魔法少女と久々の帰宅
若い子の体力は凄い。
後数年で三十路を迎える俺には辛いものがあった。
やっとミカちゃんから解放され、家へと帰って来られた。
疲れた時は風呂に限るな。
変身を解除して風呂場に向かう。
服を脱ぐ前に、念のためにロッカーを確認しておく。
ついでに、アクマに中に誰も居ないか探ってもらってから服を脱ぎ、風呂場に入る。
身体が成長しないのはソラのおかげだが、何故か髪は伸びているんだよな……。
ソラの言い分通りなら髪が伸びるなんて事は起きないはずだが……髪くらい一々気にしなくてもいいか。
どうせアクマが遊ぶだけだし。
シャワーからお湯を出すと、アクマが同化を解除して洗い出す。
目を閉じて座っているだけで良いのは楽だな。
「桃童子の件調べてみたけど、それらしい情報は全く無かったね」
「そうですか。なら桃童子さん限定の能力ですか?」
「それがそうとも言い切れないんだよね。ちょっとだけ面白いメールを見つけたんだ」
頭を洗っているアクマが俺の頭をコツンと叩くと、アクマが集めた情報や、面白いメールの内容が頭に流れ込んでくる。
メールの差出人は楓さんで、宛先は桃童子さんとブレードさんだ。
内容は、シミュレーションだとしても、2人が全力で戦う事を禁ずると言った感じの物だ。
そして、それ以外にオンライン上の情報は無し。
楓さん。桃童子さん。ブレードさん。そして、ジャンヌさん。
この4人以外は知らない秘中の秘といった感じかな?
他にも知っている人はいるかもしれないが、この4人は確定だろう。
メールの文面的に、ブレードさんも同じような事が出来そうだな。
そして、おそらく楓さんもだ。
楓さんの能力は召喚となっているが、”何”を召喚出来るのかは明かしていない。
ジャンヌさんの情報提供で、魔法少女の武器を召喚出来るのは分かったが、それだけなんてわけがない。
なんで日本には、化け物ばかりが居るんですかね?
「アクマが見てきた日本もこんな感じでしたか?」
「う-ん。日本に居る事が少なかったけど、ここまで酷いのはあまりなかったと思うよ」
強いではなく、酷いか。
そう思う気持ちも分かるが、味方と考えれば心強いと思うのだがな……。
まあ、実戦では使用出来ないので、あの強さを期待する事は出来ないのだけどな。
シャンプーの泡で全身を包まれ、それをアクマがシャワーで流す。
その後は全身を洗われ、お風呂に浸かる。
やはり温泉は良い。
今の身体は肩こりや関節の痛みとは無縁だが、温泉に入るのは気持ちが良い。
もしも違う世界に行くことを考えて、温泉の掘り方でも調べておくか。
温泉が無いだけで、俺のやる気は大幅に減るだろうからな。
珍しくアクマと一緒に、湯舟の上で身体を浮かせて揺蕩う。
このままずっとこうしていたいが、もうそろそろ上がらないと逆上せてしまう。
「出ますか」
「そうだね」
お湯で重たくなった髪を引きずり、湯舟から上がる。
全身をアクマが拭き、アクマが用意した服に着替える。
疲れていたせいで服を用意するのを忘れてしまうとは……今日は我慢するとしよう。
「お帰り。イギリスはどうだった?」
「……微妙でしたね」
珈琲を淹れる為にリビングへ向かうと、タラゴンさんが寛いでいた。
タラゴンさんの家なので居てもおかしくないが、俺が帰って来た時は居なかったはずだ。
(どれ位風呂に入っていたんだ?)
『1時間位だね。因みにタラゴンが帰ってきたのは30分くらい前だね』
そんなに入っていたのか……タラゴンさんが風呂に突撃してこなくて良かった。
「あのレンと一緒だったもんね。そんな反応になるか……珈琲飲むんでしょう? 淹れてあげるわ」
淹れてくれると言うならば待つとするか。
そう言えば、これでランカーに負けるのは3人目か。
タラゴンさんにズタボロにされ、レンさんに反応する間もなく倒され、桃童子さんに木端微塵にされた。
日本の頂点たる魔法少女なのだから強くて当たり前だが、やはり負けるのは悔しい。
立っている土俵が違うとはいえ、勝負は勝負だ。
タラゴンさんには勝ったが、他の2人に勝てるビジョンが全く見えてこない。
レンさんはアルカナの同時解放でもしかしたら勝てるかもしれないが、あの桃童子さんにはな……。
まあ、あの人については追々で良いだろう。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
水上はまだ雪が大量に積もっていて、とても寒い。
こんな日は温かい珈琲を飲むに限る。
「アロンガンテから聞いたけど、3人倒したみたいじゃない。大丈夫なの?」
「何がですか?」
大丈夫とは一体何に対してだろうか?
今回は憎悪による自傷以外の怪我は全く無い。
拠点の家で、椅子の足に小指をぶつけて踠くなんて事もあったが、あれは些細な事だ。
その時バカ笑いしたアクマを歯磨きでくすぐって罰を与えたが、いいストレス発散になった。
「何がって……はぁ」
タラゴンさんはひたいに手を当てて大きな溜め息を吐いた。
「私の聞き方が悪かったわね。人を殺して大丈夫なの?」
なんだ、その事か。
ブルーコレットを含めて、人を殺すのは今回で5人目だ。
慣れた……わけではないが、別に無辜の民を殺してるわけではない。
殺そうとしているので殺す。
そこに無駄な感情が入り込む余地はない。
今回は特にそうだった。
僅かな躊躇いでもあれば、死んでいたのは俺だろう。
「見ての通り大丈夫です」
「身体はともかく、心なんて見ても分からないでしょうが……。例の会議までは少し休みなさい」
「善処します」
額に青筋を浮かべたタラゴンさんに頭を叩かれた。
「あんたは毎回それね。たまにはちゃんと返事をしなさい」
「ぜ……はい」
癖になってるんだよな……。
多分治ることはないと思う。
「全くもう……。まあいいわ。言った所で治らないのは分かっている事だし、魔女の事件が終わるまでは待ってあげるわ。さてと、何か食べたい物はある? 作ってあげるわよ」
そう言えばもう夕飯の時間か。
朝から妙に濃い一日だったので時間の感覚がおかしくなっているようだ。
夕飯……正直食べられればなんでも良いのだが、現状では高カロリーの物が好ましい。
栄養バランスも少し気にしておいた方が良いが、一番重要なのはカロリーだ。
なので、
「カレーが食べたいです」
肉野菜。そして米。
全てをバランスよく摂取できる栄養食。
ついでに、最後に食べたのはナイトメアと妖精界のお店でだ。
「カレーね。何カレーが良い? それと辛さは?」
「チキンカレーで、甘口でお願いします」
「分かったわ。作るのに時間も掛かるし、少し休んでなさい」
休みたいのは山々だが、この後に待っているのはアクマとエルメスのお説教である。
ソラは基本的に外へ出られないので、小言を貰うだけで済んだが、それでも少し煩かった。
悪いのは俺なのだが、ちょっと位なら許されても良いと思う。
憎悪も本当に少しだけ力を貸しただけなので、これと言って浸食や不調も無い。
なので説教をしなくても良いと思うのだが、2人の気が済まないようだ。
仕方ないが、夕飯前に済ませてしまうか。
タラゴンさんに自室で休むことを伝えて、重い足取りでリビングから出て行く。
自室に入ると、アクマとエルメスが同化を解除する。
エルメスが鍵を閉め、アクマが床を指差す。
なるほど、床で正座しろと。
仕方なくベッドの方を向く形で正座する。
説教が始まる前に言っておかなければならない事がある。
「今回は私悪くないですよね?」
エルメスとアクマが同時に俺の頭を叩いた。
1
「もしもし?」
『やあ。イニーの様子はどうだい?』
イニーがリビングから去った後、タラゴンはカレーを作りながらジャンヌと電話をしていた。
今の日本のランカー全員に言える事だが、皆イニーの事を大切に思っている。
多少各個人ごとに思惑もあるが、大切に思っていることに偽りはない。
「相変わらずの無表情ね。確か5人目だっけ?」
『ああ。ブルーコレット。オルネアス。今回の3人で計5人だが、これで全部ではないかもしれないね』
「どういうこと?」
タラゴンはカレーを作る手を一瞬だけ止め、直ぐに動かす。
『人を殺すのは多かれ少なかれストレスとなる。身体の震え。食欲不振。睡眠障害。何かしらの形で身体に現れるのが普通だ。君やフルールも初めはそうだったろう?』
タラゴンは初めて人を、指定討伐種となった魔法少女を殺した日のことを思い出す。
能力の関係上、タラゴンが生物を攻撃する場合、悲惨な結果となる。
そこに殺意がなければ問題ないが、殺すとなると、基本的に爆殺しか選択肢がない。
結果として、タラゴンは指定討伐種を爆殺した。
臓腑や血が飛び散り、タラゴンを赤く染めた。
その場でしゃがみ込み、胃の中身をすべて吐き出し、数日間まともな食事を取ることが出来なかった。
今となっては割り切れているが、当時は悪夢を見るほどのトラウマとなっていた。
「そうね。私も覚えがあるわ」
『普通の人間なら人を殺す事に忌避感を覚えるからね。さて、そんな殺しだが、大丈夫になる方法が2つある。なんだと思う?』
「……割り切る事と、慣れる事かしら?」
『そうだ。人は良くも悪くも慣れてしまう生き物だ。これ以上は言わなくても分かるだろう?』
11歳の少女に殺人を割り切れなんて教えるのは無理がある。
だが、殺人が当たり前だと、出来て普通の事だと認識させることは可能だ。
そうなるまで殺し続けさせればいいのだから。
ジャンヌはその可能性をタラゴンに話したのだ。
「それはありえる話なのかしら?」
『普通のと言えば語弊があるが、あまり面白くない報告をフルールから貰ってね。どうやら、魔法少女の量産よりも、最強の魔法少女を作る研究にシフトしているみたいなんだ』
魔法少女を人為的に作り出す。
一時期は世界中で研究されたが、直ぐに中止される事となる。
その過程が余りにも非人道的だからだ。
最初の課題は魔法少女とは、どうすればなれるのかだった。
そして、魔法少女に必要なものは何なのか?
魔法少女の能力は選べるのか?
それを知るには、魔法少女を知る必要があった。
なんて事はない。
正義の為。未来の為と何人もの少女が死んだだけだ。
正確には絶望の中殺され……惨殺された。
そんな事をやっていたので、国際的に禁止されたのだ。
無論、妖精界も一枚嚙んでいる。
それでも世の為人の為と思い、秘密裏に続けている愚か者が居るのだ。
「その馬鹿たちの目的は?」
『第二の楓を作る事だそうだ。1人で全ての魔物を倒せ、復興は勿論治療すら出来る。更に事務処理もこなせる
「何故だかイニーの顔が浮かぶんだけど?」
『私もだよ』
多数の魔物を強化フォームにならず倒すことができ、回復魔法が使える。
更に学園ではその頭脳をいかんなく発揮していた。
『これは私の考えだが、おそらくイニーは唯一の成功例なのだろう。そして、失敗作を殺させた。だから殺しに慣れてしまっているのだろう』
「胸糞悪いわね」
イニーが話した事は全くの嘘なのだが、それに近しいことをしている研究所が見つかってしまった。
本人は既に嘘を吐いたことすら忘れているのだが、周りの勘違いは加速していく一方だった。
『ついでに生存者は居なかったそうだ。試験官もね』
「逃げられたの?」
『いや、成功しなかったみたいだよ。言い方は悪いが、そうそうイニーの様な存在が居たら、とっくに人類は滅んでいるだろうさ』
アルカナ無しでもイニーはタラゴンに一撃入れる事が出来た。
火力の面も侮る事が出来ず、更に厄介な事に回復魔法すら使えるのだ。
その力が魔物に向いている間は良いが、もしも人に向いたら?
待っているのは破滅だろう。
イニーの様な存在を作り出すわけにはいかない。
それがジャンヌとタラゴンの答えだ。
「うん。甘いわね」
タラゴンはカレーの味見をした。
イニーの注文通り甘口である。
本来ならじっくりと煮込んで作るのだが、圧力鍋を使う事で時間短縮している。
『何か作っているのかい?』
「カレーよ。イニーが食べたいってさ」
『そうか……量はどれ位作っているんだい?』
「もしかして食べに来る気? 別に構わないけど、そっちの仕事は大丈夫なの?」
魔法少女を始め、一般人まで治療しているジャンヌは多忙である。
前回イニーと協力して治療に当たったが、日に治療する量は通常の魔法少女の数百倍以上だ。
現在活動している、回復魔法が使える魔法少女を全て足しても、その治療数に達することは出来ない。
その為、ジャンヌ1人が休むという事は、世界的損失と言ってもいい。
『2時間程休む時間があるのさ。今から向かうとするよ』
「そう。来るならついでにイニーを診てよね」
『分かってるさ。20分位で着くと思う。それじゃあまた』
タラゴンはやれやれと溜息を吐き、ご飯が後どれ位で炊けるか確認する。
「30分か……サラダも作っておこうかしら?」
料理洗濯家事戦闘。
全てにおいて高水準なのが、タラゴンであった。
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