魔法少女マリンの暴走(未遂)
マリンと共にイニーの捜索の任務に出ていた多摩恵は、家の前まで帰ってきて首を傾げる。
いつもなら先に風瑠が帰ってきてるため明かりが灯っているのだが、今日は暗いままなのだ。
不安に駆られながら玄関を開けると、やはり靴がない。
もしかしたらと思い、リビングのソファーや自室のベットを見るが、どこにも姿がない。
何か事件に巻き込まれたのか? それとも、自分に嫌気が差して、逃げてしまったのか?
不安や罪悪感が胸の奥から溢れ、吐き気を催して床に崩れる。
そんな時、端末が鳴った。
端末にはアロンガンテの名前が表示されており、震えそうになる声を抑え込み、通話ボタンを押す。
「も、もしもし」
『依頼が終わって直ぐなのに、連絡してすみません。やっとイニーが捕まったので、打ち合わせをしたいのですが、今大丈夫ですか?』
ああ、それでは家に帰って来られるはずもない。
少しだけ、多摩恵は安堵した。
「大丈夫ですが、どうやって捕まったんですか?」
通常の手段でイニーを捕まえる事が出来るとは思えない。
結界に閉じ込めようが、空間を遮断しようが、イニーなら逃げられるだろう。
『簡潔にまとめると、偶然遭遇したイニーが弱っていた為、タラゴンが殴って捕まえたそうです』
弱っている人を殴って捕まえて大丈夫なのだろうかと多摩恵は心配になるが、タラゴンは一応イニーの保護者なので、そこら辺の配慮はしてくれていると思いたい。
「えっと、大丈夫なんですか?」
『正直な所、あまり容体はよくないみたいです。明日の朝、マリンと一緒に私の執務室に来て下さい、それでは、失礼します』
通話が切れた多摩恵は大きく息を吐き、落ち込んだ。
別れの日が来るのは分かっていたが、せめて心の準備をしたかった。
しかし、別れと言っても想定よりはマシだろう。
なにせ居場所が分かっているのだ。
ふらりと居なくなられるよりはマシだ。
少しするとアロンガンテからメールが送られくる。
明日の予定とイニーの状態について書かれており、多摩恵は心配になる。
ジャンヌの仮眠室。そこでイニーは寝ている。
だが、身体機能が大幅に低下しており、数日ではよくならないらしい。
ジャンヌも怪我の治療は出来ても、低下した身体機能を元に戻す事は出来ない。
一応ある魔法を使えば治せない事もないが、今ジャンヌが倒れるわけにもいかない。
多摩恵は立ち上がり、落ち着く為にココアを淹れる、リビングのソファーに座り一口飲む。
いつもなら風瑠が居たのに、今は多摩恵1人だけ。
元の生活に戻っただけだ。
なのに、妙に寂しくて、胸が締め付けられた。
ココアも、最近は先に帰ってきた風瑠が準備をしていてくれていた。
いつも対面でちびちびとココアを飲み、日によっては寝てたりもしていた。
口数は多くないが、落ち込んだ多摩恵を励ましたり、何かにつけて手伝おうとしたりと、年下の癖に大人びていた少女。
その中身はスターネイルである多摩恵と、ブルーコレットによって殺された26歳の男性だった。
原因は分からないが、少女となっていて、更に魔法少女として活動もしてSS級を撃破している。
謎多き魔法少女であり
よく分からない少女であるが、いつの間にか多摩恵にとって、特別な存在になっていた。
確かに中身は男なのかもしれない。
しかし、そんな事はどうでもいいのだ。
風瑠がイニーでも、ハルナでも史郎だろうが、なんだって構わない。
その心に、多摩恵は救われたのだ。
ココアを飲み終わる頃、端末が鳴る。
着信はマリンからだった。
「もしもし? どうしたの?」
『イニーの件は聞きましたか?』
「うん。聞いたよ」
『なら説明を省けますね。良ければですが、今からお見舞いに行きませんか?』
その提案は、多摩恵が今考えていたことだった。
「行く!」
大声を出してしまい、多摩恵はうるさいとマリンに怒られてしまう。
『待ち合わせは……面倒なので、今からそちらの自宅に向かいます。10分程で着くと思うので、待っていて下さい』
通話が切れ、多摩恵は端末をポケットにしまう。
「――よし!」
多摩恵は頬を両手で叩き、気合いを入れる。
風瑠がいなくなったのは確かに悲しいことだが、ここで立ち止まっていられない。
それは親友であったブルーコレットへの裏切りとなり、弱い頃の自分と何も変わらない。
決めたのだ。戦うと。
たが、それはそれとして、お見舞いはしたい。
助け助けられた関係ではあるが、できれば風瑠とずっと一緒に居たいと思っている。
一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、一緒に寝る。そんな生活をしたい。
好き……とはまた違い、愛情と呼べるほど重いものではない。
姉から妹に向ける程度のものだ。
ちょっといきすぎてる気もするが、マリン程ではない。
お見舞いと言っても、イニーはタラゴンによって気絶させられている。
時間的に起きてる可能性もあるが、それは今の多摩恵には分からない。
多摩恵は冷蔵庫を開け、お見舞いに良さそうなものがないか探す。
運良く、空いていないリンゴジュースのビンが1本あった。
実は風瑠がアクマ用にこっそりと買っておいたものだが、そんな事を多摩恵は知らない。
丁度良い物があったと思い、紙コップと一緒に、袋に入れる。
そうこうしていると時間になり、呼び鈴が鳴る。
「はーい」
玄関を開けると、既に変身しているマリンが居た。
見た目は今日別れた時と変わってないが、なぜか暗い雰囲気が漂っている。
ニコニコと笑っているが、多摩恵はどこか不気味な気がした。
「えっと、もう行く感じかな?」
「はい。もしかしたらまた逃げるかもしれませんから、早めの方が良いでしょう」
ブルーコレットとの戦いの時、マリンはイニーに待っているように言ったのだが、イニーは逃げてしまった。
その事をマリンは根に持っている。
何も言わない方が良いと思った多摩恵は変身して、マリンと共に妖精界に跳んだ。
「場所ってジャンヌさんの所だけと、行っても良いのかな?」
一般の魔法少女にとって、ランカーの施設に入るのは緊張するものだ。
ふらふらと気にせず入って行けるのは、イニー位だろう。
「アロンガンテさんから許可は貰ってるので大丈夫です。それに、ジャンヌさんも居ないらしいので、緊張する事もないでしょう」
「なら良いけど……あっごめんなさい」
2人が施設に入ろうとすると、マリンに気を取られていたスターネイルは、施設から出てくる魔法少女とぶつかりそうになる。
マリンと同じ黒髪だが、艶が無く、吸い込まれるような色をしている。
機嫌が悪いのか、目の端がつり上がっている。
「余所見をしないように気を付けなさい……あら? あなたってもしかしてマリン?」
「はい。そうですが、あなたは?」
「ナイトメアよ。ロシアの魔法少女でランキング8位よ。それより、どうしてこんなところに?」
ナイトメアはストラーフに説教された後、自分の執務室に戻って報告書を書いていた。
しかし、途中で飽きて良い時間なのでどこかで夕飯を食べようと思って外に出た所だった。
「イニーが捕まったと聞いたので、お見舞いに来ました」
「……ふーん」
ナイトメアの眉がピクリと動いた後、ニヤリと笑った。
ナイトメア1人では行く事が躊躇われるが、この2人に付いて行けば、何の問題もなく、イニーの下に行く事が出来る。
2人がなぜ見舞いに来たか気になるが、この好機をナイトメアは見逃す気はない。
「実はイニーと知り合いなんだけど、私も付いて行って良いかしら?」
「――本当ですか?」
マリンの纏う雰囲気が変わり、油断なくナイトメアを観察する。
身長は自分よりも高く、年齢も10代後半辺りだろう。
名前から連想される通り、真っ黒い衣装に身を包んでいる。
他国のランカーがなぜイニーと知り合いなのだろうか?
マリンが知っている限りで、イニーが他国に知り合いがいるとは聞いていない。
嘘を付いて近づこうとしてるのか……それとも、変身前の知り合いか。
最悪の場合は破滅主義派のスパイの可能性だってある。
疑わないわけにもいかない。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。不安なら日本のランカーの誰かに聞いてみなさい。多分知ってるだろうから」
「……分かりました」
マリンは端末からアロンガンテに連絡を入れる。
数コールするとアロンガンテが電話に出た。
『こちらアロンガンテ。何かありましたか?』
「ナイトメアという魔法少女がイニーのお見舞いをしたいと言ってるのですが、大丈夫ですか?」
『ああ、あの鼻垂れ……失礼。今はランカーでしたね。タラゴンから話を聞いているので、連れて行っても構いません』
「……分かりました」
妙な事を言っていたが、マリンは聞かなかったことにした。
「許可が出たので大丈夫そうです」
「なら良かったわ。案内は頼んだわよ」
急遽ナイトメアが同行することになったが、どうしてアロンガンテが許可したのか、少し気になるマリンは聞いてみることにした。
「ナイトメアさんって、アロンガンテさんと知り合いだったりします?」
一瞬だけナイトメアの足が止まるが、すぐに歩き出す。
「そうね。知らない仲ではないわ。昔、少しだけ助けてもらったことがあるだけよ」
そう話すナイトメアの表情は苦々しく、あまり良い思い出ではないことが察しられる。
詳しく聞こうとも思ったが、わざわざ機嫌を損ねる必要もないので、これ以上深く聞かないことにした。
「あのー、ナイトメアさんってどうやってイニーと知り合ったのですか?」
ナイトメとイニーの出会い。
実際には名前を騙ってアヤメと名乗っていたが、本当のことを話すわけにはいかない。
「私が破滅主義派と戦ってる時に助けてもらったのよ。詳細はまだ話せないけど、2人で協力して1人倒したのよ」
嘘ではないが本当ではない。
ナイトメアが時間を稼ぎ、イニーが戦っていたが、これも協力と呼べないこともないだろう。
「本当ですか!」
「本当よ。ついでに変異種のM・D・Wも倒したんだから」
一番最初に観測されたM・D・WはS級だったので、そこから特異種の準SS級。変異種のSS級、と呼ぶ形になった。
最後の自爆だけは実際のランク以上の脅威だが、それ以外は魔物の数が面倒な位だ。
流石にSS級となると1人ではどうしようもなくなるが、タラゴンやブレードなら問題なく倒せるだろう。
スターネイルがナイトメアの自慢話を聞いている間、マリンは冷静にナイトメアの話を分析する。
最初は警戒していたが、話を聞いている感じだと、あまり悪い魔法少女のようには思えない。
アロンガンテと知り合いだという以上、敵になる事はないだろうが、鼻垂れという言葉が何となく気になる。
ランカーである以上それなりの能力があるはずだが、マリンが今まで会ってきた日本のランカーに比べると、貫禄が見劣りする。
マリンがそんな2人の会話を分析していると、ジャンヌの執務室に着く。
扉を開くと、いつも散らかっている書類や食べ物の残りかすはほとんどなく、そこそこ綺麗になっていた。
何も知らない人が見れば、普通に整理されていると思う状態だろう。
ジャンヌもここ最近は忙しく、執務室に居られる時間が減っている。
更にジャンヌの書類の8割程がアロンガンテの所にいっているため、あまり散らかっていないのだ。
ついでに、タラゴンがイニーを運び込んだ際に、少し掃除をしておいたのだ。
「仮眠室はあの扉の先ね」
部屋の奥の方にドアがあり、関係者以外立ち入り禁止の札がぶら下っている。
この仮眠室には病人用の部屋と、キッチンやお風呂も完備されている。
大体2LDKになっているため、そこそこ広い。
ドアを開けるとベッドがあり、少し膨らんでいる。
イニーが寝ているのだ。
3人がベッドに近づいてイニ-の顔を見るが、呼吸は浅く、顔も血の気がほとんど無かった。
僅かに胸が上下しているので、生きているのは確かだが、体調が悪いのが見て取れる。
「生きてはいるけど、弱ってるのね……」
「破滅主義派との戦いで無理をしたのよ。それと、タラゴンに拳骨を貰ったせいね」
顔色が悪いのは戦いのせいだが、寝ているのはタラゴンのせいである。
スターネイルはベッドの隣にあるテーブルに持ってきたリンゴジュースを置く。
「また、無茶をしたのね……」
「イニーがいなければ、私は間違いなく死んでいたでしょうね。ただの魔法少女ではあいつらには勝てないわ……」
強化フォームならまだ戦いようがある。
まだ魔法少女という範疇に収まっている。
だが、あの変化した状態での戦いは、ナイトメアが知るどの戦いよりも悲惨だった。
――いや、ナイトメアは戦いの全てを見ていたわけではないので、あくまでも思っただけである。
それでも、あの2人の戦いに入ろうとは思えなかった。
「容体は聞いてるの?」
「命に別状はないとだけ聞いてます。詳細は何も言ってませんでした」
死んでいるように眠るイニーを心配そうに見る3人。
小さく寝息をたてて寝ているイニーはまるで人形のようだ。
常に傷つき、苦しみながら戦っている姿とは打って変わり、可愛らしいものだ。
回復魔法のおかげで顔には傷1つなく、その顔を見ていたマリンの胸には激しい感情が渦巻いていた。
何とか冷静さを保っているが、もしもマリン1人でお見舞いに来ていた場合、イニーの貞操がどうなっていたか分からない。
「そう言えば、あなたたちはどうやってイニーと知り合ったの?」
仮眠室に着くまでナイトメアは自分の事を話していたが、スターネルとマリンからは何も聞いていなかった。
イニーが寝ている以上何もすることがないので、折角だから聞いてみたのだ。
「私は魔物との戦闘中に助けてもらったのと、学園でクラスメイトになります」
ついでにM・D・Wでの事もあるが、話せば長くなってしまうので、マリンは省いた。
「私は……」
スターネイルは言葉に詰まってしまった。
イニーと出会ったと聞かれた場合、どれを話せばいいか考えてしまったのだ。
実際に会ったのはM・D・Wの時だが、榛名史郎との出会いも含めれば、ブルーコレットと喧嘩してた時だろう。
あるいは、公園で拾った時も出会いといえば出会いになるだろう。
M・D・Wでの出会いを話せばいいのだが、あの時の出会いは最悪だった。
見舞いに行くような仲になる出会いではない。
マリンとナイトメアが首を傾げる中、何を話せばいいか懸命に考える。
「妖精界でたまたま会ったのと、この前マリンちゃんと一緒に助けてもらったの」
疑われない程度の嘘と、本当の出来事。
これなら大丈夫だろうとスターネイルは考えた。
「そうなの。流石はイニーって言った所かしらね。こんな魔法少女がロシアにもいれば良かったのに」
「この前新魔大戦に出てた人とかじゃ駄目なんですか?」
魔法少女リェーズパーダ。
ロシアの代表として新魔大戦に出た魔法少女だ。
代表だけあり新人としては強いが、イニーと比べるの酷というものだ。
「新人とすれば掘り出し物だけど、あくまでも新人の中での話ね。今欲しいのは即戦力だから、あの子では駄目なのよ」
やれやれとナイトメアはため息を吐く。
「話は戻るけど、命に別状がないなら良かったわ。騒がしくして起こすのも悪いから、先に失礼するわね」
イニーが無事なのを確認したナイトメアは、そのまま部屋を出て行ってしまった。
一応とはいえ、他国のランカーが長時間居るのはあまり良くないという思いもあったが、単純にお腹が空いていた為、早く夕飯が食べたかったのだ。
「とりあえず大丈夫そうだし、どうする?」
残るか? 帰るか?
どうするかを、スターネイルはマリンに聞いた。
「そうね……」
マリンがイニーを見ると、寝汗が額に浮かんでいるのが目に付いた。
そして、マリンに電流が走る。
閃いてしまったのだ。合法的にイニーの裸を見る方法を。
マリンはイニーに色々とアプローチをしてきたが、1度も一緒にお風呂入ることはできなかった。
好きな人の全てを知りたい。それは万人が思う事だろう。
この機会を逃せば、二度とイニーの裸を見るチャンスはないかもしれない。
だが、ここにはスターネイルも居る。
もしも邪の感情を持っていることを悟られれば、恐らく止められてしまう。
あくまで自然に。そしてクールにしてなければ、この作戦は失敗してしまう。
「あら? 汗をかいてるみたいね。折角だし、身体を拭いてあげない?」
たまたま。折角だから。判断を任せる様な形にする。
こうすれば不自然には思われないだろう。
「本当だ。あっ、確かこの医療用のベッドって、身体を自動的に綺麗にしてくれる機能がついてたはずだよ」
「ヘー、ソウナンデスカ」
マリンの野望はスターネイルによって砕かれた。
ベッドに付いているリモコンを操作すると、イニーが白く光り、汗が消える。
「これで大丈夫かな? 後は何かしといた方が良いことある?」
「後はイニーが起きるのを待つしかないでしょうし、今日は帰りましょう」
意気消沈としたマリンはやる気を無くし、少しだけイニーの寝顔を見てからそう言った。
「そうだね……あっ、ちょっとだけ待ってて」
帰ろうとしたところ、何かを思い出したかのようにスターネイルは声を上げ、持って来たカバンから紙とペンを出して何かを書きだした。
「これで良しと」
最後にイニーへと書き、リンゴジュースのビンを重しにしてテーブルの上に置いた。
「じゃあ帰ろっか」
「何を書いたんですか?」
「うーん……内緒!」
マリンとスターネイルが仮眠室を去り、数時間後。
やっとイニーは目を覚ました。
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