あなたが名前を呼んだ魔法少女

「コレット……なの?」


 様変わりしたブルーコレットと思わしき人物を見て、スターネイルはおののいた。


 言いたい事は沢山あった。

 なぜ居なくなったのか?

 なぜこんな結界を使えるのか?

 なぜマリンを攻撃したのか?


「見れば分かるでしょ? 私以外に、誰に見えるのよ」


 ブルーコレットはおどける様に笑い、槍を担ぐ。


 その姿はスターネイルが知っているブルーコレットとはかけ離れていた。


 頭には角が生え、背からは片翼の黒い翼が生えている。

 身体にもおかしな模様が描かれていて、まともには見えなかった。


 そして、マリンを攻撃した事を、欠片も気にするような素振りを見せていない。

 

「――なんでマリンちゃんを攻撃したの?」

「攻撃? そんな事してないわ。殺そうとしただけよ」


 スターネイルは悲しそうに顔を歪め、腰に差してある、2丁の銃を握りしめる。


「ねえ、コレット……」

「なに? あっ、そうだ。ネイルも私と一緒に来なよ! そうすれば、魔法局の連中や、うるさい奴らを黙らす事が出来るわよ! それにこんなに強くなれるんだから!」


(もう……駄目なのね)


 ブルーコレットの思想は、もはや普通の魔法少女とはかけ離れていた。

 倒すしかない……スターネイルは覚悟を決めた。


「全く。姿が変わっても、やることは変わりませんね」


 先程ブルーコレットの槍によって吹き飛ばされたマリンが戻ってくる。


 槍による衝撃は殺す事が出来たが、何度か地面でバウンドしたせいで、少し汚れてしまっている。


「あら、無事だったようね」

「これ位でやられたらA級やS級とは戦えませんからね。その姿はどうしたんですか?」

「これ? さて、どうしてでしょうね?」


 ブルーコレットは担いでいた槍をマリンに向け、不敵に笑う。


 その様子から、話す気がないのが分かる。


「それで、ネイルはこっちに来るの? 来ないの?」


 スターネイルは腰の銃を引き抜き、ブルーコレットに向ける。


 そこには、マリンに慰められたり、風瑠に泣き言を言っていた少女ではなく、覚悟を決めた魔法少女が居た。


 その姿を見たブル-コレットはニヤリと笑う。

 まるでそう選択するのが分かっていたように……。

 

「……そう。じゃあ、ネイルにも死んでもらわないとね」

「私はね、コレットのことをずっと親友だと思ってるよ。でもね、駄目なんだよ。そんな力に頼るのは、いけない事なんだよ」

「私たちはこの力を使ってこそでしょ? なに綺麗ごとを言ってるのよ!」


 ブルーコレットは槍をマリンに向けたまま、視線をスターネイルに向けて怒鳴る。


 その隙をマリンは見逃さず、弓を瞬時に構えて、矢を放つ。


 しかし、ブルーコレットが振るった槍によって、矢は掻き消えてしまう。


 マリンはスターネイルに目配りをして、人差し指を立ててから、曲げる。


 それは北関東支部の白橿が考えたハンドサインだ。


 種類は色々とあるが、今回のは、注意を引くから援護を頼むという内容になる。


「ちっ、人が話してるのに攻撃するなんて、案外手癖が悪いのね」

「普通の状態なら話し合いの余地があると思いましたけど、その状態では無理そうですからね。魔物と同じ様に対処させてもらいます」


 ブルーコレットの魔力が膨れ上がり、禍々しい魔力が溢れ出る。


「なら、魔物は魔物らしく、魔法少女を殺してやるわ! スパイラルドライブ!」


 槍の先端に魔力が集まり、それをマリンに向けて解き放つ。


 本来なら軽く地面を抉る程度の風となって飛ぶのだが、魔女によって強化されているブルーコレットのスパイラルドライブは、岩すら砕ける威力となってマリンに向かう。


 マリンだけではなく、スターネイルすら巻き込むほどの大きさに、マリンは冷や汗を流しながらも、射線から飛び退いて避ける。


(少し様子見したいけど、これは厳しそうね)

 

「飛刃!」

「インパクトショット!」


 マリンは刀に魔力を込めて、斬撃として飛ばし、それを援護する様にスターネイルが弾丸を放つ。


 しかし、ブルーコレットが軽く槍を振っただけで防がれてしまう。

 

「そんなものは効かないわ。マリンは強化フォームになれるんだから、さっさとなったらどう? まあ、なった所で私には勝てないけどさ!」

 

 ブルーコレットはマリンに槍を振るい、マリンは刀で受け止めるが、あまりの力の強さに歯を食いしばる。


 すかさずスターネイルが銃で援護するも、ブルーコレットは飛び退いて避ける。


「一ノ太刀・月閃!」


 直ぐにマリンは追い打ちをかける。


 ブルーコレットに向けて、上段から刀を振り下ろすが、ブルーコレットの背中に生えている翼によって、弾かれてしまう。

 

 刀を弾かれた事によって、一瞬隙が出来たマリンを槍で吹き飛ばす。

 

「2人相手はやっぱり面倒そうね。悪いけど、先に死んでちょうだい」


 ブルーコレットは投擲の構えを取り、槍に魔力を集中させる。


 あまりの魔力に空間が歪み、電流の様なものが走る。


 スターネイルは逃げようとするが、周りに隠れられる様な場所は無い。

 そして、なぜか身体が動かなかった。

 

「死槍・グングニル」


 黒い風を巻き起こしながら、スターネイルに向かって槍が放たれる。


「駄目! 避けて!」

 

 マリンの叫びが虚しく響く中、スターネイルが構えた銃に、ブルーコレットの槍が当たる。


「うっ、ぐう……」


 ほんの一瞬だけ耐えたスターネイルだったが、あっと言う間に両手を弾かれ、槍によって大きく吹き飛ばされて気を失ってしまう。


 運良く槍をそらすことは出来たが、両肩から先が無くなっていた。


 肩の断面からは血が止まる事なく流れ、このままでは命に関わるだろう。


 遥か彼方に飛んでいった槍は、いつの間にかブルーコレットの手元に戻っていた。


「私と一緒に来れば、こんな事にならなかったのに……次はマリン。あなたの番よ」

「――貴様は!」


 もう、名前で呼ぶことすら止めたマリンは怒りで刀を握りしめる。

 

「導き照らせ……花月!」


 強化フォームとなったマリンは、2本の刀を構えてブルーコレットに突撃する。

 

 少しだけあった躊躇いは消え失せ、ブルーコレットを倒すべき――殺すべき指定討伐種として対峙する。

 

「本当にムカつく力よね。何であんたばかり優遇されるのよ」


 マリンの刀を槍で捌きながら、ブルーコレットは愚痴る。


 恵まれた力。恵まれた環境。そして、人としての格。

 

 何1つとして、ブルーコレットはマリンに勝てていなかった。


 なのに、今では余裕をもって戦うことすらできる。


「私もあなたの事は嫌いですよ」

「そう。なら、ここでさよならね!」


 ブルーコレットは受け止めた刀の反動を利用して、後ろに飛びのく。


 そして、槍には先ほど同じように、魔力が込められていく。


 マリンは避けるようとするが、なぜか体が言う事を聞かなかった。


 マリンはスターネイルが避けなかった理由が分かり、冷や汗をかく。


「ふふ。無様ね。この技は発動すれば、対象に必ず当たる、最強の技なのよ。 さあ、死にな! 死槍・グングニル!」


 死を具現いた槍が、マリンに向かって飛んでいく。


 もしも、マリンがスターネイルと同じく、強化フォームになれなければ、致命傷を負ってしまうだろう。


 しかし、今のマリンはイニーとの出会いにより、覚醒している。

 多少の逆境など、力技でねじ伏せることができる。

 

「三ノ型・守護聖域」

 

 両手の刀を地面に突き刺し、ドーム状の障壁を展開する。


 槍は障壁に当り、激しい音を立てて、拮抗する。


 このまま耐えれば、マリンに軍配が上がるだろう。


 しかし、障壁によってじわじわとマリンの魔力が減っていく。


 ここで無駄に魔力を消費するのは悪手だと考えたマリンは、右手の刀を引き抜き、槍を下から切り上げる。


 刀によって槍の軌道がそれ、マリンの後方に飛んでいく。

 

「外れてしまいましたが、どうしてでしょうかね?」

「チッ」


 結果として、マリンは無傷で受けきることが出来た。


 だが、魔力の消費は馬鹿にならず、少しふらつくが、それをごまかすために虚勢を張る。


 ブルーコレットの死槍・グングニルは、ブルーコレットの必ず殺したいという想いから使えるようになった技である。


 しかし、概念的に必殺必中を正確に付与する事は、ブルーコレットには出来なかった。


 槍を投げる時に、一時的に相手の動きを止めるのが、関の山だったのだ。


 もしも、神話にあるような必殺必中を、体現出来る者が居るとすれば、楓や魔女位だろう。


 ブルーコレットは槍をもう1本生み出し、両手に持つ。


 本来なら、ブルーコレットの武器は槍1本だけだ。

 

 しかし、変異を遂げたブルーコレットには、武器を増やす程度の事は造作もない。

 

 2本の槍を構えたブルーコレットは、マリンに向かって突撃する。





1 



 


「うっ……」 


 マリンとブルーコレットの戦いが始まって数分した頃、スターネイルが目を覚ます。

 

 頭がぼーっとする中、立ち上がろうとするスターネイルだったが、なぜか腕が動かず、困惑する。


 そして、自分が血だまりの中に居る事に気づき、先ほどのブルーコレットの攻撃を思い出す。


(うっ腕が! 腕が無い! 血も止まらないし、このままじゃあ……)


 あまりの痛みに、叫びそうになるスターネイルだったが、何とか堪えて、辺りを見渡す。


(マリンちゃん……)


 ここで、自分が声を出せば、マリンの邪魔になってしまう。

 そう思ったスターネイルは、黙って戦いを見守るしかなかった。


(コレット……)


 変わり果てたブルーコレットを見て、スターネイルは静かに涙する。


 自業自得とはいえ、最近は色々と大変だった。でも、乗り越えることが出来ると、スターネイルは思っていた。


 ブルーコレットは確実に自分とマリンを殺そうとしている。


 もう、あの頃には戻れないのだ。


 無傷のブルーコレットと徐々に傷の増えていくマリン。


 否。


 ブルーコレットは傷ついた所が、再生しているのだ。


 このままでは、マリンの方が不利になってしまうだろう。


 前に比べて、マリンの魔力は大幅に増えているが、強化フォームの燃費はかなり悪い。


 対するブルーコレットの魔力は、全く減る気配を見せない。

 

 最悪の未来は、直ぐそこまで迫っていた……。


 今のスターネイルに、何も出来る事はない。

 

 2人では……マリンだけでは、ブルーコレットに勝つことが出来ない。


 そして、ここは結界の中だ。


 助けなど、来るわけがない――いや、スターネイルはふと、風瑠と話した事を思い出す。


『彼女に助けを求めては如何ですか?』


 それは風瑠が、多摩恵に言った言葉だ。


 幸運にも、風瑠が言った”彼女”は、今日から活動を再開している。

 

 しかし…………本当に助けてくれるのだろうか?


 そんな思いが、スターネイルの心中に渦巻く。


 そんなことを考える中でも、マリンとブルーコレットは続いている。


 ブルーコレットは不機嫌そうな表情から、少しずつニタニタと笑うようになる。


 マリンを追い詰められているのが、分かっているのだ。


 マリンの強化フォームは持っても、後5分程度だ。


 大技なら、1発から2発程度は使える。


 しかし、もしも大技で倒せなかった場合、後がない。


 ブルーコレットは幾ら傷付いても、瞬く間に回復し、疲労の気配どころか、魔力が減っているようには見えないのだ。

 

(一か八か……かしらね)


 この結界内に、助けは来ない。

 そもそも、囚われた本人たちすら、ここがどこだが分かっていない。


 通常の結界ならば、イニーが助けに来る可能性があるだろう。

 しかし、通常の結界ではないここでは、イニーの助けを望むことが出来ない。


 ならば、このまま防御に徹していても意味がない。


 マリンは刀に魔力を込めて振るい、ブルーコレットを弾き飛ばす。


「生意気な!」


 ブルーコレットは悪態をついて受け身を取り、その間にマリンは、両方の刀を鞘に収めて、居合の構えを取る。


「抜刀・葬刃!」


 刀を鞘から解き放ち、光の刃がブルーコレットに襲い掛かる。

 

 ブルーコレットは一瞬驚いた表情をするが、直ぐににやりと笑う。

 

十字の死槍デットクロス

 

 2本の槍を手放すと、十字となり、マリンの攻撃を防ぐ。

 

 2本の槍は粉々になるが、マリンの攻撃を防ぎきる。


 そして、粉々になったはずの槍は瞬く間に修復され、ブルーコレットの手に収まる。


 出来ればこの技でブルーコレットを倒したかったマリンは、苦い顔をする。

 最悪でも大怪我を負わせたかったが、まさかの無傷である。

 

(駄目……このままじゃあ)

 

 その様子を見ていたスターネイルは焦る。


 ブルーコレットにどれだけの余裕がるのか分からないが、間違いなくブルーコレットの方が余裕がある。


 ブルーコレットは再び2本の槍で、マリンを攻め立てる。


 もしも、もしも本当に助けが来ると言うならば……。


「おね……がい」


 スターネイルは、小さく呟く。


 この場に居ない、彼女に向けて……。


 この想いが……この願いが届くと言うなら……。


「助け……て」


 マリンもギリギリの状態で戦っている為、いつ隙を突かれるか分からない。


 もう、時間がない……。


 スターネイルは一度咳きこんだ後に、大きく息を吸う。

 

「助けて! イニーフリューリング!」


 スターネイルの声が、虚しく消えていく。


 やはり、助けなど来ないのだろう。


 そんな諦めの思いが、スターネイルの胸に広がる……そんな時だった。


 空からブルーコレットに向かって火球が飛んできたのだ。


 不意を突かれたブルーコレットは火球により吹き飛ばされ、その上空から、氷の塊が落ちてくる。


 この場に、その様な魔法を使える者は居ない。


 倒れ伏すスターネイルの隣に、1人の魔法少女が降り立つ。


 スターネイルもだが、この事態にマリンも驚く。

 絶対に来れないと思っていた魔法少女が、助けに来たのだ。


 そう、彼女の名前は……。


「イニー……フリューリング」

「呼ばれたので、来てあげましたよ」


 魔女の結界を乗り越えて、助けに現れたのだった。

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