魔法少女は眠りにつく

「久しぶり……とでも言えば宜しいですか?」

「なんだって構いやしないよ」


 あの時みたいに奇襲しないのは本気の表れなのか、それとも意味が無いと分かっているからなのか……。


「ここには何人が来ているのですか? ついでに結界の解除方法は?」

「勝てたら教えてやる。だから……」


 晨曦チェンシーは強化フォームとなり、青龍刀をこちらに向ける。

 最初から本気か……良いね。小手調べなんて無駄な事は俺も嫌いだ。


(アクマ)


『――映像はジャミングしといたよ。せめて私の力を解放しない?』


 悪魔の能力でも良いが、こいつは第二形態で倒したい。

 今はまだ自制出来ているし、暴走する事はないはずだ。


 それは今だけの事なので、戦闘中に高ぶったらどうなるか分からないけどな。


(今は大丈夫だ。やるぞ)


『……』


 返事はないが、無言は肯定とよく言うから大丈夫だろう。

 意識を切り替えて、白から黒に染まる。

 湧き上がる想い殺意を押し留め、ゆっくりと息を吸う。


 フールの赤い剣は出さず黒い剣だけを出す。

 二刀で戦うのは分が悪いからな。

 それに、あの時と同じ様に、俺は俺として戦いたいのだ。俺以外の想いなど不要なのだ。


「さて、やりますか」


 全身に魔力を巡らせると、晨曦が突撃してくる。


 振り下ろしを半身ずらして避け、下から掬い上げるように剣を振り上げる。

 後ろに避けられるが、一歩踏み込みながら剣を振り下ろす。


 盾で受けられ炎の龍が剣から放たれたので、一度距離を取ってから斬撃で炎の龍を吹き飛ばす。


 常に足は止めず、攻撃はなるべく避ける様にする。

 俺はともかく、向こうは剣と魔法の両方が使える。


 下手に動きを止めれば魔法を受ける恐れがある。


 放たれる魔法を斬り伏せ、再び距離を詰める。

 剣と盾。

 

 前にアクマが言っていたが、シンプルに強い。


 盾で防ぎ、剣で攻撃。距離が開けば魔法で牽制。

 その魔法も一発でも当たれば死んでしまう威力がある。

 

 前回の様な奇襲は無理だろう。

 そう目が語っている。

 互いに剣を振るたびに周りが荒れているが、今は気にしている余裕は無い。


 このままずっと戦っていたいが、これ以上時間を掛けるわけにはいかない。

 身体の中で暴れてるものの事もあるが、オーストラリアに現れた魔物も早く処理しなければならない。


「朧月・ミラージュスラッシュ」


 剣に魔力を込め、幻影を作り出す。

 

 晨曦は驚く事もなく、盾で防ごうとするがそれは悪手だ。

 幻影の剣はそのまま盾に吸い込まれていくが、本物の剣……俺は後ろから斬り掛かる。


 晨曦は直ぐに剣で受けようとするが盾に当たった幻影が衝撃を放ち、僅かに晨曦の体勢を崩す。

 俺の剣を受けようと構えた剣が少しだけ逸れ、わずかな隙を生み出した。

 

「一ノ太刀・月閃」


 晨曦の青龍刀を持っている腕を斬り飛ばす。


 返す刃で胴体を斬り飛ばそうとするが、避けられてしまう。


 そのまま止めを刺そうとするが、魔法によって現れた龍により距離を取られてしまう。

 龍を斬り伏せる僅かの間で、晨曦から感じ取れる魔力に変化が訪れる。


 オルネアスの時と同じく魔力が膨れ上がり、晨曦の姿が変わっていく。


「飲んだのですか……」

「ああ。卑怯とは言わせないよ。そっちも似た様なものだしね」


 確かに俺1人の力ではないからな。

 それどころか身体すら俺のものではない。


 俺という存在は心しか残っていない。


「構いませんよ。あなたがどうなろうと、勝てばいいのですから」

「そうかい。なら……冥途の土産に教えといてやるよ。結界は今現れている魔物を倒せば勝手に解除されるよ。まあ、その前に全て滅びるだろうけどね」


 肩から新しい腕が生え、先程とは見た目が違う青龍刀をその手に握っている。

 盾は形を形を変え、槍に変化する。


 景色が塗り替わり、辺り一面に刀剣の類が突き刺さった荒野に変わる。


 結界か……今回に限って言えばありがたいが、晨曦からはオルネアスの比ではない圧力を感じる。

 まるで龍が無理矢理人の形を取っている様な感じだ。


 油断せず、剣を構える。


 先手あるのみだが、どこから攻めても負ける未来を幻視する。

 

 なるほど……これは素晴らしいものだ。

 これ程の強者に勝つのはただの魔法少女では無理だ。


 まだ何もしていないのに、足が竦んでしまいそうだ。

 なのに、湧き上がるのは恐怖や畏怖ではなく歓喜だ。


 一歩踏み出そうとした時、全身に何かが走り、右に飛び退く。

 俺の居た場所には剣を振り下ろした晨曦が現れ、地面を深々と抉っていた。


 全く見えなかった……。勘で避けたが、あのまま踏み込んでいれば一撃で肉塊になっていたかもしれない。


 おそらく次はもうないだろう。ならば、攻め続けるのみ。


 更に魔力を身体に回して強化する。


 先程からアクマが何か言っている様な気がするが、今ばかりはすべて無視させてもらう。

 

 踏み込むと共に足が砕ける音がした。

 直ぐに治るが、やはり身体の耐久力が追い付かない。

 全力を出せば、先に俺の身体が壊れてしまう……それだけが歯がゆい。

 

 此方の剣を受けようと剣を振り上げたのを確認してから空に跳び、障壁を出して上から奇襲する。

 

 しかし、槍で受けられて上空に吹き飛ばされる。

 直ぐに体勢を整えるが、地上から黒い龍が昇ってくる。


「空絶・魔崩し」


 悪魔の能力を纏わせた剣を黒い龍に向かって突き立てる。

 本来なら魔力を掻き乱して魔法を四散させることが出来る。


 しかし威力を弱める事は出来ても全てを散らすことが出来ず、俺を黒い龍が飲み込む。

 全身を耐え難い痛みが襲い、意識を失いそうになる。


 魔力を身体に回して回復しようとしても上手く回復が出来ず、僅かに回復していた魔力が回復しない。


 結界のせいか、それともこの魔法のせいか。これはピンチだな。


 だが、手足が付いてる限り戦う事が出来る。


 何とか受け身を取り、着地してからそのまま晨曦に斬り掛かる。

 オルネアス程劇的な変化は見られないが、強さは数段上だ。


 何よりも此方の動きを全て目で追いながら常に後の先を取られる。

 少しでも攻撃を遅らせようと張った障壁は意味を成さず、ギリギリを狙って避けても剣と槍に籠められた魔力により傷が増えていく。


 そう言えば、薬を使った魔法少女の攻撃を受けるなとアクマ言っていたが、確かにその通りだ。

 この内側から食い破られるような痛みは耐え難く、攻撃を受ける度に魔力が上手く使えなくなくなっていく。


 これは勝てないかもな……。


 剣を避けきれず、何とか防ぐがその勢いで吹き飛ばされる。


「何を笑っている?」

「笑っている気はないんですけどね。ですが、理由は分かるのではないですか?」


 強敵との戦い。俺の欲するものはそれだけだ。

 その先の勝ち負けや、生死などは結果に過ぎない。


 戦いの中で果てることが出来るのならそれで本望だ。


 錆び付いた機械のように軋む身体を動かし、剣を構える。


 最初の時みたく向こうから攻めてくればカウンター狙いができるのに、今も油断なく構えている。


 アクマの悲鳴が頭の中で響く。


 オルネアスの時のように激高してくれれば隙も出来そうだが、そんな様子は見られない。

 このままでは間違いなく負ける……いや、既に負けてしまっている。


 今の状態ではどう足掻いても勝つことはできない。


 俺の力だけではこれが限界だ……。


 ならば、”俺”以外で補えばいい。

 

 抑え込んでいた想いを開放する。


 意識が薄れ、俺が消えていくのをギリギリの所で耐える。

 力は使ってやる。だが、戦うのはあくまでも俺だ。俺でなければいけない。


 何かが身体から溢れ出て全身を覆う。

 赤い剣が勝手に握られ、二刀流になる。


「それは……お……何なん……だ」


 晨曦が何かを言っているが上手く聞き取れない。

 晨曦が近づいてくる気配を感じ、身体が勝手に動く。


 鉄がぶつかる甲高い音。一振り毎に吹き荒れる風。

 周りの刀剣が吹き飛び、辺りを飛び交う。


 本来なら打ち合うこともできず、吹き飛ばされるのが関の山だ。

 だが今は同等か、それ以上に戦えている。

 目は見えないが、イメージが頭に流れてきて、状況を教えてくれる。


 ただ殺すことだけ目的に振るわれる剣。

 魔法を食い破り、槍を払い剣を打ち合う。


 俺の意識は確かにあるが、俺の体を操っているのは俺ではない。

 アクマの意識もすでに途絶え、無理矢理眠りにつかされてるのだろう。


 少しは悪いと思うが、今の晨曦にはアルカナを解放したとしても勝てるか分からない。


 ブルーコレットの時と違い、格が違いすぎる。

 せめてロックヴェルトなら良かったが、運が悪いな。


 時間にすれば僅か数秒の出来事だが、とても長く感じる。

 この領域に素の状態で至ることが出来るのだろうか?

 肉体を黒い何かが覆い、骨が折れたり筋肉が引き千切られると、直ぐに修復していく。


 魔法少女になっている間は肉体の強度も上がっているはずなのに、この体たらくである……いや、それですら勝てない敵が現れるのがそもそもおかしいのだ。


 互いに傷は直ぐに回復していくが、徐々に俺が押し始める。

 原因はなんて事はない。晨曦が徐々に魔物に吞まれ始めたからだ。


 確かに力と魔力は上がったが、晨曦の持ち味である技が疎かになり始めた。

 それを本人も分かっているのか、苦い顔をする。

 

 このまま持久戦ではつまらない。勝つにしろ負けるにしろ、最高の状態で最期を迎えたい。


 だから、この想いは邪魔だ。俺は俺であり、過去は過去だ。


 邪魔をすると言うならば喰らうだけだ。

 荒れ狂う想いを押しのけ、俺と言う自我が浮上する。

 身体の主導権を奪い返すと、周りの惨状と晨曦の変りようが目に入る。


 俺自身も人とかけ離れているが、晨曦は魔物への変異を始めている。


 剣に込めた魔力を爆発させ、距離を取る。

 晨曦は俺の行動に何かを思ったのか、攻める来ることはせず、その場に留まる。


 胃に溜まっていた血を吐き出し、声を出せる程度に回復する。

 

「次で……終わりに……しましょう」

「……ああ」


 思ったより上手く声が出せなかったが、声は届いたようだ。

 お互いに人としての理性を保てる時間はほとんど残されていないだろう。

 

 必要なのは手数ではなく、必殺の一撃だ。

 赤い剣を消し、いつもの剣を両手で握りしめる。

 

 互いに踏み込んで武器を振るう。


 晨曦の横を過ぎ去ると、剣先が無くなっていた。


 ああ……そうか。








 膝を着き、剣が手から零れ落ちる。


「満足できたよ。死力を尽くした良い戦いだった。悔いは無い」

「そうですか。ですが、今回は引き分けのようですね」

「ふっ……なら……来世で……」


 塵となって晨曦が消えていく。

 

 勝ったのは俺だった。

 

 しかし武器は折られ、もう動く力は残っていない。


 だから誇れるようなものではない。


 色が抜けていくように白魔導師に戻るが、大切な何かが無くなった様な感覚が襲ってくる。

 剣が折れたせいだと思うが、大切な”何か”が分からない。


「ハルナ! ハルナ!」


 いつの間にかアクマが同化を解除して俺に呼びかけて来るが、その姿が見えない……ああ、目がやられてるのか。耳は聞こえているが、身体の感覚は全く無いし、魔力が回復する気配もない。


 後少しすれば変身も解け、ただの少女……死体に変わるだろう。

 

 年貢の納め時かな?

 もっと戦いたかったが、どうやらこれが俺の限界らしい。


 結界が解けたのか、冷たい風が肌を撫でる。


 もうそろそろ意識を保つのも辛い。


 すまないな……本当に。


 誰かの足音が聞こえ、意識が途絶えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る