魔法少女は現実逃避する
オルネアスだったものの核を剣で貫いた。
赤い靄は四散して無くなった。
まだ次があるってのに、厄介な相手だったな。
「お前は……どうして。どウしテ!」
核を失ったオルネアスは、少しずつ塵に変わっていく。
こいつにブルーコレットの時のような情けを掛けるつもりはない。
そのまま魔物として死んでくれ。
だが、本当に強敵だった。
「あなたの想いは分かりますが、私にも契約がありましてね。さようなら」
「――私1人殺したからって粋がらないことね。計画は……アンヘーレンプランは誰にも止められないわ。アハ。あハハハ!」
恨み言を残しながら、塵に変わっていき、最後には何も残らない。
これが元は人だったんだから、恐ろしいものだ。
一旦白魔導師に戻ると、内臓をかき回されたような不快感と吐き気を感じる。
口から血が溢れ、地面を濡らす。
魔力は問題ないが、身体にガタがきてるな。
杖を支えにして、立っているのがやっとだ。
『なんで……またなの? ハルナ! 一体何が起きてるの!?』
やはりアクマが騒ぎ出したか。
アルカナの力を身体に取り込み制御する。
俺がやっているのは、そんなところだろう。
力を欲するが故に辿り着いた答え。想いが引き起こした可能性。
紛い者だから出来た裏技の様なものだと思う。
解放とは違い、負荷は全て俺自身に降り掛かる。
今回は晨曦の時より短い時間だったが、反動は前よりも大きい。
血を吐けるだけ吐き、回復魔法で回復する。
完全にとはいかないが、これでまだ戦える。
(話は後だ。次はあいつを倒さなければならない)
『だからって……私にも分からない力を使って、無事なわけないじゃない!』
(勝つ為には仕方ないんだ。いつも通り補助は頼んだ)
通常ではM・D・Wの爆発を防ぐ事はできないが、愚者の力を使えば問題なく防げる。
だが、俺が変身できる時間はほとんど残されていないだろう。
M・D・Wの方を見ると、黒い何か――ナイトメアが空中で暴れている。
ナイトメアは結構ボロボロだが、ちゃんと生き残ってるな。
あれだけの魔物相手によく耐えている。
使えない奴って言ったのは、改めた方が良さそうだ。
白と黒の2種類の翼を生やし、空にを飛ぶ。
ヘイトがこちらに向く前に、大技を1発撃っておくかな。
幸い、魔力はほぼ満タンだ。
ナイトメアを魔法の範囲に入れないように魔法陣を展開していく。
「虚無の彼方に消えよ。天撃」
昔タラゴンさんに使い、防がれたので降格した魔法。
降格したとはいえ、俺の使える魔法の中では威力が高い方だ。
空中に魔法陣が出現して、そこから光が溢れる。
結構な量の魔物を消し飛ばしたが、減った気がしない。
ナイトメアに近づいていくと、こちらに振り向く。
額からは血が流れ、服もボロボロだ。
「――イニーフリューリング」
「アヤメですよ。ナイトメアさん」
『ダウト』
(建前は大事だろう?)
あくまでもアヤメって事にしとけば、俺と一緒に居たナイトメアが罪に問われる事はないだろう。
一応お尋ね者だからな。
「終わったの?」
「ええ。
傷ついたナイトメアを治し、M・D・Wの魔法や砲撃を、黒い翼の魔法によって弾く。
向こうも強くなっているが、俺だってあれから強くなっている。
作戦会議をする時間程度なら、翼だけで耐えられる。
「ありがとう。それで――」
「無駄口は後です。戦い方ですが、ナイトメアさんは先程と同じく攻めて下さい。砲撃や魔法は全てこちらで対処します」
「わ、分かったわ。でも、勝てるの?」
勝てるか……か。
勝てなければ、2人まとめて死ぬだけだ。
そして、俺は死ぬつもりなどない。
「勝てるかではなく、勝つんですよ。前は任せましたよ。行きなさい」
ナイトメアは頷いて、空を駆けていく。
『あと4分位で結界の解除の権限を奪えるよ』
(ならその4分でケリを着けてやろう)
3分だったら、どこぞのヒーローと同じタイムリミットだったが、流石に3分では時間が足りないな。
1分は誤差かもしれないが、魔法はその1分があれば威力が変わる。
それに、解放時の負荷の事を考えれば元々の制限時間である5分間戦うのは無理がある。
既にボロボロだから、無理は良くない。
まあ、開放するのは先に魔力を使えるだけ使ってからだな。
飛んできた魔法が、俺の腕を掠る。
どうやら、俺を敵と認めたらしいな。
前衛がいる分、前回よりは楽が出来るだろう。
飛びながら杖を構え、魔法を詠唱する。
ナイトメアに向かう砲撃や魔法は翼で迎撃し、自分に飛んでくるのは避ける。
雷が降り注ぎ、土柱が天を貫く。
氷が舞い踊り、炎が薙ぎ払う。
瞬く間に魔力が減っていくが、構いはしない。
戦いは良いものだ。
無駄な思考が剥がれ落ち、生と死の狭間で快感を得る事ができる。
戦いの中ほど、生を実感できる場所はないだろう。
「
無数の火の玉が、空から降ってくる。
俺の魔力が空間に満ちれば、それだけで多様な魔法が使えるようになる。
「
白い風が魔物の間を通り抜け、魔物を氷像に変える。
長かった詠唱が短くなり、威力が増していく。
およそ7割程の魔物を倒し、魔力が1割を切った。ここが頃合いだろう。
ナイトメアも限界が近いのか、動きがかなり鈍くなっている。
死んでいないのは、俺が援護しているおかげだろう。
「下がりなさい」
風の魔法で、聞こえるようにして呼ぶ。
チラリと此方を見た後に、跳んできた。
(いくぞアクマ)
『――30秒。それ以上は後遺症が出るかもしれないから、絶対に越えないようにね』
後遺症ね……最悪の場合、また寿命を削れば良いだろう。
(善処するさ)
「ナンバーゼロ。愚者。解放」
急速に魔力が回復して、少し気持ち悪くなる。
眩暈と頭痛も酷いが、やらなければ死ぬだけだ。
変身を終えると、ナイトメアが隣に着地した。
「戻ったけど、どうするの?」
「纏めて全て吹き飛ばすので、私の後ろに居て下さい。絶対に前へ出ないように。それと、私の事は誰にも話さないで下さいね」
2つの玉を前方で回転させ、ばら撒いた自分の魔力を吸収する。
「
残り20秒。
M・D・Wを包むように長方形の結界を張り、砲撃や魔法が飛んでこないようにする。
残りの魔物も全て結界内に捕らえたので、ここから最後の仕上げに入る。
「愚者の歩く道は天か地か。笑うものには天災を。嘆くものには救済を」
配給される魔力をそのまま球に込めて、M・D・Wの頭上に魔法陣を描いていく。
これまで使ってきた魔法の中で、一番魔力を使っているだろう。
この姿だから出来る事だが、既に通常時の3倍の魔力を消費している。
「ちょっと、これ本当に大丈夫なんでしょうね! 何だが凄い事になってるけど、大丈夫なんでしょうね!」
後ろでナイトメアがうるさいが、構っている余裕も、時間もない。
残り10秒。
結界と魔法陣に魔力を込めていき、準備が整う。
何かが目から流れ、頬を伝う。
「希望の無い未来に祝福を――神撃」
天に浮かぶ魔法陣が開かれ、光が溢れる。
空が。時間が。空間が割れた。
世界を光が支配し、時が止まったような錯覚をさせる。
M・D・Wの爆発する音が響くが、俺の結界を割ることはできない。
光が晴れると、M・D・Wは跡形もなく消し飛び、底の見えない大穴が空いていた。
残り0秒。
――討伐完了だ。
急激に意識が遠のき、愚者の力が解除される。
落下しそうになるが、ナイトメアが支えてくれたので、事なきを得た。
変身を解いたら、そのまま死にそうな気がするな……。
怪我自体は大したことないが、中身はぐちゃぐちゃだ。
『魔力はほぼ無し。心音もギリギリ。体温も下がってる……バカァー』
「ちょっと! しっかりしなさい! アヤメ! アヤメ!」
キャンキャンうるさい奴らだ。
だが、おかげで目が覚めた。
「大丈夫ですよ。ちょっと眠くなっただけです」
「眠くなったって――あなた目から血が!」
ああ、さっき流れてきたのは血だったのか。
涙にしては流れるのが遅いと思った。
(結界はどうだ?)
『う~、私には一言もないのね……解除はいつでもできるよ』
(拗ねるな。後で付き合ってやるから)
いっそこのまま意識を手放してしまえれば、楽になれるだろうが、そうもいかない。
(地上に降りたら、結界を解除してくれ)
結界の中に居る間は、魔女の掌の上に居るのと一緒だ。
先程は気を失いかけたが、安心してはならない。
「申し訳ないですが、地上に降ろして下さい。もう少しすれば結界は解けるはずです」
「分かったわ。だから、しっかりしなさい!」
ナイトメアに支えられながら地上に降り立つ。
俺やナイトメアの戦いにより、廃墟は全て消し飛び、ただの荒野になっている。
(頼んだ)
『了解』
景色が荒野から雪原に変わる。結構日が傾いているせいか、少し眩しい。
『え! 嘘……』
(どうした?)
急にアクマが慌て始めたが、どうかしたのか?
「やっと見つけたわよ。イニー」
――なんだかとっても聞きなれた声が聞こえた。
どうやら疲れて幻聴が聞こえてるようだ。
今日は早く帰って寝たほうが良いかもしれない。
「なっ、なによあなたたちは!」
ああ、幻覚も見えるようだな。
『タラゴンと桃童子だね。なんでここに居るんだろう?』
(言わないでくれよ。折角現実逃避してたのに……)
ナイトメアから離れ、杖を支えにして立つ。
さて、なんて言い訳したものか……。
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