魔法少女と絶体絶命

 一番危惧していた状況に、陥るとは思わなかったな。


 リンネとロックヴェルトは数えないとしても、4人を同時にか……これならSS級の魔物を4体同時に相手した方がマシだな。


「これはあなたの計画ですか? それとも魔女?」

「私だよ。もうそろそろお遊びは終わりってことさ」


(結界はどうだ?)


『無理だね。戦いながら、どうこう出来る代物じゃなさそうだよ』


 分かっていた事だが、そうなるか……こりゃあ最初から切り札を切った方が良いかもな。

 不意打ちでリンネかロックヴェルトを倒してしまいたいが流石に無理か。


 リンデはどうでもいいが、壁にされるのも面倒だ。

 どの姿へ変身するにしても、僅かとはいえ時間が掛かる。

 

「その4人が相手ですか?」

「どうだろうね。たが、折角だし自己紹介でもしておこうか?」

「結構です。死人の名前なんて覚えるだけ損ですからね」


 リンネは笑いながら4人の方を見る。


 ただの煽りだが、別に教えてもらわなくても、大体のことはアクマが知っているので問題ない。

 

(情報は?)


『左の2人は知っているけど、右の2人は新顔だね。一応頭に情報を流しておくから確認しておて』


 ……こりゃあ素直に聞いておいた方が良かったかな?


 名前はロザンヌとエラクスか。

 差異はあるかもしれないが、2人共近接特化型か……戦う相手としては不足なしだな。

 

「さて、このまま囲んで殺してしまっても良いのだが、それだと此方も消耗してしまうからね。少しゲームをしようか」

「ゲーム?」


 俺としては4人同時に相手にする気だったが、どういう気だ?


「ああ。知っていると思うが、薬はそっちのアルカナより諸刃の剣だからね。最後には死ぬとしても、消耗を極力抑えるのが、指揮を執るものとしての責務だ。それに、イニー本人はよくても、アルカナの方は無理をさせたくないんじゃないかね?」

 

 その通りではあるが、俺が決めた事にアクマは嫌とは言わない。

 その後のご機嫌取りが大変だが、生きていれば文句は言わないのだ。


『ハルナ』


(……話は聞くさ)


「それで、そのゲームとは?」

「こちらは薬の使用を禁止。そっちはアルカナの使用を禁止。その上で1対1での勝ち抜き戦。こちらが有利なのは許してくれよ?」

「聞いていた話と違うんですけどー?」


 リンネの提案に、ロザンヌが横槍を入れる。


 話が違うか。

 正直リンネがなにをしたいのか分からないが、今は様子を見るしかないな。

 

「元々の作戦通りでも良いが、まさかここまで上手く事が運ぶとは思っていなかったからね。有利なら有利らしく、作戦を変えただけだよ」

「ふーん。まあいいや」


 文句を言ったのはロザンヌだけであり、他の3人は特に反応を返さない。

 

 1対1の勝負。4人同時よりはマシかもしれないが、圧倒的に俺の方が不利だ。


 確かに第二形態になれば善戦できるが、強化フォームの魔法少女。それもランカークラスとなると流石に厳しい。


 向こうは俺の手の内を知る事が出来るが、俺は知る事が出来ないし、連戦による疲れ……は魔法でどうにかなるが、そもそもリンネが約束を守る確証はない。


 ならば最初から4人を相手にした方が良いかも知れないが……。


 まあ、せめて2人倒せれば此方が有利になるし、そこからはアルカナを使って奇襲すればいいだろう。


 契約は破らないが、約束は破るためにあるのだ。


「良いでしょうそちらの提案に乗ります」

「それは良かった。ゲームとはいえ、やってるのはデスゲームだから、死んだとしても悪く思わないでくれたまえ」


 別に恨みが有る訳でもないし、殺し殺されで文句を言うつもりはない。


 しかし、意識しないようにしているが、先程から胸の内から湧いてくる想いを抑えるのが難しくなってきた。

 

 向こうは明確な目的を持って俺を殺しに来ているが、俺には利己的な理由しかない。

 契約はあるが、それはおまけだ。


 殺しても問題がないなんて、素晴らしい話だ。


「それで誰から相手すればいいのですか?」

「最初に戦いたい人はいるかい?」


 リンネが呼びかけると、エラクスが手を上げた。


 エラクスは上げた手に大剣を召喚し、俺に近づいてくる。

 武器が大剣って事はアクマの情報通りだな。


「決まりだね。エラクスもよろしく」

「分かってるさ。なんであろうと、やることは変わらん」


 エラクス以外はロックヴェルトの出した裂け目に入り、姿が見えなくなる。

 近くで見ようものなら巻き込まれるから、離れたのだろう。

 

「初めてだねイニーフリューリング。私はエラクス。見ての通りだが、そのまま戦う気かね?」


 魔法少女エラクス。武器は大振りの大剣で、雷の魔法を使う。


 身長は大体170位だが、大剣の方は2メートル位ありそうだ。

 大剣だから動きが鈍いだろうと思いたいが、それは魔法の方で解消されている。


 攻撃は受けないで避けた方が良さそうだ。


「燃費が悪いので、ギリギリまで変身したくないだけですよ。気になったのですが、元々はどのような作戦だったのですか?」

「複数の小細工で、予め決めていた地点に誘き寄せて叩くってだけさ。こっちも分かれて待っているはずだったが、まさか一番可能性の低い策を引くとはね……それじゃあ。やろうか」


 エラクスの雰囲気が変わり、身体を刺すような殺気が放たれる。

 こっちもやるとするか。


(アクマ)


『今回悪いのはわたしだけど、無理だけはしないでね』


(今回も無理だろうな)


 格上相手にガチンコバトル。


 無理をしてなんぼだろう。


「変身」


 黒が纏わりつき、俺を塗り替えていく。


 初めの頃に比べると豪華になった服。

 ケープも追加され、剣も黒と赤の二本となった。

 

 これが単純な強化なら良いのだが、そうではない。

 奪えるものを奪い、力に変えているのだ。

 原理は知らないが、憎悪の魔法なのかもしれない。


 それに、両手に剣を持って戦うなど右利きの俺には不可能なはずなのに、今では問題なく二刀流が出来る。

 不思議だが、魔法とはそんなものなのだろう。


 俺の身体で変異が始まっているのもあるが、先の見込めない人生だ。

 好きなように生きても良いだろう。


「それじゃあ……さよならだ!」


 エラクスが一瞬にして目の前に現れた。

 雷による超加速だろう。


 横薙ぎに振るわれる大剣をしゃがんで避け、赤い剣で下から大剣を掬い上げようとするがビクともしない。

 剣の長さで言えばエラクスに分があり、俺の射程はエラクスの射程から一歩入らなければいけない。


 これまでは一撃に賭ける戦いばかりだったが、今回は手数で攻めるのが得策となりそうだ。


 赤い剣を振り上げた時の勢いを使い、黒い剣でエラクスを突く。

 エラクスは大剣の柄で俺の剣を弾き、体勢を崩した俺を殴ろうと、左腕が飛んでくる。

 ただの殴りならとても痛いで済むが、エラクスの左腕には青白い雷が帯電している。


 当たればその時点で負けとなるだろう。

 ならば。


「地震・アーククラッシュ」


 赤い剣を逆手に持ち、地面を突きさす。


 そして、振動と共に地面が割れ、エラクスの体勢を崩す。

 なんとか回避できたが、帯電していた雷が掠り、皮膚を焼かれた。


 掠ってこれだと、直撃はやはり駄目そうだな。


 お互いに割れた地面から飛び退き……いや、エラクスは飛び退いたが、俺は障壁を足場にして追撃をかける。


 エラクスが放った雷を剣で打ち消し、斬撃を放つ。


 大剣で防いでいる間に、一気に間合いを詰める。


「いやはや。侮っているつもりはないが、強いね君は」

「そちらはまだまだ余裕そうですね」


 エラクスは俺の連撃を余裕綽々と言った感じで捌き続ける。


 俺も本気とは言えないが、エラクスは強化フォームにすらなっていない。

 先に腕や足の1本でも落としたいが、エラクスは固そうな鎧で身を包んでいる。


 ただの鉄ならともかく、魔法少女が衣装として纏っているのだ。

 そう簡単に斬ることは出来ないだろう。


 昔とは違いそれなりの時間戦えるが、本気を出される前に攻め切りたい。


 ならば、少しだけ想い憎悪を解放するとしよう。


 戦わせてやるから、暴れるなよ?


 わざと赤い剣で大振りの攻撃をして、エラクスの反撃を誘う。

 

 エラクスは最小の動きで俺の剣を弾き、大剣を斬り上げてくる。


 そのタイミングで、抑えている憎悪を解放する。

 

 両方の剣に黒い光が走り、魔力を纏う。

 服も少し変わるが、それを気にしている暇はない。


 体勢が悪いが、黒い剣を振り下ろし、エラクスの大剣に叩き付ける。

 先程までなら俺の剣が弾かれて競り負けるが、今回は俺が押し返してやった。


 エラクスは驚愕するが、大剣に身体を引っ張られてエラクスに、俺の一撃を避ける方法はない。

 

「双破・シザークロス」


 左右から挟むように剣を振る。

 魔力が灯っている今の状態なら鎧も斬れるはずだ。


「迸れ。聖雷」


 剣が当たる瞬間に、エラクスが強化フォームになる。


 剣はエラクスの両手で弾かれるが、そんなのは想定の範囲内だ。

 飛んできた魔法をバク転して避け、赤い剣を投げる。


 しかし、エラクスの姿は既にそこにはなく、いつの間にか俺の真上にいた。

 

 目が合い、死が訪れようとしてるのを感じる。


 何重にも重ねた障壁を目の前に展開し、僅かな時間でも稼いでくれるように願う。

 大剣が振り下ろされ障壁とぶつかる。


 瞬く間に割られていくが、僅かに稼げた時間で足元に障壁を出し、無理やり踏み込んで大剣の間合いから逃げる。

 

 足に大剣が掠るが、なんとか回避が間に合った。

 投げた赤い剣を手元に召喚し、次の一手を考える。


 大剣に鎧なんて重そうな武装だが、雷の魔法により短所が長所となっている。

 動きは直線的だろうが、だからどうこう出来る手段は俺にはない。


 おまけに俺は真っ黒だが、向こうは真っ白だ。

 これじゃあ、倒される悪者は俺じゃないかな?


「強化フォームでもないのに強くなるなんて、本当に面白い。アルカナについては魔女も教えてくれたが、それについては今も分からず仕舞いだよ」


 それはいい情報だな。

 基本的に情報が筒抜けなのだが、やはりこの状態は切り札として使えそうだ。

 

「知ったところで意味なんてないでしょう。どうせ殺すか殺されるかの関係なんですから」

 

 エラクスの殺意は本物だが、そこにあるのは憎しみではなく、ただの義務感だけだ。

 敵だから殺す。そんなところだ。

 

 だから駆け引きに無駄な邪念が絡まない。


 引く時は引くし、殺せるなら殺す。

 深追いなんて絶対にしないだろう。

 

「そうだな。私も死ぬつもりで今回の作戦を受けたが、出来るなら最後をこの目で見届けたい。だから……死んでくれ」


 俺が返事をする前に、エラクスの姿が消える。

 どこに行った?

 

 いや、見失う程の速さで移動するとすれば、あそこしかないだろう。

 

『後ろ!』


(だろうな!)


 しゃがむと大剣が頭上を横切る。

 その後の振り下ろしを横に跳んで避け、ついでに足を斬り付けてみる。


 多少の傷が防具に付くが斬るのは難しそうだ。


「雷華招来」


 エラクスが掲げた大剣から雷が空へと広がり、俺目掛けて落ちてくる。

 それだけではなく、エラクスも受けから攻めへと変わり、俺を追い立ててくる。


 俺の方が勝っていた筋力は、エラクスが強化フォームになった事で再び逆転し、更に空からは雷が絶え間なく降り注ぎ、回避するだけで精一杯となる。


 おまけに大剣の攻撃を身体で受けようものなら、その時点で負けだ。


 雷。電流によって身体が焼かれると同時に硬直し、動けなくなっている間に身体を半分に斬られるだろう。


 能力が嚙み合っている相手とは本当に厄介だ。

 レンさんみたいな理不尽さはないが、勝ち筋を見い出せない。


 顔面に剣を刺せれば良いが、そんな隙を作ることは出来ないだろう。

 

 攻めなければいけないのに、今は避けるので精一杯だ。


 今の所大きな怪我はないが、どうなるやら……。


(どうする?) 

 

『何か手はないの? それ以上無理をしないで済む方向で』


 今は降ってくる雷を剣で打ち消し、大剣の猛攻を避けたり逸らしたりしている。

 長くは持たないが、考える時間位はある。


 今の俺に残されている手は、正攻法と裏技の2種類だ。


 正攻法は抑えている憎悪を更に解放する事だ。


 昂っている今なら、薬無しのエラクスを倒すのは楽勝だろう。

 問題は、次の戦いがどうなるか分からない事だ。


 流石に晨曦チェンシーの時ほど重症にはならないだろうが、4人も連戦は無理だろう。

 まあ、2人倒した後はアルカナの力を使ってしまえばなんとかなるだろう。


 裏技はソラの身体を、エルメスの能力で取り換えるのだ。

 アルカナの能力ではあるが、解放ではないのでリンネたちには何が起きたか分からないだろう。


 身体が成長すれば、今以上に無理が出来るようになるし、魔力の出力も上がる。

 変身を解くまではそのままなので、連戦も問題無いだろう。


 だが、この方法は次使うには再びソラの成長を待つ必要がある。


 アルカナの同時解放がその間出来ないので、何かあった時の切り札が無くなってしまう。


 正攻法も裏技も、一長一短だ。

 だが、どちらかを選ばないと今の状態から抜け出すのは無理だろう。

 

 とりあえず、正攻法でやってみるとするか。


 短時間なら大丈夫だと信じよう。


 上空から迫る雷を赤い剣の斬撃で掻き消し、大剣の軌道を障壁と黒い剣でずらし、直撃コースから逃げる。


 さあ、いこうか。


(すまんなアクマ)


『ハルナ!』


 アクマの反応が消え、胸の奥にある想いが、憎悪が溢れ出る。

 俺が憎しみ妬み。殺意をもった魔法少女という存在に刃を振るうために。

 


 魔法少女なんて殺してしまえ。

 苦しむくらいなら全て壊してしまえ。

 狂った世界など無に還してしまえ。


 俺さえも呑み込み、衝動のままに暴れようとする憎悪を解放した。

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