魔法少女は変異を始める
この天井で目が覚めるのも何度目だろうか?
まあ、今回は身内のせいでもあるが、あまり良い気分ではないな。
この身体の重さは、ドッペルたちと戦った後に似ている。
つまり、中身にガタがきている状態だ。
熱が出た時の様な身体の重さと、二日酔いの時みたいな倦怠感。
寿命でどうにかなるならさっさと治したいところだが、そうするとアクマが怒るんだよな……。
自前の回復魔法で何とかするしかないか……。
1人殺すことも出来たし、少しは魔女たちも慎重になるだろう。
これで多少時間的な余裕もできただろうが、逆に報復だなんだで動かれたら困る。
もしも動くようなら、アクマには悪いが無理させてもらうしかない。
(アクマ?)
『……ふん!』
まだ拗ねたままか。
あの時、ナイトメアを見捨てればあれほどまで無理をしなくても良かった。
どちらかと言えば屑な部類に入る人間だと思うが、罪のない奴を見捨てるほど、落ちぶれるつもりはない。
まあ大体は姉のせいでもあるのだが、マスティディザイアのせいで姉の事を思い出してからは、変にストッパーが掛ってしまう。
特に、あのナイトメアの能天気さというか、バカらしさは姉を思い出してしまう。
さっさと忘れてしまいたいものだ。
その方が、いざという時の決断が迷うことなくできる。
その前に、アクマをどうにかしないとな。
(そう拗ねるなって。仕方ないだろう?)
『……ハルナ? 君は自分の身体がどんな状態か分かってるのかい? 人を捨てる気なの?』
(分かってるさ。また死にかけてるんだろう? 少しは休むから心配すんなって)
『そうじゃない! そうじゃないんだよ……前は分からなかったけど、今回はしっかりと分かったよ』
何だか物騒な物言いだが、この体調不良以外に、身体に変化が起きてるのか?
(どういうことだ?)
『ハルナがどんな状態とはいえ、私の意識がなくなるなんて普通考えられないんだ。今は完全復活もしてるしね。これを見て』
これは俺が勘づいたように、アクマも答えを見つけたのかな?
脳裏に俺の全身模型が現れた。
心拍や内臓機能の数値など、身体に関する情報が細かく書かれている。
『身体機能については仕方ないけど、細胞の欄を見て』
アクマに言われた通りの場所を見ると、2種類の画像が表示される。
『片方は通常の細胞だけど、もう片方は変身以降に変異を始めたものだよ。この細胞には僅かにだけど、私たち由来の成分が含まれてるの』
ふむ、アクマたちアルカナ由来か。
原因は俺の想いのせいだろうな。
戦いたい。勝ちたい。憎い。足りない。
全てを呑み込み、限界を超える。
愚者の力も取り込んだことで、身体に収めることができなかった。
無理矢理押さえ込もうとした、副作用的なものだろう。
『壊れた細胞の代わりに増えてて、このまま変身を続けるようなら……』
(どうなるんだ?)
アクマは押し黙り、答えようとしない。
恐らくだが、死ぬとはまた違った結果になるのだろう。
あいつらみたいに化け物になるのか、それとも消えてなくなるのか……まともな終わり方は期待できないだろう。
『――正直どうなるか分からない。今までこんなこと起きた事ないし、起きるはずがないんだ。だから、これ以上あの姿にはならないで……』
姿が見えないから分からないが、その声が震えている事は分かる。
俺と少しでも長く一緒に居たいのだろうな。
力を使えば使うほど、俺の身体は壊れていってる。
仕方ないのだ。俺みたいな凡人が戦うには、限界以上の力を振り絞るしかない。
アクマやフールたちアルカナを使っても、まだ足りないのだ。
1人相手ならどうにかなっても、魔物が増え、魔法少女が増えればどうしようもなくなる。
正直、今回はまだマシな方だった。
もしも、オルネアスと同程度の魔法少女がもう1人居るか、M・D・W以外の魔物がもう1体出現してたら時間的にもっと酷い事になっていただろう。
(善処はするが、もしもの時は頼むな。そうしなければ、死んでしまうんだ)
『例え生き残ったとしても、ボロボロの身体でどうするのさ……。死ななければ何をしても良いって訳じゃないんだからね?』
その通りと言えばその通りなのだが、死ぬよりはマシだと思うんだがな。
何にせよ、今は休んで体調を整えよう。
ベッドから出ようとすると、身体に紐が巻き付けられているのが見えた。
(……ここってどこだ? ついでにこの紐はなんだ?)
『ジャンヌの仮眠室だよ。紐は逃げないようにってタラゴンが巻き付けてたよ』
俺はペットか何かかな?
長さは結構あるのでトイレは問題なさそうだが、普通ここまでするかね?
一旦身体を起こし周りを見ると、ベッドの隣にテーブルがあり、その上に俺宛の手紙と、俺が買っておいたリンゴジュースのビンが置いてある。
多摩恵――スターネイルが置いてったのだろうか?
(俺が寝ている間に誰か来たのか?)
『スターネイルとマリン。それからナイトメアが来てたよ。それと、マリンに危うく素っ裸にされそうだったよ』
本当にマリンはどうしてしまったんだろうな……。
身の安全のためにも、あまり会わない方が良さそうだ。
マリンに比べると、タラゴンさんやスターネイルはまだマシだな。
いや、どちらかと言えばタラゴンさんも、マリンとあまり変わらないか。
(それ以外では何かしてたか?)
『少し話して帰って行ったよ。とりあえずその手紙を読んでみれば?』
(それもそうだな)
ビンの下から手紙を取って広げる。
ちゃん付けで書かれている辺り、スターネイルが書いたのだろう。
……なるほど。
ざっくり纏めると、ゆっくり休んでまた一緒にご飯を食べようと書いてあった。
ついでに、待っていると書かれていた。
やはり、色々とあったが一番マシなのは多摩恵かもな。
コップにリンゴジュースを注ぎ、一杯飲む。
寝起きはいつも珈琲だが、たまには良いものだな。
再びベッドで横になり、目を閉じる。
激戦ばかりの日々だが、身体の問題だけはどうにもならんな。
元々死体だったのも関係してるのかもしれないが、あまり肉体的に強くない。
何か強化できる方法があればいいが、美味い話などそうそうない。
今は寝て食って休むしかないだろう。
……目を閉じたのはいいが、あまり眠くないな。
(何か面白い話しでもないか?)
『面白いって程ではないけど、空いてる時間で魔法局や妖精局の情報を調べといたよ』
魔女や破滅主義派にかまけていたせいでそっち方面はテレビくらいでしか知らなかったからな。
いつの間にか魔法局の上層部は壊滅してるし、俺の手配も取り下げられてたり、情勢が瞬く間に変わっている。
(気になる事はあったか?)
『まだ機密情報扱いだけど、アロンガンテが色々と暗躍しているみたいだね。それと、楓や一部のランカーは北極に籠りっきりだね。後は魔法少女の殉職率の増加や魔法局の人手不足等、細かい問題は色々あるね』
なるほど。直接俺に関係ありそうなのは、アロンガンテさんの件位か。
上が忙しいのはいつものことだし、人手不足など、ただの少女である俺にはどうしようもない。
(機密ってのはなんだ?)
『ざっくり言えば魔法局の乗っ取りだね。今は破滅主義派専門の特務機関って感じだけど、全てが終わった後は、腐敗してた魔法局の代わりの組織にするみたい』
真面目なアロンガンテさんらしいが、大きく出たな……。
いつかは改革や、新たな組織を立ち上げる人が出てくるかもと思っていたが、タイミング的に今が丁度良かったのかもな。
邪魔になるだろう人間が、ほとんど死んでしまっているのだ。
なり代わるなら今しかないだろう。
(頑張っているみたいだが、あの人ちゃんと寝られてるのか?)
実際に会ったのは研修の日だけだが、目元にはくっきりとクマが浮かんでいた。
そして、今はどう考えてもあの時より忙しい日々を送っているはずだ。
まともに休めてるとは思えない。
会う機会があれば、また回復してやるかな。
――何となく、デスマーチ中の同僚に珈琲を渡すような心中ではあるが、気にしてはいけないだろう。
『そこまでは分からないけど、データを見る限り時間を問わず送信履歴があるから、休んでないんじゃないかな』
予想通りか。
(あの人もよく頑張るな。誰かに任せれば良いのに)
『魔法少女は戦う事が本分だからね。デスクワークをやる年齢になればみんな辞めちゃうし、任せられる人が居ないんだろうね』
(何だかキャリアの為に転職する社会人って感じだな。残されたアロンガンテさんは黙々と仕事をしてるってところか)
『座って仕事するよりもドンパチやってた方が気持ち的には楽だろうしね。実入りもそっちの方が良いし、辞めた後は悠々自適に生活って感じだね』
働きたくて働く人間は少数だろうからな。
俺だって金があれば、仕事なんてしないだろう。
金銭面で言えば既に使いきれない程貯まっているが、今となってどうでもいい事だ。
……水分を摂ったせいか、トイレに行きたくなってきたな。
ベッドから起き上がり、紐が結ばれた状態でトイレに向かう。
毎回座らなければいけないのは少々面倒だが、こればっかりはしかたない。
そう言えば、この身体になってから嗜好が変わったな。
昔は甘いものがそこまで好きではなかったが、無性に食べたくなる事がある。
酒が飲めないのは当たり前だが、昔より珈琲が美味しく感じるようになった。
トイレを済ませて手を洗い、再びベッドで横になる。
布団を被ろうとすると、丁度扉が開き始める。
そして、運悪くタラゴンさんと目が合ってしまった。
後ろにはジャンヌさんも居るが、診察か様子見で来たのだろう。
どうやらゆっくりと休むことは出来なさそうだ。
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