魔法少女はランカーに……

 ジャンヌさんの手伝いをした次の日の朝には身体が元に戻り、アクマからは問題がないと太鼓判をもらった。

 その日から二週間程魔女は騒動を起こさず、魔物を倒す日々が続いた。

 

 アロンガンテさんが言っていた会議はオーストラリアの事件から数えて3週間後になると報告があった。

 少し対応が遅く感じるが、したところで何も変わらないだろうし、気にしなくても良いだろう。

 

 たまにエルメスが話しかけてきてソラの様子を教えてくれるが、どうやらソラはエルメスに酷使されているようだ。


 問答無用で封印していたので、仕方ないだろう。

 ソラにはさっさと肥えてもらって俺の切り札になってもらおう。

 耐久的な面での不安はソラが居てくれれば如何にかなる。


 使う為には少々時間が掛かるが、その分強力だ。

 特に解放時の制限時間が大幅に改善されるのがありがたい。

 

 ただ此方が体勢を整えている様に、魔女側も何かしているのだろう。


 今の所倒したのは2人だが、まだまだ人数は居る。

 オルネアスはその特性故に倒すのが困難だったが、第二形態でアルカナを解放した事により、手に入れた能力で倒す事が出来た。


 問題は第二形態自体が身体を酷使しているのに、そこに追加で酷使するので、それはもう身体がしっちゃかめっちゃかである。


 元となっているのが俺の憎悪なので、対魔法少女としては無類の強さを誇るが、リミッターが存在していないので、身体が壊れる一方なのだ。


 理論上魔力があればその分出力が上がるのだが、出力に対して受ける側の身体にはどうしても限界がある。


 車はガソリンを燃焼させてエネルギーを得ているが、このガソリンを一気に燃焼させれば車は爆発してしまうだろう。

 そんな感じである。

 何事も適度が一番なのだ。


 晨曦チェンシーの時は実質俺の我儘もあったが、解放せずに戦った。

 問題は解放したとしても負けていた可能性がある事だろう。


 薬を使われた後の魔法はアルカナと相性が悪い。

 ブルーコレット程度の魔法少女ならともかく、ランカークラスになると分が悪い。

 結果として相打ちだったが、正直結果などどちらでも構わなかった。


 確かに勝った方が良いのだろうが、俺が欲しているのは過程……戦いの中身の方だ。

 流石に絶対的な暴力によって蹂躙されるのだけは勘弁だが、戦えるのならそれで良い。


 そして、ソラがほとんど元通りになったと、エルメスから報告を受けたある日の事だった。

 アロンガンテさんから破滅主義派についての依頼が届いたのだ。


 朝起きて外を見ると、家の周りの雪が解けていた。

 つまり、珍しくタラゴンさんが帰って来ているのだ。


 最近では一度だけ一緒に夕飯を食べて以降は会っていなかった。

 俺がジャンヌさんの手伝いをしていたのは知っていたが、特に説教やお叱りの言葉は無かった。

 

「おはようございます」

「おはよう。朝は食べる?」

「はい」

 

 タラゴンさんが居る時の利点は飯を作ってくれる事だろう。

 難点は着替えとお風呂で注意が必要な事だ。

 しかし、少女としての生活も、女性との同棲生活も慣れてしまうものだな。


 思考の方は史郎だった頃とあまり変わらないが、嗜好の方は徐々に変わり始めている。

 このまま大人になったら……なんて考える必要がないのが、唯一の救いだろう。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 今日の朝食はきつねうどんか。

 下仁田ネギがぶつ切りで入っているので、目覚ましには良いだろう。


 大人になったらなんて考える必要がないのは、負けたらそこで終わりであり、勝ったとしても平穏な生活が訪れないからだ。

 俺の代わりが現れるか、俺が死ぬか、それとも元凶となる魔女を倒すか。


 その時が、いつ来るかなんて分からない。

 それに、ソラが居れば身体の成長を止められるのだ。

 女性として困る段階まで成長することはない。


「今日は何かあるの?」

「アロンガンテさんに呼ばれているので、この後行こうと思っています。お姉ちゃんは?」

「私は相も変わらず討伐の日々よ。こっちから攻められれば良いのに……早く尻尾を出して欲しいわね」


 アクマに探らせているが、やはり此方から反応を捉えるのは難しい。

 ここ最近は破滅主義派と思われるランカーの被害は出ていないが、ナイトメアの時みたいに上手く行く可能性は低いだろう。


 俺が戦闘に入れば、アクマもそっちにリソースを割くのは厳しい。

 雑魚ならともかく、結界内ではどうしようもない。


 一応野良である俺が結界内で戦う事はあまりないが、たまにアロンガンテさんから頼まれて戦う事があった。

 主に救援ばかりだが、雑魚ばかりと戦うよりは多少楽しめたので、喜んで引き受けていた。


「ご馳走様でした」

「お粗末様。一杯飲んでく?」

「頂きます」

 

 うむ。仕方ないとはいえ、この様に世話をされるのだけは少々こそばゆい。

 どちらかと言えば世話をする方が性に合っているのだが、俺が何かしようとするとすると、止められるので何も出来ない。


 実質成長しない身体だが、身長が伸びてくれればこの環境も少しは改善するだろうか?


 タラゴンさんと少し話しながら朝食を終えて、軽くお風呂に入ってからアロンガンテさんの拠点に跳んだ。


 受付の妖精の事も考え、アロンガンテさんの執務室前に跳んだので、怒られることもないだろう。

 インターホンを押し、許可を貰ってから中に入る。

 ……若干涼しいが、この事は一旦忘れよう。


「お待ちしていました。座って待っていて下さい。直ぐに終わらせますので」

「分かりました」


 相変わらずアロンガンテさんの顔には疲労の色が浮かんでいる。

 倒れない事を祈るばかりだ。

 数分でアロンガンテさんはペンを置き、机の上にある栄養ドリンクを飲み干した。

 

「お待たせしました。先日メールした通り、イニーにお願いしたい事がありましたので、呼びました」


 アロンガンテさんがリモコンを操作すると壁に色々と映し出される。


「個人的に纏めていた情報となりますが、次に狙われる可能性が高い国や魔法少女の一覧です。無秩序に狙われていた場合はどうしようもありませんが、破滅主義派は何かしら特化している、或いは弱い魔法少女と、魔法少女の総数が多い国を狙っていると思われます」


(どうだ?)

 

『なんとも言えないね。魔女が何を考えているかなんてバラバラだったし、下手に予想するくらいなら、備えて待っていた方が安全だったことの方が多いよ』

 

 予想とは当たれば良いが、外した場合の被害は大きいだろう。

 それならば後手に回った方が、最終的な被害を押さえられる可能性が高い。

 まあ、だから俺を呼んだのだろうがな。


 俺なら転移で何があっても跳ぶ事が出来る。

 結界も魔女が本気を出さない限り脱出する事も可能だ。


 俺個人が、アロンガンテさんの意向で動いても問題はないだろう。

 

「それとなく協力者の魔法少女たちに知らせてはありますが、イニーにはイギリスに行ってもらいたいと考えています。また、これは個人的なお願いですが……」

 

 アロンガンテさんは何故か言い淀み、紙の資料を手渡してきた。

 なんだ?


(ほうほう。黒よりの灰色と言った感じかな?)


『アロンガンテが実権を握ったとは言え、まだまだ完全とは言えないからね~』


 オーストラリアの時もだが、魔法局上層部の汚職が表沙汰になった結果、魔法局と魔法少女で大きな溝が出来てしまった。

 特にイギリスは魔法局の汚職が酷く、それに伴い魔法少女もそれなりの数が汚職に加担していた。


 それもあって普通に活動している魔法少女は、あまり魔法局を信用出来ずにいた。

 アロンガンテさん側の人間も居るが、思ったよりも状況が悪く、早く立て直さなければ良い的となってしまう。


 更に此処に在籍しているランキング5位の魔法少女はフルールさんと同じく植物系の魔法が使え、世界的に貢献している。

 更に更に、イギリスは島国なので、オーストラリアの二の舞になる可能性もある。


 アロンガンテさん的に頭の痛い問題なのだろう。


「中々酷そうですね」

「はい。出来るならイニーには、向こうで1週間程集中的に活動して頂きたいと思っています。衣住はこちらで手配しますので、お願いできませんでしょうか?」


 何故か食だけ抜けているが、どうしてだ?


(どうする?)


『受けてみても良いんじゃない? 私も頑張ってはいるけど、魔女たちの事を見付けられないし、アロンガンテの案を受けてみるのも一興だね』 


 個人的に戦い以外の事に思考を割きたくないのだが、流石に戦いだけに身を置いて、脳筋になるのは少々悩みどころである。

 たまには、精神的に疲れる仕事を受けるのも一興か……。


 だが、少女には中々面倒な事をお願いしていると思うのだが、そこのところは如何なのだろうか?

 我、公称11歳ぞ?


「勿論ですが、イニー1人を行かせるような事はしないので安心して下さい。頼もしい助っ人も用意してあります」

「助っ人てあれですか?」

 

 部屋の隅に鎮座している氷の塊を指差す。

 入って直ぐに気付いたのだが、物が物のため無視していた。

 正確には物ではなくて者なのだが、どう反応すれば良いのか分からない。

 

 魔法少女ランキング2位の魔法少女フリーレンシュラーフ。

 楓さんの次に最強とうたわれている魔法少女だが、寝ている事が多いせいでその活動を知る者は少ない。

 と言うか、悪名が多くてあまり語られていない。

 

 学園にいた頃に図書館棟で寝ていた? のを見たのが初めてだが、こうやって氷の中で寝ているのは神秘的である。


 ついでに異名二つ名は眠り姫であり、文字通りとにかく寝ている。


「はい。任務の時以外はこんな状態ですが、結果はしっかりと出しています。それに、この状態でも話を聞くことが出来るらしく、問題もないはずです」


 アロンガンテさんは立ち上がり、氷塊を叩く。

 すると氷塊が上から溶け出していき、中からフリーレンシュラーフさんが現れた。


 頭髪がグラデーションになっているのが印象的だな。

 頭の天辺は薄い水色だが、毛先に掛けて濃くなっていっている。

 身長はアロンガンテさんより少し高い位だが、何歳なのだろうか?


 フリーレンシュラーフさんはゆっくりと目を開け、また閉じた。


「寝ないでください」


 アロンガンテさんが頭を叩くと、不機嫌そうに頭を擦り、ソファーに座った。


「話すのは初めてですね。名前が長いのでレンと呼んで下さって結構です」


 確かに長いので略して良いのならありがたい。

 毎回フルネームで呼んでいたら嚙みそうだ。

 

「分かりました。それで、助っ人とは?」

「イニーには基本的に討伐をメインにやってもらい、事務や裏方はレンにやってもらいます」

 

 全部が全部、俺がやらなくていいのはありがたいが、ランキング2位の魔法少女に任せても良いのだろうか?


 詳しいことは知らないが、楓さんに次ぐ強さがあるのなら、そんな事は他の魔法少女に任せた方が良いのではないだろうか?


「本来ならもう少し妥当な魔法少女が居るのですが、もしも破滅主義派が現れた場合や、イギリスの魔法局や魔法少女たちを牽制することを考えると、中々良い人材が見つからず……」

「まるで、私が使えない人みたいな言い方は止めてくれないかしら?」


 人材不足か。

 こればかりは仕方ないとはいえ、まさかランキング2位の人と一緒に任務か……大丈夫かな?


「寝ないでくれれば私も苦労はしないで済むのですがね……。色々と疑問もあると思いますが、主導はイニーでレンは助手程度に思ってください」

 

 アロンガンテさんの物言いから、このレンさんも何か問題があるのだろう。

 通常なら俺ではなく、レンさんが主導するのが妥当だ。


「先に話しておきますが、レンは様々な能力が高いですが、色々と問題が多いです。上手く軌道修正し、イギリスの魔法局を誘導して頂けると幸いです」


 いつの間にか受ける体で話が進んでいるが、俺が受けなかった場合レンさん1人に行かせるのだろうか?

 かもしれないを考える気はないが、ちょっと面白そうである。

 

「因みにレンさんには何をさせればいいのですか?」

「魔法局や魔法少女に何か言われたら、全てレンさんを盾にすると良いでしょう。こちらの意見を吞ませるのも同じ要領です」


 俺のバックにはヤバいのが居るから、素直に話を聞けって脅すわけか。

 それが有効ならいいが、話を聞かない奴が多いからな……。


「なるべくバックアップしますので、この依頼を受けてもらえないでしょうか?」


 上手くいけば後の先を狙えるが、多少疲れる事になる依頼。

 受ける事は決まっているが、1つ決めておかなければならないことがある。

 

「受けるのは構わないですが、報酬は?」

「こちらで用意できるものなら何でも大丈夫です。何か欲しいものはありますか?」


 アロンガンテさんは俺が欲しかった回答をくれた。

 ここ最近アクマと話していて、1つ問題があったのだ。


 その問題を解決するには丁度良い。


「なら1つだけよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「私がランカーに、ならないようにしてもらえますか?」

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