そして魔女が動き出す
待機室に戻った俺を迎えたのは、じっとりとした視線だった。
とりあえず軽く頭を下げておく。
個人的にはドヤ顔をしたいが、勝ったのはアルカナの力があったからだ。
俺個人の力では、いまだにタラゴンさんにも勝てない。
顔を上げようとすると、急にフードを引っぺがされ、頬を両側から押される。
目の前には不機嫌なタラゴンさんがいて、俺の頬をぐりぐりと弄ぶ。
地味に痛い。
「
タラゴンさんの後ろではジャンヌさんが苦笑しており、近くには見た頃がない魔法少女が居た。
彼女がゼアーフィールか。
何だか陰鬱な雰囲気だが、影の魔法を使うからだろうか?
闇魔法を使うナイトメアはキャンキャン煩かったので、ただの個人差かな?
「お疲れイニー。まさか本当に勝つとは思わなかったよ」
ジャンヌさんに応えたいが、タラゴンさんがまだもみもみしているので、話すことができない。
すると、アクマが俺から分離し、渾身のドヤ顔を決める。
「言った通りだったでしょう? 1対4でも勝てるって」
「そうですね。油断していた訳ではないですが、あれ程強力とは思いませんでした」
アロンガンテさんは奇襲で倒したからな。
防御機構は貫けないことはないと思うが、身体に負担も掛かるので、あの時カウンターで倒すのが、一番効率が良かった。
「まさかあんなにスパスパ斬られるとは思わなかったわー。世界樹も最後は燃やされちゃったし。私ではどうしようもないわね」
フルールさんの面倒くささ……もとい、強さはシミュレーションで一度体験している。
通常状態では戦いたくない人だ。
ついでに、ハルナとしては関わりたくない人だ。
「私なんて真面目に戦おうとしたらなぶり殺しよ? この! この!」
数度の俺の頬を引っ張ったりもんだりしてから、やっとタラゴンさんは手を放してくれた。
せやかて、タラゴンさんと真面目に戦うと面倒だからな。
近寄れないし、弱い魔法は無効化されてしまう。
おまけにタラゴンさんの魔法はあまりにも面倒だ。
正直やりすぎてしまった感じもするが、大規模な魔法でごり押しするのが一番楽だったので仕方ない。
「童は全て初見殺しでやられた気がするのじゃ。勝負故仕方ないが、次は簡単に負ける気はない。それと、最後じゃが一体何をしたのじゃ? 気付いたらポッドに戻されてた故、全く分からなかったのじゃ」
桃童子さんには悪いが、今回は初見殺しの技ばかりを使わせてもらった。
いかせん、5分以内に4人倒すのは中々厳しかった。
俺としてはもっと心躍る死闘をしたかったが、今回は時間の関係でカットした。
「あれは魔力だけを絶つ技です。それで桃童子さんの魔力の元を絶ちました。実際に受けた場合は変身が解けるだけですが、シミュレーション上では魔力が無くなったとみなされて死亡判定になった形です」
「なるほどのう。ついでに血にも何か細工をしたのかえ?」
「はい。鎌を受けたから分かると思いますが、血にも同じ作用をする魔法を使っておきました」
「なるほどのう……」
桃童子さんは難しい顔をしながらうんうん唸るが、おそらくどうすれば俺に勝てるのかを考えているのだろう。
「感想を話し合うのも良いけど、仕事に戻らなくて良いのかしら?」
白橿さんの言う通り、この人たちはブレードさんに仕事をお願いしてここに来ている。
流石にブレードさんでも3人分の仕事は無茶だろうから、早めに戻った方が良いだろう。
それに、下手に話してるとタラゴンさんがまた不機嫌になる可能性もある。
「っち。しょうがないわね。私たちは行くけど、アロンガンテは向こうに戻るだけでしょ? イニーから話を聞いといてちょうだい」
「分かりました。ついでにこの模擬戦の内容を纏めて後で回しておきますね。動画は非公開で?」
「非公開じゃなくて、消してもらえないかな? 新魔大戦の時は仕方なかったけど、この力の情報は出来る限り消しておきたいからね」
アクマの言い分も分かるが、そこまでやる意味はあるのだろうか?
魔女からしたらハッキングやデータを盗むなんて朝飯前だと思うが、アクマにはアクマの考えがあるのだろう。
「それと、イニーはちゃんと家に帰るのよ。また変な所に泊まったりしないようにね」
「……はい」
タラゴンさんが居ない時はちゃんと帰るさ。
名残惜しそうにしながらタラゴンさん。フルールさん。桃童子さんが去って行った。
勝ったから良いものの、負けたら何を言われることになった事やら……。
――勝っても少々酷い目にあったが、こればかりは仕方ない。
「私も先に戻ってるわね。アロンガンテも終わったら早く帰ってくるのよ」
続いて白橿さんもいなくなり、残ったのは3人となる。
俺とアロンガンテさんとジャンヌさん……あっ、ゼアーフィールさんが抜けてたな。
妙に影が薄いから抜けてしまった。
「ゼアーフィールさんですよね?」
「ええ。2人共初めましてだね。他の人も居るから端的に言うけど、何かあったら連絡を頂戴。アクマならこの意味が分かるでしょう」
「まあね。こっちもすまなかったね。本当なら連絡をいれたかったけど、色々とあってね。それと、上からの連絡はもう無いと思うから」
感謝はしているが、俺もアクマも悪いとは思っていないが建前は必要だ。
俺はともかく、忘れていたアクマが一番悪いのだが、色々と忙しかったから仕方ない。
「そう。なら適当に此方で判断するわ。それと、ゼアーで構わないわよ」
「分かりました」
「それじゃあ、また会いましょう」
ゼアーはジャンヌさんの影に沈んでいき、姿を消した。
なんだがカッコいいが、俺には真似できないな。
愚者と悪魔にはそれらしい能力はないし、白魔導師では4属性しか使えない。
闇や光の属性はやはり心をくすぐられるものがあるな。
アクマに言ったら笑われそうなので、この事は胸に秘めておこう。
「ジャンヌは何かあるのですか?」
「少し小耳に挟んだ噂があってね。一応イニーに忠告しておこうと思ってね。それと、念の為の健康診断かな」
「もしかしてあの件ですか?」
ジャンヌさんとアロンガンテさんは互いに分かっているみたいだが、ここ最近は静かにしていたはずなので、噂が立つとは思わないんだがな……。
――1件だけあったな。
だがそんなに悪い事ではないと思うのだが、とにかく話を聞かない事には判断できないね。
「私が何かしましたでしょうか?」
「あれじゃない? 暁の腕を治した件」
「その通りだよ。責める訳じゃないが、最近は回復出来る魔法少女の手が足りなくて結構ギスギスしていてね」
回復魔法は通常の魔法よりも燃費が悪いからな。
欠損を治せる魔法少女はほとんどいない。
そして欠損を治せば、その魔法少女は1日何も出来なくなってしまう。
新人や若い魔法少女ではなく、ベテランの魔法少女を優先して治すのは当たり前だろう。
そして暁とかの若い魔法少女をはそのまま放置される。
魔女が倒されればジャンヌさんが治す事も出来るだろうが、当分先のことになるだろう。
それは置いといてだ、最近は再起不能――腕や足を戦いで無くす魔法少女が増えている。
そんななかで暁は俺に腕を治してもらい、戦線に復帰している。
あの2人は何も話していないだろうが、今の状態で回復魔法を使えて、自由にしている魔法少女は俺くらいだろう。
そこから噂が噂を呼んで、ジャンヌさんの元に届いたって事だろうな。
「話さないように言っといたのですが、流石にバレてしまいましたか」
「イニー位しかいないからね。やっている事は褒められる事だけど、それで鬱憤を溜めている魔法少女は多い。もう少し上手く立ち回るように」
「別にこっちの勝手でしょ? 逆にそっちがもっと上手く回せば良いじゃないか」
「それを言われると弱いんだがね。アクマが居るから大丈夫だと思うけど、馬鹿な魔法少女が勝手な行動を起こす可能性もあるから注意するように。それじゃあ私はこれで」
昔からよくある話だが、善意で1人の貧乏人にお金を上げたら、周り居た他の貧乏人が集りだし、最後は身ぐるみ剝がされて自分が貧乏人になってしまう。
今の俺は、これと同じ様な状態になっているって事だ。
あいつは治したのにどうして私は治してくれないのか。どうして金を取るのか。
そんな輩が、押し寄せる可能性がある。
まあ、転移で逃げられるので、問題ないがな。
「忠告ありがとうございます」
ジャンヌさんは少しだけ笑い、待機室を出て行った。
「それでは、話せることだけで良いので、模擬戦の話をお願いします」
やっと本題だが、何から話したら良いものか……。
そんな風に考えていると、アロンガンテさんの端末が鳴り出し、アクマが俺の中に入ってきた。
「失礼。少しお待ちください」
(どうした?)
『少し不味い状況かも。とりあえず、アロンガンテの通話内容を傍受するから聞いて』
「アロンガンテです。何かありましたか?」
『先程魔女を名乗る人物から犯行声明がありました。現時刻から2時間後、オーストラリアを滅ぼすとの事です。また、オーストラリア全域に結界と思わしき障壁が張られ、通信並びに転移が不能となっています』
「……分かりました。直ぐに戻りますので、緊急マニュアルに書いてある魔法少女に連絡を取り、第一会議室に集めてください」
『分かりました』
魔女の犯行声明か。
楽しくなってきたじゃないか。
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