魔法少女は提案する

「もうそろそろ時間となりますので、移動しましょう」


 ギリギリまで食べて休んでいると、飯田さんがそう言った。

 食事は確かに美味しかったのだが、今回は沢山食べる事の方が重要だったので、最後の方は苦行だった。


 立とうとすると飯田さんに再び担がれ、肩に座らせられる。

 

「……おかしいですね」

「どうしたんだい?」

「いえ、結構食べていたと思うのですが、全く重くなっていないんです」


 流石にそれはおかしいだろう。

 まだ胃には食べ物が残っている感覚がある。

 ……まあ、気にしてもどうにもならんし、エルメスとソラが何も言ってこないのだし大丈夫だろう。


「リリーは少し特殊だから気にしなくて大丈夫だよ」

「そうですか……」


 ジャンヌさんがフォローしてくれたが、あまり効果は無さそうだ。


「それより、魔力は大丈夫かね? ここが終わっても中国が残っているからね」


 結構な量の魔力を消費しているが、消費した分はちゃんと回復している。


 何なら供給先が2本になっているので、魔力の回復速度はかなり上がっている。


 流石に倍とはいかないが、1.5倍程だ。

 変身したままでも、結構回復出来ている。


「問題ありません」

「そうか。それじゃあ午後も頑張ろうか」


 個室から出て、食堂から出ようとすると、女性とその護衛と思われる魔法少女が2人待ち受けていた。


「お待ちしておりました。本日はよろしくお願いしま……す」

「勿論さ。確認だが、ここは軽症者のみであっているかな?」

「――あっています。それと、予定通り一般の方もこの支部に全員集めております。詳しくは飯田に聞いて下さい」

「分かった。それじゃあ後は任せてくれたまえ」


 飯田さんが歩き出し、その後にジャンヌさんが続く。

 後ろから突き刺さる視線があるが、何故この2人は無視出来るのだろうか?


「先程の通り、この支部では一般人の方だけとなります。その代わり、結構な規模となっていますので、治療数はお任せとなっています」

「大丈夫だよ。打ち合わせの通り、外傷とそれ以外で分けてあるね?」

「勿論です。それと、想定通り室内には収まらなかったので、外になります」


 それはなんとも多そうだな。流石に前のボランティアの時みたいな規模ではないと思うが、大変そうだ。


「――あっ、リリーは今回参加しなくていいよ、あまり顔を晒すのはよくないからね」


 確かに不特定多数に顔を晒すのは止めた方が良いな。

 魔法局関係者が話を広げることはしないだろうが、一般人なら瞬く間に話が広がるだろう。


 ついでにジャンヌさんの掲示板が荒れる未来が見える。


「分かりました。待っている間どうしますか?」

「良ければ魔法局内を案内しましょうか? リリーさんは正規の魔法少女ではないのですよね? 将来は分かりませんが、魔法局を知っておくのも勉強になるでしょう」


 遠回しに聞いてくるが、飯田さんが考えていることは全て外れているだろう。

 だが、ただ待っているのも暇だし、有りかも知れないな。


 ジャンヌさんを見ると頷いたので、好きにしろって感じだろう。

 魔法局内に居ればそうそう問題も起きないだろうし、多少知られても大丈夫だろう。

 それに魔法局内で襲ってくる馬鹿もいないだろうし、最悪自爆ビックバンすればいい。

 

「そうですね。お願いします」

「分かりました。ジャンヌさんの方には違う職員を向かわせますので、何かありましたらお申し付けください」

「分かった。ならそこの出入り口で待たせてもらおう」


 飯田さんは端末で誰かに連絡を取り、直ぐに来るように言って端末をしまった。


 そうだ、折角だしジャンヌさんに杖を貸しておくか。

 俺の杖を使えば魔力の軽減が出来るし、治療の役に立つだろう。

 なんなら護身にも使えるかも知れない。

 

「ジャンヌさん」

「なんだね?」

「良かったら使って下さい」


 杖を取り出してジャンヌさんに渡す。

 因みに最初の頃は魔法の補助のみだったが、愚者と恋人の力を手に入れた事によって能力が拡張されている。

 ついでにエルメスと契約したら黄色い線の他に赤い線が杖に追加されていた。

 

「ありがとう。それじゃあまた後で」

 

 ジャンヌさんと別れ、飯田さんと2人きりになる。


「それでは私たちも行きましょう。因みに年齢は幾つですか?」


 年齢……26か11か、それとも5か。


 まあ、5歳と答えておけば良いだろう。


「おそらく5歳です」

「――そうですか。先ずは指令室に案内しますね」

 

 肩車されたまま、指令室に向かう。

 幸いほとんど人とすれ違わなかったが、二度見する人やじっと此方を見る人が居た。


 指令室……オペレーター室? に入ると、アロンガンテさんの拠点の様に世話しなく職員が働いていた。

 

「失礼します」

「おや? 飯田さんです……その子供はどうしたのですか? それに眼が治っているじゃないですか!」

「ジャンヌさんの弟子であるリリーさんです。眼はこのリリーさんに治していただきました。今は社会見学も兼ねて魔法局を案内しています」

「なっ、なるほどあのジャンヌさんのお弟子さんですか……良ければ此処の説明をしましょうか?」

 

 飯田さんは司令官と思われる人に話しかけるが、肩車している飯田さんを見て微妙な顔をする。

 だがちゃんと責務を全うしようとしているところは好感が持てる。


「お願いします」

「分かりました。基本的に魔法少女は此処にいるオペレーターから連絡を貰い、その後討伐に行きます。戦闘時の映像も此処で管理しており、そちらのモニターの様に戦闘を見る事も出来ます」


 その後もあまり難しくならないように指令の人は説明してくれたが、俺には関係ないし、知りたければアクマが教えてくれるので、失礼にならない程度に聞き流した。


 ざっくり言えば、魔法少女の戦いの支援と給金の管理だ。

 後は緊急時の対応だろう。


 チラッと司令官のモニターを見ると魔法少女の名前とランク。現在の交戦相手などの簡易データが映されていた。


 それを元に、壁に広がっている大きなモニターを見ると、S級と思われる魔物と4人の魔法少女が戦っている。

 

(あれ少し危なくないか?)


『そうだね。このままいくと負けるかも知れないよ』


「――なので。私たちと魔法少女は共に信頼できる仲を築く必要があるのです。説明は以上になります。何か質問はありますか?」


 おっと、いつの間にか説明が終わってたな。


「大丈夫です。皆さん頑張っているのですね」

「ええ。少しでも魔法少女の皆さんの助けになるように、日々頑張っています」


 最初は変なものを見る感じだったが、適当に相槌をして締めのおべっかをしっかりとしたらニコニコ顔になっていた。


 話を聞く時はしっかりと肯定し、当り障りのない褒め言葉を言っておけば大体乗り切れる。


「指令!」

「どうした? 何か問題か?」


 話が終わったのを見計らったかのように、1人の職員が声を張り上げた。


 ああ、4人中2人が気を失ってしまってる。

 このままでは全員死んで終わりだろうな。


 指令官は一番大きなモニターを見て苦い顔を浮かべる。


「くっ! 結界に侵入出来る高位ランキングは居るか?」

「治療済みですが、まだ戦闘は無理です。また、単独でS級と戦える魔法少女も今は……」

「そうか……他国への救援と、最悪の事態に備えての避難勧告を。それと、待機している40位以上の魔法少女に連絡を!」


 4人とも調子悪そうに見えたが、案の定魔物のにやられてしまった。

 今の司令官の言葉を聞く限り魔法局側が無理をさせたのではなく、魔法少女たちが無理をした可能性があるが、鵜吞みにはできない。


 ただ、この国から4人の魔法少女が消えるのは確実だろう。

 運が悪ければ一般人にも被害が出るだろうが、こればっかりは仕方ない。


「……どうやら邪魔になりそうなので出て行きましょう。説明ありがとうございました」 

「いえ、此方こそお見苦しい状態になってしまいすみません」


 このまま次に向かう流れになりそうだが、どうしたものか……。


 今の俺は通常時に比べれば弱体化している。

 アルカナの能力を解放できないし、第二形態にもなれなさそうだ。


 それでも魔力は常時供給されるので、魔力だけは豊富だ。


 S級が5体や10体居れば無理だが、1体程度ならどうにかなる。

 前衛が居れば数が増えても大丈夫だろうが、杖をまともに使えないのでただの固定砲台である。


 まあ、杖はジャンヌさんに貸し出しているので、今は無いのだがな。

 

(どうする?)

 

『個人的には諦めるしかないね。ハルナもこんな状態だし、あまり力を誇示するのはよくないからね。ただ、ハルナが助けたいなら構わないよ』

 

 助けたいならね……。


 ここで無理をする必要もないし、なんならクリスの治療で少々無理をしている。

 治療とは無関係なのでジャンヌさんが困るようなこともない。


 ……だが、なんだ。

 知らぬ所で死ぬのならともかく、知ったからには仕方ない。


 事故と同じだ。


 目の前で救助出来る人が居るなら、助けるのが大人ってやつだ。


「飯田さん」

 

 飯田さんが司令官室を出て行こうとするので呼び止める。

 

「どうかしましたか?」

「条件を吞んでくれるなら私が助けてあげましょう」

「――何を言ってるのですか。回復魔法しか使えないリリーさんでは何も出来ないでしょうに……」


 まあ、回復魔法が使える魔法少女は基本的に戦闘能力が低いとされているからな。

 飯田さんが言いたいことも分かる。


「私が普通じゃないのは薄々気付いているでしょう? 選ぶのは飯田さんです。正直なところ、私は彼女たちが死んでも構いませんからね」


 あくまでも大人の義務として申し出ているだけだ。

 断られたらそれで終わりである。


 飯田さんは僅かに顔を顰めるが、俺の言っている事を理解しているのか、何かを考えこむ。


 ジャンヌさんが居れば話を通して進められるが、ジャンヌさんに話を通している時間は無い。

 ありえない話だが、もし俺が負けた場合のリスクや責任などの問題もある。


 事態は一刻を争うが、有事の際は全ての責任を飯田さんが取る事になるだろう。


「――本当に助けられるのですか?」

「はい。条件はありますがね」

「分かりました。リリーさんの提案を受けます。その条件とは?」


 どうやら腹を括ったみたいだな。

 選ぶのはいいことだ。選ばずに抜け道を探そうとする奴は信用できないからな。


「10分だけモニターの映像を切ってくれるだけで良いですよ。金銭も何もいらないですからね。まあ、指令の人が断ったらそこまでですがね」

「分かりました。ネスター!」


 指令室から出ようとしていた飯田さん振り返り、司令官の名前を呼ぶ。

 

 司令官は呼ばれて少し躊躇う仕草をするも、直ぐに飯田さんの近くに来た。

 

「急にどうかしましたか?」

「あの4人を救う方法があるのですが、話を聞きますか?」

「本当か!」

「はい。ただし条件が1つありまして、10分でいいので、映像を切って下さい。この条件が吞めるなら助ける算段があります」

「本当に助けられるのなら、その条件を呑もう。だが、もしも嘘だったら……分かるな?」


 指令――ネスターの判断は早かった。


「はい。責任は私が取ります」

「分かった。それで、助ける方法は?」

「こちらのリリーさんが助けてくれるそうです」

「……笑えないギャグは止めてくれないか?」


 ネスターさんは呆れ返り、何を馬鹿なことをと首を振る。

 気持ちは分かるが、時間もなさそうなのでさっさと進めよう。


「本当ですよ。時間もなさそうなので端的に聞きますが、戦闘の、結界の展開位置は?」

「……ディアボリク市の建国記念公園辺りだ」


(アクマ)

 

『見つけた。いつでも転移出来るよ』


「発見しました。モニターを切って下さい」


 ネスターさんはジッと俺を見て、覚悟を決めたのか、頷いて職員の方に振り返った。


「4人の映っているモニターを止めてくれ! 話は後でする! 今は何も聞かずに従ってくれ」

「わ、分かりました!」


 大きなモニターから映像が消えた。


「それでは10分以内に帰ってくるので、決して観ないようにお願いします」


 まあ、仮に映像を観ようとしてもアクマにジャミングさせるので大丈夫だが、約束契約を守れるかが重要なのだ。


(それじゃあ頼んだ)


『了解。大丈夫だと思うけど、気を付けてね』


(今回は無理をする程でもないし、大丈夫さ)


 飯田さんの肩の上から転移した。

 

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