぼれの頼みを聞いてくれないだろうか?」
顔ねぇ……。
(どうする?)
『うーん。ハルナに任せるよ。今となっては、顔を晒す晒さないは効力が薄いからね』
俺の自由か。
まあ、どうせ死ぬんだし、良いか。
フードを捲って顔を出すと、男は寂しそうに目を細める。
「ああ。本当に綺麗だ。もしもその眼が輝いていたのなら、魅了される者が後を絶たなかっただろう。本当に。本当にすまなかった……」
大人ならちゃんと中身のある話してして欲しいが、一体こいつは何なんだ?
言い方から、魔法少女を人工的に作る計画に関わっていそうだが、この人の目は後ろに居る汚い奴らと違って濁っていない。
「どういう事ですか?」
「私は発案者だったのだよ。君の様な魔法少女を作る計画のね。考えることすらしてはいけなかったのだ。たとえ追い詰められていたとしても、あの様な生き地獄を作るくらいなら、人は滅びた方が良かったのかもしれない……」
(アクマ)
『内容的に、最初の発案者がいてもおかしくないけど、公式上は消されているし、私も過去の事を追うの難しいね。今は外部とも切り離されているから、詳しくは此処を出てからだね』
俺とは全く関係のない話だが、表向き俺は作られた存在、施設出身となっている。
そして、この男は全ての発端となった存在らしい。
多少アクマから教えてもらったが、研究の内容が内容なため、平和的とは間違っても言えない環境だ。
他人の事なので、へーそうなのかーで終わってしまったが、関わった人たちからすれば、憤慨ものだろう。
「魔女が何を思ってこんな事をしたのかは知らないが、もしかしたら私が……私のせいなのかもしれない」
「何か知っているんですか?」
「魔法少女をを作れるのなら、魔物も作れるのかもしれない。そう思ってしまうのは、人の業なのだろう」
確かにあれが出来るのならば、これも出来るだろうと考えることはあるが、流石に魔物を人為的に作る研究をする馬鹿がいるのか?
……居たんだろうな。この発言的に。
大方、ここはその研究をしていた場所であり、魔女が乗っ取ったのだろう。
「成る程。此処はその研究をしていた場所の可能性があると?」
「おそらくな。最後に1つ、私の願いを聞いてくれないか?」
「内容次第ですね」
何がツボにハマったのか分からないが、男は愉快そうに笑う。
「ふふ。そうか。だが、この願いを君は受け入れるだろう。――私を殺してくれ」
ほう?
「君が、イニーが悲惨な目にあった元凶は私だ。私を殺すことで、君の心が少しでも癒されるなら……」
ああ、復讐しても構わないって事か。
全くの無関係なのだが、この男は俺たちの誰かが殺さなければならない。
流石に魔物に殺されるのを選ばせるのは、人としての通りに反する。
救えないのなら、救えないなりの選択を、魔法少女はしなくてならない。
「どうしたのかね? 君の憎むべき相手が目の前にいるんだ。こんなチャンスはそうそうないぞ?」
憎むも何も無関係なのだが、教えるわけにもいかないからな。
(どうする?)
『私としては、ハルナの意思に任せるけど、出来ればハルナに傷付いてほしくないな』
殺すのは他人に任せろって事か。
アクマならそう言うと思った。
戦いの末に殺すのとは違い、無抵抗の。それも一般人を殺すのは難しい。
なにせ。敵だからなんて言い訳は出来ないからな。
自分の意志で人を殺す。
なんとも難しい問題だ。
しかし、こんな人の好さそうな人があの計画の発案者ねぇ……。
アシュリーやミリーなんかからだと白判定だったのに、まさか元凶とは思わなかった。
確か、オーストラリアの外務大臣だったかな?
調べた所で真相が解明されるとは思わないが、後でアロンガンテさんに相談してみるか。
「殺すのは構いませんが、どの様に死にたいですか?」
「そうだな。灰も残らないくらい燃やしてくれ。魔物に食われるのは流石に嫌だからね」
「分かりました」
(ハルナ……)
『既に5人殺しているんだ。問題ない』
普通に暮らしてた頃とは違い、殺し殺されの世界で生きているのだ。
今更一般人を殺したところで、痛む心など無い。
せめてもの情けだ。痛むまもなく、燃やし尽くしてやろう。
「
俺の詠唱により地面に魔法陣が現れ、白い炎が吹き上がる。
「ありがとう」
その一言を残し、男は灰も残らず燃え尽きた。
残念ながら、ただの思い違いだ。
俺は、施設なんかとは一切関係ないからな。
ただ、なんだ。
こいつはおそらく、復讐されたかったのだろうな。
死をもって償いとしたかったのだろう。
全く、人を殺したというのに、なんの感慨も湧いてこない。
「お前は何をしているんだ! 何故殺した!」
最初に喚いていた男が、また何か言っているな。
「頼まれたんですよ。魔物に嬲られて殺されるくらいなら、殺してほしいと」
「だからって……くっ。お前に人の心はないのか!?」
そこで人殺しと罵倒しない辺り、多少理性は残っているようだな。
あるいは、俺を恐れて下手な言葉を言えなかった可能性もあるが、そんなに怯えた表情をされて怒鳴られては怒りも湧いてこない。
「そこまでです。辛いのは分かりますが、死者の選択に文句を言うのは止めましょう。それに、これ以上体力を消耗すれば、死ぬのはあなたですよ?」
「分かっている。分かっているが……」
「確かに魔物に殺されるくらいなら、殺された方がマシなのかもしれないな。だが……」
人を殺しておいて、表情1つ変えないか……。
そう、俺には聞こえた。
そう言えば、フードをおろしたままだったな。
今の状況で被るのも場違いだし、出発の時に被ろう。
しかし、ついに脱落者が出てしまったか。
回復魔法で誤魔化してきたが、限界を越えてしまった。
これが、回復魔法は万能ではないと呼ばれている理由の1つだ。
対価を払えている内は良いが、対価が払えなくなると、一気に身体に負荷がかかる。
せめて飯が食べられれば、こんな事態にはならなかったのだろう。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それよりも、休憩はもうそろそろ終わりでは?」
「そうじゃが……わらわが言えた事ではないが、無理はせんようにのう」
客観的に見れば心配される状況だと俺も思うが、俺の心は静かなままだ。
恐怖や悪寒もないし、身体も震えてこない。
慣れなのか、それとも憎悪かエルメスが何かしているのか。
心も身体も、既に普通とは程遠い物に変わってしまったのだろうな。
まあいい。戦いが出来るのならば、それ以外は些細な事だ。
「次か50のどちらかで私が出ようと思いますが、どうしますか?」
「難しい所ですね。出来れば広場まで決めたいですが、魔物の大軍を相手しながらは厳しいですしね」
「次の広場じゃな。イニーのアルカナならば、魔物を迅速に倒すことが出来るのであろう?」
アルカナ単体なら分からないが、同時解放すればどんな魔物だろうとそうそう負けることはないだろう。
……ふむ。桃童子さんの言いたいことが読めてきたな。
49個目の広場と50個目の広場では、50個目の広場の方が、魔物が強いだろう。
そして、防衛するのも、50個目の方が辛くなる。
魔物の事だけを考えれば、俺が50個目の広場を担当した方が良いだろうが、今生きている全員で帰るには、それは悪手となる。
アロンガンテさんたちが通路で負ける事はないが、犠牲が出る可能性もある。
ならば、慣れている俺が50個目の広場で、通路を担当した方が良い。
それに、最悪の場合だが、同時解放をした後も、単体での開放も使用できる。
「次の広場での戦いを迅速に終わらせ、50個目の広場に備えるということですか。私や桃童子さんが防衛するよりは、イニーの方が生存率も上がりますからね」
「50回目の広場が確実に最後とも言い切れんのじゃが、それ以上あったらそもそも詰みじゃ」
魔女の性格を考えるに、ギリギリクリア出来るか出来ないかの難易度のはずだ。
そして、脱出できると言っていた以上、出口もあるだろう。
「分かりました。次ですね」
「うむ。イニーが迅速に魔物を討伐すれば、それだけ生存率が上がる。たのんじゃぞ」
(だそうだ)
『……うん』
この様子だと、少し放っておいた方が良さそうだな。
毎回当事者である俺ではなくて、アクマが落ち込む。
気にするなと言ったところで逆効果なので、そっとしておくのが一番だ。
『アクマはアルカナの中で一番女々しい奴です。人とアルカナは違うというのに、変な括りを持っているです』
急にエルメスが話し掛けてきたが、やはりアクマはアルカナの中でも変わり者なのだろう。
……個人的にはエルメスもかなり変わっていると思うのだが、言わぬが花だろう。
言わなくても、思うだけで本人には伝わってしまうけど。
それよりも、次の戦いだ。
目標は……そうだな。10秒以内に、倒すことにしよう。
ここで奥の手を切るのは悩み所だが、桃童子さんの言う通り行動した方が、全員……今生きている人が生存できる確率が上がる。
下手な能力がなく、単純に強い魔物が現れることを願おう。
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