魔法少女の本気
「良かったの?」
「何がだい?」
イニーと仲間である3人を結界内に残し、今にも崩れ落ちそうなリンデを家に送り届けた後、リンネとロックヴェルトは拠点に帰ってきていた。
一緒に居たロザンヌは、リンネの頼みでレンの足止めに向かった。
レンならば結界を打ち破ってイニーを助けに向かう可能性があるので、手を打っておいたのだ。
ロザンヌがレンに勝つのは荷が重いが、イニーたちの決着が着くまでの時間稼ぎは出来る。
「結局は元の予定通りだけど、本当に殺す気?」
リンネはゆっくりと頷いた。
「ああ。あれは駄目だ。アルカナが居るとしても……いや、アルカナが居るからこそ殺さなければならない」
「確かにあれは薄気味悪かったけど、どういう事なの? エラクスも様子がおかしかったし、一体なんなの?」
エラクスとの戦いの中で、イニーがみせた変化。
晨曦との戦いで見せた化け物の様な見た目ではなく、人としての形を保っているのに、違和感を感じさせる姿。
映像で見ている分には薄気味悪い位の印象しかロックヴェルトは感じなかったが、戦っていたエラクスとリンネの反応は違った。
エラクスに限って言えば、イニーの一撃を受けたのも原因だろうが、リンネはイニーを見た時に、目を見開いて固まった。
「なにか……か。あれは思念の塊。いや、感情が形を持った存在だと思う。あれが死んでくれるなら良いのだが、もしもアルカナによって変異するなら……まあ、そうなったとしても、滅びるのは変わらないか。過程が変わるが、結果は変わらない」
「何をひとりで納得してるのよ」
リンネはロックヴェルトの問いに答えたのではなく、独り言の様に呟き、ひとりで納得してしまった。
あの場では吞まれてしまったが、冷静になった今となっては、イニーが変化したところで、構わないと考えた。
「すまない。イニーについてだが、魔女と同じ存在に成りえると思ったんだ。あの時は少し取り乱してしまったが、どう転ぼうと、此方としては問題ないんだ」
「だからどういう事よ?」
何故かリンネは自分で納得するだけで、詳細を話そうとしない。
魔女と同じ存在と言われても、ロックヴェルトには分からない。
「魔女程狂ってはいないが、イニーは魔女と同じ存在になりえるってことさ。なんならアルカナのせいで更に悪質になる可能性がある」
「それなら殺す必要は、なかったんじゃないの?」
「言っただろう? 悪質になるって。魔女の願いとイニーの願いは別物だ。似た様な行動原理だが、本質が違う。私の想像の域は出ないが、あれはただ憎しみを振り撒こうとしていた」
世界を呪う程の憎しみを持ったリンネだから、イニーの内に秘めていたモノを感じ取る事が出来た。
それと同時に不思議にも思った。
どうしてあれだけの想いを抱えているのに普通に生活し、此方と敵対しているのか?
どうしてアルカナの、世界の意思に認められているのかが分からなかった。
魔女の計画が最終局面に入ろうという所で起きた事件。
現在の力の差で、イニーが魔女に勝てる確率は低い。
だが、ゼロではない以上、今のイニーを見過ごす判断を、あの時のリンネはする事が出来なかった。
「憎しみね……別に良いんじゃないの? どうせみんな死ぬんだし?」
「そうなのだが……そうだな。私も腹を括るとしよう。だが……」
リンネは戦いの結果を見ようと、モニターを起動させる。
そこに映ったのは……。
「――本当に戦えているのね。それに、なんだか成長している様に見えるけど?」
「どうして成長しているのか分からないが、あれが切り札なのだろうな。しかし、3人を相手にしてもか……今のイニーは多分最強の魔法少女だろうね」
モニターにはイニーを囲むようにして、3人が攻め立てていた。
剣が槍が。薙刀が。嵐の様に乱れ、雷や氷が入り乱れる。
中心にいるイニーは二振りの剣と、両肩の大鎌を巧みに操り、全ての攻撃を防ぎながらも、着実に3人に攻撃を当てていた。
その動きは未来が分かっているかの様に正確であり、まるで結界の様に攻撃を通さないでいた。
「ただいまー」
戦闘も佳境に入ろうとした時、所々に氷を張り付けたロザンヌが帰還した。
「いやー、やっぱり日本の魔法少女はおかしいね。状況は……なんか身長伸びてない?」
「何かしらの方法で身体を最適化しているのだろう。フリーレンシュラーフはどうだった?」
「時間稼ぎは出来たと思うよ。それにしても、この様子だと私が居ても変わらなかったかな?」
ロザンヌは身体に付いた氷を落としながら、モニターを見てため息を吐く。
イニーは3人を相手に無傷で立ち回っている。
それも見る限りでは後の先を取るようにして戦っている。
「流石に3人でなら勝てると思ったが、あれではね……私は席を外す。もしも戻らなかったら、例の計画通りに頼む」
リンネはそう言い残し、何処かへと消えてしまった。
「やれやれ。魔女様の戯れで好きにやっているけど、なんだかなー」
「気にしても仕方ないでしょ。それより、治してもらわなくて良かったの?」
「あっ」
ロザンヌは氷が纏わりついているだけではなく、それなりの怪我を負っていた。
その怪我を治すリンネがどこかに行ってしまい、ロザンヌはやってしまったと、嘆きの声を上げてしまった。
1
片方の大鎌を空中に全力で投げると、ナタリアの薙刀と拮抗する。その隙に右手の剣でエラクスの大剣を受け止めた後に手を放し、もう片方の鎌でエレオノーラの槍を逸らす。
エラクスの大剣を受け止めた剣が弾き飛ばされる前に握り、追撃を躱しながら一度鞘に戻し、空中から落ちて来た大鎌でエラクスを斬りつける。
剣技と言うよりは曲芸だが、端から見たら俺の回りでは武器が踊っているように見えることだろう。
『後少しだよ!』
アクマの言う通り、後少しでこの均衡を崩すことが出きる。
ひとり殺せれば、後は俺から攻めることも出来るだろう。
それにしても、流石に3人ともなると、周りへの被害も酷いことになっている。
周りにあった岩は全て消し飛び、あちこちに大穴クラスのクレーターが出来上がっている。
それだけではなく、常に様々な魔法が吹き荒れ、結界の中でなければ、大陸すら海に沈んでいたかもしれない。
焦ること無く、僅かな隙を突いて ダメージを蓄積していく。
変身した時はここまでの武器があった所で意味が無いと思っていたが、一撃すら受けてはならない今回の戦いでは、この武器たちが役に立っている。
身体が成長した事で身体の自由度が増し、使える魔力は勿論、筋力も増した。
本来なら難しい速度で反応し、3人の動きを見てから対応できている。
瞬間的に武器を入れ替え、3人を相手にしても手数で負けないでいられている。
更に障壁を併用する事により、空中でも自由に動く事が出来る。
本来なら障壁は敵の攻撃を防ぐために使うのだが、こいつらの魔力の前ではほとんど意味をなさない。
僅かばかり、攻撃を遅らせる事で精一杯だ。
(後数手だな)
『身体の調子はまだ大丈夫そうだけど、違和感とかない?』
(全く問題ない。それどころか、思い通りに身体が動かせて楽しい位だ)
恋人の能力により手に入れた、成長した身体。
おそらく、一番能力を発揮できるのが、この姿なのだろう。
思い描いた通りの無茶な動きにもしっかりと反応してくれるし、目線も男の頃に近づいて違和感が無くなった。
出来ればずっとこの姿でいたいが、それは出来ないのが悲しい所だ。
『なら良いけど……今だよ!』
常に連携していた3人だが、ダメージによってナタリアの動きが一瞬鈍る。
隙としては少ないが、今の俺にはこれで十分だ。
「天地閉咬・天砕き」
2本の大鎌を上下から挟むようにして振るう。
まるで獣が獲物を嚙み砕くように振るわれた刃は、ナタリアを斬り裂き、塵へと変える。
「無双乱舞・散華」
一手少なくなった連携では、今の俺を止めることは出来ない。
全ての武器を嵐の様に振るい、2人を斬り刻んでいく。
このまま終わらせても良いが、オルネアスの事を思い出し、徹底的にやる事にする。
最後の力を振り絞る様にして、エラクスが突っ込んでくるが、大鎌で大剣を受ける。
「羅刹陣」
2本の大鎌がバラバラに砕け、2人を拘束する鎖となる。
拘束できるのは5秒位だろうが、今の姿ならそれだけで足りる。
腰に刺さっている剣が粒子となり、1本の剣へと姿を変える。
魔力を全身へ巡らせ、更に剣へと魔力を注ぐ。
着ていた鎧が身体を地面に固定するアンカーとなり、準備が整う。
2本の魔力供給ラインからギリギリまで魔力を搾り取り、俺が今放てる全身全霊の魔法。
「
振り下ろした剣から光が迸り2人を呑み込む。
更に空間を歪め、結界の空に亀裂が入り始めた。
魔法が射ち終わる前に、ガラスが砕ける様な音が響き、結界が砕けた。
(……あっ)
威力については度外視し、出せる全力を込めて使ったのだが、少々やり過ぎてしまったようだ。
眼前にそびえ立つ山の上が抉られ、その延長線にある雲が吹き飛んでいる。
これは禁術指定かな……。
『ハルナ』
(言うな。少し反省している。確認だが、3人の反応は?)
『消えてるよ。私たちの勝ちだ……けど、本当に凄い強さだね』
アルカナ2体分の力だが、強さで言えば足したのではなく、乗算した感じだ。
普通の魔法少女では爆発四散するが、予備がある俺だから出来る裏技。
だが、力の使い方は少し考えた方が良いだろう。
(この状態なら勝てると思うか?)
『やって見なければ分からないけど、今回の様子を見るに五分よりは上だと思う』
結局の所、やって見なければ分からないって事か。
とりあえず終わったし、ガタが来る前に戻しておこう。
(エルメス)
『分かったです。今回は大体2週間程で再使用できると思うです』
前回よりは早く使えるのはありがたいな。
身体が光り、身長が元に戻る。
アルカナも解け、いつもの白ローブ姿になった。
少しやらかしてしまったが、帰るとする……前にまだやる事がありそうだ。
『ハルナ!』
(分かっている)
分かっていると言ったが、少々不味い状況だ。
(アルカナは使えるか?)
『一応使えるけど、制限時間はほぼ無いと思った方が良いね。今は大丈夫でも、解放すれば一気に負荷が来るはずだよ』
そうだよな。これは逃げるのが最善そうだ。
魔法陣が現れ、そこから誰かが姿を現そうとしている。
ロックヴェルトではないし、知り合いにこんな転移を出来る魔法少女もいない。
どう考えても破滅主義派のメンバーの誰かだろう。
そして、姿を現したのは……。
「さっき振りだね。そう身構えないでくれ。私が戦えないのは知っているだろう?」
降参を表す様に両手を上げたリンネが、魔法陣から姿を現した。
(周りに誰か居るか?)
『反応は無いね。本当にひとりで来たみたい』
一体何の用だ?
他に誰かいるならともかく、ひとりでは何も出来ないはずだ。
見た限り戦う意思は無さそうだが、気を抜かない方が良いだろう。
「なにか用ですか?」
「聞いておきたい事があってね。君は過去に一体何があったんだ?」
何がね……さてどう答えたものかな。
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