魔法少女の鉄拳制裁

「お久しぶりですね」


(逃げることってできるか?)


『逃げられないこともないけど、色々と限界だから諦めた方が良いかもね……ふん!』


 これは中々機嫌が直らなさそうだ。


 まあ、目を開けるのも辛いし、戦うのは流石に厳しいか……。


 どうするかと悩んでいると、ナイトメアが俺を庇うように前に出てきた。


「あなたたちは一体何なのよ! もしイニーに危害を加えるってんなら、ランキング8位のナイトメアが相手に――痛い!」


 ナイトメアが先走ったので、杖で叩いて黙らせる。


「喧嘩を売らない方が良いですよ。相手は日本のランカーですからね」


 頭を押さえて恨めしそうに俺を見ていたナイトメアが、2人をまじまじと見て、血の気が引ていく。


「爆炎姫に鬼神……」

 

 逆光のせいで分かり難いが、ようやく相手が分かったようだ。

 片方は悪名……もとい、世界的に名高い魔法少女だ。

 ついでに、俺の保護者でもある。

 

 鬼神はランキング3位で名前は魔法少女桃童子だったかな?

 指定討伐種を主に担当していた記憶がある。

 

 襲い掛かってくるような雰囲気ではないが、一体どうしたんだ?

 

「安心しなさい。イニーの指定討伐種の疑いは晴れたから、大丈夫よ」


 どういう事だ?


「魔法局と魔女の癒着の証拠が出たのじゃ。よって、イニーが魔女の仲間だという疑惑は、魔法局が意図的に作り出した物と判断されたのじゃ。それに、魔法局の上層部はほとんどが死に、それどころではないと言ったところじゃのう」


(知ってたか?)


『魔法局の動きが変なのは分かってたけど、そこまでは知らなかったね』


「何があったんですか?」

「アロンガンテから聞いた話だけど、魔法局の上層部が追い詰められて、魔物を召喚したみたいよ。それに巻き込まれてみんな死んだってわけ」


 まあ、魔法局の上層部は叩けばいくらでも埃が出そうだからな。

 どうせ魔女に起死回生の一手ととか言われて、魔物を召喚するアイテムを貰ったのだろう。


 そして最後は纏めておじゃんか。


 馬鹿じゃねぇの?


「話は分かりましたが、それだけを伝えに来たわけじゃあないですよね?」


 知らせるならメールや通話なんて手段がある。

 わざわざ俺の前に現れる必要は無い。


 あるいは偶然って線もあるが、そんな偶然があるだろうか?


 ――まてよナイトメアの捜索って可能性もあるか。

 

「どちらかと言えばそちらのナイトメアの件で来たのじゃが、まことに運が良かったのじゃ」


 やはりか。そうなると、タラゴンさんが居るのは偶然か。

 運が悪いな……。

 

 さて、この人の事はなんて呼んだら良いのだろうか?

 桃童子さんは流石に語呂が悪い。


 それと、なんかミカちゃんに似ている雰囲気はがあるな。

 どちらも日本風の名前だし、何か繋がりがあるのだろうか?


「私? 私はなにもしてないはずよ?」

「急に反応が消えたって捜索依頼がきたのよ。断り難い相手だったから仕方なく受けたけど、運が良かったわ」


 もしかして、手助けの件もバレたか?

 居るはずの黒い魔法少女はいなくなっており、代わりに俺がいる。

 誰か頼んだのかは知らないが、俺の事を伝えてないことを祈るしかない。


 にっこり笑ったタラゴンさんが俺に近づいてくるが、距離が近くなると徐々に感じる圧が大きくなる。


 逃げたいが、身体を動かせるほどの元気は残っていない。

 

「……なんでしょうか?」

「ふん!」


 タラゴンさんの振り下ろした拳が頭に落ち、痛みと共に意識が途絶えた。


 耐えられない痛みではなかったが、色々と限界だったのだ。


 意識を失う寸前に、タラゴンさんの悲しそうな顔が見えた気がした。





 1




「よし、撤収よ!」

「ちょっと待って!」


 意識を失ったイニーを抱えたタラゴンは即座に帰ろうとしたが、ナイトメアが呼び止めた。


 一応命の恩人であるイニーをこのまま行かせて良いのだろうか?

 殴って気絶させるなど、許される行為ではない。

 そんな事をする相手にイニーを任せることは出来ない。

 

 そんな葛藤があった。


「あー。そやつなのじゃが、一応イニーの保護者だから、心配無用じゃ」

「……保護者?」


 ナイトメアの身体から力が抜ける。

 保護者なら拳骨をイニーの頭に落としてもおかしくない。


 仕方ないとはいえ、イニーは世界中の魔法少女から狙われ、逃げていたのだ。

 やっと疑惑が解けて、再会したと思ったら、今にも倒れそうな状態だったのだ。


 保護者なら怒っても仕方ないだろう。


「イニーはどうなるの?」

「ジャンヌって回復魔法のスペシャリストに見せた後に、お説教かしらね? 連絡も寄こさないで逃げ回ってたんですもの」


 実はアクマが、連絡がきている事をイニーに伝えてなかったのが原因なのだが、その事を知る者は誰も居ない。


「それと、ストラーフが心配してるから、早く帰りなさい」

「師匠が?」

「そうよ。他国とはいえ、1位のお願いは断れなかったのよ。わかったなら、さっさと帰りなさい」


 タラゴンはしっしと手を振り、ナイトメアを追い払う仕草をする。

 今回、ナイトメアの捜索依頼を出したのは、ストラーフだった。

 前回はタイミングが悪く、位置を把握できなかったが、今回は常にナイトメアの行動を追跡し、把握していた。


 実際の業務は魔法局が行っていたが、反応が消えたと分かったストラーフは指定討伐種の専門家に依頼を出した。

 

 それが鬼神こと、桃童子だった。

 

 ストラーフ本人が助けに行ければ良かったのだが、そこまでの余裕はなかった。


 それは桃童子も一緒なのだが、ランカーが減って困るのは自分たちなので、仕方なく依頼を受けたのだ。

 

 だが、相手が破滅主義派の可能性がある中で、1人で出撃するのは無謀だった。


 そんな中で、協力者を寄こすようにロシアの魔法局に連絡をしたのだが、そこでタラゴンから待ったが掛ったのだ。


「私が行くわ」


 そう言ったのだ。


 桃童子としても、下手な魔法少女と一緒になる位なら、気心が知れている魔法少女の方が良い。

 

 だが、なぜタラゴンがこの依頼を受けたのかが桃童子には分からなかったが、終わってみて納得した。


 魔法少女としての勘か、それとも女の勘か。

 どちらにせよ、イニーを見つける事ができたのは、桃童子としてもありがたいことだった。

 

 このままタラゴンと共に帰ろうとした桃童子だったが、大事なことを思い出した。

 

「ああ、忘れるところじゃった。中で一体何があったのじゃ?」


 ランカーの本気の一撃を受けても、穴が開かなかった結界。


 妖精局が通常張っている結界とは別物であり、タラゴンと桃童子は待っているしかなかった。

 実際は桃童子が強化フォームになり、更に強力な一撃を繰り出そうとしたが、タラゴンが止めたのだ。

 例え結界に穴が開いたとしても、余波で領土の一部が吹き飛べば外交問題になる可能性がある。


 依頼達成も大事だが、やり過ぎもよくない。


 そして、聞いた通りの実力ならば、タラゴンと桃童子が駆けつけた頃にはナイトメアは殺されていてもおかしくなかった。


 だが、待てども結界は解除されず、なにが起きているのか疑問に思っていいたら、ついに結界が解除されたのだ。


 しかし、ここで桃童子は首を傾げた。

 聞いた話だとナイトメア1人のはずだったのだが、もう1人居たのだ。


 その魔法少女はナイトメアに寄り掛かっており、衰弱しているように見えた。


 雪に反射した日のせいで見え難いが、白いローブを纏った小柄の魔法少女のようだった。


「見つけた」


 タラゴンがそう呟いた。


 桃童子はその呟きを聞いて、とある魔法少女の事を思い出した。


 魔法局によって指定討伐種に認定されたが、それが魔法局の捏造だと判明し、手配を解除された魔法少女。


 今はアロンガンテ主体で迷子探しになっているが、出現情報が錯誤して見つけられないでいた。


 その名は魔法少女イニーフリューリング。


 ランカーと同じか、それ以上の力を持った新米の魔法少女だ。

 そして、タラゴンの妹でもある。


「その気絶しているアヤ……イニーと魔物の討伐をしていたら、破滅主義派のオルネアスが現れたの」


 ナイトメアは先ほどの出来事をかいつまんで説明した。


 オルネアスの強襲と、M・D・Wとの死闘。


 何とかアヤメの事をぼかしながら話すが、黙って話を聞いていた2人の目付きは、話が終る頃には胡散臭いものを見る様な目つきになっていた。

 

「どう思う?」

「4割は嘘じゃな。じゃが、自分のためではなくこやつのため、と言ったところじゃろう」

 

 そう言われたナイトメアは内心で焦るが、だからと言って下手なことを言えば更に追い詰められてしまう。

 

 先ほどの戦いとは違うプレッシャーを感じて、冷や汗が頬を伝う。


 ナイトメアの嘘など、2人にとっては赤子の戯言と変わらない。

 単純に嘘を吐くのが苦手というのもあるが、話してる途中で視線があっちこっち動いていれば、誰だって嘘を言っていると分かるだろう。

 

「う、嘘じゃないです! 信じて下さい!」


 ナイトメアは嘘と言われて、たじろいてしまう。

 イニーに話すなと言われている手前、どうしても嘘を織り交ぜる必要がある。

 しかし、相手が悪いのもあるが、大体の面でナイトメアが悪い。


 ナイトメアは嘘が苦手な、素直で良い子なのだ。


「とりあえず、破滅主義派の1人を倒したってのは嘘じゃなさそうね。詳しくはイニーから聞けばいいし、帰りましょうか」

「そうじゃな。ナイトメアも、はよストラーフの所に帰るのじゃぞ。ではな」


 タラゴンと桃童子はランカー用の簡易テレポーターで妖精界に帰っていった。


 残されたナイトメアは暫し呆然とするが、事態を理解してムッとした顔をする。


 イニーとはたった1日の付き合いだが、それでも命を懸けて共に戦った仲間だった。

 保護者とはいえ、奪い取る様にして去って行くのは、流石に酷いと思ったのだ。

 

 だが、追い掛ける事は出来ない。


 一応は非常事態であり、今回の事件を報告しなければならないのだ。

 追い掛けたい衝動を堪え、簡易テレポーターを使おうとした時、端末が鳴った。


「もしもし」


『ああ、良かった。無事だったのね』


 それはストラーフからだった。


 言葉からは、心から心配している事が分かるが、ナイトメアの胸の内には黒い感情が僅かに広がる。

 ナイトメアの命が狙われているのは、ストラーフと魔法局のせいなのだ。


 だが、8位になる事を承諾したのは、ナイトメアなのだ。

 断る事が出来なかったとはいえ、最終的な責任は魔法少女個人のものなのだ。


 ここでストラーフに八つ当たりをしたところで、何の意味もない。

 

 感情を押し殺し、息を吸う。

 

「はい。色々とありましたが、助けて貰って――」


 そう言えば、アヤメの事は何て話せば良いのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだ。


 アヤメの姿はロシアの魔法局が映像で確認している。

 未登録の魔法少女である為、そんな魔法少女と一緒に行動している事を、昼食の時の電話でストラーフは怒っていた。


 そんな彼女が居なくなり、何故かイニーが居る。

 下手な事を話せば、イニーとの約束を破ることになってしまう。


『急に黙ってどうしたの?』


「なっ、何でもないです。それより、報告するので、今はどこに居ますか?」


 ナイトメアはアヤメの事は保留して、時間を稼ぐことにした。


『今は妖精界の執務室に居るわ。場所は覚えてる?』


「流石に覚えてるわよ。今から行きます」


 ランカーの施設は広いが、基本的にテレポーターで各国に割り振られている場所に跳ぶので、道に迷う事はない。

 だが、もしも何も知らない人が施設に行き、テレポーターを使わずに回ったらどうなるだろうか?


 テレポーターで移動も出来るが、有事の際に備えて、普通に徒歩でも施設間を移動することは出来る。


 そう、徒歩で広い施設内を移動出来てしまうので、たまに迷子や行方不明者が出るのだ。


 そして、ナイトメアは昔迷子になっている。


 泣きながら歩いてる所をストラーフに見つかり、その時は何とかなったが、その事をよくストラーフに揶揄われているのだ。

 

 ナイトメアにとっては黒歴史だが、この出会いがあったおかげで、ストラーフの弟子になる事が出来た。


『なら良かったわ。後1時間くらいは居るから、早めに来るのよ』


 そう言ってストラーフは通話を切る。


 何とか時間を稼ぐことができたナイトメアは、どう言い訳するかを考える。

 下手なことを話せば、アヤメの正体に気付かれる可能性がある。

 報告の事を考えれば、あまり考えている余裕もない。

 

 簡易テレポーターで妖精界に向かい、ランカー専用の施設の入り口まで来た。

 後は施設内のテレポーターで執務室に向かうだけだが、何も言い訳が思いつかない。

 そして、ストラーフの執務室の前まで来てしまった。


 ナイトメアがノックすると、扉の奥から返事が返ってくる。


「し、失礼します」


 浮かび上がる汗をぬぐい。扉に手をかける。

 

 今、嘘が苦手なナイトメアによる、言い訳が……。


「このお馬鹿!」

「うにゅ!」


 始まらなかった。


 扉を開けた直ぐの所にストラーフが待っていて、ナイトメアの脳天に拳を振り下ろしたのだ。


「あれだけ無茶をするなって言ったでしょ! 死んだらどうするのよ!」

「……ごめんなさい」


 心配そうにいているストラーフを見て、ナイトメアは素直に謝った。


「全く、あなたは昔から向こう見ずで無鉄砲で馬鹿で言う事を聞かなくて……」


 ストラーフはくどくどと説教を続け、最初のうちは殊勝な態度で聞いていたナイトメアも、内容が生活態度や昔の事となってくると、ただ黙って聞くことにした。


 下手に言い返せば更に説教が長くなることを、ナイトメアは身をもって知っているのだ。

 

 しかし、今回の説教は中々終わらず、あっという間に時間が過ぎていった。

 

「あのー……」

「あら? そう言えば報告を聞くって話でしたね。ちょっと時間が押してしまったので、後で書類に纏めといて下さい。とにかく、あまり無茶はしないようにね」

「はい」


 ナイトメアが報告するはずだったのだが、結局ストラーフの説教により、ストラーフの空き時間が終わってしまった。


 この場で報告しないで済んだことはありがたいが、どこか釈然としないナイトメアだった。


 そして、ストラーフは出かける準備をしている間も母親のようにナイトメアに小言を言い、今日は休むように言って執務室から追い出しだ。


 ナイトメアは自分の執務室に向かい、報告書を不満げな顔で書くのだった。

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