魔法少女アロンガンテの決断

「やはりですか……分かりました。戻って待機していて下さい」


 イニーとナイトメアを送り出した後、残りの魔法少女たちと会議をしたアロンガンテたちは、オーストラリアの近海に手配した船へ移動した。

 

 そして結界を破壊するために出撃した魔法少女たちは、結界を破壊することが出来なかった。


 環境に影響が出ない程度に加減しなければいけないのも理由の1つだが、下手に攻撃をすると跳ね返されてしまうため、半端な攻撃が出来ないのだ。


 数人の魔法少女は跳ね返った攻撃で負傷する事故も起きており、仕方なく全員に待機命令を出した。

 

「それにしても凄まじいわね」


 アロンガンテの隣でイニーが映っているモニターを見て、白橿が言った。

 モニターに映るイニーは休む間もなく魔物を倒して回り、倒し終わると直ぐに転移して次の魔物を倒しに向かっていた。


 1対1で強い魔法少女は多いがイニーの様に大量の魔物を相手に戦える者は少ない。

 

 いや、倒す事だけなら可能な魔法少女は多いが、その分地形に被害が出てしまう。


 イニーは魔物だけを的確に倒し、常識外な被害は出していないのだ。

 結界内なら気にしなくてもいい被害も、今回は気にしなければならないのが、魔法少女たちにとって大変な事だろう。

 

「……そうですね。しかし、これ程魔物が現れては、イニー1人では荷が重そうですね」

「そうね。それにしても光の輪に翼ってあの子にはあまり似合わないわね」

「個人的には天使みたいな子に感じますけどね。自己犠牲を厭わない戦いぶりに、回復魔法の効果量は正に天使だと思います」

「……まあ、気持ちは分かるけど、あの子の闇は相当深そうよ? 11歳の子であれだけ目が死んでいるなんて普通じゃないわ」


 一応魔法少女のメンタルケアとして働いていた白橿はイニーと少し話しただけで普通の子ではないと判断を下した。

 イニーの中身がいい歳の大人と知らなければ、イニーの対応は歳相応とは言えないものだ。

 本人がもう少し女の子らしい対応を出来ていれば、周りもここまで心配することはなかったかもしれない。

 

 出来れば変身していない素の状態でも診断をしたいが、それはこの戦いが終わってからになるだろうと白橿は考えた。

 

「ナイトメアも頑張っているみたいですが、あまり動きは良くないですね」


 ナイトメアはシドニーにある魔法局に訪れ、魔法局と魔法少女を説得しようとしているが、上手くいっていなかった。


 映像は拾えても、音声は遮断されたままなので、何を話しているかはアロンガンテたちには分からない。

 だが、言い争いをしているのは雰囲気で分かった。


「本来なら魔法局の命令を聞かなければいけないのに、この前の不祥事が尾を引いていそうですね」

「念のために書類も渡したのに、あの局長と魔法少女は意味を理解していないのかしら?」


 アロンガンテがナイトメアに渡した書類の内容はかなり重いものだ。


 命令への絶対服従と全ての指揮系統の譲渡。

 そして、オーストラリアのランカーと一部政府関係者のサインまでついている。


 その書類を前にして言い争うのは余程の馬鹿か、それより重要ななにかがあるからだろう。


 ナイトメアが人の上に立つことに慣れていたり、政治的な判断が得意なら問題なかったかもしれないが、ランカーになりたてのナイトメアにそれを求めるのは酷だろう。


「イニーがこれ程までに頑張っているのに、他に人がいないとは言え、これでは無駄骨になってしまいますね……」


 既にイニーの倒した魔物は5桁を越えて6桁に届いている。

 それだけの魔物を用意している魔女も恐ろしいが、その魔物を今も尚倒し続けているイニーも恐ろしいものだった。


 多少地面に穴が開いたりしているが、環境に配慮して戦っているのが見て分かる。


 そんなイニーが魔物の軍勢の一部を倒し終えると、展開していた魔法を消して姿を消した。


 ちょうどその時、結界の破壊に出ていた魔法少女たちと、別室に居た待機組の魔法少女が、アロンガンテたちが居る会議室に入ってきた。


 何故全員が会議室に来たのかは簡単なことで、此処でなら複数のモニターで現状を知ることが出来るからだ。


 他でも映像を見ることは出来るが、モニターの数はここが一番多いのだ。

 

「見にきたのですね。どうぞ自由にして下さい」


 アロンガンテはモニターから入って来た魔法少女たちに視線を向けたため、イニーが姿を消す瞬間を見る事が出来なかった。

 なので、モニターに視線を戻したアロンガンテは首を傾げた。


「イニーはどうしたのですか?」

「分からないわ。魔法を消して転移したけど、何故か映像が切り替わらないのよ」


 姉妹揃って悩んでいると、ナイトメアを映しているモニターにイニーが姿を現した。

 イニーが現れた事に驚いた3人だが、イニーと二言三言話すと局長と魔法少女の顔色が悪くなる。


 フードのせいでイニーの表情は見えないが、その小ささに似合わず威圧感が感じられた。

 

「ナイトメアじゃまだ早かったのかしら?」


 ストラーフがモニターを見ながらアロンガンテに話しかける。

 その表情は娘を心配する母親そのものだが、どことなく呆れてもいた。


「仕方ないと言いたい所ですが、状況が状況ですからね」


 イニーは去り際に魔法少女へ向けて何かを言い、再びどこかに転移した。


 そこからのナイトメア側のモニターではスムーズに話し合いが進んでいる様に見え、一先ず安心するアロンガンテだが、イニーを映していたモニターで驚愕する事態が起きる。


 イニーがアルカナの力を解放したのだ。

 

 会議室に居る全員が見守る中、あまりにも大きな魔法陣を空に描き出す。

 オーストラリア内各地を映すモニターからも見る事が出来る。


 つまり、オーストラリア大陸を覆う規模の魔法陣を描いたのだ。

 ランカーでもここまで馬鹿な様な事はしない。いや、することが出来ない。


 確かに都市や国を破壊出来るとは言え、一撃でなんてことはランカーでも出来ない。


 神の裁き。世界の終わり。そう表現できるほど壮大で強大だった。


「これが彼女の……イニーの本気か。あんな魔法を使える魔法少女とは戦いたくないね」


 ストラーフの言葉に賛同しない者はいなかった。

 会議ではイニーを嫌悪していた魔法少女も、実際のイニーの戦い振りを見てからは何も言う事が出来なかった。


 同じ魔法少女なのかと疑いたくなるような戦い振りは、恐怖すら感じさせた。


 魔法陣は脈動する様に光を放ち、魔法を解き放った。


 モニターに映るほとんどの魔物が塵に変わり、戦っていたはずの魔法少女が困惑する様に辺りを見回す。


 指揮を執り始めていたナイトメアたちもあまりの事態に目を見開くが、その顔は驚愕から恐怖へと変わることになる。


 イニーが魔物を殲滅したのも束の間、新たな魔物が複数出現した。

 先程の様な膨大な数ではないが、その魔物たちは絶望するには相応しいものだった。


 モニターに映し出された全ての魔物がイレギュラーSS級~測定不能なのだ。


 その数は国どころか世界を破滅させることすら出来る数だった。

 現在オーストラリアに居る魔法少女たちでは到底敵わない魔物たち。


 ランカーであるナイトメアでも1体も倒すことは出来ない。


 魔女の宣言した時間通りに顕現し、オーストラリアが滅びるのも時間の問題だろう。


「これが……魔女の力ですか……」

「どうするの? 最終手段を使うの?」


 数体ならともかく、ここまで多くの魔物をイニー1人に任せるのは無理だろうとアロンガンテは考えた。


 そして一番問題なのはこの結界がいつ解けるかだ。

 これだけの魔物が散らばれば、オーストラリア以外にも被害が出てしまう。


 出来れば纏めて倒せるのが良いが、おいそれと最終手段を使うわけにはいかない。


「最終手段ってなに?」


 ストラーフは先程の会議では聞いていなかった、最終手段についてアロンガンテに聞く。


 当たり前だが、アロンガンテは最終手段を使う気はなかった。

 イニーたちに言ったのは安心させるためなのと、何かあった場合逃げて欲しかったからだ。


 アロンガンテは重々しく口を開く。


「楓によってオーストラリアを結界を含め、魔物ごと消滅させます」 


 会議室がざわついた。

 ストラーフも流石にそこまでの事をするとは思わず目を見開いた。


「それはオーストラリアを見捨てるってこと?」

「はい。これだけの魔物を被害を出さずに倒すことは不可能であり、魔女の結界が解けた後に妖精の結界が使えるかも分かりません。纏まっている内に処理するしかありません」


 アロンガンテも出来れば見捨てるなんて事をしたくない。だが、選択を誤れば世界が滅びる可能性もある。


 場合によってはこの手段を取らなければならないのだ。


「今すぐに判断はしませんが、イニーの状況次第……ですね」


 最終手段を使うにせよ、イニーが結界内に居る間は使う事が出来ない。

 イニーを失えば魔女に勝つ事は不可能となってしまう。


 イニーがどうするかとモニターに注目をしているとノイズが走り、遂には何も映さなくなってしまう。


 アロンガンテは微かにだが、イニーが映っていたモニターに誰かが映るのを見る事が出来た。

 幸いアロンガンテはその人物が誰か知っていたが、そのせいで事態が深刻だと理解できてしまった。

 

「どうしたの? イニーの姿が映らなくなったけど、何か問題でも起きたかしら?」

「分かりません。機材に問題はないはずなのですが、イニーフリューリングを映そうとしても映らないのです」


 映像を映すための機材をコントロールしている妖精に白橿が問いただすも、何故映らなくなったのかは分からない。

 アクマがジャミングしているのだが、そんな事は誰にも分からない。

 

「――これは流石にどうしようもないかもしれませんね」


 動揺を悟られない様にしながら、アロンガンテは思考を巡らせる。

 僅かに映った人物は破滅主義派のメンバーであり、破滅主義派の中でも凶悪と知られている魔法少女だ。

 イニーが負けるとは思わないが、足止めをされるだけでも厄介だ。


 直ぐに楓に連絡を取るべきか、最終手段とは違う誰にも話していない手札を切るか。

 

 アロンガンテが選んだのは……。

 

「少しだけ席を外します。映像に変化があれば直ぐに呼んで下さい」

「分かったわ」


 動揺する魔法少女や、ナイトメアが映るモニターを凝視しているストラーフを背にして、アロンガンテは会議室から出て行った。


 アロンガンテは誰も居ない部屋に入り、真ん中辺りで立ち止まる。


「ゼアー。居るのでしょう?」


 アロンガンテ以外誰も居ない部屋に笑い声が響き、アロンガンテの影から黒い何か……ゼアーが出て来た。

 

「よく私が居るって分かったわね」

 

 ゼアーは空いている椅子に座り、アロンガンテを褒める。

 

「現状でイニーの様子を正確に知るためには此処のモニターで見るのが一番ですからね。他の魔法局や妖精局でも知れるでしょうが、事態が事態なので、私の影の中に居ると思いました」

「そうなの。それで私に何か用かしら?」

「イニーの様子を見に行くことは可能ですか?」

「可能だけど、私は結界の中に入る訳にはいかないのよね。結界の中での出来事は魔女に筒抜けでしょうから」


 ゼアーも出来ることならイニーの様子を知りたい。

 だが安易に結界の中に入れば魔女に自分の存在を知らせることになる。

 

 もしも魔女の考えをゼアーが知っていれば、直ぐに様子を見に行って助けたりもしただろう。


 イニーの死は魔女の枷を外すキーなのだ。

 

 本来なら次の事なぞ考えずに、イニーを全力でサポートしなければいけない状況なのだが、そんな事はゼアーには分からない。


 通例通り、影に徹しているのだ。


「でも、1人位なら送る事は出来るわよ。ただし、帰りの事は保証できないけどね」

「そうですか……」


 結界内に魔法少女を送る。

 それは死んで来いと言っているのと同義だ。

 イレギュラーSS級~測定不能が徘徊している中を移動し、生きているか分からないイニーを捜索してもらう。

 生きていれば問題ないが、仮にイニーが死んでいた場合、結界内に入った魔法少女が助かる術はない。


 問題はそれだけではない。

 結界内に送る魔法少女は最低限イニーの知り合いでなければならない。

 イニーを害する可能性がある魔法少女を送る事は出来ない。


 そうなると、先ずここに居る魔法少女は全員候補から外される。

 出来ればタラゴンやブレードなどを送れるのが最善だが、向こうは向こうで魔物に掛り切りとなっている。

 或いはアロンガンテが行くのも良いが、指揮官であるアロンガンテが離れる訳にもいかない。


 アロンガンテの脳裏に2人の魔法少女が思い浮かぶ。

 

「個人的にイニーなら大丈夫だと思うけど、どうするの?」

「一応声だけは掛けてみます。駄目だった場合は10分だけ待ち、決断しようと思います」


 アロンガンテは端末を取り出し、とある魔法少女に電話を掛ける。


『こちらマリン。何でしょうか?』

 

「現在オーストラリアで起きている事件について知っていますか?」

 

『はい。映像を見ているので、大体の事はわかると思います』


「そうですか。なら話が早いですね。マリンにお願いがありまして……」


 アロンガンテはマリンに、イニーの事を伝える。

 そして、叶うのならばイニーの様子を見に行って欲しいとお願いした。


 危険性をしっかりと説明し、場合によっては二次災害の危険もあることを話した。

 

「どうでしょうか?」


『行きます。行かせて下さい』


 マリンは考えるまでもないと、ハッキリと答えた。

 助けに行くのがイニー以外の魔法少女なら悩んだかもしれないが、イニーなら話は別なのだ。


 運が悪ければイニーを見つけることも出来ず、魔物に殺される可能性もある。

 仮にイニーが死んでいれば、マリンが助かる方法は無い。


 けれど、マリンは行くとアロンガンテに言った。


「分かりました。これ以上悠長に話すのも勿体ないので、端末に送る座標へ来てください。テレポート後は指定した部屋にノックを5回お願いします」


「分かりました」


 通話を切ったアロンガンテは一息つき、マリンが来るまで待つのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る