魔法少女と不幸な出会い

 1号室から出て来たのは、妙に気だるげにしているミカちゃんだった。

 目と目が合ってしまった以上、逃げるわけにもいかないか……。


 だが、マリンじゃないだけマシだろう。

 あれは俺にとって災害の一種だからな。


 それにしても、こんな所でミカちゃんに会うとはどんな確率だよ……。

 運が良いのか悪いのか分らんな。


「こんな所で会うとは奇遇じゃな」

「そうですね。疲れているようですが、大丈夫ですか?」

「うむ。正直辛いのじゃが、これも訓練故仕方ないのじゃ」


 訓練ねえ……。

 そう言えば前会った時も、結構強くなっていたのは覚えている。

 引き剥がそうとしても、全く剝がれなかったからな。


 決して俺の筋力が貧弱なせいではないはずだ。


 だが、個人で訓練してそう強くなれるのだろうか?


「訓練ですか……誰か師事している人が居るのですか?」

「……うむ。してはいるのじゃ」


 ミカちゃんの顔が青くなり、何かに怯えるように辺りを見渡す。

 

 どうやらよほどきつい訓練みたいだな。


「大変そうですね。それでは……」


 ミカちゃんに用事があるわけではないので、このまま流れで帰ってしまおう。

 

 ガシ!


 歩き始めて直ぐに、そんな音がしそうな程強くローブを掴まれた。


 出会った時からこうなるのは分かっていたが、今回に限っては転移で逃げる事も出来ない。

 なにせまだ料金を払っていないからな。


 人として払うものはちゃんと払わないといけない。


 こんな所で、料金未払いで指名手配されたらたまったものではない。

 

「なんでしょうか?」

「こんな疲れ果てている我を置いて帰るのかえ?」


 はい。帰ります。

 なんて言ってやりたいが、これ以上話が拗れるのも面倒なので言わないでおく。


 軽くため息を吐き、ミカちゃんへ振り返る。

 

「仕方ないですね。付き合ってあげますよ」

「うむ! ありがとうなのじゃ」


 ミカちゃんと並び、エレベ-ターに入る。

 ローブを掴んでいた手はいつの間にか俺の手を握っていた。


 そう言えば、ミカちゃんが此処に居たってことは、魔法少女特約の一番上の奴を頼んでいるって事だよな。


「そう言えばですが、お金の方は大丈夫なのですか?」

「うむ。師匠によって少々無理をしたおかげでたんまりと蓄えがあるのじゃ」

「師匠ですか……誰なんですか?」

「最初は東北支部の先輩だったのじゃが、偶然近所に住んでいたお姉ちゃんに会って、その人に師事しているのじゃ。名前は……」


 ――そう言えば、この特徴的な話し方をしている魔法少女が居たな。

 その魔法少女であったのはロシアが初めてだった。


 その時はもう片方の魔法少女タラゴンに気絶させられたせいでほとんど話すことは出来なかった。

 その次はシミュレーターでの摸擬戦で、大変楽しい戦いをする事が出来た。


 気迫だけで人を殺せそうな程であり、その拳は山をも砕く。


 その魔法少女の名前は……。

 

「ランキング3位の桃おねえちゃんなのじゃ」


 ですよねー。


 確かにあの人はスパルタそうだからな。

 

 若干桃童子さんの方が偉そうな感じな、話し方な気がするが誤差だろう。


「あの人ですか……。確かに厳しそうな人ですから、大変そうですね」

「うむ。学園に居た頃はやっとC級と戦るくらいじゃったが、今ではA級とも戦わされておる」

 

 ミカちゃんは遠い目をして虚空を見つめる。

 期間を考えると相当無理をしているのだろう。


 C級の魔物の討伐は俺も同行したから覚えているが、今ではA級か……。


 あの人の訓練は相当なものみたいだな。


「イニーの方はどうなのかえ? オーストラリアで色々とあったとマリンから聞いておるが、最近は何所に居るか分からないとマリンが嘆いておったぞ?」

 

 オーストラリアでの戦いから2週間は騒動らしい騒動もなく、ここ1週間はイギリスに居たからな。

 拠点もアロンガンテさんの執務室以外には近寄っていないので、マリンと会うことは基本なかった。

 メールは基本的にアクマに任せているので、適当にあしらっているのだろう。


「少々特殊な任務があり外国に出向いていました。続きは支払いを済ませてからにしましょう」

「うむ。支払ったからと言って逃げるでないぞ」


 そんな見苦しい真似をしようなんて思ってないさ……多分。


 20万円の支払いを済ませてから店を出て学園の寮へと向かう。

 ミカちゃんは機嫌が良いのか、道中鼻歌を歌っていた。

  

「しかし、まさかあんな所でイニーと会うとはのう。運が良かったのじゃ」


 俺としては、あのミカちゃんが大金を払える位成長していることに驚きだがな。


(最近のミカちゃんはどんな感じなんだ?)


『私も気になって調べてたんだけど、凄い頑張ってるね』


 ほう。あまり人を褒めないアクマが頑張っていると評価する程か……。


『既にA級を10体以上倒しているし、B級も50体を超えてるね。S級も単独ではないけど、協力して何回か倒しているみたい』

 

(それは凄いな。マリンは例外とはいえ、既に一端どころか一人前と言って良いだろう)


 既に強化フォームになれているマリンは、一応俺の助けとナイトメアが居たが、SS級の魔物をオーストラリアで倒している。

 あれは本当に、例外中の例外だ。


 だが、もしもミカちゃんが強化フォームになることが出来れば、第二のマリンが誕生することとなる。

 心配なのは、若干ミカちゃんもマリンに似てきている気がするんだよな……。

 

「私としても会うとは思っていませんでしたよ。ネカフェで何をしていたんですか?」

「動画を見ていたのじゃ。家で見ても良かったのじゃが、あそこの方が設備が整っておるからのう」

 

 確かに全く気にしていなかったが、設備はかなり良かった。モニターは複数あり、プロジェクターも有った。

 パソコンの性能までは見てないが、フルタワーだったので性能は良いのだろう。


 その他も寛ぐには良さそうなものが整っていた。


「なるほど。確かに設備は良かったからですね。疲れている状態なら尚更良さそうです」

「うむ。寛ぎながら動画を見るのはとても心地良かったのじゃ。イニーはどうして居たのじゃ?」

「少々調べ事がありまして。せっかくだったのでネカフェに寄りました」


 そう言えば、イギリスの事は話しても良いのだろうか?

 どうせ向こうの魔法少女たちが話をしているだろうから大丈夫だと思うが、一応アロンガンテさんに許可をもらった方が良いだろう。


「なるほどのう。つまり、今日は暇だということかのう?」


 暇と言えば暇と言える。

 イギリスから帰ってきて報告も終えた。


 メモリースティックも調べ終わり、手紙も読んだ。


 来週開かれる会議まではいつも通りの日常となる。


 まあ、魔女が何か仕掛けてくれば話は別だが、既に向こうの主要メンバーを半分殺している。

 流石に直ぐ動くなんてことはないだろう。


「そうですね……暇なような気がしなくもないです」

「ふむふむ」


 ミカちゃんは満足げに頷き、ニヤリと笑う。


 そんな時だった。

 ミカちゃんの端末が鳴り、端末を確認したミカちゃんの顔から表情が消えていく。


「どうかしましたか?」

「うぬ。うむ。イニーは暇なんじゃったな? 少々用事が出来たのじゃが、付き合ってくれぬか?」


 何やら不気味だが、マリン以外なら心配するような事も起きないだろう。

 しかし、ここまであからさまな態度を取るほどの相手か……十中八九桃童子さんだろうな。


「構いませんが、桃童子さんからですか?」

「うぬ。少し時間が出来たから訓練に付き合ってくれるとのことじゃ。ありがたい事なのじゃが、つらくてのう……」


 個人的には訓練で強くなれるならいくらでもするのだが、基本的に魔法を使う後衛の俺は、訓練をする意味がほとんどないんだよな。

 

 魔法少女になりたての頃はたまにやっていたが、最近はシミュレーションで仮想敵と戦う程度だ。


 大体後方から魔法を撃って終わりだし、近付かれたらその時点で負けだ。


 アルカナは軽く調子を確かめる以外では無闇に使うものでもないし、第二形態は仮想敵ではあまり出力が上がらない。


 最終的に、魔物を倒し回るのが一番良いのだ。


 しかし、ミカちゃんはどうして強くなろうとしているのだろうか?

 魔法少女になってからの期間で言えば、ミカちゃんの強さは異常の域に達している。


 なのに、今も鍛えようとしているのは何故だろうか?

 本人に聞いてみても良いが、またの機会にするとしよう。

 

「あの人は正に武人って感じですからね」

「イニーは桃おねえちゃんを知っとるのかえ?」

「はい。少々込み入った事情ですが、本人と会ったことがあります。とりあえず時間も惜しいですし、移動しませんか?」 


 少し時間が出来たという事は、時間的な余裕はあまりないのだろう。

 さっさと移動しないと、遅いと怒られそうだ。 

 

「そうじゃな。前に一度寝坊したら拳骨を貰ったのじゃ。あれは痛かったのう……。思い返すとなんだかまた痛くなってきたのじゃ。拳骨を貰わない為に、さっさと行くとするのじゃ」


 一息着いて直ぐなのは仕方ないが、確かにあの人の拳骨は痛そうだ。

 

「場所を言ってくれれば転移しますよ?」

「それはありがたいのじゃ。場所アルブヘイムのシミュレーション室じゃ」

「分かりました」


(アルブヘイム?)

 

『お茶会の会場やランカーの執務室がある施設だよ』


 あそこってそんな名前だったのか……。

 いつか聞こうとは思っていたが、こんな形で知ることになるとは思わなかった。


(そうだったのか。それはそれとして転移を頼む)


『はぁ。了解』 


 ミカちゃんが掴まったのを確認し、アクマに転移してもらう。


「おや? 久しぶりじゃのう」

 

 見慣れた部屋な前に転移し、中に入ると桃童子さんが居た。


 背はそう高くないのに、なんでこんなにも貫禄があるのだろうか?


「久しぶりです。私はただの付き添いなので、気にしないで下さい」


 ミカちゃんが驚きながら俺を見るが、俺は一度も訓練に付き合うとは言っていない。

 桃童子さんとガチバトルが出来るなら考えもしないが、流石にそれは無理だろうからな。

 

「その様に申しておるが、どうじゃ?」

「わらわを見捨てるのかえ! ここまで来ておいて逃げるのか!」


 ミカちゃんは必死に縋り付いてくるが、正直気乗りしないんだよなー。

 

 そう言えば、昔都内で仕事をしていた頃、こんな修羅場を見た気がするな。

 

 男に女が今のミカちゃんみたいに縋っていて、もう1人の女が男の隣で縋っている女を見ていた。


 歩いている時に見かけただけなので、その後どうなったかは知らない。


 だが、次の日の朝にニュースが流れていた気がするので、まともな結果にはならなかったのだろう。


「訓練とは一体何をするんですか?」


 煩いミカちゃんを無視して、桃童子さんに聞く。


「うむ。いつもは魔物の討伐がメインじゃが、今日は時間の都合で模擬戦をする予定じゃ。こやつは、根性はあるくせに妙に甘え性じゃからな。たまに叩きのめしておかんといかんのじゃ」

 

 確かに根性はあるんだよな。

 魔法をぶつけて遊んでいた……訓練した時も結構粘っていた。


 ロックヴェルトとの戦いの時も、格上相手に耐えていた。


 しかし、模擬戦となると俺の出番は無い気がするんだよな……。

 

 俺の魔法は基本的に周りを巻き込んでしまうからな。

 

「なるほど。それなら尚更私は何もできませんね」

「イニー!」


 混ざりたいのは山々だが、桃童子さんは俺と同じく戦闘大好き人間だ。


 一度戦い始めれば、おそらく歯止めが利かなくなるだろう。


 現に桃童子さんの俺を見る目は戦意に満ちている。


 その目は俺ではなく弟子であるミカちゃんに向けて下さい。

 

「イニーとの再戦はまたの機会にとっておくとするかのう。それはそれとして、こやつの手助け程度なら参加しても良いぞ」

「手助けですか?」

「うむ。後衛として適当に魔法を撃つのもミカには良い訓練になると思うからのう」

 

 なるほど。連携の訓練というわけか。


 基本的に魔法少女は数人で戦う事が多いからな。


 前衛と後衛での連携は出来た方が良い。


 そう……だから…………あいつ等は…………。


 チッ。昔の記憶が頭を過ってしまった。

 

 フードがなければ酷い顔を晒していただろう。


 昔のことなど忘れて、気を取り直そう。


「それ位なら良いですよ」

「おお! ありがとうなのじゃ! では気の変わらぬ内に始めようなのじゃ!」


 俺に縋り付いていたミカちゃんは向日葵が咲いたような笑顔となり、ポッドに向かってしまった。


 やれやれ……これだから子供は面倒なのだ。 


「それではわらわたちも行くとするかのう。今日はいつもよりきつめの方が良さそうじゃ」

「泣かない程度にお願いします」


 泣かれた後に絡まれるのは面倒だからな。


 桃童子さんと共にシミュレーターのポッドへ入る。


 サラッと桃童子さんが痛覚設定を現実と同等にしていたが、俺にできることはミカちゃんの無事を祈ることだけだ。

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