魔法少女マリンは魔物に挑む
「お帰り。ちゃんと逃げられたみたいね」
イニーの強襲を受けて逃げ帰ったロックヴェルトとオルネアスを魔女が迎える。
ロックヴェルトたちが逃げた先は、いつものリンネの部屋ではなく、ロックヴェルトの部屋だ。
正確には転移で移動するために用意した部屋であり、休憩室にもなっている。
魔女は紅茶を飲み、2人に座るように促す。
「何だか強化されてたみたいだけど、原因を知ってたりしないの?」
ロックヴェルトがイニーに会う度に、イニーは姿を変えている。
最初は白魔導師。次に第二形態である闇落ち。更に
魔法少女の姿が変わる事は、普通は無い。
あっても、強化フォームになった時くらいだ。
何度も姿を変えて現れる様は、不気味でもあった。
「見当はついてるわ」
魔女が指を鳴らすと、2人のアルカナの情報が投影される。
「
オルネアスはフールの情報を指でなぞりながら、頷く。
魔女もアルカナの事をほぼ知り尽くしていると言っても良いが、今回の様なケースは初めてだ。
「それ以外に考えられないからね。白い時に持っている杖にも変化があったし、それと同様だと思うわ」
魔女の使っている結界には、妖精が使っているものと同様に、映像を残す機能がある。
ブルーコレットの時の戦いや、今回のロックヴェルトたちの戦いも、魔女は確認していた。
魔女とイニーが初めて邂逅してからまだ半年すら経っていない。
魔女にとってイニーは逃げ出したアルカナのおまけ。その程度の認識だった。
だが、今は最高の玩具であり、最後の相手だと思っている。
フールがアクマに能力を託した事で、残りのアルカナは4人となった。
相も変わらず契約をしているのはアクマだけであり、他のアルカナは所在が分からない。
諦めたのか。それとも何かを企んでいるのか。
どちらにせよ、今の契約者はイニーしかいない。
魔女は玩具で遊びながら、計画を進めている。
「あれって、強化フォームってわけでもないんでしょ?」
「ええ。あくまでもあれはイニーの別の姿よ。アルカナの能力も開放してない、素の状態ね」
「それに私は負けたのね……」
2人掛かりで戦い、オルネアスは強化フォームになったのに、全く歯が立たなかった。
あの姿が、イニーの強化フォーム状態というならば仕方ないと思えるが、ただの魔法少女である。
オルネアスは下手なランカーよりは強く、ロックヴェルトも魔法少女としては上位の強さだ。
それはロシアの8位であるナイトメアを、後一歩まで追い詰めた事で証明されているだろう。
「まあ、あの姿は魔法少女特化みたいだし、負けても仕方ないわ。そうね。全員に魔物を配っておこうかしら」
「出来れば1人で勝ちたいけど、仕方ないわね」
オルネアスはやれやれと手を振り、紅茶を飲む。
出来るなら自分の手で殺したいが、計画の事を考えるならまだ死ぬわけにはいかない。
もしも死ぬならば、例の薬を使ってだ。
「それじゃあ、これを全員に配っといてね」
魔女はロックヴェルトに魔物を召喚する結晶を渡す。
「分かったわ」
「ついでに、明後日に会議したいから伝えといてね。それじゃあ、引き続き頑張ってね」
いつもなら魔法陣で消える魔女だが、今日は珍しく普通に部屋から出て行く。
ロックヴェルトは魔女の珍しい行動に首を傾げるが、魔女の事を不思議生物だと思っているロックヴェルトは、気にしない事にした。
「私は疲れていないからこのまま出るけど、オルネアスはどうする?」
「魔女が用意してくれた資料を見ているわ。何か弱点でも見つけられるかもしれないしね」
力押しだけではどうにもならない程の力量を見せつけられ、オルネアスは何かしらの弱点がないか、探る事にした。
魔女の計画としては破滅主義派が全員死のうが、イニーが志半ばで倒れても構わない。
だからといって、オルネアスは負けっぱなしでいる気はない。
(私が殺してあげるわ。イニー)
こうして破滅主義派の中に、新たなイニー殺害志望者が増えたのだった。
そんなオルネアスを放置して、ロックヴェルトは次元の裂け目に入って、部屋から出て行った。
1
「ふむ。やっぱり、おかしいわね」
マリンは、急にイニーのことを聞いてきたスターネイルについて考えていた。
スターネイルとイニーの接点はM・D・Wの時位だ。
あれから数ヶ月経っており、なぜ今更聞いてきたのかと不思議に思っていた。
それに、イニーの話を聞いている時はありきたりな反応しか返さなかったが、イニーの変身前――ハルナの話をしたら明確に違う反応を返した。
何かを知っている。
そう、マリンは考えた。
だが、何を知っているのかが分からない。
「確か、住んでいるのは榛名山の近くだったかしら……」
マリンは端末で地図を呼び出し、スターネイルである多摩恵の住所を確認する。
住所は北関東支部の魔法少女間用の緊急連絡先に載っていたので、それで確認した。
通常の手段で行こうとすれば、結構な時間が掛かるが、魔法少女に変身して行けば、かなりの時間短縮ができる。
あるいはテレポーターを使えば、更に短縮できるだろう。
(でも、明日も会うし場所だけ分かってれば良いわね)
場所の確認は済んだ。
何かあった場合、直ぐに訪問することができる。
だが、マリン――花梨が今の多摩恵とハルナの暮らしを知ることができたなら、こんな悠長なことは考えなかっただろう。
あくまでも、多摩恵が多少情報を持っている程度と考えていたのが運の尽きだ。
端末の地図に住所を登録して、ポケットに仕舞おうとすると、呼び出し音が鳴る。
画面には白橿の名前が表示されていた。
「もしもし?」
『出てくれて良かったわ。申し訳ないんだけど、討伐を頼まれてくれないかしら?』
いつもならオペレーターから来る出撃依頼だが、北関東支部を辞めたので、直接オペレーターから連絡が来ることはない。
そして、アロンガンテの組織も稼働はしているものの、マリンとスターネイルは別管轄となっている。
「良いですけど、魔物の階級は何ですか?」
『S級の獣型よ。10分位したら出現するから頼んだわよ。ポイントは端末に送っておくわ。それと、テレポートは経費が出るから、妖精界のを使ってちょうだい』
通話を切り、送られてきたポイントを確認する。
場所栃木県那須塩原市。
マリンは直ぐに簡易テレポーターで妖精界に跳び、指定されたポイントに跳ぶ。
一応マリンは新人となるのだが、その実力は既にランキング上位――10位辺りの強さがある。
しかし経験が少ないため、もしも上位の魔法少女と戦った場合、勝つのは難しいだろう。
それでも、S級の魔物相手なら苦労することはない。
ポイントに着いたマリンは白橿に連絡を取り、結界を要請する。
指定されたポイントは昔、山地だったがとある事件によって大きなクレーターが出来てしまった場所だ。
クレーター自体は埋めて更地になったが、流石に山を復元することは叶わなかった。
結界が張られたことで、雪景色から市街地の様な風景になる。
結界の中は毎回ランダムだが、魔物の事を考えれば、今回は当りだろう。
刀を振るだけの広さがあるが、魔物が縦横無尽に駆け回ると建物が邪魔になる。
魔物が家を踏み潰せるほどの大きさなら話は変わるが、どちらにしても、魔物を倒すのは確定事項なのだ。
マリンは近くの家の屋根に飛び乗り、辺りを見渡す。
直ぐに見つかれば大型。見つからないなら中型以下。
そして、見える範囲では魔物がいない。
(反応は……あっちね)
魔物を反応を捉えたマリンは、静かに、そして素早く移動を開始する。
B級ならこのまま急接近して一太刀で倒すことも出来るが、S級相手にそんなことは出来ない。
ただ強いだけなら問題ないが、特殊な能力を持っている可能性があるのだ。
物理ダメージ軽減や魔法反射。
一定距離からの攻撃を無効化など、様々だ。
だが、一部の頭のおかしいランカーなどは、そんなのお構いなしに倒したりする。
魔物にも魔力があり、その魔力によっての能力や魔法を使っている。
つまり、許容量を超える攻撃をすれば、問題ないのだ。
問題はないが、普通はそんなことをしない。
そして、まだ普通の域にいるマリンは、捉えた反応の近くで一度止まり、辺りを探る。
硬いものが何かを削る音を拾う。
(確かに獣型だけど、ケロベロスなのね。とりあえず、やっちゃおうかしら)
大きさとしては一軒家程で、同型の魔物の中では小型だが、見た目と強さは比例しない。
マリンは強化フォームとなり、一気に跳ぶ。
「一ノ太刀・月閃」
上空から首を切断する様に落ちていく。
しかし、寸前でケロベロスはマリンに気付き、首を振り上げて回避する。
着地したマリンは刀を返して、切り上げる。
飛び退いて回避されそうになるが、刀身に魔力を込めて伸ばす。
「まずは首1つ」
斬り落とされた首が塵となり消えていく。
3つの内の1つが斬られた事で、ケロベロスは激昂して、口から炎弾を撃ち出す。
当たればそれだけで消し炭になりそうだが、マリンは一息で斬り飛ばす。
2つの首から交互に撃たれる炎弾を斬り裂きながら、マリンは距離を詰める。
片方の首が溜めに入った所で空に跳び上がり、二振りの刀を1本の大太刀に変化させる。
「絶刀・夢幻」
巨大になった刀をケロベロスに向かって振り落とす。
溜めていたほうの首が先程の数倍はある炎弾を、マリンに向かって撃ち出す。
しかし、炎弾は刀に当たるとそのまま四散する。
ケロベロスを呑み込み、地面に大きな爪痕を残す。
マリンは地面に着地して強化フォームを解除する。
「まあ、こんなものかしら」
刀を鞘に納め、結界が解けるのを待つ。
瓦礫が散乱した市街地から、雪景色に戻る。
再び端末が鳴ったので、マリンは通話に出た。
『お疲れ様。急に悪かったわね。ついでで悪いんだけど、出来れば明日はネイルと一緒に、拠点に来てね。それじゃ、おやすみなさい』
言いたいことだけ言い、白橿は通話を切る。
マリンはため息を吐き、スターネイルにメールを送っておく。
直ぐに返信があり、待ち合わせ場所と時間を決める。
やる事を終えたマリンは、家に帰る。
明日スターネイルに何を聞くか考えながら、眠りにつくのだった。
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