魔法少女は天才なようです

 雪の日に鍋か。


 個人的にはキムチ鍋が好きだが、あれは家で食べると部屋中に匂いが充満するので、作るのを躊躇ってしまう。

 

「帰る時に、魔法局の人に白菜を分けて貰ったんだ。折角風瑠も居る事だし、鍋にしてみたわ」


『鍋かー。私はすき焼きが好きだな』


 そうかそうか。


 だが、どうせ食えないんだから黙っておきなさい。


 多摩恵が帰ってくる少し前にアクマに起こされ、折角なので玄関で出迎えをしたら、大きな白菜を抱えて多摩恵が帰って来た。

 

 家を出て行った時よりも顔色は良くなっており、多少は心の整理がついたようだ。

 

 白菜を抱えて帰ってきた多摩恵は、白菜を置いた後に直ぐに妖精界に行き、残りの素材を買って来た。


 タラや鳥のつくね。その他の野菜を買ってきて、鍋を作ることになった。


 まあ、作ると言っても俺はリビングに追いやられ、温かいお茶を飲みながらテレビを見ていただけだがな。


 朝もそうだが、手伝うと言っても頑なに譲ってくれない。


「冬野菜とタラの鍋と言ったところでしょうか?」

「名前なんてなんないわよ。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 うむ。ホクホクのタラと白菜が良い味を出している。


 身体が温まるな~。

 

「どう、美味しい?」

「ええ。温かくて美味しいですね」

「それなら良かったわ。一杯あるから、沢山食べてね」


 食べるのは俺と多摩恵だけの筈なのに、出された鍋はかなり多い。


 これ、5人前位あるんじゃないか?


 全部は無理だろうが、出来るだけ沢山食べるとしよう。


『食べてる所悪いけど、新しい情報を手に入れたよ』


(新しい情報? なんだ?)


『今日の午後辺りからイレギュラーSS級~測定不能が増えて、日本を含め、ほとんどのランカーが掛かりきりになってるね』


 イレギュラーSS級~測定不能ね。

 

 どう考えても魔女が手を引いているだろうが、一体何を考えているんだ?

 可能性……そうだな、考えられるとしたら年末か年始のどちらかで何か仕掛けて来そうだな。

 魔女が本格的に動き出した瞬間にこの有様か――分かっていた事だが、向こうの方が何枚も上手だな。


 出来る事ならすぐに行動したいが、今日はしっかりと休んで、明日から行動を開始しよう。


 予報では明日には雪も止むし、体調もかなり良くなってきた。


「それで、マリンちゃんがね……って、私の話聞いてるの?」

「ええ。ちゃんと聞いてますよ。マリンって魔法少女が心配してくれたんでしょう? 良い後輩じゃないですか」

「うん。マリンちゃんは凄いんだよ。順位だって私より上だし、何より戦う姿がかっこいいんだー」


 日本人として、刀と弓で戦う姿は引き込まれるものがある。


 最近は性格が”あれ”だが、はたから見る分には問題ない。


 本当に、どうしてああなってしまったんだろうな?

 

「明日は朝から1日任務ですか?」

「うん。明日は多分帰ってこられないから、またお弁当を作っておくね」


 ありがたいのだが、材料さえあれば自分で作るんだがな……。

 それに、明日は俺もコッソリ活動するつもりだ。

 飯などどうとでもなるが、作りたいというなら作らせてやるか……。


 断ったとしても、押し付けてきそうだしな。

 

「分かりました。ありがとうございます」

「私がやりたいからやってるんだもの。お礼なんて良いわ」


 この2日間でかなり休めたが、無為な時間は、俺の心を徐々に乾かしていった。

 

 もう、戦いのない日々に帰る事など出来ない。


 戦いは良い。それだけが必要だ……。


 ――それはともかくとして、今はこの鍋を食べなければな。

 

「ふう、食べた食べた。残りは明日の朝にうどんを入れて食べましょう」

「2人に対して、どうみても量が多かったですからね」


 頑張って食べたが、3分の1程度残ってしまった。


 まあ、明日の朝食べるというなら、丁度良いかもな。


 そう言えば、明日は大晦日か。


 去年は家で過ごしていたが、今ではこの有り様だからな。


 来年は良い年になります様にとか祈りたいが、間違いなく良い年にはならないと分かっている。


「お風呂入るけど、一緒にどうかな?」

「お構いなく。人に肌を見せるのは苦手なものでして」

「うーん、なら仕方ないか。じゃあ、先に入って来るね」

 

 見せるというか、見るのが嫌なだけだがな。


 既に男としての性欲は無いが、大人として女性の裸を見るのは駄目だろうと思う。


 アクマはペット枠なので仕方ないが、誰かと風呂には入りたくない。


(あれから新しい情報とかあったか?)


『これといって重要なのはないよ。日に日に魔物が増えてる位かな』


 日に日にねー。


 魔女が何を考えてるか分からないが、やはり時間はあまり無さそうだ。


 どこかで大きな動きをしてくれれば、直ぐに察する事が出来るだろうが、ジワジワと攻めてくるとは面倒くさい。


(魔女が最初から本気を出した事とかあるのか?)


『あるよ。私たちが居ると分かったら、魔女が1人で虐殺を始めたよ。あっという間に皆殺しさ』


 なるほど、魔女と一口に言っても、思考のバラつきはあるのか。


 聞いた感じ、同一個体の分身と思っていたが、どちらかと言えばクローンみたいなものなのか?


(なるほど。今回の魔女がなぜ回りくどい事をしてるか分かるか?)


『あまり言いたくはないけど、見当は付いてるよ。おそらく、理由は2つある』


 1つは何となく分かるが、2つか……。


(その2つって何だ?)


『1つ目は、魔女にとって今回の戦いが、アルカナとの最後の戦いになると考えているんだと思う。だから、最後の戦いをゆっくりと楽しんでいるんだと思う』


 妥当と言えば妥当な理由だな。


 俺もそれが理由だとは思う。


 そもそも、魔女が本気なら俺と会った時に、俺を殺していただろうからな。


(2つ目はなんだ?)

 

『2つ目は――私とハルナを徹底的に追い詰めようとしてるんだと思う』


 追い詰めるか……こんな風に手配されれば、多摩恵の様に精神を病んでしまうのが、普通だろう。


 しかし、見た目は少女でも、中身は成人している大人だ。これ位の理不尽など、馴れている。


 客の要望通りに図面を描いたはずなのに、何度やり直しをさせられたことか……。


 とにかくだ。こんな風に魔法局や妖精局から追われれば、味方なんて現れず、何なら魔法少女全員が敵になった様なものだ。


 運よくランカーの楓さんやタラゴンさんたちに出会う事が出来たが、もしも会っていなかったら悲惨な状況になっていただろう。


(俺がただの少女だったら有効だっただろうが、実際はノーダメージだな)


 勝っても負けても、最後は別れが待っている。


 1人の方が、都合が良い。

 

『本当なら、皆で団結しないといけないのに、魔法局は魔女にすり寄るし、ランカーたちは魔女の召喚した魔物に掛かりきりだ。まともに動けるのは。私たちだけだよ……』


(仕方ないさ。だが、魔女が遊んでいる内は、俺たちにも勝機がある。やれることをやっていこう)


『そうだね……』


「お風呂出たよー」


 多摩恵がお風呂から出たみたいだし、俺も入るか。


 さっさと服を脱いで、風呂場に入る。


 流石に施錠氷漬けは出来ないが、風呂場は曇りガラスなので、中を見られる事はないだろう。

 

(何時も通り頼む)


『ほうほい。それじゃあ、頭から洗っていくね~』


 いつものようにアクマに洗われる。


 そう言えば、この身体になってから一度も自分を洗ってないな……。


 自分で洗おうとするとアクマに文句を言われるので、洗えてないだけだがな。


 頭を洗われ、身体を洗われ。


 そして、湯船に浸かる。


 寒い日の風呂は、どうしてこんなに気持ちいいんだろうか……。


 出来ればこのままずっと入っていたいが、長湯は身体に悪いので、早めに上がろう。


 因みに、風呂から上がる前に、アクマの髪が残ってないか確認しておく。


 俺以外の髪が残っていれば、おかしいからな。


 アクマの金髪は結構目立つので、回収はそこまで面倒ではない。

 

「上がりましたよ」


 リビングに戻ると、多摩恵は何かを書いていた。

 冬休みの宿題かな?


「あっ、出たんだ。何か飲む?」

「自分でやるので大丈夫です。それは宿題ですか?」

「うん。学校の宿題だよ。やれる時にやっとかないと忘れちゃうからね」


 殊勝なことだな。


 俺なんて、宿題は最終日に纏めてやっていたぞ。


「そうですか。頑張ってくださいね」

「風瑠は宿題とかないの?」


 ……なんて答えるかな。


 正直なところ、どの様な言い訳をしても、間違いなく角が立つ。

 そもそも、公園で倒れている人間が学校に通っていると思うだろうか?


「私は大丈夫ですよ」

「――あっ、ごめんね……私お茶淹れてくる!」


 まあ、こうなるよな。

 仕方ないが、座って待つとするか。

 自分でやると言ったのに、結局多摩恵がやる流れになってしまった。


『全ての選択肢がハズレだもんね。酷いクソゲーだね!』


(実際にゲームであったら、即クレームだろうな)


「お待たせ」

「ありがとうございます」


 昨日はココアだったが、今日はほうじ茶か……なぜほうじ茶がある?


 少女が飲むにしては、渋くないだろうか?


 多摩恵は引き続き、宿題を始めるが、ちらちらとこちらを見てくる。


「何か?」

「えーっと、風瑠ってこの問題分ったりする?」


 どれどれ?


 多摩恵は確か13歳だったはずだから、中学校レベルの問題か。


 一次方程式は最近沢山解いたから覚えているな。

 この程度なら暗算で出来そうだ。


 答えは……。


『5だね』


「5ですね」


「えっ! 解けるの! ……本当に5だ。風瑠って11歳だよね?」

「…………私、天才ですから」


 今更だが、11歳の設定だったな。

 小学生で一次方程式は習わない。

 普通に考えれば、解けるはずがないとサルでも分かる。

 

 つい答えてしまった。


「そうなんだ。確かに風瑠って普通の人とは違う雰囲気があるもんね。これで魔法少女だったら良かったのになー」

「残念ながら、私は魔法少女になれませんよ」


 そう、俺は魔法少女になれない。

 この身体だから魔法少女になれるのだ。

 なので、嘘は言っていない。


「風瑠が魔法少女だったら、きっと凄かったんだろうなー」

「まさか。そこら辺に居る普通の魔法少女程度にしかなれませんよ」

「うーん、きっと凄い魔法少女になれたと思うんだけどな」

「話す暇があるなら、宿題を進めた方が良いんじゃないんですか?」


 俺のことなどどうでもいいのだ。


 それから30分程多摩恵は宿題を続け、一区切り付いたところで寝ることになった。


 出来れば別に寝たいが他に布団も無いらしく、ソファーで寝ようと怒るので、諦めて一緒に寝ることにした。

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