魔法少女は懇願される

 網を張っといて良かった。


 アクマに頼んで、一部のランカーの位置を追ってもらってたが、1人の反応が不自然に消えたのだ。

 

 現場に転移したら魔女の結界が張られていたので、アクマが結界に穴を開けそこから侵入した。


 まさかこんなに早くて引っ掛かるとはな。


 だが、魔女の結界は侵入に時間が掛かってしまう。

 これだけは不便だな……。


(全員の情報を頼む)

 

『相手の1人は置いといて、もう片方の名前はオルネアス。弓使いだよ。それと、狙われてるのはロシアの8位で魔法少女ナイトメア。双剣と闇属性の魔法を得意としてるよ』

 

(情報どうも)


「助けはありがたいですが、あなたは誰ですか?」


 おっと、今は第二形態に変身しているため、俺がイニーフリューリングとはバレていない。

 まあ、相手は知っているだろうから、あまり意味はないかもだけどな。

 

「私の事は気にしないでください……久しぶりですね、ロックヴェルト」

「そっちはまた姿が変わってるわね。全く、後少しって所だったのに、邪魔してくれるわね」


(結界の浸食は進んでるけど、ロックヴェルトが居るとあまり意味がないんだよねー)


 結界をこっちで掌握しても、ロックヴェルトなら自分の魔法で逃げる事が出来る。


「ほう。あんたがイニーフリューリングか。確かに情報と違ってるね。私は……」

「オルネアス……でしょう?」


 両端が刃物になってる弓か。

 接近戦もそれなりに出来そうだな。

 

「――へぇー。面白いじゃん」


 後ろで驚いているナイトメアの回復は後回しで良いだろう。どうせこの状態第二形態では回復魔法は使えない。

 

「あなたがイニーなの? でも、姿がまるで……」

「相手のハッタリですよ。私が魔法を使えるように見えますか?」


 今の俺は剣しか持っていない。


 見た目も魔法主体の魔法少女には、見えないだろう。


 だからジッと俺を見るな。


 そんなやり取りをしていると、オルネアスの手が僅かに動くのが見えたので、斬り掛かる。


 オルネアスは特に驚くことなく、バックステップをして矢を番える。


 ロックヴェルトが オルネアスを守るように間に入ってくるが、馬鹿正直に相手をする必要もない。


 幻影ミラージュ


 愚者の力を取り込み、アクマが完全体になった事で、使えるようになった技だ。


 悪魔の能力で魂の残滓を作ることで、本物と見間違う幻影を作り出すことができる。


 幻影をロックヴェルトに向かわせ、ロックヴェルトを飛び越えてオルネアスの懐に飛び込む。


「なっ! 幻影か!」


 狙うは心臓への一突き。


 オルネアスは仰け反りながら弓の端で剣をそらす。


 そして、番えていた矢を放つ。


 直ぐに引いて矢を避けるが、続け様に矢を撃ってくるので、叩き落とす。


(隙を突いたと思ったが、駄目か)


『出来れば薬を使われるか、逃げる前に仕留めたいけど、ロックヴェルトが邪魔だね』


 後ろから斬り掛かってくるロックヴェルトの剣を受け流し、オルネアスの矢を避ける。


「地剣・地砕き」

 

 剣で地面を砕き、大量の礫を飛ばす。


 ロックヴェルトが怯んだ隙に再びオルネアスと距離を詰め、オルネアスが矢を放つ瞬間に空へ跳ぶ。


 空中に障壁を展開し、足場にして飛び回り、かく乱する。


「……コメットアロー」


 オルネアスが頭上に矢を放つと、流星の様な矢が雨の様に降ってくる。

 

 当たればそれなりにヤバそうだが、その前に仕掛けるとしよう。

 

『8割掌握完了。これでオルネアス単独では逃げられないよ』

 

(良いタイミングだ)


 剣に大量の魔力を流し込む。すると、剣が禍々しい光を放つ。

 

 剣の変化に気づいたオルネアスの目が開き、服装が変わり始めた。

 強化フォームになったようだが、この一撃を受けきれるかな?

 

 そうだな、名付けて……。

 

悪魔の大鎌デス・サイズ

 

 三日月の様な。或いは大鎌の様な黒い斬撃をオルネアスに向かって放つ。


 オルネアスの周りに魔法の矢が大量に浮かび、それが一斉に此方を向く。


「アルティメットアロー!」


 オルネアスが放った矢を中心にして、ビームの様な矢が、飛んでくる。


 しかし、悪魔の大鎌は全てを呑み込んで、進んで行く。

 

 やはりこちらの姿の方が、魔法少女相手には戦いやすい。

 

 このままオルネアスを斬り裂けるかと思いきや、オルネアスの足元に切れ目が現れて、落ちていく。


 間の悪い奴だな。

 

「断空・ホークスラッシュ」


 ロックヴェルトに通常の斬撃を飛ばす。

 だが、俺が攻撃をしてくると分かっていたのだろう。ロックヴェルトは自分の前に大きな次元の裂け目を展開していた。


 だが、許容出来る威力ギリギリらしく、ロックヴェルトは歯を食いしばって耐えていた。

 そして、ロックヴェルトの後ろに、オルネアスが現れる。


 こちらも、強化フォームになったのに俺に歯が立たなかった事を気にしているのか、かなり不機嫌そうだ。

 

「――また強くなったみたいね」

「運良くアクマが完全に復活しましてね。御覧の通りです」


 まあ、今の形態はアクマとはそんなに関係は無いが、嘘ではないいだろう。

 

 ロックヴェルトは剣を構え、オルネアスは弓と空中に浮いてる矢をこちらに向ける。


 ああ。楽しいなぁ……。


 この前のブルーコレット戦は正直不完全燃焼だったから、こんな真面目な戦いは楽しくて仕方がない。

 

 出来ればここで2人共仕留めてしまいたいが……。

 

 ロックヴェルトの口元が動き、何かをオルネアスに告げる。


 そして、オルネアスは更に苦々しい顔をする。

 

 オルネアスは先程の様に、大量に矢を放ってくるが、障壁でそらす。


 直ぐに距離を詰めようとするが、ロックヴェルトが裂け目を出して、2人で裂け目に落ちて行った。


 逃げたか。

 

(やはり、ロックヴェルトが居ると面倒だな)


 逃げたロックヴェルトを追う手段はこちらにはない。


 少しでも時間があれば、ロックヴェルトは直ぐに逃げる事が出来る。

 

『ロックヴェルトは逃げる時に何かしているみたいで、痕跡が追えないからね。とりあえず、1人の魔法少女を救えた事を喜ぼうよ』


 助かろうが、助からまいがどちらでも構わないが、それを言うとアクマが煩いので黙っておく。


 しかし、前に戦った 晨曦チェンシーに比べると、そこまで強くなかったな。

 晨曦が破滅主義派の中でも強いのか、それともオルネアスが弱いのか。


 まあ、距離を取られた状態で戦い始めてたら、それなりに面倒だったかもしれないな。

 

「助けてくれてありがとう。名前はなんて言うの?」


 ナイトメアは結構酷い怪我をしているが、それを感じさせない足取りで近づいてくる。


 吸い込まれそうな黒い髪と目は、何となくマリンを思い出すな。


「気にしないで下さい。それでは」


 この形態は確かに魔法少女相手に有利だが、魔力の消費が激しい。

 一度間を開ければ、魔力を回復出来るとはいえ、休む時間が必要になる。


 さっさと結界を出て、次に備えよう。


 そのままアクマの能力で結界の外に出ようとすると、ナイトメアに服を掴まれた。


「……何ですか?」

「あなた、ロシアに来ないかしら?」


 なに言ってるんでしょうね?


「馬鹿言ってないで、治療のために早く帰った方が良いですよ」


 振り払おうとすると、少し涙目になった。

 

「お願い。ランカーも減って、大変なのよ。このままあいつらに攻められ続けると、みんな殺されちゃうのよ」

「ランカーなのに、なに弱気なこと言ってるんですか。人に頼むくらいなら、自分たちで頑張りなさい」

 

 8位――日本だとジャンヌさんと同じになるが、ジャンヌさんは別枠だろう。


 ランカーとは、その国を代表する魔法少女だ。


 昔で言うなら、オリンピックの選手と言ったところだろう。

 国民のヒーロー的存在が、名も無い魔法少女に助けを求めてはだめだろう……。


「私だって、こんな事は頼みたくないわよ……。だけど、このままじゃあいつらや、魔物に国を蹂躙されちゃうの!」

「私1人増えたところで何も変わりませんよ。それに、大変なのはあなたの国に限った話ではないでしょう」


 昨日は途中でマリンたちの救援に行ったとはいえ、数百匹倒している。

 今日も既に同じくらい倒していた。


 ざっくりとした計算だが、俺1人で通常の魔法少女数十人分くらいの仕事をしている。


 結界が展開されるB級以上は手が出せていないが、それなりの助けにはなっているはずだ。

 振り払って転移しようとしたら、今度は足にしがみ付いて来た。

 こいつにランカーとしてのプライドはないのか?

 

「そこを何とか! 1日だけでも良いから! 私の身体を好きにしていいから!」

 

(……どうする?)


『今回の件で、ハルナが動き始めた事を、向こうにも伝わっただろうし、少しは時間に余裕があるんじゃないかな?』


 仕方ない。今日は無理だが、明日1日付き合ってやるか。

 

 無視しても良いが、ある事ない事言われても困るしな……いっその事助けなければ良かったかもしれない。

 

「――分かりました。今日は無理ですが、明日1日付き合って上げますので、今は帰って下さい」


 ナイトメアはやっと俺の足を離し、笑顔になりながら立ち上がる。


 何だかスイープを思い出すな。あいつも結構感情の起伏が激しかったな。


「本当よね? もしも嘘だったらあなたの事言いふらすからね! ……ところで、名前は何なの?」

「諸事情で公式サイトマジカルンには登録してないので、名前はありません。アヤメとでも呼んでください」

 

 あの時の偽名を、また使うことになるとは思わなかったな。

 偽名と言っても俺にとっては馴染み深く、忘れる事のない魔法少女の名前である。


「アヤメね。今日の所は引き下がるけど、絶対明日来るのよ! 来てください!」

「分かりましたから頭を上げて下さい」


 直角90度のお辞儀とか久々に見たな。

 

 何だか調子が狂う奴だ。


 ランカーだしそれなりの年齢だと思うのだが、何だか反応が若く感じる。


 いや、単純に俺の年齢が高いだけか? 一応三十路になるし、今年で27歳だ。

 

「それと、私は妖精界には行けないので……そうですね、ペテルゴフ大宮殿辺りにしましょうか。今から18時間後で良いですか?」

 

 あまりこの姿で人前に出たくないが、観光地なら人も多いだろうし、あまり目立たないだろう。


「ありがとう!」

「それと、もしもあなた以外の魔法少女が居た場合私は帰るので、かならず1人で来てくださいね」

「分かったわ。あっ、私の名前は……」

「ロシアの8位で、ナイトメアでしょう?」


『追加情報だけど、ナイトメアの掲示板を覗いた感じ、結構問題児? 優等生? っぽいよ。ついでに20歳みたい』


 俺より年下だが、いい大人だな。


 問題児ってのが気になるが、後で良いだろう。


「そうよ。1対2だから負けそうになったけど、1対1なら問題なかったんだから。でも助けてくれて本当にありがとう」


 悔しそうに拳を握り、横を向くいた後に、花の咲いたような笑顔をする。


 美人ではあるのだが、先程の醜態のせいで、全く感情が揺れない。

 

「そうですか。それではまた明日」


 結界から転移で外に出る。結界は既にアクマが完全に掌握したので、ついでに解除もしておいた。


 一度変身を解いて、魔力の回復をアクマにしてもらう。


(結界の解析はどうだ?) 

 

『駄目だね。2人分のリソースを使って調べても、結界を追うのは無理そうだよ。それに、これ自体が使い捨てで、1つ1つが違うパスワードを使っているようなものだから、今以上に早く結界に侵入するのも難しいね。ついでに、結界自体のサーチも無理っぽいね。前回や今回みたいに追跡している魔法少女が襲われないと探すのは厳しいかな』


 これだけの結界すら使い捨てで、しかも個別のプロテクトまであるのか……。


 一体魔女は誰なんだ? 明らかに技術レベルや魔法の使い方が、進みすぎているぞ。


(魔女の正体を教えて貰う事って、やっぱり無理なのか?)


『ごめんね。規制に引っかかるから言えないんだ』


(そうか。まあ、聞いてみただけだから、気にしないでくれ)


 さて、それなりに魔力も回復したし、討伐を続けるか。


「変身」


 白いローブを纏い、杖を持つ。


 さあ、狩りの時間だ。


 ――そういうえば、第二形態だとほとんど魔物と戦えないんだよな……まあ、どうにかなるかなるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る