魔法少女マリンは激怒した

 前日と同じく、多摩恵の腕の中から抜け出すことから始まった。

 いや、これ自体は正直どうでもいいのだ。

 

 それよりも、随分と面白いことになってきたな。


 まさか、この俺が指定討伐種悪落ち魔法少女にされるとはな……。

 

 朝食の時間に見ているニュースだが、中々パンチが効いている。

 

『間違いなく、魔女の策略だね。悪辣なことをしてくれる』


「なによこれ……何でこんな事に……だって、イニーは私たちを助けてくれたのに……」


 ニュースを見ている多摩恵も、あまりの事態に言葉が続かない。


 そもそも、あの結界内では妖精局は通信も映像の取得も出来ないでいた。


 これは間違いなく魔女が横流ししたものだろう。

 御丁重にマリンとスターネイルの姿が映らないように加工されている。


 更にブルーコレットの姿も最後だけを映しているため、これでは俺が無実の魔法少女を殺しただけの映像だ。


 さて、なんて反応すれば良いのやら……。

 

「何とも凄いことになってますが、これは事実なんですか?」

「そんなわけないよ! イニーは私とマリンを助けてくれて、私たちの代わりに……もう!」


 多摩恵は怒りのあまり、テーブルを叩く。


 しかし、放送されてるってことは、魔法局がこの映像を魔女から手に入れたってことだ。


 つまり……。


(北関東支部も黒だな)


『大人ってのは屑しかいないね……恐らく保身のためにハルナを切り捨てたんだろうね』


 俺もその屑な大人の1人だがな。


 正式に指定討伐種にされたと言っても、そこら辺の魔法少女が襲って来た所で相手にもならない。

 

 ランカーが来たとしても転移で直ぐに逃げられる。


 ロックヴェルトの様な魔法少女に来られると少々厄介だが、空間系の魔法少女は希少だし、忙しくて俺なんかに構ってる暇はないだろう。

 

「私、魔法局に行って抗議してくる。あの場に居た私の事なら……」

「無駄ですよ。証拠がないですから、何を言った所で子供の戯言です。それに、あなたの所の局長も絡んでるのではないでしょうか?」

 

 多摩恵は驚きの表情を浮かべる。


 恐らくはぐらかされて終わりだろうが、昨日の今日でこんな動画が流されてる辺り、魔女が北関東支部の局長に動画を渡したのだろう。

 

 聞いた話では北関東支部が一番マシな支部と聞いていたが、アロンガンテさんの話も当てに出来んな。


 まあ、どうせ北関東支部にとって俺は他人だ。

 真実と保身で、保身を取ったのだろう。

 だが、この真実ってのが誰にも伝わらないのは不味いな。

 

 何も知らなければ、魔女の薬に手を出す奴がいても、おかしくない。


 俺は戦いたいだけだが、なんでこうも面倒臭い状況になるのやら……。

 

「それでも言わないと……もしも局長が関わっているなら、それは駄目だって言わないと!」


 無駄だとは思うが、そこまでは言う必要はないだろう。

 

「そうですか。多摩恵の好きにすれば良いと思いますが、無理だけはしない様にして下さい」

「――うん」

 

 魔法局……いっその事潰すのも視野に入れるか。


 どうせ俺はこの世界からいなくなるのだし、被れる泥は全て被ってしまっても構わない。

 

(魔法局の総本部って妖精界にあるんだよな?)


『そうだよ。後は各国に本部と支部があるって感じだね』


 魔法少女だけならともかく、妖精を相手にするのは少々分が悪い。

 それに、罪の無い奴を殺すほど、俺も壊れてはいない。


 まあ、それより先に魔女の部下たちを殺さなければならない。

 

「もうそろそろ、魔法局に行った方が良いのではないですか?」

「……うん。行ってくるね。それと、これお弁当。今日はお昼に、家に居るの?」

「今日も用事があるので、お昼は気にしないで下さい」


 昨日は肩慣らしに雑魚を含め大量に討伐したが、今日はランカーに網を張って、破滅主義派の連中を見つける予定だ。


 今までの傾向的に、日本のランカーが狙われていないみたいなので、アクマには海外のランカーの反応を拾うように相談してある。

 

(網はちゃんと張れてるか?)

 

『流石に全員は無理だけど、7~10位の魔法少女の反応は、なるべく拾うようにしてるよ』


(了解。反応があるまでは昨日と同じ感じで動くとしよう)


「それじゃあ、行ってくるね。出かける時はちゃんと鍵を掛けるのよ」

「分かってますよ。行ってらっしゃい」

「うん。行ってくるね」


 昨日や一昨日と違い、今日は晴天のため、多摩恵は変身して出掛けて行った。


 昨日の今日で何か起こるとは思えないが、何もない事を祈ろう。


(そんじゃあ、俺たちも行くとするか)


『そうだね。今日も頑張ろう』


 


 

1



 


 スターネイルが北関東支部に入ろうとすると、北関東支部から爆音が響いた。

 

 そして、北関東支部の内部から空に目掛けて何かが飛んで行った。

 それは一瞬の事でよく見えなかったが、誰が何をしたのかはすぐに検討がついた。


(ああ。マリンちゃんか)


 イニーに対して少々重い思いを抱いてる事を知っているスターネイルは、何が起きたのかを察した。


 スターネイルは玄関からではなく、先程天井の無くなった所に直接向かい、上から中を見た。


「ま、待ってくれ! 私は本当に関わってないんだ!」

「嘘ですね。私を子供と侮りましたか? 情報は既にアロンガンテさんからいただいてます」


 イニーが指定討伐種とされたと知ったマリンは、怒りに任せて動くのではなく、冷静に白橿に連絡を取った。


 そこからアロンガンテに繋いで貰い、天城が持っている端末の、ハッキングをお願いしたのだ。


 そして、ニュースで流れてる動画が発見された。


 この事態には白橿も呆れ返ったが、天城の気持ちも、分からなくなかった。


 だからと言って、やって良い事と悪い事がある。


 この件で白橿は、天城を見捨てる事を心に決めた。


 そして、証拠を手に入れたマリンは、天城を襲撃したのだ。


 天城の目論見は、瞬く間に頓挫してしまった。

 

(うわー。マリンちゃん凄く怒ってる)


 マリンによって出来た穴から、スターネイルはひょこりと顔を出して、様子をうかがう。


 マリンの表情はとても冷めていて、弓を天城に向けていた。

 

 流石に殺す気はないだろうが、その眼は殺しをいとわないように、スターネイルには見えた。

 

「うっ……しっ、仕方なかったんだ。こうしなければ、私は責任を取るしかない。そうなれば、私はこの座から降りなければならなくなる」


 マリンは矢を放ち、天城の近くの床を抉る。

 

「あなたの身代わりとして、イニーを差し出したと。他より少しはマシだと思っていましたが、とんだ誤算でしたね」

「――これしか方法がなかったのだ。それに、今更私が何か言ったところで、意味は無いだろう……」


 天城は冷や汗を流しながら言い訳ををするが、それは火に油を注ぐだけだ。


 既にマリンにとって天城は、邪魔者であり敵対者なのだ。

 

「ほとんどお世話になってませんが、今日でお別れです。スターネイル! あなたはどうしますか?」

「ふぇ! 私!? おっ、お世話になりました!」

 

 マリンは覗いていたスターネイルに声を掛け、自分と一緒に来るかを聞く。


 スターネイルとしても、天城に文句を言おうとは思っていたので、流れで天城に別れを告げてしまった。


 天城が上を向くと、スターネイルと目が合い、スターネイルは軽く頭を下げた後に、マリンの横に飛び降りる。

 

「待ちたまえ! ここから抜けてどうする気だ! 今更野良になっても、未来なんてないんだぞ!」


 ここでマリンとスターネイルが居なくなって困るのは、天城だ。

 もしも2人に抜けられては、折角守れた地位も意味がなくなる。


 直属の魔法少女がいなくなれば、結局本部に良いように扱われることになるだろう。


「こちらの事はご心配なく。既にアロンガンテさんの手伝いをすることで、話がついてます。行きますよ。スターネイル」


 マリンはスタスタと歩き出すと一度足を止める。


 天城は淡い期待を抱くが、マリンの一言で砕かれることとなる。


「そうそう。ここの修理費位は出しておきますよ。これが最後の情けです」


 歩き出したマリンを追い、スターネイルもボロボロとなった局長室を出て行く。


「大丈夫なの?」

「白橿さんに何をやっても良いと許可を貰ってます。スターネイルは良かったんですか?」


 偶然目に付いたから声を掛けたは良いものの、スターネイルを巻き込む気はマリンにはなかった。

 アロンガンテに、もしもの場合は頼ってくれと言われてるが、これまでと同じく、安定した収入を得る事は出来ない可能性もある。

 

「うん。コレットももう居ないし、私も思う所はあったから。これからどうするの?」

「アロンガンテさんに連絡を取って、討伐と並行してイニーを探そうと思っています。幸い変身前のイニーにも会っているので、少しは見つけられる可能性があると思います」

「そうなんだ。因みに、変身前のイニーってどんな感じなの?」


 変身前のイニーの事を知っているのは、今の所マリンとタラゴンだけである。

 水上では多少素顔を晒す事もあったが、魔法少女の中では2人だけとなる。


「そうですね……話し方や雰囲気は一緒ですが、一番印象的なのは髪ですね」

「髪?」

「はい。色の抜けた様な、白くて長い髪をしています。恐らく、あんな髪をしてるのはイニー位でしょう」


 その時、スターネイルの足が止まった。


 スターネイルの頭の中で全ての点が繋がり、線となる。

 いや、唯一一般人の事だけは繋がらないが、憶測が立った。


 魔法なんて不可思議なものがあるのだ。

 もしも、死んでしまった一般人がそうだとすれば、彼女の――風瑠の見た目にそぐわない冷静さも説明がつく。

 

(そう……そうだったのねコレット。)


「どうかしたの?」


 スターネイルはこの事をマリンに教えるか悩んだ。

 風瑠と名乗る少女がイニーだと、スターネイルは考えている。


 マリンにとってイニーが特別な様に、スターネイルにとって風瑠は特別な存在になり始めていた。

 そして、風瑠は後数日でスターネイルの家を出て行くと約束してしまっている。


 マリンにこの事を教えれば、残り少ない風瑠との日々は無くなってしまうだろう。


 だから、スターネイルは……。


「ううん。何でもないよ。それより、アロンガンテさんってどんな人なの?」


(ごめんね。マリンちゃん)

 

 マリンには、教えないことにした。


 悪いとは思っている。


 けれども、今だけは風瑠を誰にも渡したくなかったのだ。


「白橿さんを真面目にしたような感じですね」

「そうなんだ」


 なし崩し的に魔法局を辞めた2人は、アロンガンテの所で働く事になる。


「来たわね。結構凄い音がしたけど、怪我はさせてないわよね? 」

「はい。威圧するだけに押さえました。スターネイルも一緒ですが、大丈夫ですか?」


 2人がテレポーター室に行くと、既に白橿が待っていた。

 

「大丈夫よ。人手はあるだけ必要だもの。さて、行きましょうか」

「どこに行くんですか?」

「念のために、アロンガンテに用意してもらってた拠点よ」


 白橿は2人に、これからの事を話す。


 役に立たない魔法局に代わり、破滅主義派を倒すための組織を作ること。

 そして、全てが終わった後には、そのまま魔法局を乗っ取ること。


 最後に、イニーを何としても組織に取り込むことを話した。


「イニーがあの特殊な変身をしている間は、SS級すら軽く倒せていたことを考えると、彼女の力はどうしても必要よ。だから、2人にはイニーを探して欲しいの」

「分かりましたが、通常の手段ではイニーに会うのは難しくないですか?」


 ブルーコレットの時もだが、イニーは転移出来るので、反応を捉えてから移動したのでは、間に合わないのだ。

 

「そこがネックなのよね……何か良い方法ないかしら?」

「あったらとっくに捕まえてますよ」

「それもそうね。こちらで何か方法を探ってみるわ。とりあえず、移動してしまいましょう。彼に追って来られても面倒だしね」

 

 天城を残して、3人は北関東支部から去って行った。


 魔女の誘いに乗った天城は、ブルーコレットと同じく、破滅の道を辿るのであった。

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