最強の魔法少女の敗北

「数値に若干の乱れが見られるが、健康状態に問題は無さそうだね」

「ふーん。なら良いわ」


 食事を終えて、珈琲を飲み終えてから始まった診察は案の定の結果となった。

 怪我らしい怪我もしてないし、飯もちゃんと食べていたので健康そのものだ。


 ジャンヌさんが言う数値の乱れはおそらく憎悪が腕を壊したせいだろう。


「さて、食べる物を食べてやることをやったから私は行くとするよ。またね」


 診察を終えたジャンヌさんはタラゴンさんにお礼を言い、そのままテレポートしてしまった。

 

 社会人のまたねは数か月や1年位後になることがあるが、桃童子さんの件もあるし、後でメールを送っておこう。


 風呂にも入って飯を食べたら眠くなってきたな。

 色々と濃い1日だったし、今日は寝てしまおう。


「私も今日は寝るとします」

「珍しいわね。いつもならまだ起きているのに」


 ミカちゃんと桃童子さんのせいで異様に疲れたからな。

 肉体的にも精神的にも疲れた。


「少々疲れる事がありまして。おやすみなさい」

「おやすみ」


 若干ふらつく足取りで部屋に戻り、布に入る。


(ジャンヌさんにメールを頼む)

 

『了解。空いてる日を聞いておくよ』


 これで心残りは無くなった。


(ありがとう。それじゃあおやすみ)


『うん。おやすみハルナ』



 



 1




 



 幾何学的な模様。魔法陣が脈動するように光る破滅主義派の会議室。

 そこに、リンネと魔女が居た。

 

「ふふ。なるほどねぇ。彼女はとっくに堕ちていたわけね。見誤ったのは私だったわけだ」

「……」


 魔女はイニーのイギリスでの戦いを見ながら笑う。


「しかし、あの歳でか。よく頑張るものだ。そう思わないかい?」

「頑張ってるとは思うよ。だが、結果は見えているでしょう?」

「まあね」


 アルカナを複数揃え、憎悪により限界以上の力を引き出す事も出来る。

 それでも、魔女に勝つのは生半可なことではない。


 いや、魔女と同じものを持っているイニーが魔女に勝つのは無理なのだ。


「イニーの持っている感情は何だろうね? まあ、そんな事は別に良いか。こちらの準備は完全に終わったよ。いつでも封印は解ける。けど、その前にもう一波乱どう?」


 北極に封印された最悪にして、厄災となる魔物。

 もしもの場合に妖精界は備えているが、そんなもの魔女にとっては無意味なのだ。

 

 そして、イニーが生きている間は、準備が出来ても魔物を解き放つなんてことを、魔女はする気がない。


 全ては戯れなのだ。

 

「そうだね。今度、私たちの対策会議をするみたいだが、それなんてどうだろう?」

「あの意味の無さそうな会議ね」


 世界の要人が集まる手前、秘密裏になんてことは出来ない。

 会議を行うことは、既に世界中に知れ渡っていた。

 

「ああ。ついでに、イニーに対する査問もするみたいだし、面白じゃないかい?」


 リンネは対策会議について調べた資料を魔女に渡す。


 資料を読む魔女は次第に機嫌が悪くなっていく。

 そして、資料を読み終わると燃やしてしまった。

 

「ふーん。やっぱりあの連中は馬鹿みたいね」

「人はそう簡単には変わらない。それはあなたが一番良く知っているでしょう?」


 リンネは魔女の全てを知っているわけではないが、魔女が渡した全ての資料を読んでいるため、そこから考察をした。


 そして、魔女の素顔を見た事で考察は、ほぼあっていると確信もしている。

 

「そうね。けど、これは確かに良い舞台になりそうだわ。それに、既に堕ちているなら、何をやっても大丈夫だしね」

「アロンガンテはどうするんだい?」

「死ぬなら死ぬ。生き残るなら生き残るで構わないわ」


 魔女が先ほど燃やした資料には、表沙汰に出来ない計画も書かれていた。


 この会議の一番の目的は魔女に対する防衛策をどうするかだ。

 次に、唯一破滅主義派にダメージを与えられているイニーについてとなる。


 これが明かされている内容だが、それだけで終わりになるほど、人は綺麗なものではない。


「さて、どう料理しようかしら……場所は妖精界だし、少し面倒なのよね。残りの戦力は少ないけど、向こうもそれなりだし、派手にいこうかしら」

「どうするか決まったのかい?」

「ええ」

 

 数分もしない間に魔女は計画を決め、リンネに話す。


 魔女が妖精界を面倒と思う理由は、妖精女王が居るからだ。

 ただの妖精程度なら魔女にとって障害にならないが、妖精女王だけは別だった。


 新魔大戦の時の様にこそこそしたり、すぐに退散するなら問題ないが、妖精界で戦うとなれば、介入してくる危険がある。


 勝ち負けで言えば魔女が勝てるが、魔女にとっては戦いたくない相手である。


「なるほど。向こうの作戦に乗っかるのか。そして、纏めて飛ばすと?」

「ええ。殺そうとした者と殺されそうになった物が同じ空間に取り残されるなんて面白いでしょう? 後はジャミングと場所の準備ね」


 魔女が立てた計画はとても簡単であり、とても凶悪なものだ。


 戯れだが、その殺意だけは本物である。


 生きるか死ぬか。それはイニーの頑張り次第となる。






 2





 タラゴンの家で夕飯を食べた後、ジャンヌは直ぐに桃童子を呼び出した。

 それは桃童子が使った力について話すためだ。


 桃童子からもジャンヌに連絡を取ろうとも思っていたが、どうせ呼ばれるだろうと思っていたので、休んでいた。

 

「来たか。イニーから聞いたが、あれを使ったのだろう?」 


 目の前のソファーに座る桃童子に、ジャンヌは語り掛ける。


「うむ。もしもの場合の一手になるかもと思うてのう。未だ強化フォームにすらなれておらぬが、択は多い方が良かろう?」

「使うのはシミュレーションであっても禁止されていたはずだが?」

 

 桃童子は快活に笑い、ジャンヌの目を見る。

 ジャンヌは溜息を吐き、桃童子に回復魔法を掛けた。


「ブレードとの戦いで使用を禁じられているだけで、それ以外では問題ない。ただ使うに相応しい相手が居らんかっただけじゃ。それと、助かったのじゃ」

 

 ランキング3位。

 その名に恥じぬだけの強さが桃童子にはある。


 だが桃童子がこの高みへとたどり着くには、代償があった。


「前にも忠告したが、魔力による汚染は私にも治せない。もしも汚染が全身に広がれば、どうなるか分かっているだろう?」


 魔力汚染の先に待っているのは死だけだ。

 そこに例外などない。

 

「分かっておる。じゃが、そんな悠長なことを言っておる暇もなかろう?」

「死ぬなら私の目が届かない場所で頼むよ」

「おぬしは相変わらずじゃな。まあ、その心配ももう直ぐしまいじゃ」

「……何故?」

「わらわの勘が囁くのじゃ。死地が近いとな」 


 桃童子はゆっくりと立ち上がり、扉へと向かう途中で一度立ち止まる。


「そうそう。気が向いたらで構わぬから、タケミカヅチと言う魔法少女を見てやってくれ。あれはわらわと同じ物を持っておる」


 僅か数分の会話だが、ジャンヌと桃童子にはそれで十分だった。


 扉が閉まり、ジャンヌだけが部屋に取り残される。

 

「死合か。戦いたがりの考えは分からないね」

「昔のあなたも似たようなものだったでしょう?」


 桃童子が居なくなり、ジャンヌだけがいる部屋で、違う声が聞こえてきた。

 ジャンヌは特に慌てることなく、声の主に返す。

 

「珍しいじゃないか。最近は籠り気味だったみたいだけど、キリがついたのかい?」

「ええ。私の負けでね」

「ほう?」


 いつの間にか部屋に居た魔法少女。楓は桃童子が座っていたソファーに音を立てながら座る。


 不機嫌というよりは、やさぐれた感じだ。


「封印していた場所を、空間ごと全て持っていかれました。近い将来、世界は破滅の危機を迎える可能性があります」


 秘密裏に進んでいた楓と魔女の攻防は、魔女の勝利で幕を下ろすこととなった。

 そして、それが意味するのは、封印以外の手を選べなかった魔物の解放である。


「再封印は出来そうなのかね?」

「不可能ではないですが、あれは倒せば魔力をばら撒き、封印状態でも微量ながら魔力をばら撒きます。場所を選ぶ必要があるでしょう」 

「それを向こうが許すと?」

「そうなんですよね」


 楓は溜息を吐いてから、どこからか飲み物を取り出して飲む。


「私はこの後魔女の痕跡を辿って捜索をする予定です。おそらくほとんどダミーだとは思いますが、破滅主義派のメンバーを捕らえることは出来るでしょう。他のランカーの予定はどうなっていますか?」

「メールは……念のため回線を切っているんだったね」


 昔は電波による送受信が主流だったか、魔力と妖精界の出現により、魔力を用いた送受信が主流に変わった。


 魔力を使うということは、魔法少女によっては探知も可能なのだ。

 なので、楓は端末の電源を落としていた。


 そして、ジャンヌは直近のランカーの予定を話した。

 レンとブレードは魔物の討伐。

 フルールとグリントは破滅主義派と思われる指定討伐種の捜索。

 タラゴンは各国を回って手が足りていない所の支援。

 ゼアーは不明。


 アロンガンテは……。


「会議ですか。桃童子さんはその護衛。今更会議などと言いたいですが体面も重要ですからね。私の代わりにすみませんと伝えておいて下さい」

「分かった。もう行くのかね?」

「はい。今回は負けましたが、封印を解かれる前に見つければなんとかなりますからね」


 楓はソファーから立ち上がり、片腕を上げながら、ふと、腕を止めた。


「イニーはどうですか? オーストラリアでは大変みたいでしたが?」

「単純な強さならランカーを名乗れる程だが、今は本人の希望で保留してるよ。それと、イギリスで破滅主義派の幹部クラスを3人殺したよ。楓にも関連がある報告もあるから、出掛ける前に机の上を見ておいてくれ」

「そうですか……。全く、ままならないものですね」


 楓は平和のために戦ってきた。

 その行いによって、世界は仮初の平和を得ることが出来た。


 それと共に、人の醜い面が顔を出した。


 魔物ならともかく、人が相手となると楓も一筋縄ではいかない。

 運が悪いことに、楓が魔法局や魔法少女の腐敗に気づいた時には、既に手遅れだった。


 結果としてアロンガンテに丸投げする形となってしまったが、魔法局上層部の暴走により、魔法局関連の腐敗は片が付いた。


 残りは国と、一部の魔法少女たちとなる。

 後は昔からの問題として、違法な研究をしている施設の破壊もあるが、これは根深い問題なので、見つけ次第破壊していくしかない。


 楓の頑張りによって魔物による破滅は一時的に回避できたが、人による滅亡を招くこととなった。

 その事を、楓は憂いていた。

 

「人の善性なんてまやかしさ。お手て繋いで頑張ろうなんて意味がないと知っているだろう?」

「……そうですね。人間関係の方はアロンガンテさんに任せるとします。私には強硬手段しか取れませんから」

「人には得意不得意があるからね」


 他から見たら何でも出来るように見える楓だが、年相応に苦手な事もある。

 それを自覚するようになってからは、任せやれる事は他人へ任せるようにしている。


「緊急用の回線は開いてますので、何かあったら連絡するように伝えておいて下さい。それでは」

「頑張ってくれたまえ」


 楓は自分が出した魔法陣の上に乗り、転移して消えてしまった。


「どうなろうと構わないが、もう少し気楽に生きたいものだね」


 ジャンヌはぬるくなった珈琲を一息で飲み、懐から煙草を一本取り出す。


 普段は健康に気を使って煙草など吸わないが、こんな時くらい吸ってもバチは当たらないだろう。


 ジャンヌの口から洩れた白煙が天井に昇っていき、儚く散った。

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