魔法少女と突然の来訪者

「ちゃんと反省した?」


 30分以上続いた説教がようやく終わりを迎えようとする。


 既に足は痺れて、感覚がほとんど無い。


 今は変身を解いてるので、治すことも出来ない。


「です。私の能力を使っている時に他の能力を使うなんて言語道断です」


 エルメスもアクマも怒っているが、その内容は別であった。


 エルメスは恋人の能力を使ってる時に他の能力を使うなと怒っている。


 エルメス曰く、デート中に間女と手を繋ぐなだそうだ。


 アクマの方は憎悪の侵食について怒っていた。

 俺という存在が、アルカナ由来のものに書き換えられる現象。


 これについては原因も理由も分かっているが、どうやって行われているのかが分からない。


 俺も少しずつ魔法に詳しくなってきているが、色々と気掛かりな事が増え始めている。


 基本的に、魔法は使用する魔法少女の身の丈に合った出力しか出せない。


 決まった大きさのパイプには、決まった量の水しか流れないのだ。


 だが、憎悪はそのパイプを無視して水を流す。

 そして壊れた場所を修復するのだが、壊れた時よりも頑丈にしなければ意味がない。


 頑丈にする為に、アルカナ由来の物質を使っているのだ。

 

 その直し方が分からないのだが、少しずつ俺の身体は変異し、頑丈になっているようだ。


 これだけだとメリットしか感じないが、メリットが有るって事はデメリットも有るはずなのだ。


 それが何なのかは今の所分からない。

 だからアクマは憎悪の力を使うなと怒っているのだ。

 


「分かりました。しっかりと反省します」


 下手な事を考えると読まれてしまうので、一応しっかりと反省しておく。


 確かに悪いのは俺だが、桃童子さんがあんな反則技を使わなければ、俺も力を借りなくて済んだのだ。


 つまり、俺だけではなく桃童子さんも悪いのだ。


「本当に次無理したら容赦しないんだからね!」

「やるなら私の能力を使ってない時にお願いするです」

「分かったので、もう正座を止めて良いですか?」 


 正直、もうそろそろ涙が出そうな位辛い。


 ……そう言えばこの身体になってから泣いた事がなかったな。


「しかたないなー。もう良いよ」


 床に倒れこむようにして脚を伸ばす。

 当分動くことは出来そうにないな。

 

「それで、その憎悪ってのはどうにか出来そうなの?」

「今は無理ですね」


 どうにかしなければならないのだが、今は此方から取れる手段がない。


 俺が出来るのは蓋を開けるか閉めるかだけだ。

 その時に、どれだけ溢れ出るかは俺の感情次第となる。


 全く、困った爆弾だ。


 だが、今回桃童子さんとの戦いで得られたものも有る。

 

 どうやら向こうからならコンタクトを取れるみたいだ。

 俺からは無理だが、向こうがその気になってくれれば、現状を打破できる可能性がある。


 まあ、その結果が良いか悪いかは別としてだがな。

 

「そう……。あと少し。あと少しでこの戦いも終わるんだ。だから、無理だけはしないでね」

「それで勝てるなら構いませんが、勝てる見込みはないんでしょう?」


 魔女を倒したらハッピーエンド。


 そうなれば良いのだが、例の魔物が存在している。


 詳細は教えてもらえてないが、厄介なのは確かだろう。


 しかし、楓さんや桃童子さんが命がけで戦えば大体どうにかなると思うんだがな……。


 そんな人たちでも倒せないのか、それとも被害が出るから封印しているのか。


 なんにせよ、通常手段で倒すのは難しいだろう。


「それはそうだけど、だからって無理して死んだら元も子もないでしょう?」


 先の事などどうでも良いのだが、アクマに拗ねられるのも困る。

 生きられたら生きる。死ぬなら死ぬ。

 一瞬の快楽のために全てを投げ捨てる。

 

 この考えだけは変えられそうにない。

 

「生きる死ぬを話しても意味なんて無いですよ。ぶっちゃけ、私たちアルカナはとっくに魔女に負けているですからね。史郎のやりたいようにさせるのが、私たちの愛じゃないですか?」

「……いや、それはおかしくない?」


 やんややんやと2人は騒ぎだし、俺は床で寝っ転がる。

 

『全く。少しは自重したらどうなの? あなた大人なんでしょう?』 


 ああ、そう言えばこいつが残っていたんだな。

 

(どうせ死んだ人間なんだ。今更取り繕う必要もないだろう? なにせ、お前もそうなんだからな) 


『うぐ!』 


 こいつは私利私欲のために俺から栄養を奪取していた。

 しかも、エルメスが居なければ、奪われた物は永久にソラの物になっていた。


 結果としてその行為が幸運を招く事となるが、所詮結果論だ。


(そう言えば、ソラが身体を操る事って出来るのか?)


『無理よ。既に身体はあなたの物だし、仮に出来たとしても、そんな事をする気はないわ』


(それはどうしてだ?)


『……私にはもう戦う勇気が無いからよ』

 

(そうか。まあ、せいぜい俺が死ぬまでは今を楽しんでくれ。折角意識があるんだからな)

 

『――そうね。私が楽しむためにも死なないでよ』

 

(善処するさ)


 珍しくソラと話したが、ソラの素性を何も知らないんだよな。

 元アクマの契約者であり、一応異世界の住人である。

 

 年齢も本当の名前も知らない。

 知ったところで意味はないので、気にしなくても良いか。


 足の痺れも引いてきたが、そこそこ腹が空いてきたな。

 後どれ位で夕飯は出来るのだろうか?


 床に寝そべったまま2人の喧嘩を見ていると、端末が鳴った。

 

 タラゴンさんからだから、夕飯の呼び出しかな?

 

「もしもし?」


『夕飯が出来たから降りて来なさい』


「わかりました」


 予想通りだったな。

 

「夕飯が出来たそうなので私は行きますが、どうしますか?」

「もうそんな時間ですか。私は史郎の中に戻るです」

「私も。後でリンゴジュースだけ用意しといてね」


 2人は喧嘩を止めて、さっさと同化してしまった。

 全く、仲が良いのか悪いのか……。

 

 部屋を出ると、廊下にカレーの美味しそうな匂いが漂っていた。


 少し期待しながらリビングに向かうと、知らない女性が座っていた。


(誰だ?)

 

『おっと。報告をするのを忘れてたよ。彼女はジャンヌだよ』

 

 ふむ。変身している時の胡散臭さが薄れた代わりに、どこか煤けた感じがするな。


 髪には所々白髪が目立ち、身体の線も細い。

 

「やあ。この姿では初めてだね。如月鈴鹿きさらぎ すずか。またの名をジャンヌだ。よろしく」

「ハルナです」

 

 しかし、どうしてジャンヌさんが来ているのだろうか?

 

「話には聞いていたが、私よりも真っ白だね。染めたらどうだい?」

「染めた先から全部落ちてしまいました」

 

 結構昔の事だが、こんな白髪は目立つだろうと黒色に染めてみたのだ。

 しかし、何故か染料が髪に染み込まず、白髪のままだった。


 何種類か試したが、効果無しだった。


「それは面白い結果だね……」

「ジャン……如月さんこそ染めないのですか?」

「面倒くさいのもあるが、変身している間は問題ないからね。魔法少女を辞めた後染めるさ」


 自分で染めるにせよ、店で染めるにせよ、それなりに時間が掛かるからな。

 

「来たわね。注文通りのチキンカレーよ」

 

 空いてる席に座ると、タイミングよくタラゴンさんがカレーを運んできてくれた。

 

「ご馳走になるよ。お姉ちゃん」

「……あんた私より年上よね?」

「さて、どうだっただろうか?」


 タラゴンさんは、薄気味悪そうにしながら配膳をする。

  

 ふむ。タラゴンさんよりジャンヌさんの方が年上なのか……。

 正直女性の年齢って見た目では判断出来ないんだよな。


 特に魔法少女は魔力の関係か、若々しい人が多い。


 タラゴンさんも女子高生と言われても、信じられる程度には若く見える。

 ジャンヌさんは白髪のせいか若干老けて見えるが何歳だろうか?


「それじゃあ食べちゃいましょう。それと、食べ終わったら診察よ」

「分かりました」


 なるほど、俺の治療のために呼んだの。

 ……いや、おそらく治療は次いでで、飯がメインだろうか?


「ふむ。甘口だが、しっかりとカレーらしいコクがあるな。美味しいよ」

「それは良かったわ。まあ、良い食材を使ってるからかも知れないけどね」


 散財する方法が食事位しかないから、タラゴンさんはなるべく高い食材を買っている。

 まあ、水上の住民からお裾分けされてるものも結構あるが、それはそれだ。


 昔は辛口も問題なかったのだが、今は甘口が丁度良い。

 

「そう言えば、イギリスで結構な事件があったようだね。レンが魔法局と衛星を破壊して、イニーが山を穿ったとか」

 

 ほんの一瞬カレーを食べる手が止まるが、平常心を保つ。


「良い感じに凍ってたわね。魔法少女同士の戦いは結界が間に合わないとはいえ、流石にあれは酷いわね」

「あいつの能力はどうしても周りに被害が出てしまうからね。まあ、彼女の性格もあるとは思うけどさ」

 

 レンさんとは一週間の付き合いだったが、我が強いと言うよりは我が道を行くって感じの人だった。

 ある意味俺と似ているが、レンさんは周りの事を全く気にしていないので、被害を気にせず敵と戦う。


 いや、一応注意を促してはいるので、全く気にしていないわけではないだろう。


 それでもあの結果なので、笑えない。


「ハルナも3人倒したらしいが、何故山が吹き飛んだんだい?」

「確実に倒すために少々強力な魔法を使ったら、結界が壊れてしまいました」


 確かに馬鹿みたいに魔力を込めて、全身全霊一歩手前位の気持ちで魔法を使ったが、まさか結界が壊れるなんて思わなかった。


 アクマの言う通りならランカ用の結界と同等なので、今後は気を付けなければならない。

 

「結界は向こうの奴かい?」

「はい」

「そうか……。聞いた話ではランカー用の奴と同等の強度があるって話だが、よく壊したね。また無茶をしたのかな?」 

「結界を壊した魔法については、無理をしていません」

 

 アルカナの同時解放なんてバグ技を使っているが、これによるデメリットは全くない。

 その前段階で憎悪に乗っ取られたのは無茶に入るが、こっちはノーカウントだ。


「結界については……か。今回は五体満足で帰ってきているし、深くは聞かないでおこう。お代わりを頼む」

「はいはい」


 相手が相手だから、無傷で勝つのは中々難しい。

 俺も強くなっているのだが、毎回理不尽を押し付けられるのだ。


 今回も辛いものがあったが、魔物が居ないだけマシだった。


 もしもだが、あの3人と戦う前に複数のSS級などの魔物と戦わされていたら、流石にどうなったか分からない。


 ソラの助けを借りて使用できるアルカナの同時解放は通常時より制限時間が長いが、無制限とはいかない。


 戦闘時の負荷にもよるが、無理をしなければ1時間。

 限界まで酷使すれば15分から20分位だろう。 

 

 そうだ、タラゴンさんが居ない間に桃童子さんの事を聞いておくか。

 

「桃童子さんの本気って知ってますか?」

「……その聞き方だと、を使った桃童子と戦ったのかい?」

「はい」


 ジャンヌさんは呆れるような溜息を吐き、タラゴンが向かったキッチンの方を見る。


「その話は後にしよう。あれを知るのは少人数の方が良いからね」

「分かりました」


 やはりジャンヌさんは知っていたか。

 そして、タラゴンさんは知らない……いや、教えていないみたいだな。


「話は変わるが、イニーを勧誘しようとする輩は居たかね?」

「基本的に、誰とも接触しようとしなかったので大丈夫です」


 移動は基本的にアクマの転移だし、魔物の討伐とレンさんに付き添う時以外で、誰かと会う事はほとんどなかった。

 

 ついでに、俺よりも遥かに目立つレンさんが居たので、俺に構っている暇もなかったのだろう。


「それなら良かった。知っていると思うが、回復魔法が使える魔法少女は各国が血眼になって探している。イニーは問題ないと思うが、注意しておくと良い」


 回復魔法による患者へのデメリットは、ほとんどない。

 短期間で何度も使ったり、欠損となれば話は変わるが、それでも後遺症が残るとかなんてのは稀だ。


 その代わり、治療する魔法少女側には色々とデメリットがある。

 先ずは魔力の消費量が多い事。

 次に魔法少女としての戦闘力が低くなる事。

 これは人によるが、助けられない命が有る事。


 他にも有るが、平時ならともかく、今の様な危機的状態では生き辛いだろう。


 しかも、破滅主義派からしたら良い的だ。


「分かりました」

「お待たせ。お代わりよ」

「ありがとう」


 一旦話しが終わり、再びカレーを食べ始める。

 いつもの事だが、俺の食べる早さは2人と比べてとても遅い。


 食べるのは好きなのだが、ソラの事を考えると通常の食事だけでは効率が悪いし、高カロリー系の栄養食やレーションを買っておくかな。


「ご馳走様。ハルナはまだ時間が必要だろうから、先に珈琲飲む?」

「いただくとするよ。ブラックで頼む」

「知ってるわよ」


 いつもと同じく、先に食べ終えられる。


 俺もなるべく早く食べるとしよう。

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