魔法少女と安らかな一時

「おはようイニー。よく寝られたかしら?」

「おかげさまでゆっくりと寝られました」


 ロシアで会った時よりマシだが、逆らう事を許さないような威圧感を感じる。

 隣に居るジャンヌさんは、我関せずと言った感じだ。


 タラゴンさんはベッドに腰掛け、ジッと俺を見つめる。

 

「新魔大戦の後、一体どこに行ってたのかしら?」


 俺を殺した片割れの家で居候をしてました……何て、言えないよな~。


(どうしましょう?)

 

『諦めてゲロっちゃえば? 別に多摩恵の家に居たって言っても問題無いだろうし』


 確かに変身をしなければバレる事はないから、言い訳にはなるだろう。

 だが大人としては、少女に養われていたと素直に話すのは流石に辛い。

 

 これでは唯のヒモだ。

 

 それに、俺のせいで多摩恵がせめられるような事態になるのは避けたい。

 一応一宿一飯の恩があるので、恩を仇で返すのは社会人として、人として失格だ。


 とは言ったものの、良い言い訳が思い付かない。


「知り合いの家に、お世話になっていました」


 嘘ではないが、本当でもない。

 

「……どう思う?」

「嘘ではないが、本当でもないってところだろう。知り合いがいるのなら、タラゴンに会う前から世話になっているはずだし、そんな人物は調べても出てこなかった」


 そう言えばそんな事を昔話したような気がするな。

 適当に考えてた設定など、ほとんど忘れてしまっている。

 ……確か施設から逃げ出した孤児だったかな?

 

「話したくないなら構わないけど、体調は大丈夫なの?」

「何もしなければ大丈夫ですね。何かありますか?」

「そうね……先ずは新魔大戦の後のシミュレーター室で何があったの? ポッドに入っていた魔法少女以外は全滅だったわ」


 ああ、あの時か。

 俺も出血のせいで朦朧としていたが、確かに全員死んでいたな。

 恐らくだが、魔女か破滅主義派の誰かが殺したのだろう。


 ――なるほど。あの時起きていたのは俺だけであり、俺は魔女たちの仲間の疑惑が掛けられていた。

 妖精たちは俺が殺したのではないかと疑っているって所か。

 

「私が起きた時点で全員死んでました。恐らく魔女が邪魔になるからと排除したのではないでしょうか」

「まあ、予想通りといえば予想通りだね。一応イニーの口から聞いておかないと、向こうが納得しないんだ。悪く思わないでくれ」

「妖精局には私から言っておくわ。妖精も馬鹿じゃないし、納得はするでしょう」

 

 状況証拠だと、俺がやったと捉えられても仕方ないからな。

 魔法を使えば瞬く間に殺す事が可能だ。


「前置きはこれ位にして本題だけど、結界の中で何があったの? 少しでもナイトメアの報告書と差異があったら……分かるわね?」


 タラゴンさんはジャンヌさんから書類を受け取り、此方に見えない様にして持つ。


 ……ふむ。これは流石に詰んだかな?

 

 本当の事は話せないが、あのポンコツなナイトメアがどう報告したか分かるはずもない。

 如何したものか……。


(もうそろそろ話しても良いんじゃないか?)


『うーん。それもそうだね。このままハルナ1人で頑張ってたら、ハルナが死んじゃうし、時は来たって感じかな。多少なら私の存在が知られても問題ないしね。設定はそのまま使うからよろしくね』


(了解。今更元は男だと言うつもりはないから、それで良いさ)


 アクマが俺の中から出て姿を現す。

 タラゴンさんが身構えるが、俺の様子を見て落ち着きを取り戻した。


「妖精?」

「……いや、妖精だからって同化など出来ないだろう。何者だね?」


 妖精の魔法謎技術なら同化とかも出来そうな気がするが、言わぬが花だろう。


 アクマは意味有り気に笑い、空中で座るような格好をする。

 

「初めましてだね。私の名前はアクマ。ハ……イニーを魔法少女にした者だよ。目的は魔女を倒す事って所かな」

「魔女をね……。何故今まで姿を現さなかったの?」

「破滅主義派や魔女の事を知れば動き出すでしょう? 私が姿を現していれば、今みたいな状況がもっと早く起きていた可能性があるのさ」

「確かに奴らの事をもっと早く知る事が出来ていれば、私たちは動き出していただろうね」


 こちらの動きが向こうにバレた場合、間違いなく消されるだろう。

 事が事だけに、秘密裏に動かなければならないので、消されてから事件に気付くのにも、時間がかかってしまう。

 

 既に破滅主義派や魔女の事は周知されているので、今アクマが姿を現しても問題がないって感じだろう。


「目的は置いといて、イニーを魔法少女にしたって言うけど、あなたは何が出来るの?」

「ここで話しても良いけど二度手間になるし、主要メンバーを集めてからでも良いかな?」


 なんだが、普通に話してるアクマを見るのも新鮮だな。風呂に入る時は話したりするが、アクマが誰かと話してるのを見るのはこれが初めてだ。

 

「それもそうね。日本のメンバーだけで良い? 全員は集まらないけど、今なら私たち含めて4人は集まると思うわ」

「任せるよ。それと、出来ればもう少しだけイニーを休ませてくれないかな?」


 丁度もう一休みしようと思ってた所で、目が合ってしまったからな。

 休ませてもらえるならありがたい。


 タラゴンさんは軽く考える素振りをして頷く。

 

「分かったわ。30分くらいしたらまた呼びに来るからそれまで休んでても大丈夫よ。ジャンヌはどうする?」

「診察ついでにここで待たせてもらうよ。一応私の部屋でもあるしね」


 手を振ってタラゴンさんは部屋を出ていった。

 後1分で良いから遅く来てくれれば良かったのに、運がない。

 

「さて、体調はどうかね?」

「ぼちぼちですね。頭が痛くないのはジャンヌさんが?」


 ジャンヌさんの顔を見て思い出したが、俺が気絶したのはタラゴンさんに殴られたからだ。

 結構な威力があったので、普通なら痛みが残るはずだが、起きてから痛みが無い。

 

「大きなたんこぶが出来ていたからね。治しておいたよ」

「ありがとうございます」

「構わないさ。それよりも、アクマと言ったかな? こちらの事はどれ位知っているんだい」


 アクマはいつの間にかリンゴジュースを飲みながら寛いでいる。

 もしかして、リンゴジュースが飲みたかったから姿を現したとかないよな?


 そう言えば、アクマて人の心が読めるんだよな。

 同化している間は俺のしか読めないみたいだが、同化してなければ他人の心も読めるはずだ。


 とは言ったものの、読めるのは表層心理までなので、深く考え込んでいる事までは読めない。

 もしくは、魔女みたいに対策されてたりすれば別だが、知らなければ考えを読まれてしまうだろう。


「ほとんど知ってると思って構わないよ。北極やアロンガンテの事とかもね」

「――それはイニーも知ってるのかい?」

「北極の事はまだ教えてないよ。時間の問題だと思うけどね」


 北極? 一体何のことだ?


「そうか。なら、その事も話し合った方が良さそうだね。何か言っておきたい事とかあるかい?」

「私からはないよ。リンゴジュースのおかわり貰える?」


 やっぱりこいつ、最近ジュースを飲めてなかったから、飲みたいだけだ。

 

「良いだろう。イニーは珈琲を飲むかい?」

「……いただきます」


 多摩恵の家ではインスタントしか飲めなかったからな。

 たまには美味しい珈琲が飲みたい。


 ジャンヌさんは一度部屋から出て行き、色々と持って来た。


 ところで、この紐については全員無視なんですかね?


「ほら、それとは違うが、私の地元のリンゴ100%ジュースだ。イニーの珈琲はサイフォンで淹れるから少し待ってくれ」

「分かりました」


 アクマはジャンヌからジュースを受け取り、コップに注がずそのまま飲み始めた。

 どんだけ飢えてたんだ?


 ビーカーにお湯を注ぎ、ロートに濾過機をセットしてから差し込む。

 珈琲の粉を入れた後に火を点け、少しすると湯が沸き始めてロート側にお湯が逆流して溜まっていく。


 それを鼻歌を歌いながら、ジャンヌさんはかき混ぜる。


 珈琲の香りが漂い、安らかな気持ちになる。

 

「お待たせ。前と同じくブラックだ」

「ありがとうございます」


 珈琲の香りとジャンヌさんの鼻歌でうとうとしていたら、いつの間にか珈琲が出来上がっていたみたいだ。


 ゆっくりと珈琲を味わい、静かな時間が流れる。


 ジャンヌさんは胡散臭いが、珈琲の趣味だけは俺と同じなので、趣味友としては良いだろう。

 

「ジャンヌさんはどうして魔法少女になったんですか?」

「私かい? そうだな……」


 ジャンヌさんはカップをテーブルの上に置き、軽く天井をみて何かを考える。


「楓に誘われたからかな。楓がいなければ、魔法少女にはならなかっただろう。イニーも本当は、私と似た感じだろう?」


 もしかして嘘を吐いてるってバレてるのかな?

 だが、バレてたとしても建前は必要だろう。

 

「私は前に言った通りですよ」

「ふっ。そうか。この珈琲はどうかね? 前のより香りの強い品種みたいだが、口に合ったかな?」

「寝起きの一杯と言うよりは、午後の一時に彩を加える一杯って感じですね。悪くないです」


 前回は芳醇な香りと苦みが印象的だったが、今回は果物の様なフルーティーな香りと酸味が印象に残る。

 普通に買った場合かなりの高額になるだろうが、前回と同じく非売品なのだろうな。


「それは良かった。年齢のせいか、珈琲より紅茶やジュースなどを飲む人の方が多くて、珈琲を一緒に飲んでくれる人がいないんだ」


 チラリとアクマを見ると、俺から目をそらしてリンゴジュースを飲んでいる。

 実年齢だと数百だか数千になるのに、こいつはいつもジュースを飲んでいる。


 まだアパート暮らしの頃に、アクマに珈琲を薦めた所、ココアを出すかジュースを出せと騒がれたな。

 

 身近な知り合いだと、ミカちゃんも珈琲を飲ませたら二度と飲まない的な事を言っていた。

 タラゴンさんも飲むには飲むが、砂糖やミルクを入れている。

 そう考えると、珈琲をブラックで飲む人はほとんどいないな。

 

 いや、珈琲をブラックで飲みそうな人が1人いたな。

 

「アロンガンテさんとかは飲まないんですか?」

「あいつは珈琲じゃなくて、栄養ドリンクやエナジードリンクばかり飲んでるよ」


 ああ、簡単に想像できてしまうな。

 あの人なら確かに、珈琲よりそっち系の物を飲んで頑張っているのだろう。


 ジャンヌさんと軽く雑談しながら珈琲を飲んでいると、ジャンヌさんの端末が鳴る。

 

 ついでにアクマはリンゴジュースを飲み終えると、俺と同化して情報を漁ると言って静かにしている。

 

「ふむ。どうやら準備が出来たようだから、お茶会会場に来てくれとさ」

「分かりました」

 

 ベッドから立ち上がり、アクマにいつもの服に変身させてもらう。

 やはり、フードがあると落ち着くな。

 ジャンヌさんに怪訝な目で見られるが、何も言わなかった。

 さて、誰が集まっているのかな?

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