破滅主義派の観戦
それは予想していた結果だった。
それは予想できなかった存在だった。
それは願っていた者だった。
「始まったわね」
リンネがそう呟いた。
幾何学模様が描かれた会議室には数名の魔法少女が居り、魔女が決行した作戦を見ていた。
大陸一つを結界で包み、魔物によって蹂躙する。
それも
だが、魔物に勝つ事は出来ない。
なにせ標的となったオーストラリアに、今ランカーは居ないのだ。
滅びるのは時間の問題と言って良いだろう。
リンネは始まったと言ったが、指定時間にはまだ数十分ある。
しかし、絶望していく様を見せるため、既に魔物に街を襲わせているのだ。
今出現している魔物は、オーストラリアに居る魔法少女で倒せる程度だが、その量は常軌を逸している。
このままいけば指定時間になる前に、オーストラリアの魔法少女は負けてしまうだろう。
そしてオーストラリアの魔法少女が滅ぶと言う事は、とある魔法少女が現れるのを意味する。
「なんで私たちは行っては駄目なのよ……」
「そう不貞腐れるな。これは雪辱戦であり、試金石でもあるんだ。何よりもジャンケンに負けたのが悪い」
不貞腐れるロックヴェルトをリンネがなだめる。
今回の作戦は国を滅ぼすことだが、ただ滅ぼすだけでは面白くない。
これはイニーへの挑戦状でもあるのだ。
初めから、アクマなら結界内に入れる程度のプロテクトにしてある。
しかし、今のイニーではオーストラリアを救うことは出来ない。
前哨戦ですら数十万を超える魔物が存在し、その後にはイレギュラーが控えている。
制限時間のあるアルカナではどれだけ頑張っても勝ち目はないのだ。
何より、今回はもう1つイニーへのプレゼントが用意されている。
これだけの用意を魔女はしている為、此処に居る全員はイニーがオーストラリアで死ぬと思っている。
リンネもここまでする必要があるのかと魔女にも聞いたが……。
「この程度で死ぬなら、その程度だったのよ。でも、私はあれが生き残ると思うわ」
そんな馬鹿なとリンネは思ったが、イニーはこれまで、様々な強敵を相手に生き残ってきた。
イニーならもしかしたらと思ってしまうのも、仕方のないことだろう。
「来たようね。オマケも居るようだけど、どうするのかしら?」
この会議室では他とは違い、映像だけではなく音声もしっかりと流れている。
モニターも複数あり、自在に映す場所を変えられる。
「魔法少女ナイトメア。ロシアの8位だけど、実質的な人身御供だね。実際の強さは10位後半位だし、強化フォームにもなれない雑魚だったかしら?」
7と書かれた席に座る魔法少女がリンネに問いかける。
「そうだよエラクス。ついでに、一度殺そうとしてイニーに邪魔されてるね」
ナイトメアの評価は敵でも味方でも散々なものである。
そこには憐れみもあるのだが、本来彼女に待っているのは、死の未来だけだ。
死ぬ事を望まれている魔法少女。
しかしイニーと出会った事により、その運命は変わり始めていた。
「あんなおまけが居た所で意味が無いと思うけど、何で連れて来たのかしら?」
「仮にとは言えランカーだから使い道はあるだろうね。まあ、何も知らない事を考えれば、悪い手ではないね」
今はまだ前哨戦でしかない。
この後に訪れる絶望の事を思えば、ナイトメアは自殺しに来た愚か者でしかない。
ナイトメアはオーストラリアの魔法局本部があるシドニーに移動し、イニーは魔物の殲滅を開始した。
「あれでまだ11歳か。どこでこんなモノを拾ったのやら」
「それは同意見だよ。――いや、もしかしたら」
リンネは何かを考えだし、その様子を見た周りの魔法少女たちは、また発作が始まったと苦笑いをする。
「イニーについては分からない事が多いが、一番疑問視されているのは能力についてだ。通常魔法少女の能力は一定の範囲に収まるようになっている。回復魔法が使える者は攻撃がほとんどできないし、逆もしかりだ。剣を使う魔法少女は銃を使えないし、魔法が得意な者は武器が苦手だったりする」
例えばマリンは刀と弓が使えるが、火や水といった魔法は使えない。
スターネイルなら銃が武器だが、弾としてなら属性での攻撃ができる。
その代わり近接での戦いは肉弾戦のみだ。
メインとサブ。
大体の魔法少女はその様な能力になっている。
一部は特化した能力になっているが、数は少ない。
「つまりどう言う事よ?」
「ありえないのさ。イニーの能力構成は。2つの姿もそうだが、攻撃と回復の魔法を同水準で使えるのは自然ではない。ならば、やはりそう言う事だろう?」
その言葉にロックヴェルトは苦い顔をする。
そして周りの魔法少女たちもリンネが言わんとしている事を理解した。
「
「可能性としては高いだろうね。あの眼の事や、ほとんど動かない表情。そして人形の様に綺麗な顔立ち。どう思う?」
確かに、とロックヴェルトは思う。
追加するならば、11歳で人を殺せるのもおかしいだろう。
イニーと数度戦ったことがあるロックヴェルトはイニーの精神性にも疑問を持っていた。
1回目はジャンヌとの戦いに水を差された形となったが、その時に使われた魔法はロックヴェルトの命にあと一歩で届くものだった。
確実に殺すために使われた魔法。
これがランカーや熟練の魔法少女なら納得できたが、相手は魔法少女になりたての少女である。
それが何の躊躇いもなく人を殺そうとした。
そして、2度目は正面切っての斬り合いをしたが、この時も後一歩で殺されそうになる。
魔法で人を殺す。
直接手を下す訳ではないので、魔法少女によっては出来るかもしれない。
しかし人を斬って殺すなどそうそうできるものではない。
なのにイニーはこれまた何の躊躇いもなくロックヴェルトを殺そうとした。
普通に育てられた人間なら到底不可能だろう。
特に2度目では両足を斬り飛ばしたと言うのに、僅かにうめき声を出すだけで、痛がるそぶりを見せなかった。
痛覚が無いなんてことはあり得ないが、ロックヴェルトはイニーの様に普通ではない子供に心当たりがあった。
それが弄ばれた子供だ。
「あくまでもあれは兵士となる魔法少女を育成するものであって、その能力まではどうしようもないでしょう?」
「しかし能力は親の遺伝子の影響を受けると報告もあるし、万全とは言えないが能力の受け渡しの例もある」
リンネの考察は見当外れではあるが、何も知らない人たちから見たイニーは普通の人間には見えないのだ。
それこそ特殊な環境で生まれ、特殊な環境で育てられたと言われたら普通に納得できてしまうだろう。
「まあ彼女の事は一旦置いといて、戦いの様子でも見ようじゃないか」
現在のイニーは魔物の殲滅中であった。
イニーは4属性。自然系統の魔法を使うことが出来るが、攻撃性の無い魔法の効率が大幅に下がる制約がある。
ついでに詠唱も必要となるが、制約のおかげでイニーは通常の戦闘で魔力切れを起こすことはあまりない。
因みにイニーが使う結界は2種類ある。
魔法の使用時に、魔法陣を触媒として魔力を通さないように張る結界と、複数の属性で作り出す対魔対物に優れたものだ。
前者の結界は自分の魔法にしか効果がないが純粋な魔力だけなのでとても低燃費だ。
しかし後者の結界は物凄く燃費が悪い。
因みにアルカナの能力を解放時はまた仕様が変わる。
そんなイニーは弱い魔物とはすこぶる相性が良い。
「正に魔物を倒す為に生まれた魔法少女ってやつかね」
「アルカナには確か魔力の供給機能もあったよね? まるでアルカナと契約することを前提にしていたみたいだ」
3番の席に座る魔法少女。
ノートレスがくつくつと笑う。
アルカナとの契約を前提とした魔法少女。
そんな事はありえない。
魔女もアルカナも、この世界には存在しないものだ。
それを知っている存在など居るはずもないし、そんなことは不可能だ。
仮にその様な存在を生み出す場合、どれだけの犠牲が必要になるかなど、計算すらできない。
「気持ちは分かるが流石にそれはありえないだろう。こんな存在を作ろうとしたらどれだけの犠牲者が必要になるやら……」
「あら? イニーが魔法を消したわね」
リンネのうんちくが始まろうと、イニーに動きがあった。
その様子を見ていたエラクスはリンネの発言に被せる様にして言った。
眼下に広がる魔物を全て塵にしたイニーは使っていた魔法を解除して転移してしまった。
転移先はこの緊急時に馬鹿みたいな口論をしている3人の下だった。
そこからのイニーのとった手段は恐喝だった。
遊んでないで真面目に働け。さもないと帰ると言ったのだ。
既にイニーの戦いを目の辺りにしていた魔法局の局長と、シドニーの魔法少女は従うしかなかった。
局長の言い分も魔法少女の言い分も、どちらも間違ってはいない。
「過激だね。まあ、気持ちは分かるけど、少女が取る様な手段じゃないかな。あれは確か18位のウェラヌスだったかな?」
話し合って解決しましょうなら歳相応な感じだが、死にたくなければ従えだ。
11歳の少女が取る様な手段ではない。
「それにしっかりと現実も見ているようだな。この世には救えない命の方が多い。リンネが言ってた通り、彼女はこちら側の人間だね。まあ、年齢にそぐわない不気味さはあるけどさ」
「此方になびいてくれれば良いのだが、流石にもう手遅れだね」
イニーはオルネアスを殺している。
味方を殺しているイニーを、味方に誘うのは流石に無理だとリンネも理解している。
「もう直ぐ時間だが、これだけの魔物を残して本戦開始となると計画通りかな?」
恐喝を終えたイニーは直ぐに転移し、荒野の空に浮かぶ。
そして愚者の能力を解放した。
空高く2つの玉が昇り、魔法陣を描いていく。
それはあまりにも非常識であり、有り得ない大きさだった。
「本当に馬鹿げているね。一体何十人の魔法少女が居れば同じことが出来るやら……」
「例え魔力があっても演算リソースが足りなくて頭が爆発するんじゃない? それにこれだけの事をやるんだし、流石にイニーも無理してるでしょ」
オーストラリア大陸。結界のギリギリまで展開された魔法陣はイニーの魔力を際限なく吸収していき、その真価を発揮する。
魔法陣から放たれた魔法が、魔物を殲滅した。
「あの量の魔物を瞬殺か。流石に市街地のは無理だったみたいだが、今回の討伐だけでランカーを名乗れるだけの戦果はあるが……時間だ」
会議室に鐘の音が響き、時間を告げる。
現れたのはランカーでなければ討伐不可能の魔物たち。
しかも全て眷属を使役する魔物だ。
個としても強力であり、軍としても最悪だ。
一部の魔法少女は、現れた魔物を前に戦意を喪失してへたり込んで居る。
それは魔法局内のオペレーターたちもだが、数々の魔物を前に絶望してしまったのだ。
だが、その中で全く戦意を失わなかった魔法少女が2人居た。
それはナイトメアと新魔大戦に出ていたネイティングだ。
ナイトメアは局長とウェラヌスを怒鳴り、直ぐに指示を出した。
イレギュラーの現われた地点は全て都市から離れており、直ぐに被害が出ることはない。
イニーのおかげで出来た時間を使い、防衛線を築こうとしていた。
ネイティングが絶望しなかった理由はこれが2度目の出来事であり、イニーが来ていることを知らされているからだ。
彼女が――イニーが居れば勝つことも夢ではない。
その有様を間近で見ていたから信じることができた。
そのイニーの身に何が起きてるか知らないから……。
会議室のイニーを映すモニターに一瞬ノイズが走るが、直ぐに元に戻る。
「アクマがジャミングしたのかな?」
「だろうね。さて。ここからが本番だ。本気の晨曦は厄介だぞ」
元に戻ったモニターにはイニーと破滅主義派ナンバー5。
晨曦が映っていた。
「一応悪なのだから真正面から戦いを挑まなくてもいいと思うのだが、彼女なりの矜持なのかね?」
エラクスはそう言ってから飲み物のお代わりをロックヴェルトに頼む。
「どちらかと言えばイニーの方が悪役が似合いそうよ。はい」
イニーに奇襲されて死にかけたロックヴェルトの言葉には説得力があった。
晨曦は強化フォームとなり、イニーはアルカナではなく第二形態に変身した。
「対魔法少女と言った感じだな。これが自然発生なんてやはり無理があるだろうね」
「魔法が使えない代わりに近接特化か。魔法を切り裂けるなんてブレードみたいだ」
「――あれ? 始まっちゃった?」
晨曦の雪辱戦を見ながらリンネとノートレスが意見の交換をしていると、集まっているメンバーの中で唯一寝ていた4番の席に座っている魔法少女。
ロザンヌが目を覚ました。
「あの鐘の音で目覚めず、メインの戦いが始まって目が覚めるなんて、相変わらずね」
ロックヴェルトの皮肉にエヘヘとロザンヌは笑い、モニターを見る。
「あの黒いのがイニーフリューリングね。2人共楽しそうだなー」
「私には理解できないが、そうなのかね?」
「うん。どちらが強いのか。ただそれだけの為に戦ってるのかな? 使命も理由も責任も気にせず、自分の為だけの戦いって感じがするよ」
リンネは「そうなのか」と返事をするが、ロザンヌの言葉と自分がイメージするイニーとのイメージが一致せず内心で首を傾げる。
リンネから見たイニーは冷静沈着で目的の為には手段を選ばない、ロボットの様な性格だ。
戦いを楽しむなんて事をするだろうかと悩んでしまった。
戦いとは手段だ。
奇襲闇討ち物量作戦は当たり前。
勝つためなら自身を危険に晒す魔法少女。
そんなイニーが戦いを楽しんでいるとは思えなかった。
「それはそうと、あの2つの姿になるのって解明できたの?」
「……いや。あれについては魔女も理解不能だと言ってたし、私もお手上げだ。研究データも漁ったが、それらしい仮説や理論は無かったよ」
「そう」
死闘を繰り広げる2人とは裏腹に、会議室には映画を見ている様な雰囲気だ。
だが、それも直ぐに引き締まる事になる。
イニーが晨曦の腕を斬り飛ばしたのだ。
「勝負あり……だが」
「ここからが始まりだ」
端的に晨曦とイニーは言葉を交わし、戦いは次のステージに移行する。
「心像結界……とでも名付ければ良いかな? 晨曦も無茶をするものだ」
ここからどうなるか……唯一分かっているのは晨曦が死ぬと言う事だけだ。
薬を飲んだ以上、未来は無い。
全員が注目する中、イニーは急に回避行動をとった。
誰もが何故と思うも、その理由は直ぐに分かった。
イニーが居場所には、青龍刀が振り落とされていたのだ。
「勘か。それとも見えていたのか。オルネアスの時より変化はないけど、これには勝てんな」
誰も晨曦がいつ動いたのか見えていなかった。
イニーの動きも一度足を前に出した後、無理矢理回避した感じだった。
もしもイニーがそのまま踏み込んでいれば、青龍刀によって真っ二つになっていただろう。
受けに回れば次はない。
それが分かっているのだろうイニーは自分から攻めるが、槍によって吹き飛ばさてしまう。
そして、怨嗟の濁流の様な魔法を受けてボロボロとなってしまう。
「勝負ありね」
無傷の晨曦と立つのもやっとなイニー。
誰が見てもどちらが勝者でどちらが分かるだろう。
なのに……。
『何を笑っている?』
まるで会議室に居る者たちの心を代弁するかの如く、晨曦が問いかけた。
一見すると分かり難いが、確かにイニーは笑っていた。
本人にはその気は無いのだろうが、明らかに口角が上がり、笑っているように見える。
誰がどう見ても満身創痍であり、勝ち目など無い。
されど戦意を失わず、剣を晨曦に向ける。
そうするのが当然かの様に。
そうすることしか知らないかの様に。
そうしなければ死んでしまうかの様に。
しかし、機械なら笑うなんてことをしないだろう。
後は晨曦が斬り殺して終わり。
そうなるはずだった。
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