魔法少女の残業
「不味いわね」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
夜になり、リンデが料理を作ったのだが、案の定俺とレンさんの口には合わなかった。
因みにレンさんとリンデは変身を解いているが、俺は変身したままである。
家の中くらい変身を解いても良いのだが、あまり顔は出したくないのだ。
「明日からはイニーが作りなさい。これよりはマシでしょう?」
「まあ、はい」
微妙な味付けの夕食を終えて、打ち合わせの時間となる。
3人分の飲み物をリンデに用意させ、リビングのソファーに座る。
「レンさんの方では何か収穫はありましたか?」
「そうね……思ってたよりイギリスの魔法少女が弱いのと、何やらこそこそと、やっているみたいよ」
こそこそか……魔法局と不仲だから何か企んでいてもおかしくないだろう。
(知ってるか?)
『ネットにそれらしい情報はないから、アナログ的な方法で情報共有してるんじゃない?』
「リンデは……知りませんよね。他はどうでしたか?」
聞こうとしたら既に首を横に振っていたので、そのままレンさんに話を振る。
「弱い癖に吠えるわね。それと、明日は魔法局の方に顔を出す予定よ。午前はいいけど、午後は付いて来なさい」
「分かりました。私からですが、魔法少女の動きが鈍いのと、討伐だけではなく、公共関係がおざなりになっているように感じました。リンデは何か知っていますか?」
「道路や建物を直していた人がいなくなって、代わりの人が選出出来ていないって聞きました。それと、一部の魔法少女が反発してるとか……」
反発か……公共事業は魔法少女と一般人の仲を取り持つには大事だと思うが、魔法少女たちの思想に問題があるのだろうか?
詳しくは会ってみないことには分からないな……。
「そうですか。バイエルンさんは何か困っているとか、言ってましたか?」
「えっと……話を聞いてくれる人が少ないとか、言っていた気がします」
話を聞かないとはまたよく分からない事を……ここまでの情報と、アロンガンテさんから貰った情報を纏めると、人手不足であり、質は低く指揮を取れる人もいない。
魔法局の頂点としてバイエルンさんがいるが、その後の中間層が駄目なのだろう。
もしもバイエルンさんが無能なら、アロンガンテさんはもっと強硬手段に出ていただろうし。
そうなると、バイエルンさんの手足を用意するのが先ずは先決か?
だが、限られた時間で結果を出すことを考えれば、全体に影響が出るようにしたい。
ならば、先ずは支部の局長とランカーだな。
「そうですか。ランカーについては何か知っていますか?」
「忙しいという事位しか……」
「分かりました。私は引き続き魔物の方の対処に当たろうと思います」
基本的に出待ち、どこぞの用語ではリスポーン狩りをするのが俺のスタンスだが、そうも言ってられない状況を目の当たりにした。
流石に住宅街や建物の周辺には居なかったが、人気のない場所では魔物が徘徊していたのだ。
あまりない話だが、魔物を現実で長く放置していると、進化……ランクが上がるなんて事がある。
流石に管理されている国でA級やS級が野放しになるなんて事はないだろうが、今の状態では国内の移動もテレポーターを使用しなければならない。
テレポーターも、一般市民からしたらそこそこ値が張る。
このまま放っておけば国全体で経済が落ち込み、常に魔物に怯える日々を送るなんて事になれば、国として破綻するだろう。
俺たちが来る前に、国内で何とか出来なかったのかね?
「あの~、私はどうすれば?」
レンさんを見ると特に何も言わない。
俺の好きにしろって事だろう。
「午前中は自由にしてもらって大丈夫です。午後は私たちと一緒に来て下さい」
「分かりました!」
「終わったなら、私は寝るわね」
レンさんは席を立ち、部屋に行ってしまった。
寝るってまだ19時なのだが、早すぎないか?
「これが鍵になるので、来たら中で待っていて下さい」
「はい」
リンデに鍵を渡し、これにて解散となる。
リンデも此処に泊まる気だったらしいが、子供は家に帰るのが一番だ。
それに、居られたら少々厄介だからな。
「それではまた明日」
リンデを追い出し、ようやく1人になる。
レンさんもどうせ、明日まで起きないので、大丈夫だろう。
『本当に変身するの?』
(ああ。アクマが心配するような事は起きないから心配するな)
ここからは大人の時間もとい、残業の時間だ。
こんな時でも馬鹿な魔法少女が居るのだ。
ならば仕事をしないとな。
1
イニーたちの家を後にしたリンデは、バイエルンの所に向かっていた。
リンデはレンやイニーを、案内や世話をするように頼まれたが、詳しいことを聞かされてなかった。
祖父であり、局長であるバイエルンの頼みとなれば、リンデが断ることはない。
だが、相手が思っていた人とは違い、その事について尋ねようと思ったのだ。
「おじいちゃん」
「おお。どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
リンデがバイエルンの執務室に入ると、バイエルンは顔を綻ばせて出迎える。
だが、その顔には疲労が色濃く出ており、心配になるほどだった。
「あの日本の人たちって、今の状況を打破するために来たんだよね?」
「……ああそうだよ。私が不甲斐ない所為でもあるが、このままだとイギリスは国として破綻してしまう。それを防ぐ為に、偉い人があの2人遣わせたんだよ」
バイエルンは一瞬言葉に詰まるが、表の理由をそれらしく語る。
勿論バイエルンが言っているのは嘘ではないし、実際には裏の裏まで事情がある。
そして、バイエルンが知っているのは裏まで。
アロンガンテが強硬手段を取る事についてだ。
更に奥……破滅主義派の事を知る者は誰もいない。
「ランカーの人が凄いのは分かるけど、もう1人の方はどうなの?」
どうなのと聞いてはいるが、リンデはイニーが普通ではないと薄々気付いて……いや、本人が特に隠しもせずに転移や魔物の討伐をしていたので、普通ではないと思っている。
「おや? 知らなかったか……」
バイエルンはどう説明したもんかと顎を擦る。
イニーがこれまでやってきた偉業を説明すれば良いのだが、大体の話が血生臭く、大事な孫に説明をするのは戸惑われた。
「日本の次期ランカーだよ。だが、強さで言えば世界トップクラスだろう」
「でも、私と同じ位の年齢なんだよね?」
「ああ。確か11歳だったはずだが、あの魔法少女……イニーについては常識が当てはまらないと思った方が良い。出来れば仲良くやって欲しいが、無理そうなら怒らせないようにしてくれれば良い。それと、何か言っていたかね?」
バイエルンが危惧しているのは、レンとイニーがイギリスに見切りをつける事だ。
バイエルンには現状維持が精一杯であり、これ以上何か出来る伝手も、余力もない。
味方となる者が居れば良いのだが、イギリス国内ではほぼ孤立している状態だ。
「レンさんは明日魔法局を回ると言ってました。それと、イニーちゃんは魔物を討伐するって言ってたよ」
「そうか……協力できれば良いのだが、今の状態ではな……。彼女らを見て、魔法少女とは何たるかを学びなさい。少々ズレているが、あの2人は世界有数の魔法少女だからね」
「分かった!」
リンデは頷き、後で2人について調べようと思った。
本来なら調べておくべきだったのだが、リンデが案内人になるのは急遽決まったため、調べている時間が無かったのだ。
また、バイエルンはあまり情報を与えない方が、素の状態で対応できると思い、あえて教えなかった。
片や味方のはずの魔法少女を氷漬けにし、片やSS級の魔物を大量虐殺出来る実力がある魔法少女だ。
更に2人共揃って、世間にはあまり顔を出そうとしていなく、イニーについては本当に顔を出そうとしていない。
調べれば分かってしまう事だが、出来れば調べないで欲しいバイエルンであった。
「失礼します。おや? リンデさんも居るんですね」
「どうした。何かあったのか?」
もうそろそろリンデとバイエルンの話が終わると思いきや、ロウシェが執務室に入って来た。
「と、その前にもう帰りなさい。夜も遅くなってきたからね」
「……はい」
リンデは2人にお休みと言ってから、執務室を出て行った。
「今の所は問題なさそうですね……っと、それよりも少々緊急事態です」
ロウシェはリンデが去って行くのを軽く笑みを浮かべて見送り、直ぐに真面目な顔となる。
「どうした?」
「イギリス所属の魔法少女が、次々と襲われています」
「なんだと!」
バイエルンはあまりの事に立ち上がるが、襲われてると言う割にはロウシェは焦っておらず、その様子を見て少し落ち着く。
「襲われているのは此方で問題ありと目を付けていた魔法少女ばかりであり、一部では襲われそうな時に助けられた。巻き込まれそうなところを助けてもらった、などの報告が上がっています」
「襲っている魔法少女が誰か分かるか?」
「それが……」
ロウシェは懐から複数の写真を取り出し、バイエルンに渡した。
そこにはフード付きのケープを来た黒い魔法少女が写っていた。
しかし素顔は確認することは出来ず、手に持っている剣が唯一の手がかりだろう。
「姿を元に照会を掛けたのですが、該当する魔法少女は見つかりませんでした。また、格好は少し違いますが、似た様な魔法少女が素行の悪い魔法少女を狩っていた事例がありました」
「次から次に問題が起こるとは……だが、有難い事でもあるな」
魔法少女の問題は、バイエルンが一番困っている問題であった。
本来なら罰則などを与える権限がバイエルンにはあるのだが、問題を起こしている魔法少女をどうにかする力が、バイエルンにはなかったのだ。
対人が得意であったランカーは死んでしまい、高ランキングの魔法少女は魔物に掛かり切りとなり、そこまで手が回っていないのだ。
「有難いが、黙ってみていることも出来ないか……一応妖精局に話を上げといてくれ」
「分かりました。重要な報告は以上となります。それと、日本の方々はどうでしたか?」
「レン……フリーレンシュラーフは噂通りだな。下手に欲を出せば国ごと滅ぼされそうだった」
ロンシェはそんな馬鹿なと笑うが、バイエルンはいたって真面目だった。
その顔を見て、ロンシェはつばを飲み込んだ。
そんな魔法少女を送ってくる日本がおかしいのか、そんな魔法少女を送らなければならない程、イギリスは危ないと判断されたのか……。
「こほん。イニーフリューリングの方はどうでしたか?」
「正直分からないな。雰囲気的には真面目で気配りの出来る感じだった。話している内容も問題なかったな。いや、だからこそ問題か……11歳の少女と言うよりは、大人を相手にしている感じだった」
「大人ですか……噂ですが、彼女は実験で作られた存在ではないかと言われていますが、嘘ではないかもしれませんね」
イニーが普通の魔法少女ではない噂は、世界中で流れていた。
それは本人がアルカナの事について黙っているのもあるが、相反する能力を持っていることに起因する。
通常の攻撃魔法と、回復魔法。どちらか1つ使えるのが、魔法少女としては普通だ。
なのに両方とも同レベルで使えるとなると、普通とは言えない。
更に容姿も普通とは言い難く、その結果噂が広がったのだ。
因みにイニー本人は、そんな噂が広がっているとは知らない。
「噂か……ありえない話だが、実際に本人を前にすると疑いたくもなるな。だが、今は気にしても仕方ないだろう。支部の方は大丈夫か?」
「はい。なるべく情報がいかないように、手を打ってあります。強いて言えば、支部が氷漬けにならない事を祈ります」
イギリスの魔法局支部は支部ごとに独自で動いており、連携をほとんど取れていない。
最低限魔法少女たちは動いているが、互いに信用できていないせいで動きも悪い。
そして、バイエルンはありのままの姿をレンたちに見せるため、2人の情報を伏せているのだ。
「そうか。俺が不甲斐ないのがいけないのだが、馬鹿共の置き土産でこんな事になるとはな……」
「これで少しはマシになってくれればいいですが、やりすぎてしまわないか不安な所ですね。さて、私はそろそろ失礼します。最後に、もうそろそろ治療の方をどうにかした方が良いかもですね」
ロンシェはそう言い残して、執務室を出て行った。
「どうにか出来るならどうにかしてるさ」
イギリスにも回復魔法を使える魔法少女は居るが、怪我人に対してあまりにも数が少ないのだ。
これはどの国も同じ事だが、なるべくジャンヌが各地を回り、なんとかしようと頑張っている。
しかしジャンヌを呼ぶには魔法局として、問題なく運営出来ていなけれならない。
それは患者の誘導や、ジャンヌの安全のためだ。
今のイギリスではジャンヌに治療をお願いすることは不可能だ。
仮に出来たとしても支払いが出来ないので、どうしようもない。
バイエルンの受難は続くのだった。
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