魔法少女と魔法少女を陥れた人

「条件を吞んでくれるなら私が助けてあげましょう」


 ミグーリアに所属する4人の魔法少女が窮地に立つなか、リリーはそう言った。


 飯田は何を馬鹿な事をと思った。


 回復魔法が使える魔法少女は攻撃能力がほとんど無く、自衛がやっとの者ばかりだ。

 戦いたいと声を上げる者もいるが、無駄死にになるだけなので、周りの人が止めることがしばしばある。


 特に回復魔法を上手く使える者程、攻撃が弱くなりやすい。

 リリーは飯田の眼を治し、ジャンヌをしても治すのが難しいとされたクリスを治す程の腕前である。


 そんな彼女に何が出来るのか?

 そう思ってしまうのは仕方のない事だろう。


 しかし、リリーならどうにか出来るのかもしれないと思ってしまう飯田がいた。


 ジャンヌの弟子だからで通しているが、リリーは普通の魔法少女ではない。


 人形の様に華奢で表情が動かず、可愛らしい顔なのに濁った眼をしている。

 

 子供らしからぬ態度や言動は、その内に秘められた憎悪のせいなのだろう。


 普通ではない魔法少女。

 だから、飯田はリリーへ賭ける事にした。


 飯田は指令であるネスターを呼び、4人の魔法少女を助ける事が出来るかもしれないと話す。


 ネスターは疑う様な顔をするが、4人の魔法少女を助けるには今すぐ行動をしなければならない。

 他国に助けを求めたとしても5分や10分で来ることは出来ない。


 責任は全て飯田が取ると発言をしたのもあるが、飯田の、リリーの提案に乗る事にした。


 そしてリリーが姿を消した。


「転移……したのか?」

「そんな……リリーは回復魔法を使えるんですよ! そんなことが出来る魔法少女なんて……居るはずが……」

 

 そう、居るはずがないが、飯田の頭には1人の魔法少女が思い浮かんだ。

 しかしその魔法少女は特別でありリリーとは関係ないはずだった。


 飯田はその魔法少女――イニーフリューリングに会った事はないが、新魔大戦での戦いを知っている。

 圧倒的な強さでデンドロビウムを倒し、マスティディザイアをたった1人で倒したのを現地で見ていたのだ。

 

 リリーとは別人であり、同一人物のはずがないのだ。


 だが……。


(なんでしょうかこの感覚は……いや、そんな馬鹿な事はありませんし……)


 世の中には魔法少女のクローンを作るために、非人道的な実験をしていた例がある。

 もしもイニーが、リリーがその被験者なんて事は無いだろうと思うが、可能性があると思ってしまう何かがリリーにはあった。


 リリーの指定した10分間。


 今は待つ事しか出来なかった。


「すみません指令。映像は……」

「――切ったままで頼みます。ですが、4人との回線が回復した際には直ぐに元に戻して下さい」

「分かりました」


 リリーは10分と言ったが、魔法少女たちの持っている端末と回線が回復すれば、結界が解かれたということだ。


 そうなれば映像を映しても問題無いとネスターは判断した。

 

「あのリリーって子は本当に大丈夫なんですよね?」

「大丈夫だと良いのですが……」


 リリーの要求を呑んだ飯田だが、絶対に大丈夫だとは言い切れない。

 だが、淡々と放たれた言葉には重みがあった。


「とにかく今は待つしかないですね。駄目だったら私の首が飛ぶ事になると思いますが」

「あなたって人は……」


 飯田とネスターは焦燥感を押し殺し、時間が経つのを待つ。

 飯田と違いネスターは仕事があるので多少気を紛らわす事は出来ていたが、気が気ではなかった。


「指令! 回線が復活しました!」

「良し、映せ!」


 リリーか消えてから約8分。約束の時間よりも早いが結界が消え、回線が復活した。

 それは魔物か魔法少女の内どちらかが死んだことを意味する。

 しかし、回線が復活したという事は、魔法少女が生きている事を意味する。


 そして……。


 飯田の肩の上に何かが乗っかった。


「戻りました」

「……」


 飯田は少しの間声を出す事が出来なかった。


「……助けられたのですか?」

「ええ、御覧の通りに」


 リリーが帰って来て直ぐに、モニターに4人の魔法少女が表示されていた。

 そこには、戦闘時にはあった怪我が消え、戸惑いながらもオペレーターと通話している4人が居た。


「お疲れ……様です」

「此方から言い出した事ですから構いませんよ」


 本来ならオペレーターと1対1で通話するのだが、今回は事件もあったため、スピーカーで音が出ていた。


 その通話を聞いて飯田は何故か鳥肌が立った。


『突如として魔法陣が現れ、一撃で魔物が倒されました。その後唖然としている内に傷が治り始めたんです。遠くに白衣を着た小さな少女が見えましたが、私たちもよく分かりません』


 そんな事を助けられた魔法少女は言っていた。


 有り得ないのだ。


 それだけの能力を1人の魔法少女が持っているのは。


 それどころか回復魔法の腕前がジャンヌと同等か、それ以上なのである。

 しかも本人は小さな少女なのだ。


 熟練どころか、まだ魔法少女になって日も浅いはずだろう。


(日本では一体何が起きているのでしょうか……)


 ジャンヌの弟子を名乗り、得体の知れない能力を持つ魔法少女。


 彼女のおかげでミグーリアの魔法少女たちが助かったのは確かだろう。

 

 だが、飯田は感謝と同じくらいの恐怖を感じずにはいられなかった……。





1





 一応約束は守ってくれたようだな。

 サクッと行ってサクッと倒して終わる予定だったが、杖をジャンヌさんに貸しているせいで思ったより時間が掛かった。

 杖がない場合、詠唱が長くなるので、少しばかり時間を食ってしまう。

 まあ、誤差の範囲内だし、ちゃんと助けられたから良いだろう。


「約束は守ってくれたみたいですね」

「はい。助けていただいてありがとうございます」


 飯田さんの肩の上へピンポイントに転移し、少しばかり待っているとネスターさんが此方に来た。

 指令室内は何故助かったのかと少々慌ただしくなってきているが、少しだけ釘を刺しておくか。

 

「私は何もしていない。それで良いですね?」

「……そういう事でしたか。いえ、何か話すのは失礼ですね。私の胸に仕舞っておきます。飯田もすまなかった」

「構いませんよ。それでは私たちは失礼します」

 

 ネスターさんが軽く頭を下げるのを見てから、指令室を出て行く。


 時間としては30分程度だったが、少々濃い時間だった。


「疲れとか大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

 

 基本動いていないからな。

 魔法を使った事による精神的な疲れもないし、強いて言うなら若干眠くなってきた。


 これは小さな子供あるあるの、昼寝しなければ体力がもたないとか言うあれだろうか?

 まあ、最悪回復魔法で眠気を吹き飛ばす事が出来るので、駄目そうなら治してしまおう。


「そうですか。何かあったら遠慮なく言って下さい。それでは引き続き案内します」


 次に案内されたのは待機室やテレポーター室等だった。

 そして食堂やシミュレーターと続き、問題らしい問題も起きずに進んだ。


 たまに話しかけてくる職員も居たが、俺を見ると話を切り上げてそそくさと居なくなる人が多かった。

 

 話しかけてくる魔法少女の中には根掘り葉掘り、何かを聞き出そうとする奴も居たが、飯田さんが追い返してくれた。


 俺みたいな奴でも勧誘してくるって事は、それだけ魔法少女が不足しているのだろう。

 俺とジャンヌさんが治したので直ぐに解消されると思うので、少しだけ耐えてくれ。


 1時間程案内をしてもらっていると、飯田さんの端末が鳴り、ジャンヌさんの治療が終わったと連絡がきた。


 魔法局の出入り口に向かうと、丁度ジャンヌさんが入って来る所だったので、すれ違わずに合流する事が出来た。

 隣には飯田さんの代わりと思われる職員も居たが、軽く挨拶をしたらそのまま何処かに行ってしまった。

 

 「お疲れ。そっちも大変だったようだね。リリーが判断した事だから何も言わないけど、無理はしないようにね」


 大変ではなかったが、ちょこっとお手伝いをしただけだ。

 流石にSS級となれば危うかったもしれないが、今更S級程度には負けない。


「それと杖をありがとう。普通なら武器を貸すなんて出来ないはずだが、今更だろう」


 ジャンヌさんから杖を受け取ってしまう。


「そう言えば、後で聞きたいことがあるからよろしく」

「分かりました?」


 はて? 何かあっただろうか?

 飯田さんが居る場所では聞けないって事は能力かアルカナの事だと思うが、気にしても仕方ないか。


「このまま最後の支部に行って大丈夫ですか?」

「ああ。リリーのおかげで魔力もあまり減ってないからね。頼んだ」

「分かりました」


 テレポーターまで行き、ミグーリアでの最後の治療場所に行く。

 途中で助けた4人の魔法少女とすれ違ったが、首をかしげただけだったので、俺の事はバレてなさそうだ。


 なるべく距離も取っていたし、魔法の発射位置を悟られないように魔方陣を魔物の頭上に展開していたので、ほとんど姿は見られていないはずだ。


「此処が最後になります。重傷者は居ませんが、骨折や毒などの方が居ますのでよろしくお願いします」

「分かった。次の国もあるし、サクサクと終わらせてしまおう」


 テレポートが終わり、テレポーターから出るとまた出迎えの人が待機していた。

 そこそこ良い体格をした日本人っぽい男性だ。


「局長はどうしたのですか?」


 その人は局長ではないらしいが、何故待っているんだ?


「少々問題がおきまして……説明は道中でしますので付いて来て下さい。それと、私は副局長の天城と申します」

「分かりましたが、それはジャンヌさんが必要な状態なのですね?」

「はい」


 天城……どこかで聞いた事がある様な名前だが、誰だったかな?


(知ってるか?)


『北関東支部の元局長だよ。魔女に唆されてハルナを嵌めた人だね』


 北関東支部の局長だった人か。

 何故その人がこんな所に居るのかは知らないが、拠点で会った時のマリンの態度を思うに、北関東支部に居られなくなって此処に来たのだろうか?


(なんで此処に居るんだ?)


『人生のやり直しってやつだね。反省して白橿に転勤させて貰ったみたい。交換条件はあったみたいだけどね』


(なるほど。反省してるなら俺からは、何もないな。被害は軽微だったし)


 そんなことよりも問題がなんなのかだ。

 大体予想はつくが、運が悪い……。

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