託される魔法少女

 戦いが終わったと思った2人は直ぐにブルーコレットの下に駆けて行った。

 

「コレット……」

「逃げるなって言ったのに……イニー……許さないんだから」

 

 スターネイルとマリンがブルーコレットの所に駆け付けている間に、イニーは姿を消してしまった。


 イニーが見せた黒い姿や、これまで一体何処に居たのか、聞きたい事は沢山あったが、残されたのは死に掛けているブルーコレットだけだった。


「無様なものね……結局、あいつにも勝てないなんて……」

「今助けるから、直ぐに病院に……」

「いいのよ。私はもう、助からないから……」

 

 ブルーコレットは、自分が助からないと分かっている。

 身体の中から、大事なものが失われている感覚があるのだ。

 そして、それはイニーのせいではなく、自分が飲んだ薬のせいだと……。


 あれだけの力を手に入れたのだ。


 副作用があっても、おかしくないだろう。


 冷静になった今だから分かるが、先程までの自分は、まるで魔物の様だったと、ブルーコレットは思った。

 

 マリンはそんなブルーコレットを険しい眼で見る。

 

「――あの力は一体どうしたんですか?」

「……魔女よ。薬を飲めば強くなれるって言われて……飲んだわ」

「そう……ですか」


 マリンはなぜブルーコレットが選ばれたかの理由を考える。


 魔女の仲間のリンネが、イニーを狙っていることをマリンは知っている。


 最終的にイニーはこの場に現れたが、それは偶然だ。


 スターネイルに限っては、破滅主義派と会ってすらいない。


 目的が全く分からない……。


「ねえネイル」

「――なに? コレット」

「あいつを……イニーを頼むわね……」


 その言葉を最後に、ブルーコレットの身体から完全に力が抜ける。

 

 変身が解けて、ブルーコレットは普通の少女に戻った。


 ――ブルーコレットは死んだのだ。


「コレット? コレット!」


 結果として、スターネイルとブルーコレットは敵対し、殺し合うことになった。

 

 しかし、どの様な形になったとしても、スターネイルにとってブルーコレットは親友であった。


 悲しくない、はずがないのだ。

 

 ブルーコレットが、スターネイルにイニーの事を頼んだかは、スターネイルには分からないが、その事は今は関係ない。

 

 スターネイルはブルーコレットを抱えて、すすり泣く。

 そして、結界が解けて雪景色が広がる。

 止んでいた雪が、また降り始めていた。


 結界が解けたことにより、スターネイルとマリンの端末が鳴り出す。


 今のスターネイルに話をさせるのは無理だろうと思ったマリンは、先に通信に出る。


『こちらオペレーター。反応が消えていたみたいですが、何かありましたか?』


「……少しね。局長は居ますか? 居るなら代わってください」


『少々お待ちください』


 マリンは待っている間に、スターネイルの端末から通信に出て、問題ないと伝える。


 そうすると、端末から天城の声がした。


『こちら天城。何かあったのか?』


 マリンは一度深呼吸をして、どう話すかを考える。

 ブルーコレットは倒すべき敵だった。

 だからと言って、知り合いの死を悲しまないほど、マリンは薄情ではない。


 そして、本来なら自分たちがやらなければいけない事を、イニーにやらせてしまったのだ。


 マリンの心に影ができることはもう無いが、悔しさと罪悪感が胸を締め付ける。


「――ブルーコレットを発見しました」


『本当か! それで……いや、なら何で反応が拾えない? 画面には何も……』


 天城が確認用に見ているモニターには2人の反応が映っているが、ブルーコレットの反応は映っていないのだ。

 思い描く中で最悪の結果になったと思い、唾を呑み込む。


「ブルーコレットは死にました」


 マリンは先ほどの戦いについて話す。


 禍々しく姿を変えて、自分たちに襲い掛かって来たこと。

 それらが魔女の仕業によるものであったこと。

 そして、2人を助けに来たイニーが、ブルーコレットを殺した事を話した。


 天城は膝から崩れ落ちそうになるのを、ぐっと堪える。

 確かに、最悪の場合殺す事を許可したのは天城だ。

 しかし……。


「……助けることは出来なかったのか?」

 

 魔女の事があったとは言え、殺す必要はなかったのではないかと、思ったのだ。

 イニーなら、殺さなくても何とかできたのではと、勘ぐってしまう。

 

「あの姿はもはや魔物でした。それに、あのままでは私たちが死んでいました」


『そうか……いや、すまなかった。とにかく、一度戻って来てくれ。話はそれからにしよう』


「……分かりました」

 

 天城が言いたいことは、マリンにも分かる。

 だが、それを今言おうとするのは大人として駄目だろうと、内心で愚痴る。


「スターネイル」

「……うん。大丈夫だよマリンちゃん」


 スターネイルの目元は赤く腫れているが、その眼からは迷いが消えていた。


 親友と戦い、親友を失った。

 仕方ないことだと割り切るのは、難しいだろう。


 なのにひとしきり泣いたスターネイルは、真っすぐに立ち上がったのだ。


「私、戦うよ」

「……魔女とですか?」

「うん」

 

 スターネイルも魔女や破滅主義派の事を知っている。

 ブルーコレットをこんな姿にした奴らを倒すまで、進み続けると決めたのだ。

 

 自分がどれだけ弱いかなんて、スターネイル本人が一番よく分かっている。


 けれど、ブルーコレットをこんな目に合わせた奴らが、許せないのだ。


「そうですか。ですが、今は一旦帰りましょう。ブルーコレット――奈々をそのままにしておくのも、悪いですからね」


 

 スターネイルはブルーコレットだった奈々を抱き上げ、マリンと共に北関東支部に転移した。


 テレポーター室に待機している職員にブルーコレットの亡骸を預けて、局長室に向かう。


 スターネイルはその時、ブルーコレットが最後に言っていた言葉を思い出す。

 

『あいつを……イニーを頼むわね……』

 

 ブルーコレットとイニーの接点はM・D・Wの時くらいしかない。


 それなのに、なぜイニーの事を自分に頼んだのか、スターネイルは分からなかった。

 スターネイルとブルーコレット。


 2人に共通する知り合いはあまり居ない。


 居るとすれば、2人の転機となった”あの”一般人位だ。


 だが、あの時の一般人は男性だった。


 スターネイルはブルーコレットの真意を考えるが、全く答えがない。


 ――そう言えば、なぜ風瑠はあの公園で倒れていたのだろうか?


 もしかして風瑠は……。


 そんな身も蓋もない考えが浮かび始めたころ、2人は局長室についた。

 

「帰ったか。先ほどテレポーター室の職員から連絡を貰っている。ブルーコレットの件はすまなかった」


 局長室に入ると、天城と白橿が居て、悲痛な表情をしていた。

 

 結局何も出来ず、2人とイニーに役目を押し付けた事を、天城は謝る。


「辛いのは分かるけど、詳しく聞いても良いかしら? テレポーターで跳んだ後に反応が追えなくなったけど、一体何があったの?」

「分かりました。テレポーターで跳んだ後……」


 マリンは天城に通話で話したことを、更に詳しく話す。

 特に、スターネイルが致命傷を負った話や、ブルーコレットの様変わりした姿。


 そして、イニーがいなければ負けていた可能性があった事を話す。


 イニーの姿が変わった事だけは、話さないでおいた。


 全ての話を聞いた後、天城は頭を抱えたくなった。


 もしも、今の話を全て報告すれば、天城は責任を取らざるを得ない。

 そうすれば、天城は局長でいられなくなるだろう。

 それは、横で話を聞いている白橿も分かっていた。


 正直なところ白橿は、もうどうしようもないほど、魔法局が腐敗してしまってると思っている。

 妹であるアロンガンテと連絡を取り合って、色々と話したが、もうどうしようもないと結論を出していた。


 天城が頑張っているのは、よく分かっている。


 だが、今の魔女に対する魔法局の対応を見ていると、一度魔法局そのものを消滅させ、新たな組織を立ち上げた方が良いと考え始めたのだ。

 この事はアロンガンテにも話してあり、アロンガンテも姉に同意した。


 だから、天城が居なくなったとしても、別段困らないのだ。

 

 白橿にも、これまで一緒に頑張ってきた情くらいはある。

 これから先、天城に困るようなことがあれば、助けてあげようとは思っている。


「そうか。ブルーコレット――橋本奈々はしもとななのご両親には、私から話をしておこう。それと、明日は1日休んでくれて大丈夫だ」

「分かりました。これで失礼します」

「奈々ちゃんの事、よろしくお願いします」

 

 天城は何とか笑顔を保ち、2人を見送った。

 

「これで……終わりか」

「あなたは頑張ったと思うわ。だけど、タイミングが悪かったわね」


 天城はぬるくなった珈琲を飲む。


「君はこれからどうする気だ?」

「そうね。妹の手伝いでもしようかしら。色々ときな臭くなってきたしね」


 暗躍する魔女や、怪しい動きをする魔法局。

 異常に増えた魔物と、死亡率の増えた魔法少女たち。


 このままでは、本当に世界が滅亡してしまうかもしれない。


 その様な考えが生れるくらいには、今の状態は厳しい。


 何か対策を講じなければいけないのだ。


「そうか。私は報告書を作成してから帰るとするよ。今日はすまなかったな」

「分かったわ。私は奈々を確認してから妖精界に行ってくるわ。それじゃ」


 白橿も局長室を出て行き、残された天城はパソコンで報告書を書き始めた。


(これが、俺の最後の仕事か……)


 お咎め無しで終わることはあり得ない。

 前回は厳重注意ですんだが、今回は魔法少女の命が失われている。


 天城が何か悪いことをした訳ではない。

 タイミングが悪かったのだ。


 天城は粛々と報告書を書き続けた。


 後ろに現れた、魔法陣に気づかずに……。


「こんばんわ」


 魔女は不敵な笑みを浮かべ、天城に話しかけた。

 


 


1


 

 

 

「これは……」


 魔女は、1本の動画を天城に見せた。


 それは、イニーがブルーコレットを殺した瞬間の動画だった。


 もしも、ブルーコレットの件をスターネイルとマリンの証言通りに報告した場合、天城の責任問題となり、最悪の場合局長から降ろされてしまう。


 しかし、この動画を利用して、ブルーコレットはイニーによって殺されただけと処理すれば、全ての責任をイニーに擦り付ける事が出来る。


 多少責任を問われるかもしれないが、責任を取って辞める必要はなくなるだろう。

 

「どうかしら? 動画はお気に召してくれた?」

「――何が目的だ」


 この動画があれば、天城の首は間違いなく繋がる。


 発信元もぼかし、マリンに黙っておけば、この事がバレる心配も無いだろう。


 その代わり、世間から見たイニーは悪者となり、指定討伐種と指定されることになるだろう。


「私の事よりも、自分の事を心配した方が良いんじゃない? これがあれば、あなたは助かるのよ?」

「……そうだな」


 天城にとってイニーは恩人だ。


 だが、天城にはやらなければいけない事がある。


 それらを天秤にかけた天城は……。


「ふふふ。本当にこの世界は楽しいわね」


 天城は、魔女の手を振りほどくことが出来なかった。

 

 大人とは常に実利を、我が身を選んでしまうのだ。

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