魔法少女とジャンヌの説教
「お疲れ。それじゃあ帰るとするか」
医療室の中にジャンヌさんと氷水さんの他に数名の魔法少女がいて、なにやら話をしていた。
ジャンヌさんは、此方に気付くと話を打ち切って近づいてきた。
「話していたようだけど良いの?」
「ただの雑談だから構わないさ。それに、2人をいつまでも拘束するのは悪いからね」
俺はともかく、フルールさんはランカーなだけあって多忙だからな。
仕事を終えたなら早く解放するべきだろう。
「そうなら良いけど、ごめんなさいね」
「いえ! 大丈夫です! それと、今日の討伐お疲れ様です!」
「あら~?」
1人の魔法少女がフルールさんに頭を下げると、他の魔法少女たちも揃って頭を下げる。
フルールさんのあら~には色々な思いが込められているだろうが、俺の代わりに受け取って下さい。
「気にしなくて良いのよ。私たちは戦うために存在しているのだもの。それじゃあね」
医療室を後にして、テレポーターを目指す。
道中氷水さんが何か言いたそうにしていたが、口を開こうとするとジャンヌさんに見られて口を閉ざす。
大方俺について聞きたいのだろうが、聞くなとジャンヌさんに釘を刺されているのだろう。
だが飯田さんの時とは違い、氷水さんとは親しい訳ではない。
それに飯田さんには眼を治した事による恩があるが、氷水さんには何もない。
俺の事を知られてもそんなに問題はないが、知られない方が良いのは確かだ。
どうせもう会う事もないし、無視で良いだろう。
「本日は、治療と救援ありがとうございました。後日中国魔法局から正式に御礼があると思いますので、よろしくお願いします」
「個人的にはいらないのだが、これも外交の一部だからね。いつも通りアロンガンテに送っておいてくれ」
そんなやり取りの後にテレポートして、本日のお手伝いは終了した。
この姿のまま2度も戦うことになるとは思わなかったが、魔法がちゃんと使えてよかった。
一度妖精界に帰り、此処で解散と思いきや、そうはいかないのである。
「解散の前に聞きたいことがあるからリリーは連れていくが、フルールはどうする?」
「お邪魔したいけど、このまま次の仕事に行くわ。あくまでもジャンヌちゃんを優先しただけで、終わってないのよね~」
本来なら護衛がいなければならないのに、俺が居るからと護衛を呼ばずに出掛けたジャンヌさんが悪い。
魔法局からほとんど出ていないから大丈夫だったが、フルールさんがいなければ中国では少々危うかっただろう。
運が悪ければ魔法局が1つ中国から消えていたかもな。
それに、ジャンヌさんを付け狙うロックヴェルトの事もある。
何故態々危ない橋を渡るのかね?
「それじゃあ2人共、またね」
フルールさんとテレポーターの施設で別れ、ジャンヌさんの執務室へ向かう。
「座ってくれたまえ。珈琲を淹れて来るよ」
「ありがとうございます」
これといった事も起こらず、執務室に着いてしまった。
最近は人通りも少ないのでありがたいが、人が居ないって事はそれだけ異常なのだ。
それはそれとして、珈琲の良い匂いが漂い始めたので、もうそろそろかな。
「お待たせ。アクマ用のジュースも持って来たから、出て来てくれるかね?」
(どうするんだ?)
『私用ってことは、私に用があるみたいだし、出るよ』
にゅるんとアクマが身体から出てきて、ジャンヌさんからジュースを受け取る。
「出て来てくれたね。本題に入る前に、喉を潤すとしようか。今回は私のブレンドだがどうかね?」
ジャンヌさんのブレンドか……とても美味しいです。
「程良く苦くて美味しいです」
「それは良かった。話についてだが、先ずは軽い方からいこうか。アクマはイニーの杖についてどこまで知っているのかな?」
「私たちのせいで強化されているのは知っているよ。害はないから大丈夫だよ」
「そうか。なら私からその事について、とやかく言うつもりはないよ」
杖にはフールとエルメスによって追加された2色のラインがある。
フールのは単純に魔法の効率が上がり、エルメスのは回復魔法の性能が向上している。
個人的にはありがたいが、どうしてこんなラインが追加されたのかが分からない。
アクマの分が無いのを考えると、第二形態が関係している可能性がある。
可能性があるだけで、正確には分からない。
一応フールの分はあの精神世界的な所で見ているから、なんとなく仮説は立てられる。
だが、なぜエルメスの分が追加されたのだろうか?
特に困る事もないので本人にも聞いていないが、アクマが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。
「次だが、イニーの中で一体何が起きているのかな? 当たり前だが、人が若返るなんて事は魔法のありふれている今でも叶わない事だ。寿命の話もあるが、君はイニーを殺したいのか?」
「それは心外だね。私がそんな事するわけないじゃないか」
アクマは激昂せず、オレンジジュースを飲みながら冷静にジャンヌさんに言葉を返す。
「それに、イニーが死ぬなら私も一緒に死ぬつもりだからね。イニーの体調には十分注意しているんだけど……」
「相手が相手だからね。生半可な力で太刀打ちできないのは分かっている。だからこそ、失礼を承知で言わせてもらうが、その契約者とやらを変えた方が良いのではないかね」
「それは私にイニーを捨てろって事かな?」
契約者を変えろか。そう言いたくなる気持ちは、分からなくもない。
契約した事によって得られる能力――開放も魔法少女の地力があってこそだ。
魔法少女歴の浅い俺は、素の状態ではまだまだ弱い。
タラゴンさんには連敗したし、マスティディザイアには実質負けている。
裏技で
あのまま強化フォームになられていたら、どうなっていたか分からない。
他の世界での結果を無視するならば、アルカナは強い魔法少女に託す方が賢明だろう。
まあ、渡すつもりは毛頭ないがな。
「アクマが承諾しても、私が拒否しますよ。これは私がやらなければいけない事ですから」
「その脅迫概念的思想もどうかと思うが……もう良いんじゃないかい? 誰かに託したとしても、誰もイニーを責めるなんて事は無い。後は大人に任せるのも、1つの手だと思うよ」
ジャンヌさんはこれまでで一番優しそうに微笑んだ。
ジャンヌさんの考えがどちらか分からないが、良い方に捉えれば俺に死んでほしくないのだろう。
このままでは、俺が死ぬと思っているのだろうからな。
「私が私の意思で最後まで果たしたいだけです。それに、少々約束がありまして」
「約束? その為にいつ死ぬかも分からない戦いに赴くと?」
「ええ。それに私は普通ではないですからね。多分ですが、私が逃げた場合、私は内側から食い破られて人ではなくなるでしょう」
俺の中にある憎悪の塊。自我を持ち度々暴走しているが、今の所俺の制御下から外れてはいない。
だが、それは俺の目的と憎悪の目的が一部重なっているからだ。
もしも俺が戦いから身を引けば、憎悪は暴走して俺を乗っ取ろうとするだろう。
それに自我があるとエルメスは言っていたが、会話らしい会話は出来ていない。
戦闘や第二形態になった時、意思が伝わってくるだけだ。
俺が制御出来れば良いのだが、正直無理な気がする。
仮に封印した場合は第二形態になれなくなるので、いざという時の切り札が無くなってしまう。
個人的には困らないが、少々ヤンデレ気質な同居人である。
「それは……何かの後遺症かい?」
「アクマ……とは完全に関係ないとは言いませんが、個人的な問題ですね。戦い続けなければ、私は暴れるだけの兵器と化すでしょう。私の中には少々厄介なものが巣くっていますので」
「イニーの言ってる事は大体本当だよ。私としては、戦う事すらしないで滅ぶまで平和に暮らそうって、言ったりもしたんだけどね」
ジャンヌさんは天井を仰ぎ、大きなため息を吐いた。
「そんな事を私に話して良かったのかね?」
「ジャンヌさんなら悪いようにしないでしょう? それに、私が私である為には戦いが必要なんですよ。心配してくれるのはありがたいですが、普通にはもう戻れないんです」
アクマが腹に頭突きした後、頭の上に座る。
そう言えば、明確に俺が戦いたいとアクマに話すのも、今回が初めてだな。
不満ありありと言った態度だが、文句を言わない辺り諦めてくれているのだろう。
アクマには申し訳ないが、エルメスと契約できたことにより、本当の最終手段を手に入れることが出来た。
もしもアクマが……いや、下手な事を考えるとエルメスとソラに文句を言われるな。
あまり考えないようにしよう。
「死なないために戦うか……似た様な事を楓も言っていたが、本当に人とは分からないものだね」
「楓さんが?」
はて? あの楓さんがバトルジャンキー的な事を言っていたのか?
ブレードさんやタラゴンさんなら分かるが、あの楓さんがねぇ……。
「ああ。私が私である為に戦わなければならない。その為に力を貸してくれって楓は言ってたよ。楓は最強と言われているが、人1人が出来る事の限界を知っている。それは日本のランカーを見れば分かるだろう?」
確かに他の国に比べると、バランスが取れているとは思う。
主にアロンガンテさんの存在が大きいが、フルールさんやタラゴンさんの存在も見逃すことは出来ない。
対人や対魔物。外交や業務。そして裏仕事のゼアーと回復魔法のジャンヌさん。
中々バランスが取れていると言えるだろう。
少々アロンガンテさんの仕事量が多いが、これは仕方のないことと思おう。
「1人の魔法少女に出来ることはたかが知れている。君もその事をしっかりと考えたまえ」
「分かりました」
1人と見せかけてアクマ。エルメス。ソラ。憎悪の5人? 居るからな。
別に1人という訳ではない。
「今日の話は黙っておくが、この騒動の後も一緒に珈琲を飲めるのを願っているよ。今日はありがとう」
「いえ。此方も色々と為になったので大丈夫です。珈琲ご馳走様でした」
「アクマも、イニーの事をしっかりと見といてやりなさい」
「分かってるさ。ジュースどうもね」
アクマが同化し、ジャンヌさんの執務室から出る。
この歳で説教されてしまったが、魔女を倒すまではどうしようもない。
しかし、ジャンヌさんの珈琲は魅力的である。
この世界からさよならする前に、もう一度飲みたいものだ。
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