魔法少女の大晦日

 家の前まで帰って来た多摩恵は、明かりが点いているのが見え、少し頬が緩くなる。

 明かりが点いているということは、風瑠が家に居るのだ。


 傷心の多摩恵にとっては、風瑠は唯一の癒しと言って良いだろう。


「ただいまー」


 玄関を開けて家には居るが、返事がない。 

 リビングに行くと、僅かに甘い匂いがした。


「風瑠?」


 呼んでみるが、返事がない。

 悪い予感が頭を過るが、テーブルの上にマグカップが見えた。


「――なんだ。寝てたのね」


 風瑠はソファーで寝ていたのだ。


 多摩恵は胸を撫で下ろして、台所に向かう。

 起こしても良かったのだが、これから夕飯を作るので風瑠には寝てもらってた方が良かったのだ。


 風瑠は多摩恵がご飯を作ろうとしたり掃除をしていると、多摩恵に手伝いを申し出てくるのだが、多摩恵は風瑠に任せるのが嫌だった。


 風瑠が多摩恵より年下なのもあるのだが、こんな小さい子に何かをさせるのが、多摩恵は嫌だったのだ。


 つまり、姉ぶりたかったのだ。


 コンロには牛乳の入った鍋が置いてあり、風瑠の気遣いに多摩恵はクスリと笑う。


 そして、ソファーで寝ていた理由に思い至り、安心する。


(私の帰りを待っていてくれたんだ)


 多摩恵は温かい気持ちになりながら、夕飯を作る。

 メインとなるのは、風瑠が食べたいといったきつねうどんだが、折角の大晦日なので、海老天も作る。


 多摩恵が料理をしていると、風瑠が姿を現した。


 風瑠の眼は初めてあった頃と変わらず、濁って淀んでいるが、その眠そうな様子を見ると、多摩恵は笑いが出そうになった。

 

「手伝いましょうか?」

「大丈夫よ。もうすぐ出来るから、リビングで待っててね」


 風瑠は「そうですか」と言い、リビングに戻って行った。

 

 そう言えば、イニーは見た目の割に大人びいていたなと、多摩恵は思い出した。


(でも、魔法少女じゃないって言ってたし、あの時の人は男の人だったはずだけど――)


 何かが引っかかるが、答えが出ない。


 ブルーコレット。スターネイル。イニーフリューリング。榛名史郎。


 そして、ブルーコレットの最後の言葉。


 後1つ、何かピースがあれば……。


 多摩恵は悩みながらも、夕食を作り終えて、リビングに運ぶ。


「お待たせ。お願いされてたきつねうどんよ」


 ブルーコレットの事を忘れようと、多摩恵はなるべく笑顔を保つようにする。

 

 多摩恵と風瑠に、残された時間は少ない。


 



1





 俺としたことが、寝落ちしてしまうとは思わなかった。


(起こしてくれても良かったんだぞ?)


『ぐっすり眠ってたから起こすのは悪いと思ってさ。どうせ起きても待ってるだけだしね』


 ……否定が出来ない。


 手伝おうとしたら、拒否されたしな。


 それにしても、愚者もそうだが悪魔の能力も凄いものだったな。


 しかし、制限時間がネックとなる。


 それにアルカナの力が強力とはいえ、これまでの契約者たちは勝てなかったのだ。

 魔女に勝つには、更に何かが必要なのだろう。


 アルカナの同時開放……或いは第二形態でのアルカナの使用。

 幾つか候補はあるが、問題は俺の身体が持たない可能性が高いって事だ。

 いっその事、身体を作り変える方法があれば良いが、それではあのブルーコレットと同じ様なものだからな。

 

 流石に人としての姿を捨てる気は無い。


(もしもだが、愚者と悪魔の能力を同時に使った場合、どうなる?)


『前例がないから分からないけど、やらない方が良いよ。もしやるなら死ぬ覚悟が必要だよ』


(そうか。使うにしても、最後の最後の大博打で使うとするさ)


『……うん』


 この感じ、俺が使うと分かってるな。

 どうせ、アルカナ1人分の能力では勝てない敵が出てくると、分かってるのだろう。

 殺されるくらいなら、せめて全力を出してから死にたい。


 死ぬその瞬間まで抗うと、契約してるからな。


「お待たせ。お願いされてたきつねうどんよ」

「ありがとうございます」


 アクマと話して時間をつぶしていたら、夕飯が出来たみたいだ。

 今日は、この夕飯の為に頑張ったからな。


 メインとなるきつねうどんと、海老天とローストビーフ。


「さあ、先ずは食べましょう。いただきます」

「いただきます」


 おお、油揚げが甘い! 個人的には嬉しい。

 流石にローストビーフは買って来たものだが、海老天は揚げたてて美味しい。

 

「ねえ、風瑠は今日何してたの?」

 

 何をか……。


「知人……に会いに行ってきました」

「知人? ――どうやって? ここら辺の交通手段は、車かテレポーターしかないんだよ?」


『墓穴を掘ったね』


(そう言えば、ここら辺ってほぼ山だもんな。バスや電車などがあるわけない)


「歩いてですよ。そんなに遠くなかったので」

「ふーん」


 もしや、ブルーコレットが死ぬ前になにか話したか? 

 それなら直接聞いてくるはずだ。ただ不思議に思っただけだろうか?


「このローストビーフは買ってきたのですか?」

「これ? うん。魔法局の中にあるお店で買ってきたの」

 

 そう言えば、東北支部の中にもお買い物コーナーがあったな。

 結構色々と売っていた気がするが、北関東支部にもあるのか。

 

 まあ、魔法少女や職員以外にも、妖精界に行く人間が使用するのだ。

 駅みたいに売店や買い物コーナーがあってもおかしくない。


「なるほど。味的に海老天は多摩恵が揚げたのですか?」

「うん。油の処理ががちょっと面倒だけど、折角の大晦日だから、作ったの」


 揚げ物は作るのは簡単だが、油の後処理が面倒なんだよな。

 1人暮らしだと滅多作らない。


 何だか無理をさせて悪い気がするが、折角作ってくれたのだ。


 美味しく食べよう。


 ゆったりとした時間を過ごすが、時間が経つにつれ、多摩恵の笑顔が陰っていく。


 そして、夕食を食べ終えた。


「ねえ」

「何ですか?」

「何で、なにも聞かないの?」

 

 既に結果を知っているし、多摩恵にとっては面白い話ではない。

 自分から話すならともかく、俺から聞く気はない。


「多摩恵の雰囲気で、大体の結果は分かりますからね。辛いですか?」

「……うん。すっごく辛いんだ。けど、やりたいこと……やらなければいけない事が出来たから、頑張るんだ」

「そうですか……」

 

 やりたいことね。あまり良い予感がしないが一体なんだ?

 

「それは一体?」

「魔女を……破滅主義派を倒すの」

「――多摩恵には無理ですよ。倒すどころか、勝負にもなりませんよ」


 B級すら苦戦するスターネイルでは、戦う以前の問題だ。

 せめて、マリン位強くならなければ話にならない。


 多摩恵はムッとするが、直ぐに悲しそうな表情になる。

 自分でも分かってるはずだ。

 手も足も出ないって事を。


「……分かってるよ。自分が弱いって事は。でも、許せないんだ。奈々をあんな風にした、あいつらが」


 俺にとってはただの他人だが、多摩恵にとってブルーコレット――奈々は親友だった。


 親しい人が死んだ苦しさは、俺にも分かる。

 ましてや事故ではなく、殺されたのだ。


 復讐をしたい。相手を許せない。


 ――たがな、多摩恵。


 昔の俺や、お前にはそんな力は無いんだ。


「魔法少女は、想いが力になるそうですね」

「……それがどうしたの? そんなのただの噂だよ?」

「噂ではなく、本当の事ですよ。――もしも本当に多摩恵が復讐を望むなら、乞い願いなさい。ただし、後悔だけはしないようにしてくださいね」

 

 まあ、多摩恵が復讐をしようとする相手は、俺の獲物だ。

 1人として譲る気はない。


「――風瑠は一体何を知ってるの?」

「さて、私はただの一般人ですよ。私には何の力もありません」

「一般ねー。けど、さっきの言葉は覚えておくね」

 

『本当に嘘ばっかりだね』


(大人ってのは嘘を吐いてなんぼだろ? それに、こいつを死なせる必要もない)


 今は弱くても、覚悟の決まった魔法少女ってのは大成するもんだ。


 もしもM・D・Wの時と同じ様子ならどうなろうと構わないが、何の因果かこんな状態になっている。


 一宿一飯の恩くらい返さないと、バチが当たるだろう。


「多摩恵は、初詣とか行ったりするのですか?」

「初詣? 近くに神社はあるけど、過疎化でそれらしいことはやってないのよね。あっ、去年は奈々ちゃんと初日の出を見に行ったけど……」


 多摩恵は一瞬何かを思い出したのか、笑顔になったが、すぐに落ち込む。

 感情の落差が激しいな……。


 初詣と言っても、この雪だと明日行くのは無理そうだな。

 多摩恵に連れてって貰うにしても、この状態だと寒いので嫌だ。


 まあ、明日も忙しい日になるので何もせずに寝るのが正解だろうな。


「この雪だと、普通に外に出るのは大変ですし、今日は早めに寝ましょう。多摩恵も疲れてるでしょ?」

「うん。今日も一緒に寝ようね」

「……はい」


 断った所でどうせ引きずられて、ベッドに引きずり込まれるのだ。


 時には諦める事も必要だろう。

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