魔法少女と恐怖

「私とジャンヌさんなら問題ないですね」


 ジャンヌの問いかけに、こともなげにリリーは答えた。

 

 その言葉を聞いて、メルセデスは違和感をもった。


 その声は妙に上から聞こえたのだ。それもジャンヌの頭の上の方だ。


 リリーと呼ばれた魔法少女はまだ幼く、魔法少女に成りたての様に見えた。

 まるで人形の様だが、1つ異なる点があった。


 それは全てに絶望したような濁った眼をしていたのだ。

 幼い少女がしていい眼では決してなかった。


 更に敬愛するジャンヌに肩車をされながらも全く気にしておらず、貫禄すらあった。

 

「ふむ。私が解毒している間、リリーが維持するってことかな?」

「はい。心臓がまだ大丈夫なので、負担もほとんどありません」

「それは無茶です! 下手に治療すれば毒の巡りが早くなり、死期を早めるだけです!」 


 リリーが提案した事は既に一度試しているが、直ぐに駄目だと分かり中断した。

 毒を中和しながら治療しようとしても、複数の毒を治すのは難しく、病状が進行するだけとなったのだ。

 それ以降は現状維持に舵を切り、今に至る。


 メルセデスの常識に当てはめれば、ジャンヌとリリーがやろうとしている事は殺人と同じだ。

 それにジャンヌならともかく、リリーの様な幼子がこれだけ状態の悪い患者を見て、眉一つ動かさないのが気味が悪くて仕方なかった。

 

「論より証拠だ。それに、メルセデスには助ける事は出来ないのだろう?」

「……聖女様がを使って頂ければ」

「それが出来ないのは分かっているだろう? この後も予定が詰まっているからね。それじゃあ――やろうか」


 メルセデスはリリーを睨むも、魔力がギリギリのメルセデスには何も出来ない。

 仕方なく場所を譲り、成り行きを見守るしかない。


「解毒の順番は?」

「任せます。解毒の種類によって治療個所を変えるので大丈夫です」

「器用になったものだね……いくよ」


 ジャンヌがハブランサスに手をかざすと、ハブランサスは白い光に包まれ、その上からリリーが杖をかざして魔法陣で包み込む。


(ごめんなさい。ハブランサス……)

 

 メルセデスはハブランサスを思い、心の中で謝る。 

 助かる筈がない。その筈なのだ。


 ジャンヌのとある魔法なら可能だろうが、それはジャンヌにとって諸刃の剣である。


 1人の命より、多数の命なのだ。


 直ぐに諦めると思われた治療は待てども終わらず、メルセデスが治した時のような急速な腐敗は起こらず、それどころが徐々に治り始めていた。


「そんな……本当に……」


 ジャンヌが涼しい顔をしているのは分かる。

 回復魔法の使い手としての頂点であり、数々の功績もある。


 更に回復魔法の腕だけでランカーになる化け物だ。

 

 だが、ジャンヌに肩車されているリリーは違う。


 名前を聞いた事もなく、それらしい噂も聞いたことがない。

 身長を考えれば魔法少女になったばかりと言われても信じられるだろう。


 いや、名前が知られていない以上、間違いなく成り立てのはずだ。

 それだけ回復魔法が使える魔法少女は希少であり、名前が広がりやすい。


 不可能だと思われた治療は順調に進み、ジャンヌが腕を下ろした。

 

「成功だね。後はしっかりと栄養を取れば、元の生活に戻れるだろう」

 

 成功。ジャンヌが言うのだから合っているのだろうが、メルセデスは信じることが出来なかった。


「本当に治ったのですか?」

「ああ。何なら調べてみるといい」


 メルセデスはジャンヌに言われ、ハブランサスの身体を調べる。


「ありえない……そんな……」 

 

 毒は完全に消えていた。


 ジャンヌが解毒したのだから、その事に対する驚きはほとんどない。

 

 腐った四肢は勿論。腸や胃といった内臓も綺麗に治っているのだ。

 メルセデスが診る限り異常は見当たらず、ジャンヌの言う通りしっかりと食べて寝れば、元の生活にも戻れるだろうと思った。


 だが、ありえないのだ。

 これだけの回復魔法を使えるのは。


 毒が消えるまで腐敗を抑え、更に腐った四肢と内臓を再生。

 それこそジャンヌが2人いなければ出来ない事だ。


 つまり、リリーは最低でもジャンヌと同等の回復魔法が使えるのだ。


 いくらメルセデスが否定しようとも、結果としてハブランサスは治り、静かに寝息を立てている。


 恐怖。畏怖。そして憧憬どうけい


 同じ魔法少女とは思うことができなかった。


「その子は一体何なのですか?」


 そう聞かずにはいられなかった。

 

「リリーかい? そうだね……一応弟子かな? ああ、調べても意味ないから勧誘とかしないようにね」


 勧誘。


 確かにリリー程の魔法少女を勧誘できれば、どれだけの患者を救うことが出来るだろうか?


 魅力的だが、それを上回るほどの恐怖がある。

 それは回復魔法の素養のせいだ。


 メルセデスはもうリリーの顔を見る事が出来なかった。


 眼の奥に潜む闇を、憎悪を思うと胸が苦しくなるのだ。

 

 見た目通りなら、一体どれだけ酷い環境で育ち、どの様に生きてきたのか想像もできない。


 リリーと一緒に居れば、その胸に宿る憎悪によって、いつ殺されてもおかしくない。


 そう思ってしまったのだ。


 メルセデスが出来たのは、沈黙する事だけだった。


「元弟子のよしみで言っておくが、わたしたちは命を選ばなければならない。それを忘れないことだね」

「……はい」


 メルセデスは立ち尽くし、部屋から出て行く2人を見送る。

 

 魔法少女リリー。

 彼女がジャンヌの、聖女の意志を引き継いでくれる事を祈る。


 1人でも不幸な人が救われるようにと……。

 そして、リリー本人が救われるようにと……。




 

 だが、件のリリーことイニーは、今日の昼飯の事しか考えていないのだった。

 

 

 



1






 待ちに待った飯の時間だ。

 クリス程ではないが、ハブランサスの治療も少々疲れるものであり、早く栄養を補給したい。

 魔力の面で言えば直ぐに回復するので、それほど減っていない。


 ハブランサスの寝ている部屋から出て、飯田さんと合流する。


「どうでしたか……と聞くのは愚問ですね。お疲れ様です」

「これで此処の患者は終了だね? それと、ちゃんと報告を上げておくようにね」

「それは勿論です。お腹が空いてる方も居るので、昼食にしましょう」


 誰の事を言っているのか分かっているので、ここは黙っておく。

 誰だって腹が減れば鳴るものだ。


「確認ですが、アレルギーや食べられない物とかありますか?」


 ジャンヌさんが若干頭を上げるので、首を振って応える。

 

「私も大丈夫だよ」

「分かりました。それでは一度テレポートしますので、付いて来て下さい」


 ジャンヌさんから俺を持ち上げ、再び自分の肩に座らせる。

 

 そして来た道を戻っていると、此処に着て最初に治した3人組とすれ違う。

 俺たちに気付くと黙って頭を下げた後、クリスは俺を二度見した。


 勿論俺たちはそれを気にしないで歩いて行く。

 ジャンヌさんの時間を奪うという事は、それだけで救える人が減ると言う事だ。


 声を掛けないのは正しい判断だろう。

 二度見については病室で見ているので……ああ、クリスはちゃんと見ていなかったから驚いたのか。


 いや、説明も何もないが、足が遅いので肩車されているとは言い難いので、これからも聞いてくる人間がいない事を祈る。


「お疲れ様です。例の食堂のある魔法局へお願いします」

「承知しました。1番のテレポーターにお願いしま……す?」


 飯田さんはテレポーター室の職員に話しかけ、ジャンヌさんと共に1番のテレポーターに入る。


 直ぐに景色が変わり、テレポーターから出る。


「此処の食堂がミグーリアで1位2位を争う美味しさとなっています。ついでに次の患者が居る場所でもあります。個室を用意してあるので、移動しましょう」


 どの国も一番安全なのは魔法局内だろう。

 そして魔法局内は国にもよるがかなり広く、魔法少女や職員向けにテナントが入っている。


 分かりやすく言えばショッピングモールみたいなものだ。

 勿論一般人が入れる区画と入れない区画は分けられている。


 そんな中で人目を気にせず、美味しいと評判らしい食堂とやらに到着し、そのまま個室に入る。


 流石に肩車のまま食べることは出来ないので、降ろしてもらった。

 席に座ると直ぐに料理が運ばれてきたので、先ずは食べる事にする。

 

(そう言えばさっきの魔法局は色々と怪しかったが、何か情報はあるか?)


『あそこの局長が屑なのもあるけど、国全体で人手が不足しているのが目立っているね』

 

「不足?」


『うん。平常時ならともかく、魔物の被害で人が減り、緊急時の対応に慣れてないせいで、各機関の伝達がボロボロだね。ついでに、魔物以外に手が回っていないから、所々おざなりになってるね』


 ここまで被害が出る事なんてこれまでなかったし、仕方ない所もあるだろうが、クリスとハブランサスの事を黙っていたのは悪手だろう。

 ハブランサスについては着いてから教えてくれたが、もしもジャンヌさんが俺以外を連れて来ていたら、クリスとハブランサスを助ける事は出来なかっただろう。


 ついでだし、ジャンヌさんに聞いておくか。


「すみませんジャンヌさん」

「どうかしたかね?」

「個人的な感想ですが、情報の伝達が疎かな気がするのですが、これが普通ですか?」


 飯田さんが若干反応するが、無視だ。


「普通ではないね。本来なら打ち合わせの時に人数や病状など全て教えて貰うはずだね。今回ならクリスとハブランサスは寝耳に水だったよ」

「平にご容赦下さい」

「この国がまだ幼いのは知っていたし、こんな事だろうと思ってリリーを連れて来たから問題ないよ。まあ、リリーの事を知られるのはよくないんだけどねぇ?」


 飯田さんが小さくなるが、悪いのは上の人間だからな。

 それに俺は存在しないから知られたところで構わない。

 強いて言えば杖から違和感を持たれるかもしれないが、俺本人とは分からないだろう。


 クローンとか妹とかと思われて終わりだ。


「そうですか」

「リリーを連れてこなかったら難癖をつけられて面倒なことになっていたかもね。馬鹿な人間程、回復魔法が万能だと勘違いしている」


 魔法の中でも回復魔法は正に奇跡だからな。

 他にも空間系や時間関係の魔法も特殊と言えば特殊だが、一般人が関わるとすれば回復魔法だ。


 一応正規の内科や外科もちゃんとあるのだが、回復魔法が台頭したせいで規模が縮小している。


 最近は平和な期間が長かったこともあり、医者の就職率は下がっていた。


 そして結構な人が勘違いしているらしいが、回復魔法は万能ではない。

 魔法少女毎に出来ることと出来ないことはあるし、魔力の消費が激しいこともあって沢山の人を治すのは難しい。


 当たり前だが寿命を延ばすことは出来ないし、死を覆すことも出来ない。


 そんな勘違いしている馬鹿が今回の件に噛んでいるのではないかと、ジャンヌさんは飯田さんに釘を刺しているのだ。


「この件を含め、しっかりと報告しておきますので、今は怒りを収めていただけますと……」

「怒ってなんてないさ。この程度ならまだマシだからね。ところで、時間は大丈夫かね?」

「予定より早いので、まだ大丈夫です」

「そうか。なら珈琲でも飲むかな」

 

 俺以外の2人は既に食べ終えて寛いでいる。

 個人的にはそこそこ満腹なのだが、出来るだけ食べておく必要があるので、頑張っている。

 その為、いつにも増して食事に時間が掛かっているのだ。


 2人が寛ぎ始めてから20分程して、俺の食事も終わった。


 結構腹が辛いが、この辛さが後々俺の窮地を救うのだろう。

 

 正確にはソラへの餌付けなのだが、気にしないでおく。

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