魔法少女は再び不法侵入をする

 アクマに転移された先は、住宅街から少し離れた場所だった。


 ぽつりぽつりと少し大きめの家が建って居るが、人気はあまりない。


『ビンゴ。居るみたいだよ』

 

(それは良かった。これで居なかったら、帰ってくるまで待つ羽目になるところだった)

 

 軽く周りを見渡すが、家の明かりが点いている場所は無い。

 もしもの時に少し暴れても問題はなさそうだな。

 

 とりあえず呼び鈴を鳴らしてみるか。


 鐘の様な音が響くが、反応は無い。


 似たような事が前にもあったな。

 あの時はアロンガンテさんに頼まれて、マリンの様子を見に行った時だ。

 反応が無くても、居るのが分かっていれば、やる事は決まっている。


(アクマ)

 

『一応不法侵入って犯罪なんだけど、仕方ないか』


 まあ、俺の訴え次第ではリンデを指定討伐種。今回だと犯罪者にする事が可能だろう。

 そんな事をする気はないが、そんな相手なら家に不法侵入しても、一応許されるだろう。


 アクマに転移してもらい、家の中に入る。

 外国は靴のままって所が多いが、この家はちゃんと靴を脱ぐような作りになっている。

 なので、土足で家に上がるのは止めておこう。


(どの辺りだ?)


『2階だね。丁度真上位かな?』


(了解)

 

 変身していないらしいから大丈夫だと思うが、念の為ストラーフさんから貰った魔導銃を隠し持っておくか。

 単純な力勝負では、変身してなくても負ける可能性があるからな。


 古びた階段を上がり、それらしい部屋を探す。

 ――あの部屋だな。

 さて、リンデはどんな反応をしてくれるかな?


 部屋をノックすると、息を吞むような悲鳴が聞こえた。

 ノブを回し、部屋の中に入る。


「来ないで! 来ないで!」


 中にはひとりの少女が居て、壁を背にして怯えていた。

 取って食うつもりはないが、こんな反応をされるとは思わなかった。


『いじめっ子かな?』


(残念ながら、これまでいじめた事も、いじめられた事もない。なにせ、基本ボッチだったからな)


 このまま怯えられていられるのも面倒だし、どうにかするか。

 

「そんなに怯えなくても、私は気にしていないので大丈夫ですよ。何かやろうとしてたのは分かってましたからね」

「……え?」


 ローブの袖からリンネから奪った紙を取り出す。


「リンネとの取り引きで、リンデには危害を加えないと決めてあります。その代わり、情報をリンデから貰えると」

「お姉ちゃんが?」


 姉か。なにか繋がりがあると思っていたが、まさか姉妹だとはな。


「ええ。それで、情報とは何なのですか?」


 リンデはよろよろと立ち上がり、机の引き出しから記憶媒体らしき物を取り出す。


 渡されて確認をするが、パッと見はただのメモリースティックだ。

 

「全部が終わったらイニーちゃんにこれを渡せって」


 ……謀られたか。


「他には何か?」

「渡せば私が罪に問われることもないって言ってた」


 なるほど、初めから全て決められていたのか。

 俺だけが損をした形だが、リンネの事を多少なかれ知れたから、よしとしておこう。


「分かりました。最初から気にしてませんでしたが、何か問題が起きても、リンデに被害が出ないように取り計らっておきます」


 家で見ても良いが、念の為妖精界にある適当な店で中を見てみるか。

 流石にウイルスや逆探知のプログラムが仕込まれているなんて事は無いと思うが、用心しておいて損はない。


「……1つ聞いていいかな?」

「なんですか?」 

 

 受け取るものを受け取り帰ろうとすると、リンデから声をかけられた。


「憎いはずなのに……苦しいはずなのに、どうしてお姉ちゃんたちと戦えるの?」

「さて、感情が薄れてしまったのか。魔法少女なら誰でも良いのか。まあ、単純に世界が滅びるのは都合が悪いので、敵対しているだけですよ。そこに感慨なんてものはないです」


 殺し殺され。そこには憎しみはなく、喜びが有るだけだ。

 敵として現れてくれるなら、誰だって構わない。


「それでは短い間でしたが、お疲れさまでした。さようなら」


 転移して家に戻る。


 メモリースティックの中身も気になるが、先にレンさんと明日以降の事を決めておこう。


「戻りました」

「お帰りなさい。少し話があるから座って」

 

 どうやらアロンガンテさんとの話は終わっているらしいな。


「何でしょうか?」

「予定通り明日でイギリスへの滞在は終わりよ。それからアロンガンテの所によって報告。ここまでが明日の流れね」

「分かりました。バイエルンさんたちへの挨拶はどうするんですか?」

「面倒だけど、明日の朝行く予定よ。その時はよろしくね」


 明かしていない裏目標の事は明かさないにしても、何をどうしたかを話しておかなければならない。


 ついでに、レンさんだけではなく、俺もイギリスに被害を出してしまっている。

 仕方なかったとしても、少し詫びを入れておいた方が良いだろう。


「分かりました。夕飯は何が良いですか?」

「そうね。これが最後の食事になるだろうし、初日に食べたお稲荷さんと味噌煮込みうどんが食べたいわ」

「わかりました」

 

 ――何故いなり寿司と言わずお稲荷さんと呼んでいるのだろうか?

 別に気にすることではないが、生まれた場所の関係かな?


 まあ良い。さっさと夕飯を作って、明日に備えよう。




 1




 

「予想通り……ですか」

 

 レンとの打ち合わせを終えたアロンガンテは椅子に寄りかかる。


 イニーとレン。

 戦力としてはどちらも世界有数であるが、強さに比例するように、問題のある魔法少女だ。


 イニーはしっかりと気配りなど出来る、大きな戦闘の度に、生死に関わる怪我をしている事を思えば、問題のある人物と言えるだろう。


 本当なら、アロンガンテはレンをイニーと組ませてイギリスに送りたくはなかった。


 だが、他の候補となるのがタラゴンかグリントしか居なかった。

 一番有力候補だったグリントだが、相手が人型なのと、なるべくイギリスを威圧したくない為、候補から外された。


 続いてタラゴンだが、有能過ぎる故に、イニーと共に送る事が出来なかった。

 最近は姉馬鹿が目立っているが、社交性を兼ね備え、単独でも、団体でも戦いが出来る。


 それだけではなく、事務方の仕事もそつなくこなす事が出来るのだ。


 そんな有能な人材を遊ばせるなんて事を、アロンガンテは選べなかった。


 結果として、戦闘能力以外全てを捨て去っている、日本のランカーで一番の問題児であるレンが選ばれた。


 単純な強さだけなら楓に迫るほどだが、それ以外を全て捨て去っているのがレンである。

 イニーと組ませるのは不安であったアロンガンテだが、ギリギリの状態の今では、これ以外に手が打てなかった。


 イニーひとりを向かわせる事も考えたが、ただの魔法少女をイギリスに向かわせる理由を作るのは無理だった。


 イニーは回復魔法が使えるので、ジャンヌが居れば慰安目的で送れるが、もしもジャンヌとイニーを一度に失う事となれば、世界的損失は途方もない事になる。


(まさか本当に仕掛けてくるとは思いませんでしたが、またやらかしましたね……)


 アロンガンテは先程レンから貰った報告について考える。


 魔法局がまるまる1つ半壊……全壊と、山が吹き飛んだ。


 魔法局には妖精と協力して作られた機器や特殊な物が色々と使われている。

 1棟建てるだけでも大変であり、お金だけではなく、魔石も必要になってくる。


 そんなものを建て直すとなると、それはそれは胃が痛くなるような額が飛んでいく。

 更にイニーが吹き飛ばした山だが、魔法少女が建物や管理された土地を壊したり、吹き飛ばしたりといった事件は割と起きている。


 なので、ケースに合わせた損害賠償は大体決まっているのだが、今回は少し困った問題が起きていた。


 イニーは山を抉ったと言ったが、実は被害はそれだけではなかったのだ。


 それはレンからの報告ではなく、違う国に任務で出向いているタラゴンからだった。


「魔物探知用の衛星が1つ不具合を起こしているみたいなんだけど、調べてくれない?」

 

 そんな事を、レンから報告を貰う前に言われていたのだ。

 そしてレンから報告を貰い、抉られた山の延長線を調べてみた。

 アロンガンテもまさかと思ったがその先には破損した衛星があった。

 

 イニーが破滅主義派のメンバーを3人倒せたのは快挙だが、その代わり魔法局と山。そして衛星が犠牲になっている。


 被害総額も問題だが、問題を起こした者にも問題がある。

 

 イニーはこの後対破滅主義派の会議へ出る予定になっている。

 そんな人物が魔物を倒すには欠かせない衛星を壊したのだ。


 わざとではないといえ、タイミングが悪い。


 アロンガンテは執務室を出て、姉の居る第一指令室に向かう。


「姉さん」

「あら? どうしたの?」

「少々ご相談が……」

 

 アロンガンテは白橿に先程の出来事を話す。


 破滅主義派のメンバーを倒せたと報告された時は喜んだ白橿だが、その後の魔法局や衛星の話を聞いている内に、徐々に顔を歪めていった。


「損害金はこの前のイニーが寄付してくれたので足りるけど、外聞は悪くなりそうね……全部フリーレンのせいにしちゃわない?」

「そうするのが一番荒波を立てないですみますが……まあ、レンですし良いでしょう」


 アロンガンテとレンの仲は悪い訳ではないが、本来レンがやらなければいけない仕事を、全てアロンガンテがやっている。

 それだけでなく、レンは今回みたいな騒動を幾度となく起こしており、その度アロンガンテは事後処理を行っていた。

 

 そんな事を何回もやられれば、扱いが雑になるのも仕方ないだろう。


「それにしても、まさか宇宙まで届いて衛星を破壊するとは思わなかったわね。確か隕石とかが当たっても問題無いように、結界が張られてるんじゃなかったかしら?」


 魔物や魔法少女の座標を確認するための衛星には、B級などの魔物と戦う際に張られる結界と同程度の強度の結界が常時張られている。


 それだけではなく、いざという時の迎撃用の武装も完備している。


 通常の魔法少女だけではなく、ランカーすら壊すのは困難なのだ。


「はい。この後映像を確認しようと思いますが、その前に代えの衛星と、それまでの代替えを用意してからですね」


 アロンガンテは「また睡眠時間が……」と呟き、ふとゼアーの事を思い出す。


 1人では終わらない仕事も、2人でなら短縮することが出きる。


「仕事をするのは良いけど、明日にはイニーたちが帰ってくるんだから、少しは寝ときなさいよ。栄養ドリンクと回復魔法漬けなんて、どう考えても寿命を縮めるわよ?」


 魔法少女になる事により得られる、肉体と精神の強化。

 更に違法すれすれ……少し効果の強い栄養ドリンクに、イニーの回復魔法。


 下手なブラック企業の社員よりも酷い生活を送っている。


「分かっていますが、これも今だけの辛抱です。今を乗り切れば……」

「引継ぎ先見つかったの?」 

「……いいえ」


 魔法局を掌握し、乗っ取った後は新しい組織として立ち上げ、滞りなく仕事が流れるようになったら魔法少女を辞めようと思っているアロンガンテだが、辞めるには仕事を誰かに引き継がなければならない。


 その誰かが見つからない限り、アロンガンテは今の地位から降りる事が出来ないのだ。


「でしょうね。この話は後にするとして。他に何かある?」

「そうですね……例の会議の間ですが、拠点にはプリーアイズさんとマリンを残しておきますので、有事の際はお願いします」

「分かったわ。そっちも無理しないようにね」


 アロンガンテは白橿から目を逸らし、再び執務室に帰って行った。

 イニーとレンが帰ってくるまでに、仕事を終わらせるために。

 

 

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