魔法少女が殺した一般人

 冬の夜は早い。


 それは魔物が蔓延る今も変わらない。


 人は夜になれば家に帰り、夕飯を食べて寝るのが普通だが、夜になっても魔物が休むことはない。


 魔物が出現するって事は、魔法少女も働かなければならない。


 魔法局の魔法少女は交代で働いているみたいだが、少女が夜勤で働いてると思うと、時代の変化を感じる。


 出来れば体力の続く限り戦いたいが、多摩恵の家に居候している身として、夕食前に帰らないというのは、多摩恵に申し訳ない。


 そして、一度帰ればその日の討伐は終わりだ。

 大体18時位に討伐を切り上げて、家に帰る。


 まだ家の明かりは点いていないので、多摩恵はまだ帰って来てなさそうだ。

 

 変身を解くと、急激に寒さが身に染みる。

 暖房を点けた後にお湯を沸かし、ほうじ茶を淹れる。


(ナイトメアの件以外は、今日も問題なく終わったな)


『それが一番問題な気もするけど、いざとなれば排除すれば良いからね。ハルナの行動を邪魔するならいない方がマシだし』


 珍しいというか、アクマは俺の事となると、たまに過激になるな……。

 基本的には魔法少女は助けようってスタンスなのに、邪魔なら排除するって……極端な奴だ。

 

(明日1日だけだろう? どうせ世界中を飛び回らないといけないんだし、明日はロシアを重点的に回ると思えば、悪い話でもないだろう)

 

『そうだけど、無理だけはしないでね』


(了解)


 しかし、少女の1人暮らしで一軒家は広く感じそうだな。

 平屋ならともかく、二階建ての4LDKだから、家族で住むなら丁度良かったのかもしれない。


 しばらくほうじ茶を飲みながら、ソファーで寛ぐ。

 将来は縁側で珈琲でも飲みながら、本を読む生活を送りたいと思っていたが、今となっては叶わぬ夢だな。

 一応金だけはあるが、既に寿命は10年短くなり、余生を送る様な時間は無いだろう。


 いや、もしもそこまで生き残れたとしても、そんなつまらない終わり方は望まない。

 いっその事、魔女の代わり、俺が世界に喧嘩を売るのも面白いかもしれないな。


 ――そんな未来は、流石にないか。

 

「ただいまー」


 少しうとうととし始めた所で、多摩恵が帰って来た。

 危うく昨日と同じく、寝てしまうところだったな。


 少し疲れた様な、暗いような雰囲気を纏って多摩恵が入って来た。

 

「おかえりなさい。今日は大丈夫でしたか?」

「うん。ちょっと色々とあったけど、大丈夫だったよ。直ぐに夕飯を作っちゃうね」


 ……何だろうな、この感覚。やはり、これは完全にヒモだよな……。


 あるいは、介護されてる爺かな? ほうじ茶を飲んでいるし。


 少しすると、キッチンの方から良い匂いが漂ってくる。

 

「お待たせ。今日は親子丼よ」

「ありがとうございます」


 2人で「いただきます」をして、食べ始める。

 学園や、沼沼で食べたのと同じくらい美味しい。


 しかし、今日の多摩恵は妙に静かだな。

 

 そのまま夕飯を食べ終わり、食後になる。


 食後のココアを持って来た多摩恵が向かい側に座る。

 

 その顔は、覚悟したような凄みがあった。

 

「ねえ風瑠」

「どうかしましたか?」


「――風瑠の本当の名前って何?」


 ……本当ね。早瀬ハルナの事か、それとも榛名史郎の事か。


「私の名前は風瑠ですよ。それ以外に名前は……」

「いいの。私ね、気付いちゃったんだ。ううん、違うわ。今でも確信がある訳じゃないの。だから、正直に答えて」


 苦しいような、悲しいような顔を多摩恵はする。


 何の事と問うのは、野暮だろう。


「それで、何ですか?」

「9月25日の夜に、はどこに居たの?」


 家の屋根から、雪の塊が落ちた音がした。


『これはバレてるね。どうするの? 私の事以外なら、何を話しても構わないよ』

 

(そうだな。本当の俺にたどり着いた褒美として、教えてやっても良いが、どうしたものか……)


 俺は既に死んだ存在だ。


 最初の頃は未練タラタラでスターネイルやブルーコレットに思う所はあったが、それも過去の事だ。


 俺はハルナ――イニーフリューリングとして生きると決めたのだ。


 ここで多摩恵に正直に話しても、暗い雰囲気になるだけで、何の得にもならない。


 だが、多摩恵の眼には迷いがない。言葉では確信がないと言っているが、本当は確信しているのだろう。


「――多摩恵が私を見つけた公園……と、言えば満足ですか?」


 多摩恵の目から、静かに涙か流れる。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「榛名……史郎さん」

「ええ。あなたたちに巻き込まれて殺された、一般人の榛名史郎です」


 瞳が揺れ動き、言葉が続かないのか、口をパクパクと動かす。


「落ち着いてココアでも飲んで下さい。私は逃げませんよ」

「――でっでも、私は……私は!」

「私は別に恨んではいませんよ。そうでなければ、一緒にいないでしょう?」


 多摩恵がどれだけの罪悪感を抱えているか分らない。

 普通の人なら、どう思うのだろうか?


 魔法少女という理由でスターネイルとブルーコレットは軽い罪で済んでいるが、世間の目は厳しかったはずだ。

 これまでの不安定な精神も、そこに起因していると思う。


 そして、死んだと思っていた俺が目の前に現れた。


 どう……思っているんだろうな……。


 俺もブルーコレット――人を殺したが、罪悪感や嫌悪感も、何も感じなかった。

 強いて言うなら、少し哀れに思ったくらいだ。

 

 殺したはずの人間に殺され、その人間が忌むべき魔法少女だった。

 

 結局俺を恨みながら、あいつは死んだ。

 

「――恨んでいないんですか? 私と奈々はあなたを……」

「当時は思う所もありましたが、今は何も思っていませんよ」


 こんな時に笑ってやる事が出来れば良いのだが、この身体は上手く感情を表す事が出来ない。

 

「多摩恵がこれ以上気に病まなくても良いですよ。確かにこんな姿になってしましいましたが、私は生きているんですから」


 多摩恵に近づき、頭を撫でてやる。

 

 全ては終わった事だ。これ以上気にしなくて良い。


「いつ、私だと分かったのですか?」

「マリンちゃんがね、イニーの変身前の髪の事を話してくれたの。それと、コレットが最後にイニーの事をよろしくって……それで……それで」


 なるほど、点と点を集めて線にしたのか。そして、確信を持ったから俺に尋ねたと。

 全く、黙っていれば後数日で別れて終わるはずだったのに、馬鹿な事をする。

 

 ぽたぽたと涙が零れ落ち、跡を残す。


 出来れば、誰かの思い出に何かにはなりたくない。俺の事など、忘れてしまった方が良い。

 

「あの日の事は忘れてしまいなさい。もう終わった事ですから」

「本当に……良いの? 私はあなたを……」 

「ええ。ですが、もしも気にするというなら、これからも魔法少女として頑張りなさい。今の世には、まだ魔法少女が必要ですから」


(魔女を倒したら、魔物って消えるのか?)


『今みたいに異常な数の出現はしなくなるけど、完全には消滅しないと思う。それに、この世界の魔女を倒しても、まだまだ魔女は残っているからね。元となっている魔女を倒さない限り、終わりはないよ』


 終わりは始まりにしか過ぎないって事か。


 まあ良いさ。平和など、どこにも存在しないのだろう。


 その方が、俺にとっては都合が良い。


 だが、多摩恵に素性がバレてしまったし、お暇するか。


「さて、こんな中身が男の少女と一緒では、多摩恵も気味が悪いでしょう」


 泣いてる多摩恵から離れ、玄関に向かう。今日はどこかのホテルに泊まるかな。

 幸い身分証はあるので、追い出されることはないだろう。


「待って!」


 後ろから、多摩恵が俺の服を掴む。


「私を置いてかないで! 今あなたが――風瑠がいなくなったら私は……もう、誰もいないの……」

「どちらにせよ、後数日で出て行く予定だったのです。それが少し早くなっただけです。全て忘れてしまいなさい。ただの、泡沫の夢だったんだと思いなさい」


 多摩恵の手を振りほどいて……ほどいて……。


 俺の力では振りほどく事が出来ないか……。

 

「――はぁ。私はこんな見た目ですが、中身は男なんですよ? 気持ち悪くないんですか?」


 多摩恵は首を大きく振り、髪が乱れる。

 精神状態は、俺と初めて会った時位不安定になっていそうだ。


「そんなの関係ないよ! 風瑠の言葉が! 風瑠の思いがあったから! イニーが助けてくれたから……」


 多摩恵は俺にしがみ付いて、離そうとしない。

 一応だが、多摩恵を振り払う方法はある。


 第二形態になれば、人並み以上の力があるので、そのまま出て行くことは出来る。


 或いは魔法で吹き飛ばしてもいいだろう。


 しかし一宿一飯の恩がある手前、なるべく乱暴な事はしたくない。


(どうしたもんかね? このまま出て行っても良いが、今にも自殺しそうな少女を放置するのも、後味が悪い)


『好きにして良いよ。ハルナが許しているなら、私からは何も言わないよ。ただ、人の命はハルナが思っている以上に重いんだからね? 一度失えば、二度と戻ってこないんだから』


 この身体の前の持ち主や、アクマの能力を思うと、随分と重たい言葉だな。

 

 俺も命の重さはよく知っている。だが、自分の事となると、どうしても軽くなってしまうのは何でだろうか?

 別に自暴自棄って訳ではないが、あまり感情が動かない。


 大切なものを失い、俺自身もあの公園で一度死を受け入れたせいかもしれない。


 さて、どうしたものか……。


 多摩恵が最低な奴なら、苦労しなかったが、仕方ないか。

 

「分かりました。約束の日までは一緒に居ます。ですから、もう泣かないで下さい……」

「本当? 本当にいなくならない?」

「本当ですよ。ほら、ちゃんと座って。ココアを淹れて上げますから、待っていて下さい」


 多摩恵を立たせ、椅子に座らせる。随分と時間が経ってしまって、ぬるくなったココアを新しく淹れ直し、多摩恵に渡す。


「ありがとう……名前ってハルナと風瑠のどっちで呼べば良いかな?」

「好きな方で良いですよ。どちらも偽名ですからね。私の事を他に誰かに話したりしましたか?」

「誰にも話してないよ。それに、話しても誰も信じてくれないだろうし……」


 まあ、死んだと思われる人間が少女になって、魔法少女をしてると言われても、信じようがないよな。

 もしも俺が言われたとしたら、病院を紹介するだろう。


 多摩恵もよく信じようと思ったものだ。

 

「そうですか。――ブルーコレットを殺した私を恨まないんですか?」

 

 スターネイルの相棒であり、友達と思われる魔法少女。ブルーコレット。


 仕方なかったとはいえ、殺した俺をどう思ってるんだろうな。

 

 何となく気になり、聞いてしまった。

 多摩恵は悲しそうな顔をする。

 そして、一口ココアを飲み、喉を潤した。

 

「悪いのは風瑠じゃないって分かってるから、恨んでないよ。ただ、出来れば自分の手で決着を着けたかったかな……」


 決着ね。俺の事で悩んでいた多摩恵が、親友をその手に掛けて、まともな精神を保っていられるんかね?

 罪悪感に押しつぶされ、そのまま自殺でもしてしまいそうな気がするな。

 

「多摩恵が手を汚す必要は無いですよ。私で後悔しているなら、上の者に任せなさい」

「でも、コレットだけは……私が……最後は私がやりたかったよ」


 縋るような、願いを込めたような想い。

 だが、手を汚すのは常に大人の役目だ。

 その苦しみは、魔法少女としての階段を上がる、重要なカギとなるだろう。


 マリン。ミカちゃん。スターネイル。


 苦しみ、耐え抜いた者なら高みに上り、ランカーになる事も出来るだろう。

 

 どうか、いなくなる俺の代わりに、世界を守って欲しいものだ。


 そして、いつかは俺の前に……。


『ハルナ?』


 おっと、少し気が飛んでたな。


(何でもない。気にするな)


「でしたら、次がないように精進しなさい。ほら、ココアを飲んだらお風呂に入って、今日は寝てしまいなさい」


 頷いて、潤んだ目をこちらに向ける。

 頭の中がぐちゃぐちゃなら、一度寝れば良い。


 そうすればリセットされて、冷静な思考が出来るようになるだろう。


「……お風呂、一緒に入ろ?」


 何を言ってるのでしょうか?


 多摩恵はこちらを少しの間見つめた後、馬鹿な事を発言した。


「先程も言いましたが、私はこんな見た目ですか、男なんですよ? 年頃の少女が何を言ってるんですか……」

「風瑠は風瑠だもん。中身は関係ないもん」

「ありますよ。世間的に赤の他人の大人が少女とお風呂に何て入れば犯罪者です」


『戸籍上ハルナは11歳の少女だよ?』


(残念ながら、中身は26の男だ)


 いや、肉体は無いし、既に死んだことになっているが、それでも俺は俺だ。


「それと、今日からはソファーで寝るので、そのつもりでお願いします」

「やだ」

「やだじゃありません」


 1人で寂しいのは分かるが、俺の素性が分かったのだから、普通は一緒に寝たくないと思うものじゃないのか?

 良い感じに脂ののった男だぞ?


 多摩恵の頬が徐々に膨らんでいき、いかにも不機嫌といった態度をとる。

 

 その頬を突っついてやろうか?


「今までも一緒に寝てたんだから、それ位は良いじゃない」

「駄目です。今日からは1人で寝なさい。ほら、早くお風呂に入って来なさい。明日も魔物の討伐があるのでしょう?」


 ぐだぐだとしている内に 俺も多摩恵もココアを飲み終えたので、1人で入るように急かす。


 何だがマリンとは別の意味で恐怖を感じるが、最低限約束の日にちだけは守ってやろう。

 

 居場所さえ見つからなければ、寝床はどこでも構わないからな。

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