生贄の魔法少女

 前回は全て身体に吸い込まれた闇が、身体から滴るようにして残る。

 剣の方も前と同じ黒い長剣だが、刃こぼれのようなギザギザができていた。


 流石に、完全には取り込めないか……。

 アクマの反応が消えたが、これは想定内だ。

 

 ――動いてすらいないのに、全身に激痛が走る。

 やはり、無理があったようだ。

 

 持っても1分位だろうが、なんとかなるだろう。


 炎の壁が消え、オルネアスと目が合う。


 オルネアスの体内に、ほんのりと赤い靄が見える。おそらく、あれが核だろう。

 

「なんだ……その姿は? 見た目が変わったからって、何も変わらないのよ!」

 

 既に表情を読み取る事が出来ないほど、魔物に変化しているが、イラついているのはよく分かる。

 

 煽ってやりたいが、残念ながら無駄口を叩く余裕はない。

 だが、これ位は許されるだろう。


「吠えてろ、小娘」

「ごろじでやるゥゥゥー!」

 

 一歩踏み出すと、更に強力になった矢が放たれる。

 

 矢の中にも赤い靄が見えるな……。


 それを剣で払うと、矢は四散してしまった。


 なるほど、これは便利だ。魔眼とでも呼ぼうか?


 黒い何かを垂らしながら、オルネアスと距離を詰める。


 矢ではどうしようもないと思ったのか、両手の剣を構えて突撃してくる。


 自分から来てくれるなんて、優しい奴じゃないか。

 激痛のせいで上手く身体を動かせない今の状況だと、ありがたい。


 剣を振りかざすオルネアスの両腕を斬り飛ばし、全身に魔力を巡らせる。


 身体が悲鳴を上げ、痛みによって暴れそうなる感情を押し殺す。


 瞬時にオルネアスの背に回り込み、2本の弓も斬り飛ばした後に、赤い靄を剣で貫く。


 オルネアスは驚愕の表情を浮かべて振り向くが、もう遅い。

 

 ふと、核から剣を伝い、オルネアスの怨嗟の想いが流れ込んでくる。

 オルネアスが破滅主義派に加わった理由……裏切られ罵られ、捨てられた。

 憎しみ。恨み。そして、悲しみ。

 

 気持ちは痛いほど分かるが、敵に情けを掛けるつもりはない。

 

「なん……で?」


 何かを問いただすような感じだが、答えてやる義理はない。

 

 そして、もう再生しなさそうだ。





 1



 


 ナイトメアは世界のランカーの中では新米である。


 ロシアのランカーが破滅主義派に殺され、コネによってランカーの地位を得たのだ。


 コネと言っても、そう簡単にランカーになれるなら、誰も苦労はしない。


 それこそ血の滲むような努力をナイトメアはしてきたが、ランカーには到底届かない実力だった。


 そして、ナイトメア本人はコネの事を知らない。


 憧れのランカーになれて、浮かれていた――それが生贄とは知らずに。


 そう、コネはコネでも、ナイトメアに後ろ盾があった訳ではない。

 ランカーが狙われていると知ったロシアの魔法局は、生贄を作ることを考えたのだ。


 将来有望とは言えないが、ギリギリランカーになってもおかしくない魔法少女。


 それがナイトメアだった。

 

 この事を知っているのは、死んでしまった魔法局の幹部と、ロシアのランキング1位のストラーフだけだ。


 もちろんナイトメアをランカーに引き上げることに対して、ストラーフは猛反発した。


 今新しくランカーになると言う事は、死ねと言っている様なものだ。


 そして、ナイトメアが選ばれた理由は、それだけではない。


 ナイトメアはストラーフが育ててきた、魔法少女の1人だったのだ。


 未来ある魔法少女を殺すか、先を望めないナイトメアを殺すか。


 ストラーフは魔法局から迫られたのだ。


 どちらを選んでも、自分の手で人を殺すのと変わらない。

 そして、僅かな希望にすがるようにして、ナイトメアを選んだのだ。


 もしかしたら、運が良ければ……。


 しかし、ナイトメアは破滅主義派に狙われ、イニーが現れなければ、命を落としていただろう。


 イニーと別れたナイトメアはストラーフにこっぴどく怒られたが、それが愛情の裏返しだと、ナイトメアは分かっていた。


 次の日は休むように言われたが、ナイトメアにもランカーとしての意地があった。


 幸い第二形態のイニーの助力を得られたので、普通に出撃した結果、オペレーター経由でお叱りの言葉を貰う事になった。


 このまま何事もなく終わると思っていた討伐も、オルネアスの登場で、雲行きがおかしくなる。


 前回と同じく結界を張られ、オルネアスと戦うのかと思いきや、なんと魔物を召喚したのだ。

 それも特殊な魔物に分類される、一部の魔法少女からは忌み嫌われている魔物――M・D・W。


 それもS級ではなく、SS級相当のM・D・Wだ。


 前回イニーが戦った時よりも凶悪になり、弾幕や、魔物の階級も大幅にパワーアップしている。


 召喚される魔物は通常より弱いとはいえ、S級を越える魔物ばかりだ。


 ナイトメア1人だったら、直ぐに死んでいただろう。


 しかし、仲間であるアヤメが居る。


 自分では勝てなくても、アヤメが居れば……。


 そんな思いで戦っているナイトメアだったが、ふとアヤメとオルネアスの戦いを見て、驚愕する。


 距離的にギリギリ分かる程度だが、アヤメと名乗った魔法少女はイニーに変わっており、新魔大戦で見せた道化の様な恰好をしていた。


 対するオルネアスは人としての姿を捨て、魔物になっていたのだ。


 注視出来る程の余裕は無いが、運悪くイニーの流れ弾が飛んできて、魔物の一部を吹き飛ばす。


 その威力に驚愕し、もう一度2人を見る。


(いったい何がどうなってるのよ!)


 ナイトメアは混乱しながらも、アヤメに言われた通り魔物を倒していく。


 アヤメと呼んでいた魔法少女はいつの間にかイニーに変わり、人のはずだったオルネアスは魔物に姿を変えている。


 普通では考えられない事態。


 そして、ナイトメアの全身に悪寒が走る。

 止まりそうになる身体を無理矢理動かし、魔物の攻撃とM・D・Wの砲撃を避ける。


 再び視線を2人に向けると、そこには 黒い化け物がいた。


 剣を持っている方がアヤメなのは分かる。

 しかし、その雰囲気はナイトメアが知ってるものとは掛け離れていた。

 

 人型の黒い物体。


 それからは、深い悲しみのような、怨みのようなものを、ナイトメアは感じた。


 直視しているだけで胸が張り裂けそうな、狂ってしまいそうになるほどの感情が溢れてくる。


 鼓動が早くなるのを押さえつけ、冷静に思考を巡らせる。


 2人の事は気になるが、気を抜いてしまえば、死ぬのはナイトメアだ。


 勝てる勝てないの話ならば、ナイトメアがこのM・D・Wに勝つのは不可能だ。


 アヤメに言われた通り、耐えるようにしながら戦っているが、それすら限界が近い。


 強化フォームになれないナイトメアでは、この程度なのだ。


 そして、この戦いの中で、ナイトメアは理解していった。


 否、薄々分かっていたのだ。


 8位になった事をどこか影のある笑顔で喜んでくれたストラーフ。

 自分を避ける、同じランカーたち。


 答えは出ていたのだ。


 自分が選ばれたのは、生贄にされるためだと。

 

(分かっていたわ……でも、例え嘘だとしても、私は!)

 

 血によって滑りそうになる柄を握りしめ、双剣を振るう。


 魔法で隙を作り、闇を固定化させた足場を踏みしめ、空を駆ける。


 憧れていたランカーになれたのだ。

 ならば、その責務を果たさなければならない。

 その先に待ち受けるのが、己の死だとしても……。


「はぁ!」


 避けられない魔法を、魔力を込め剣で弾く。

 

 ふと、ナイトメアの目から涙が溢れそうになる。


 確かにランカーには憧れていたが、本当はこんな形ではなりたくはなかった。

 実力でのし上がりたかった……。


 溢れそうになる思いを飲み込み、イニーが――アヤメが勝つのを信じて耐える。


 額から流れる汗と血を拭い、次の魔物に向かおうとした、その時……。


 ナイトメアの視界に光が溢れ、魔物が消えていく。


 突然の事態に驚いたが、誰がやったのかは考えるまでもない。

 

「――イニーフリューリング」

「アヤメですよ。ナイトメアさん」


 白いローブと、フードを被った魔法少女。


 オルネアスを倒したイニーフリューリングが、舞い降りた。

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