魔法少女の想定外

 魔法少女となって半年程の少女。

 その魔法少女は、エラクスの強化フォームによる猛攻を僅かな掠り傷のみで捌く。


 並みの魔法少女ではエラクスの速さに付いていけず、一撃の下で倒されるだろう。


 魔法少女が両手に握った異なる色の剣と、目には見えない障壁での動きは卓越していた。


 だが……。


(確かに強いが、アルカナがなければこんなものか……。オーストラリアでのあれもまぐれか?)


 エラクスからしてみれば拍子抜けだった。


 魔女はアルカナの力だけではなく、イニーの方も何かあると、破滅主義派のメンバーに注意をしていた。


 当の魔女も最初の頃は、イニーは特異な存在ではあるが、警戒する程ではないと言っていたので、心変わりするなにかが有ったのだろうと思われる。


 もうそろそろギアを上げるか。

 そんな事をエラクスが考え始めた頃、イニーに変化が起きた。


 黒を基調としたきらびやかな衣装から黒い液体が滴り、服を濡らしていく。


 剣に灯っていた魔力の光が無くなり、変化を始めた。


(――これはまさか!)


 エラクスの背筋に悪寒が走り、イニーから距離を取る。

 それは幾多の戦いを勝ち抜いてきた、勘から見出した行動だった。


 イニーへ大剣を振り上げていた状態から、雷の魔法で一気に間合いを取る。


 そして、イニーが黒い魔力にを暴風のようにまき散らし、中から現れたのは……。


「ああ。やっと出てくる事が叶いましたか。私でありながら、彼は本当に強情ですね」

「イニー……なのか?」


 髪は変わらず黒いままだが、光を吸い込むような深く濃い黒となり、目はルビーの様に赤く輝いている。


 僅かな動きからは女性らしさが垣間見られる。

 服はシンプルなドレスとなり、無駄なものが全てなくなっていた。

 

 そして、最も大きな変化は、イニーが持っていた剣だろう。

 赤と黒が混ざり合った長剣となり、僅かに脈動しているのだ。

 

 話し方すらも変わり、エラクスは様子を見るように話しかけた。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まあ、そんなのはどうでもいいわ」


 雰囲気の変わったイニーは剣をエラクスに向けて振るった。


 イニーの腕からは筋肉や骨が飛び出し、直ぐに修復を始める。


 そして、放たれた斬撃は今までのとは比べ物にはならず、エラクスは驚きながらも、大剣で迎え撃った。


「やっぱり脆弱な身体は駄目ね。この程度の憎しみで壊れてしまうなんて、我ながら悲しいわ」

「お前は一体……」


 剣で一撃ではなく、斬撃による一撃。

 それだけでエラクスの鎧は所々破損し、怪我によって血が流れていた。


 イニーは飄々としているようだが、エラクスが感じているプレッシャー……殺意は身を重くするほど圧し掛かり、急な事態に冷や汗を流す。


 エラクスの目には確かにイニーが映っている。

 だが、それと同時に得体の知れない化け物にも見えた。

 

 これに勝つことは出来ない。

 いや、戦おうという意志がエラクスの中から抜け落ち始める。

 

 見ているだけで胸の内から叫びたい衝動に駆られ、動こうとするだけで体中に、何かが這えずり回るような悪寒に襲われる。


 魔女の言っていた通りだった。


 これとまともに戦うのは避けるべきだった。


 あるいは、最初から様子見などせず、殺すべきだった。


「あら、そんなに怖がらなくても良いのに」

「っ! 怖がってなど!」


 その言葉と共にエラクスは踏み込もうとするが、足が動かなかった。

 エラクスは気付いていないが、既に強化フォームは解け、ただの魔法少女に成り果てていた。


 想いが強さになるのが魔法少女だが、その想いが折れてしまったら、戦うことなど出来ない。


 エラクスにも破滅主義派のメンバーとなり、強化フォームに至るだけの理由がある。

 だが、その理由を塗り潰されてしまったのだ。

 

「っち。折角出られたのに、これじゃあ拍子抜けね。ああ。少し気が抜けただけで終わりなのね。私じゃあ壊すだけだし、今日の所は引いて上げましょう。獲物は幾らでもあるんですから」

 

 イニーから黒が落ちていき、白い姿に戻る。


 その様子を見たエラクスの胸に宿ったのは、勝機を見いだせた喜びではなく、化け物が居なくなった事による安堵だった。





 1



 


 侮っていた訳ではないが、完全に主導権を奪われるとは思わなかった。


 何とか白魔導師に戻るが、戻ると同時に右手が二の腕辺りから、千切れて地面に落ちる。

 たった一撃の癖に、随分な置き土産だ。


 後でアクマにどやされるだろうが、悪いのは俺なので、謝るしかないな。


 憎悪……はっきりと存在を確認出来たが、あれにはリミッターが無い。

 通常なら脳がセーブしているが、元が感情のあいつにはそんなものは関係ない。

 もしかしたら能力か何かかもしれないが、これについてはまた後で考えよう。


 エラクスの様子に興醒めしてくれたから何とかなったが、あのまま戦われていれば、死ぬ寸前まで身体を酷使されていただろう。


 だが、それと同時に、間違いなく勝てていただろうな。

 

「戻った……のか」

「ええ。少々手違いがありましたが、私ですよ。まあ、先程も私自身でありましたがね」

 

 二重人格なんてものではなく、憎悪は俺そのものだ。

 問題は、向こうは俺以上に思考が破綻してしまっているのだ。

 

 一見普通そうだが、その実、殺す……壊すことしか考えていない。

 特に、俺が持っていた魔法少女への悪感情を引き継いでいるので、余程強い想いや、意思を持っていないと今のエラクスの様に圧し潰されてしまう。


 ついでに、魔力を根こそぎ使われてしまったので、右腕の止血はできたが、治すには少しだけ時間が掛かる。


「それで、まだ戦いますか? 」

「……いや、本来ならどちらかが死ぬまでの戦いだが、私の負けだ。煮るなり焼くなり好きにすると良いさ」


 エラクスは諦めたのか、大剣を消して両手を上に挙げる。


 殺しても良いのだが、まさかの事態に不完全燃焼なので、あまり気が乗らない。


 あくまで俺は俺として戦いたいのだ。

 憎悪は俺自身であるが、憎悪には自我がある。

 

 一応別なのだ。


 そんな訳で、俺が倒した訳ではないエラクスを殺すのはしっくりと来ない。


 しかし、憎悪の手綱を握るのが難しいと分かったので、次は裏技の方を使うしかなさそうだ。

 また1カ月程切り札が封じられてしまうが、諦めるしかないだろう。


「本来なら殺すのが正解なのでしょうが。今は気が乗らないので見逃します。リンネ」

 

 俺が名前を呼ぶと、エラクスの隣に裂け目が現れてリンネと他の破滅主義派のメンバーが現れる。

 リンデも一緒に居るが、その顔色はかなり悪い。


「いやはや。魔女から忠告されていたはずだったのだが、あそこまでの感情を溜め込んでいるとは思わなかったよ。本当に11歳なのかね?」


 本当は26歳。なんなら今年で27歳ですなんて言っても、信じてくれないだろう。

 

「見たまんまですよ。それで、次は誰ですか?」


 そこそこ魔力が回復したので、今の内に色々治しておく。

 2重契約により回復速度が上がったとはいえ、瞬時に回復とはいかないのが歯痒い。


「私はね。イニー。君ならばなんて思っていたんだ。魔女ですら予想できない君ならなんてね」

  

 リンネはやれやれと言った感じでため息を吐いた。


 ロックヴェルト以外の全員が怪訝そうにリンネを見る。

 此方を値踏みするような視線は、明確な敵を見る鋭いものに変わり、顔から笑みが消える。


「いや規格外な君ならもしかしたらなんて、今も考えているが……これは私の我儘だ。――死んでくれ」


 リンネはロックヴェルトを見て頷く。

 ロックヴェルトは嫌そうな顔をしながら、腕を軽く振った。


「なるほど、その為のロックヴェルトだったのか。恨みはしないが、出来れば自分の意思でやりたかったよ」

 

 4人の内3人の顔色が変わるが、アクマに聞かなくても何が起きたか分かった。

 ロックヴェルトの魔法は空間系だ。

 

 そして、その魔法により、3人に薬を直接飲ませたのだ。

 

「元々の予定通りさ。それじゃあ、頼んだよ」

「私はどうするの? 自分で飲んでも良いけど?」

「ロザンヌも混ざれば確実かも知れないが、ちょっと懸念事項があってね。そっちを任せたい」

「はいはい」

 

 出来れば今の内に一撃でも入れたいが、僅かでも隙を晒せば此方がやられてしまう。

 それに、向こうの準備が整う前に、俺も準備をしなければならない。

 

 エラクスと名前の知らない2人の身体が変化を始め、その間にリンネたちはロックヴェルの出した次元の裂け目に逃げて行った。

 

(エルメス!)


『いつでもどうぞです』


(アクマ)


『後でお仕置きだからね!』


 悪いのは俺なので、お仕置きは甘んじて受けよう。


 準備は上々。

 前回は愚者と悪魔の能力を使ったか、今回は恋人と悪魔だ。


 対魔力と接近戦特化の感じになると嬉しいが、解放してみないとどうなるか分からない。

 

「ナンバー6恋人。ナンバー15悪魔。同時解放ダブルリリース


 2つのアルカナを解放すると同時に、恋人の能力で成長した身体.。ソラの身体と入れ換える。


 視界が高くなり、白いローブが黒い鎧に変化する。

 背中に二本の大鎌と、腰に二振りの剣が現れる。


 胸が大きくなって少しバランスが変わったが、何とかなるだろう。


 薬を飲んで直ぐでは、理性が失われることはない。

 さっさと襲ってくればいいのに、何をしたいんだが……。

 

「最後ですし、そちらの2人も名乗ったらどうです?」


 名前なんてどうでもいいが、今はほんの少しだけ時間が欲しい。

 自分が何を出来るのかを正確に理解しておかないと、いざという時に反応出来ない。


 相手は3人なので一瞬の判断が命取りとなる。

 

 一撃が致命傷に繋がるのが、あの薬の嫌な所だ。

 それに、この間があることにより3人の観察が出来る。

 どんな魔法を使うまでは分からないが、どんな武器を使うのかがわかるだけでもありがたい。

 

「今更名前ね……ナタリアよ」

「エレオノーラだ。せいぜい泣きわめいてくれ」


 武器はエラクスが大剣……のはずだが、その形は薬によって大きく変えられていた。

 主軸となる剣の周りに、複数の剣が纏わりついた変な形の剣となっている。


 一撃の重さだけではなく、手数も増えていそうだ。


 ナタリアは薙刀だが、薬を使った今も大きな変化はない。

 多少装飾は増えているが、それだけだ。


 それだけだからこそ、油断することは出来ない。


 最後のエレオノーラは槍だが、オルネアスの時と同じく、背中から腕が生えて合計8本持っている。


 3人とも接近戦メインだとは思うが、エラクスみたいに魔法も使えるはずだ。


 遠距離の不意打ちは一番注意しなければならない。

 

「そうですか。覚えていられそうなら覚えておきます」

 

 左右の腰から1本ずつ剣を抜き、剣先を3人に向ける。


 リンネの考えは分からないが、この戦いをプレゼントしてくれたことは褒めてやろう。


 この3人を殺せば、破滅主義派のメンバーを半分殺したことになる。


 少々想定外もあったが、終わりも近そうだ。

 

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