魔法少女と理不尽

 流石にこれは知らなかった。

 ランカーなのだから隠し玉の1つや2つ有ってもおかしくはない。


 だが、これはどう見てもそんなレベルではない。


 突撃してくる桃童子さんの攻撃を両手の剣で”全て”いなす。

 ギリギリで避けようなんてことは出来ない。


 ギリギリなんて狙えば、桃童子さんの拳によって歪んだ空間により、ズタズタにされてしまう。

 全ての攻撃が一撃必殺。理不尽にも程がある。


 そして何が辛いって、こちらの攻撃が掠りもしないのだ。


 まるで先を知っているかの様に躱され、カウンターを叩き込んでくる。


 コンマ1秒でもその場に留まれば、俺はミンチにされてしまうだろう。

 いや、ミンチではなく、影も形も残らず吹き飛ばされてしまうか。

 

 ある意味、この姿を選んだのは正解だったな。

 

 一撃の威力は落ちるが、速さに全振りする感じを願った結果が今の姿だ。

 少々蠱惑的と言うか、肌色の面積が多いがそのおかげでなんとか桃童子さんの速さに付いて行けている。


(これ知ってたか?)


『他の世界でも桃童子は見かけたけど、これは初めてだね。これはちょっと洒落にならない』


(そうだな。洒落にならないよ……な!)


 桃童子さんの蹴りをしゃがんで避けるが、桃童子さんは蹴りで一回転した後にサマーソルトキックをしてきた。


 跳び退きながら双剣で防御するが、それだけで両腕の骨が粉々になる。


 空中で体勢を整えながら、腰から垂れている布を操って腕に巻き付ける。

 骨が砕けて変色していた腕は治り始めるが、既に目の前には跳んできた桃童子さんが居た。


 空中だと流石に分が悪い……。


 かかと落としを、なんとか治した左腕を犠牲にして威力を殺す。


 それでも完全には殺せず、地面に強く叩きつけられる。


 左腕は弾けてしまったが、おかげで右腕は完全に治せた。


 身体中が糞痛いが、まだやれそうだ。


 左腕の再生まで約5秒。

 先ずは5秒耐えなければ。

 

「傀儡の舞」


 身体に巻き付いている帯が四肢に伸び、くるりと巻き付く。


(エルメス)

 

『あまり気乗りはしないですが、操作は任せろです』


 傀儡の名の如く、身体の操作の一部をエルメスに委ね、俺は攻撃に専念する。


 降ってくる桃童子さんから距離を取り、数度斬撃を放つが桃童子さんから溢れ出る魔力によって四散する。


 ……こりゃあ下手な魔法は意味が無いな。


 桃童子さんと同タイミング踏み込むが倍くらい向こうの方が早い。


 桃童子さんの能力は確か見切りとだけ公式サイトマジカルンに書いてあったが、これはそんな生易しいものではない。


 未来視とかそんなレベルだ。


 下から滑らせるようにして剣を振り上げ、弾かれながらも数度斬り付ける。

 僅かな隙間を抉じ開ける様にして死線を潜り、最低限の5秒を耐え抜く。


 一撃でも素受けすればその時点で負けだが、それを気にしていては勝てるものも勝てない。


 弾け飛んだ左腕が握っていた剣を呼び戻し、再び双剣で斬り掛かる。

 だが、いくら攻撃しても一振りとして桃童子さんを捉える事が出来ない。


 正に絶対的な強者と言ったところだろう。


 本当に…………楽しくて仕方ない。


『少しだけ力を貸してあげるわ』


 どうやら憎悪もご満悦みたいだな。


 俺の奥から這い出て来やがった。


 だが、貸してくれるなら使わせてもらおう。

 憎悪も俺自身なのだからな。

 

絢爛けんらん怨孔羅刹えんこうらせつ

 

『ちょっ! 待つです! それは使うなです!』

『ストップ! シミュレーションだからって駄目だからね! もう数値が異常値に達してるからね』


 エルメスとアクマが騒ぎ出すが、少しくらいなら許してくれても良いだろうに……。

 それに、既に手遅れだ。

 

 目に魔力が宿り、桃童子さんの動きを視覚だけではなく、魔力でも捉える。

 桃童子さんの次の手を予測し、そこに剣を合わせる。


 無理やり桃童子さんの拳の軌道を変え、そこにもう片方の剣を振り下ろす。

 しかし、蹴りによって腕を吹き飛ばされてしまう。


 無理やり軌道を変えた事で腕がぐちゃぐちゃになるが、治しながら帯を操作して桃童子さんの攻撃をいなす。

 

 なんとか動きを捉え、攻撃を合わせる事は出来る。

 だが、その先に進む事が出来ない。


 どの攻撃もカウンターされ、その度に腕や足が砕かれ、壊される。

 この理不尽な感じは初めてタラゴンさんと戦った時の事を思い出す。


 一分の希望もない、絶対的な暴力。

 戦う事だけを求めた最強の力。

 後先考えない狂気の想い。


 実に美しいものだ……。

 

 壊れる身体を治しながら無理やり動かし、暴力に抗う。

 正直、アルカナを使えば勝てると思っていたが、少しばかり慢心していたのかもしれない。


 今回は俺の負けだ。


 だが、次は俺が勝たせてもらうからな?


 右手の剣が桃童子さんの力に負け、とうとう砕けてしまう。

 それによって出来た隙を、桃童子さんが見逃すはずもない。


しまいじゃ。崩殺ほうさつ!」


 痛みを感じる間も無く、俺の身体は破裂した。





 1





「……ちとやりすぎてしまったかのう」


 イニーを実質無傷で倒した桃童子は、”普通ではない”強化フォーム限界突破を解いて辺りを見回す。


 今回のシミュレーションの設定はサバンナだった。

 

 草原に木が生え、所々に水場がある。


 そんな設定だったのだが……今は草木一本生えない荒野となり、大量の穴が地面に空いている。


 しかし、この光景を桃童子は目で見ているわけではない。


 今の桃童子は両目から血を流し、四肢もまともに動かせるとは言えない状態だった。


 桃童子が使った強化フォームは世界でも知っている人間は3人しかいない。


 楓。ブレード。ジャンヌ。


 この3名だけだ。


 他にも妖精局の関係者で知っているものも居るが、あくまでも人間の中での話だ。


 楓は限界突破に至る原因となった、戦いを見ていたから知っている。

 ブレードはシミュレーターで戦ったから知っており、ジャンヌは桃童子がこの力を魔物との戦いで使い、死にそうななった桃童子を治したから知っている。


 死を厭わない想いが生んだ奇跡の産物。


 それが阿修羅だ。


 使えば死へと一直線だが、その能力はご覧の通りだ。


 アルカナを使ったイニーを無傷で下してみせた。


「後10秒といったところかのう」


 桃童子の呟いた10秒。


 それは桃童子の命の火灯が消えるまでの時間だ。

 シミュレーションとは言え、今回の痛覚設定は現実と一緒である。

 今の桃童子には、想像を絶する痛みが身体中に走っていた。


 そんな痛みが走っている筈なのに、当の本人は笑っていた。


 イニーの返り血と自分から流れる血の海の中、くつくつと笑っていた。


 これは日本のランカーはおかしいと言われている一因だが、全員大の負けず嫌いなのだ。

 特に桃童子とブレードはその筆頭であり、腕の一本や二本。目の一つや二つ駄目になった程度で戦いを止めるなんて事はしない。


 そんな模擬戦を、幾度となく行っていた。


 そして前回イニーに負けたので、桃童子はこの力を使う事にした。


 ただ勝つだけならここまでの能力を使わなくても良かったが、イニーを鍛える意味もあって阿修羅を解禁した。


 圧倒的な暴力による蹂躙。


 …………少しだけ桃童子は反省していた。


 桃童子は自分の命が尽きる前にシミュレーションを終了させて現実へと戻る。


 この時桃童子は忘れていたのだが、ミカは2人の戦闘の余波で死んでしまっていた。


 ポッドから出た桃童子は軽く柔軟運動をして身体を解す。


 待機室に戻った桃童子を出迎えたのは特に調子の変わらないイニーと、泣きべそをかいているミカだった。


「お疲れ様です」

「うむ。良い戦いであったが、得られるものはあったかのう?」

「……次は勝ちます」


 今回イニーが負けた事により、勝敗は1対1となる。

 次勝った方が本当の勝者。


 そう、桃童子は捉えた。


「それと、あの強化フォームはなんでしょうか? 私が知っているものとは違ったのですが?」

「企業秘密……と、言いたいところじゃが特別に教えて進ぜよう。ミカも泣いてないでこっちにこんか!」

「ふみゃ!」 


 桃童子は泣いているミカの頭に拳骨を落としてからソファーにぶん投げる。


「さて、あの姿じゃが。端的に言えば魔力を身体に浸透させて、人為的に魔力汚染を起こしているのじゃ。そうすることにより魔力による制限は全て無くなり、身体が壊れるまで全力を出せるのじゃ。無論相応のデメリットはあるのじゃが、結果はこの通りじゃ」

 

 桃童子はイニーを見て、にやりと笑みを浮かべる。

 勝ちは勝ち。そんな風な笑みだった。


「今の所この強化フォームを使えるのは、おそらくわらわだけじゃろう。なにせ、使えば最後死ぬのは確定じゃからな」


 本来魔力汚染は魔法少女とは無縁のものだ。


 そもそも魔力汚染とは何なのかという話だが、魔力による現実への被害の事を言う。


 魔力によって動物が狂暴化したり、土地が変容したりと言った感じだ。

 人が汚染された場合は身体が変質してしまったり、魔力に耐えられず内側から溶けてしまったりと、様々な例がある。


 総じて言えることは汚染の名の通り、一切良い事はないのだ。


「うむ。強化フォームと言うよりは限界突破。リミッター解除と言ったところじゃな。前提として強化フォームになる必要があるので、今のイニーには無理じゃろうが、知っておいて損はなかろう?」

「そうですね……」


 イニーの返事は淡白なものだが、この時アクマとエルメスが怒っていて会話どころではなかった。

 フードのおかげで顔は見られないが、今のイニーは物凄く苦い顔をしていた。


「ミカも似たような事が出来るが、基本的に捨て身の技故に、癒し手が居ない限り使う事が出来ん。まあ、ミカの場合は身体を焼くだけじゃが、いざと言う時は頼むぞ。さて、わらわは任務があるのでこれで失礼する。またなのじゃ」

 

 桃童子は軽く鼻歌を歌いながら、待機室を出て行ってしまった。


「イニーがお姉ちゃんに勝っていたのも驚きじゃが、まさかお姉ちゃんがあれ程凶暴とは思わなかったのじゃ……」


 ようやく落ち着いたミカは、オレンジジュースを飲みながら溜息を吐いた。


「そうですね。まさかあんなに強いとは、私も正直思いませんでした」


 イニーは珈琲を飲みながらミカに適当に相槌を打ち、心の中でアクマと会話をする。

 それは桃童子がみせた限界突破についてだ。


 桃童子の言葉が本当なのかどうか。似たような事例はないのかと、情報を集めるようにアクマにお願いしていた。


「魔法少女とはあれ程までに変われるのじゃな。わらわも……」

「馬鹿なことは考えない方が良いですよ。あれは例外でしょうからね」


 ミカが言い切る前にイニーはストップをかける。


 限界突破することがまず不可能だが、したら最後待っているのは死だけだ。


 ジャンヌが居なければ、桃童子も既に死んでいるのだ。


「馬鹿とはなんじゃ! ……とは言ったものの、先ずは強化フォームに至らなければじゃな」

「ですね」


 限界突破の前提条件として、強化フォームになれなければない。


 先ずは強化フォーム。そう言うが、強化フォームになれる魔法少女自体が、全体の母数で見れば一割未満なのだ。


 ミカはマリンという例外を知っているせいで簡単そうに言うが、そう簡単になれるものではない。


 現にイニーは強化フォームに、どうすればなれるのかと悩んでいる。

 アルカナのおかげで強化フォームの魔法少女や、魔女の薬を使った魔法少女とも戦えるが、常にデメリットが付いて回っている。

 

 時間制限など、戦いにおいては明確な弱点となる。

 更に憎悪と言う爆弾も抱えているため、簡単に強くなれる強化フォームになれるならなりたいのだ。


 奥の手としてアルカナの同時開放もあるが、一度使えば一ヵ月は使えなくなってしまう。


 色々な手段を持っているイニーだが、素の戦闘能力は高いとは言えないのだ。


「さて、訓練も終わりましたし、私は帰りますね」


 やることはやったので帰る。

 そんな感じでソファーから立とうとしたイニーだが、案の定ミカにローブを掴まれてソファーに戻される。


 イニーは逃げられなかったと思いながら、抗うことなくソフォーに吸い込まれていく。

 抗ったところで、勝てないと知っているから。


「訓練の後と言えば、やる事は分かるかのう?」

 

 イニーが「さぁ」と答えると、先程までの泣き顔が嘘だったかのような笑顔となる。


「飯の時間じゃ!」


 シミュレーションとは言え、動けば腹が減る。


 ならば飯を食べに行くのは当然のことだ。


 時間も12時を少し回っており、お昼を食べるには丁度良いだろう。

 

「そうですね……それ位なら付き合いましょう」


 イニーとしてもお昼をどうするかは悩みどころであったので、ミカの提案に乗った。


「うむ。それでは沼沼に行くとするかのう。最近は自炊ばかりじゃった故に、楽しみじゃ!」


 イニーのローブから手を放したミカは、イニーと手を繋いでシミュレーション室を後にした。


 力でミカに力で敵わないイニーは、引きずられる形で沼沼へと向かった。


 勿論だが、沼沼での食事が終わった後もイニーは帰る事が出来ず、ミカが満足するまで付き合わされるのであった。

 

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