魔法少女は勝利した

 近接特化である桃童子に自ら近づいて行くのは愚行と言ってもいいだろう。

 防御の上から相手を粉砕し、避けられたら攻撃の余波で吹き飛ばす。

 速さも相当なもので、同じランカーでも桃童子に近接戦を挑もうとする者はほとんどいない。


 なにせ、戦闘モードの桃童子に近づくと威圧だけで足が竦み、気が弱いものなら自分から負けを認めてしまうほどだ。


 先手とばかりに桃童子が轟破衝を放つ。


 単純な衝撃破を飛ばす技だが、範囲が広く、岩程度なら粉々に吹き飛ばす威力がある。


「避け難い空中での轟破衝ですか。普通ならこれで勝負が決まりそうですが……」


 初めて見せる悪魔の能力で、何ができるのかは全くの未知数だ。

 防ぐのか、真っ向から食い破るのか。それとも、何か不思議なことを起こすのかと期待が集まる中、イニーが轟破衝の範囲に入ろうとする。


 イニーは全身を外装で包み、そのまま落ちていく。


 轟破衝が外装に当るが、なびくだけで変化がなく、中から無傷のイニーが姿を現す。


 桃童子は特に驚くことなく、外装から姿を現したイニーに殴り掛かる。


「綺麗に受け流すものだね。流石に桃童子も驚いているようだ」

「あれで驚いているの?」

 

 ジャンヌは待機室居る4人の中では、一番桃童子の事を知っている。

 それはランカーも中で一番怪我をすることが多かったのが桃童子だったからだ。


 そのため、他人には分からないような桃童子の変化にも気づくことができた。

 

「僅かだが眉が上がったからね。だが、受け流したからと言って、事態は好転しないと思うが……」


 桃童子はイニーとすれ違った後に、フルールが作った足場を使って反転し、イニーを追う。


 イニーは受け流した時の反動を使い、先ほどよりも早くなっているが、行く手をフルールの魔法によって阻まれ、桃童子が追いつくのも時間の問題だった。


 イニーが桃童子の攻撃圏内に入り、拳が放たれる。


 誰もがこの一撃は決まると思った瞬間、イニーは軽くジャンプして避け、くるりと反転して桃童子と対峙する。

 

 イニーと桃童子は目が合い、互いの武器を振るった。


「今の所はイニーの弱点であった近接を克服したって感じだけど、どうなの?」

 

 僅かな時間とはいえ、今の所イニーは能力らしいものは使っておらず、分かるのは近接で戦えるようになった事位だ。


 白橿に聞かれたゼアーは悪魔の能力がどのようなものかは知っているが、その能力をイニーがどう使うかは流石に分からない。


 似たような見た目になっても、結局能力の使い方は魔法少女に依存する。


「イニーがどんな風に能力を使うのは分からないけど、見ていれば答えは出ると思うわよ……多分」


 そうして、桃童子とイニーの激しい攻防が始まった。

 不利なのは間違いなくイニーだろう。


 桃童子と戦っている間も、フルールやタラゴンの攻撃がくるからだ。


 しかし、イニーはそれらをものともせず、桃童子に突撃していく。

 

 時間にすれば僅か数秒の攻防だが、イニーの読みの精度は凄まじく、桃童子と互角以上の戦いをしていた。


 互いに攻撃を避け、必殺の一撃を牽制のように使う。

 余波でフルールの魔法は吹き飛び、フルールは苦い顔をしながらも魔法を唱え続ける。


 タラゴンも黙って見ているわけではないが、イニーの能力を見極めようと目を光らせていた。


 隙と呼べるほどではないが、イニーは桃童子を誘い込み、鎌を振り落とす。避けることは出来るが、それよりも防いだ方がメリットになるような攻撃だ。


 それを桃童子が小手で防いだ時に変化が起きる。


 目を見開いた桃童子はその場で固まり、動きが止まる。

 その隙をイニーは逃さず、鎌を翻して薙ぎ払う。


 桃童子はそれをギリギリで防いだが、そのまま遥か彼方に吹き飛ばされてしまう。

 

「何が起きたのでしょうか?」


 不甲斐なさを感じて、今まで無言で見ていたアロンガンテが声を上げた。

 受け流した時何もなかったが、今回イニーの鎌を防いだ桃童子は驚愕に目を見開き、動きを止めた。


 そしてイニーは吹き飛ばした桃童子に目もくれず、鎌に魔力の刃を形成した。

 元々大鎌と呼ばれるほど長い刃が更に長くなり、とても人が扱えるようなものではなくなる。

 

「ネタばらしってわけじゃないけど、悪魔は魔力や魂に関係する能力を持ってるの。因みに愚者は可能性や変化などね」

「つまり、イニーは武器を通して桃童子の魔力に何かしらしたって事かな?」

「おそらくね」


 ジャンヌはゼアーの話を聞いて、直ぐに仮説を立てる。

 だが、正確な事は戦っている本人たちしか分からない。

 

 攻撃の要であるアロンガンテと桃童子がいなくなり、ランカー側が不利になると思われたが、いつの間にか空には太陽――タラゴンの魔法が展開されていた。


 イニーは長くした鎌からタラゴンの魔法に向かって斬撃を飛ばし、タラゴンの魔法はその場で爆発を起こすと思いきや、形が崩れて四散してしまう。


「あのフォームって、愚者とは違った意味で魔法に強そうね……」

「流石に斬撃を連続で飛ばす事は出来なさそうだけど、やっている事が何となくタラゴンに似ている気がするね」


 ジャンヌの言葉により、しばし無言の時間が待機室に流れる。

 流れとはいえ、タラゴンにイニーの姉をさせたのはやはり間違いだったと、思ってしまったのだ。

 

 フルールに接近したイニーは、持っていた鎌をフルールに向かって投げた。

 鎌をギリギリの所で避けたフルールは直ぐに体勢を整えようとするが、イニーの姿が再び愚者になると、鎌は2つの玉に姿を変えた。

 

終わりを告げる鐘ノヴァ・エクリプス

 

 2つの玉は眩く光り出すと爆発を起こし、全てのモニターを白く染め上げる。


 フルールの居た場所にはくり抜いた様な穴が開き、死亡判定となった。


「遠近での戦い方を瞬時に切り替えることができ、威力もご覧の有り様か。残りはタラゴンと桃童子だが……」

「フルールの植物を紙のように斬ってたけど、あれって下手な金属より硬かった覚えがあるんだけど?」


 対魔法少女としてはフルールは有能だ。

 直接的な攻撃は苦手だが、魔法で作った植物はミサイルの爆撃にすら耐えることが出来る。

 更に世界樹はフルールが指定した味方に魔力の補助と援護をしてくれる。


 極めて厄介で敵に回したくない魔法少女なのだが、悪魔の能力を解放しているイニーとは相性が悪かった。


 イニーは次の獲物であるタラゴンに視線を移し、僅かな間が開く。

 まるで目で語り合っている様な構図だが、先に行動を起こしたのはタラゴンだった。


 強化フォームのタラゴンは遊撃としてもお厄介だが、やはり単機での方が強い。

 自分の周りを地面を溶かすほどの高温まで上げる事ができ、そうなれば並みの魔物や魔法少女は近づく事すら叶わない。


 仮に近づいたとしても、タラゴンは近接戦も得意なので倒すのは困難だ。

 

「リベンジマッチか。あの日は忙しくてお茶会に出席できなかったのが、悔やまれるな」

「同感ですね」


 ジャンヌの言葉にアロンガンテも頷く。


 初めてイニーが表舞台に現れたあの日からまだ半年も経っていないが、世界はイニーが現れるのを待っていたかのように動き出している。

 

 そして、あの日居たメンバーは此処にはいない。

 居るには居るが、それは戦っているタラゴンだけだ。


「あの日の動画って非公開だから私見たことがないだけど、見ることって出来るのかしら?」

「見ることは出来ますが、あまりおすすめはしないですよ? 魔法少女を退いて長い姉さんには少し刺激が強いと思います」

「それをあんたが言うの?」


 一応アロンガンテもランカーであるのだが、まともな戦闘は他のランカーと違い、ほとんどしていない。

 姉からお前もこっち側だろうと言われ、目をそらした。


 アロンガンテも好きで事務仕事ばかりしているわけではないが、言い返すことは出来なかった。


 シミュレーターへ行くための扉が再び開き、フルールが待機室に帰ってくる。

 

 あらあらと困った表情を浮かべていたが、ゼアーがいるのに気づくと驚いて目を見開いた。

 

「私の事は無視してかまわないわよ。ちょっと観戦に来ただけだから」

「そうなの?」

「ええ。イニーがどれだけ戦えるか気になるのは皆一緒でしょ? 立っていないであなたも座ったら? イニーのリベンジマッチが始まるわよ」


 フルールも座り、モニターに映されている2人を見る。

 

命あるものよ終われヘル・ヘイム・アイス

 

 イニーは玉を引き寄せてから、新たな魔法を使う。


 それは昔タラゴンに、簡単に破られた魔法のように見えたが、空中に浮かぶ氷は黒く染まっており、更に地上からもタラゴンを挟むように同じ氷が現れた。


 タラゴンは不敵に笑うが、その笑みは氷がぶつかった後は苦々しくなる。


「えげつないわね……」

「まあ、同じ魔法ではないと思ったがここまでやるか」

 

 ぶつかって終わりかと思った氷は、そこから粉々に砕けながら竜巻になり、中心にいるタラゴンへ襲い掛かる。


 その規模は1人の魔法少女を倒すために使うにはあまりにも大規模であり、最初の剣とは違ったインパクトがあった。


 そして驚きはそれだけには留まらない。

 

 竜巻の周りにダメ押しとばかりに大量の魔法陣が展開され、それらは全てがタラゴンの方を向いていた。


 どうみても過剰なのだが、傍からは憂さ晴らしをしているようにも見えた。

 

「ストレス……溜まってるのかしら?」

「イニーの待遇を知っている身としては、何も言えない言葉だね」


 ジャンヌはタラゴンと共にイニー――ハルナの身の上をしている。

 年齢通りとは言えない言動や見た目。


 何より感情を失せているような、濁っている眼がすべてを物語っている。


 ただ、それとは別にタラゴンとの生活でストレスが溜まっているのではないかと危惧した。


 勿論ハルナの身の上は全て噓なのだが、それを知るものは誰もいない。


「しかし、これだけ大規模の魔法を使っていますが、一体どれだけの魔力が必要なのでしょうか?」

「魔法なんて個人に依存しているのだし、考えるだけ無駄でしょう?」


 アロンガンテの疑問を白橿はバッサリと切る。


 ほとんどの魔法は魔法少女個人に依存している。

 同じ剣と言っても小剣ショートソードなのか長剣ロングソードなのか。それとも大剣グレートソードなのか。


 見た目や用途も違うのに、消費魔力が一緒だったりするので、魔力量は目安にしかならない。

 普通なら目安として多少は当てになるが、イニーの場合は魔力供給がある為、知った所で意味が無いのだ。

 

流星は太陽を砕くソル・イレイズ・ミーティア


 魔法を放ったイニーは既にタラゴンの方を向いておらず、近づいてきている桃童子の方に振り返った。


 待機室に居る全員がタラゴンの死を確信していたが、タラゴンの死亡判定はまだ出ないままだった。

 僅かの間の後に、急にイニーが動いたと思ったら、爆発と共に腕が吹き飛んで直ぐにタラゴンの死亡判定が出た。

 

「姉の意地か。これではあの日と立場が逆だね」


 イニーはタラゴンとの模擬戦の最後に、タラゴンの両腕を吹き飛ばす事に成功したが、今回は逆にタラゴンがイニーの腕を吹き飛ばした。


 だが、回復魔法が使えるイニーにとってはそこまでの重傷と呼べるものではない。

 イニーの腕は直ぐに回復してしまった。


 残るは桃童子ただ1人。


 イニーは空中から地上に降り立ち、愚者から悪魔の姿に変わる。


 桃童子はイニーと距離を空けて立ち止まった。


 僅かな会話を交わすが、考えることはお互いに一緒だった。


 結局のところ、2人共脳筋なのだ。

 勝つか負けるか。生きるか死ぬか。

 先の事ではなく、今を楽しみたい。


 2人の身体から魔力が迸り、待機室にも緊張が走る。


 ほぼ同時に踏み込み、己の武器を振るう。


 先に一撃を入れたのは桃童子だった。

 イニーの身体の半分近くを吹き飛ばし、大量の血が舞う。


 待機室のメンバーは誰しもこの結果に驚いたが、まだイニーは生きている。

 そしてその表情はいつもと同じ無表情であり、濁った眼も相変わらずだ。


 その状態でイニーは鎌を桃童子に振り落とした。


 桃童子は致命傷となる一発を入れたからと油断せず、直ぐに追撃に入ろうとしたのだが、イニーの鎌を防御した時と同じ様に身体に違和感を感じて、僅かに動きが止まる。


 魔力をかき乱され視界が歪み、立っているのがどこかすら分からなくなる。

 だが、桃童子は意地で腕を振り上げ、イニーの鎌を迎え撃つ。


 しかし鎌は桃童子をすり抜けていく。

 そこで桃童子の意識は闇に落ちた。


 吹き飛ばされたイニーの身体は既に再生を始めており、桃童子の死亡判定が出る頃には、ほとんど治っていた。

 

「血か」


 桃童子とイニーの不自然な戦いを見たジャンヌはそう言い切った。

 

 イニーは一撃さえ入れれば桃童子に勝つのは難しくないが、その一撃を入れるのは相当難しい。


 本気となった桃童子はブレードと同じくらい厄介であり、戦闘センスや勘は驚愕の一言といっていい。


 武器に触れてはいけないと分かっている状態で、鎌を受ける様な事をしない。

 

 避けながら戦うなど、桃童子にとっては造作もないことだ。


 だからイニーはわざと桃童子の一撃を受け、血という形で桃童子に一撃を入れたのだ。


 流石に目の前で舞った血を避けるのは大きな隙になるので、避ける様なことはしなかった。


 それが普通であり、当たり前だ。


 そもそも、血肉を触媒にして魔法を使うなど常識的に考えてありえないのだ。

 そんな相手はこれまで居なかったので、気にしなかったのだ。


 それが敗因ではあるのだが、待機室の面々はイニーの常識外れの魔法に閉口することしかできなかった。


 少しするとタラゴンがシミュレーターから待機室に戻り、桃童子も続くようにして戻ってくる。

 

 模擬戦はイニーの圧勝で幕を閉じた。

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