魔法少女と悲劇へのカウントダウン

「反応も無ければ、痕跡もないわね……」


 天城からブルーコレットの事を聞いて直ぐに行動を起こしたマリンだったが、初日は何も収穫がなかった。


 ブルーコレットが何か行動を起こしてくれれば直ぐに発見できるのだが、今の所なんの反応もない。

 或いは妖精界に行ってくれれば、履歴が残るので、そこから追う事も出来る。


 それはブルーコレットに限った話ではなく、イニーもだ。


 新魔大戦を境に世界的に指名手配され、突如として姿を消した魔法少女。

 まともにイニーを探そうとしている魔法少女は、魔法局の息が掛った者ばかりだ。


 イニーに助けられて来た魔法少女や、ランカーの派閥に属している者たちは探そうとしていない。

 

 まだ居なくなって2日しか経っていないが、魔法局派閥の魔法少女と、ランカー派閥の魔法少女で亀裂が入り始めていた。


 まともな考えならば、ランカーに勝てるなどと思わないだろうが、ランカー達はそれぞれ忙しく、構っている余裕がない。

 ランカー以外の魔法少女同士となれば、戦いの結果は分からなくなる。


 魔女という脅威が現れた中、魔法少女たちは結束しようとせず、それぞれの思惑のままの行動していた。

 

(早くイニーを見つけて、魔法局を何とかしないと……)


 M・D・Wやドッペル。そして、今回のマスティディザイア。

 その他にもリンネやロックヴェルトを知っているマリンは、魔女の脅威を正しく理解している内の1人だろう。


 ランカーを足止めしている間に、複数のM・D・Wを召喚されるだけで、世界は荒廃とした世界になるだろう。


 ランカーたちも頑張っているが、新たに1人行方不明になっている。

 おそらく、魔女たち破滅主義派の誰かに殺されたのだろう。


 マリンはイニーに会いたいのもあるが、イニーが見せた異質な力が今は必要だと思っている。

 SS級の魔物を軽く葬って見せた、覚醒とは違ったイニーの力。


 それ位の力が、今は必要なのだろうと考えている。

 

 魔法少女に変身していれば、雪の寒さも平気だが、止むことなく降ってくる雪は、気が滅入るものがある。


『こちらオペレーター。マリン応答せよ』

 

「こちらマリン。どうかしましたか?」

 

『マリンの付近で魔物の出現予兆を捉えました。申し訳ないですが、お願いできないでしょうか?』


 ブルーコレットを探している状態で、目立つような事をしたくないマリンだが、ここで断る選択肢は最初からない。


 魔法少女として魔物からは逃げない。


 そう、マリンは決めている。


「時間と場所。魔物の階級と数を教えて下さい」


『ありがとうございます。魔物は推定C級となり、1体のみだと思われます。場所は1キロ程先にある市街地となります。端末にデータを送りますので、確認をお願いします』

 

「分かったわ」


 マリンは通信を切り、直ぐに移動を開始した。


 指定された地点の近くにある、もっとも高い建物の屋上に立ち、弓を構える。


 複数体魔物が居るなら刀の方が良いが、魔物が1体であり、あまり目立たない方が良い今の状態では、弓の方が都合が良い。


(全く。仕方ないのは分かるけど、何で私の近くに魔物が現れるのよ)


 制限時間は3日だが、初日の午前中は代わりの魔法少女の準備が出来ていなかったため、通常通り討伐をこなした。


 実質2日半だが、3日目の夜までには見つける必要がある。


 なので、3日とは言われたものの、あまり時間がないのだ。


 マリンが弓を構えて待っていると、白い雪の中に黒い靄が立ち込め、魔物が現れる。


 魔法で生み出した矢をつがえ、しっかりと狙いを定めて矢を放つ。


 矢は吸い込まれるように魔物の頭に刺さり、魔物は塵となって消えていく。


(C級なら、こんなものね)


 マリンはイニーとの戦闘によって、完全に覚醒してからは魔力量が増えただけではなく、戦いのセンスが良くなっていた。

 既に新人どころか、下手な魔法少女より強くなっている。


 そんなマリンにとって、C級1体など敵ではない。

 だが、こんな時に時間を取られるのは嫌だった。

 

「こちらマリン。魔物を討伐しました」

 

『はい。確認出来ました。無理を聞いていただき、ありがとうございます』


「これくらいは構いません。それと、スターネイルは今どちらに?」


 マリンにとってスターネイルは、面倒くさい先輩と言ったところだろう。

 ブルーコレットと一緒に居る時のスターネイルはあまり関わりたくないが、1人の魔法少女としてはそこまで悪いとは思っていない。


 マリンが落ち込んだり、引きこもった際も、何かと声を掛けていたりしていた。


 色々と思うこともあるが、気に掛けてもらった分は、気に掛けておこうと思ったのだ。


 特に最近は会うたびに顔色が悪くなっているため、一応心配もしている。

 

『スターネイルでしたら、茨城東部から探索を開始しました。先ほどまで、自宅でお昼ごはんを食べていたそうです』


 お昼ごはん。


 時間を考えればおかしくないが、マリンは違和感を感じた。


 そう、”自宅”と言う言葉に違和感を感じたのだ。


 スターネイルが1人で暮らしているのは、北関東支部なら誰でも知っている。

 マリンが知る限り、スターネイルはお昼ご飯を魔法局の食堂で食べる事がほとんどだった。

 マリンが北関東支部に所属してからは一度として、自宅で食べたなんて聞いたことがなかったのだ。


 しかも、こんな時に一々自宅に戻るなど、何かあると自白している様なものだ。


(何かありそうね)


 スターネイルがブルーコレットを匿ってるなんてことはないだろうが、探りは入れといた方がいいだろうと、マリンは思った。


「そう。今日は雪も降って視界が悪いから、2人で一緒に探索するって局長に伝えといて下さい」


『分かりました。それでは、引き続き頑張って下さい』


 マリンは通信を切って直ぐに、スターネイルに連絡を入れる。


『こちらスターネイル。どうしたのマリンちゃん?』


 マリンの眉がピクリと動く。


 マリンはスターネイルに任務中はちゃん付けするな、と何度も言ってるのだが、スターネイルはちゃん付けを止めないのだ。


 いつもなら小言の1つや2つを言うのだが、今日はグッと我慢する。


「雪のせいで視界も悪く、情報のすり合わせもしたいので、一緒に捜索をしましょう。局長に連絡済みです」


 許可自体は出ていないが、問題があるなら直ぐに連絡が来るはずだ。


 連絡が来たとしても、捜索の効率化のためと言えば大丈夫だろうと、マリンは思っている。


『分かったけど、集合はどうするの?』


「私が魔法局のテレポーターでそちらに飛ぶので、10分ほど待っていて下さい」


 幸いマリンの場所から北関東支部までは、頑張れば5分で行くことが出来る。


 簡易テレポーターで帰ってもいいが、もしかしたら魔法局に向かっている途中で、ブルーコレットを見つけられる可能性もある。


 通信を切ったマリンは、雪の中を走った。


 通常もなら一般人の視線などを気に掛けるが、こんな雪の中で外出している人間は、そうそういない。


 居るのは、魔物討伐に駆り出されている魔法少女位だろう。


 マリンが魔法局に向かう間も、2人程魔法少女を見かけた。


(やっぱり、魔物の数が増えてるわね)


 魔女の宣言があったその日から、魔物の出現数が増えた。


 それは、魔法少女全員が感じていることであるだろう。


 日本の支部はそれぞれ行動を起こしているが、本部は重い腰を上げずにいる。


 それどころか、イニーを探す様に、本部の息が掛っている魔法少女に命令を出し、破滅主義派に関しては最小限でしか動いていない。


 あからさまな行動に、顔をしかめる魔法少女も少なくない。


 マリンも憤慨して、辞表を出すほどだった。


「お疲れ様マリン。どうかしましたか?」


 マリンが北関東支部に入ると、受付の女性が声を掛けて来た。


「スターネイルと合流する為に戻ってきました、テレポーターを使用しますね」

「分かりました。行ってらっしゃい」


 マリンはそのままテレポーター室に向かい、スターネイルから送られてきた座標を入力した。

 

「あっ。マリンちゃんこっちだよー」

「呼ばなくても見えてますよ」


 茨城は群馬に比べれば雪は弱いが、それでも多少吹雪いていた。

 

 マリンがテレポートしてきた事に気づいたスターネイルは手を振って、マリンを呼ぶ。


 その顔色は雪のせいで分かり難いが、朝よりはマシになっている様に見える。


「さて、朝は聞きそびれましたが、ブルーコレットと最後に会ったのはいつですか?」

「コレットと? 会ったのは一昨日の朝に魔法局で会ったきりだよ。それからは別れたから知らないよ」

「そうですか……何かおかしな言動とかは?」


 スターネイルは何て言えばいいかを考える。

 最近のブルーコレットは常に不機嫌であり、危ない発言も多かった。


 私がこんな境遇なのは間違ってる。

 私はもっと戦えるはずだ。

 マリンばかりちやほやされてむかつく。

 

 そんな発言ばかりしているのだ。


「うーん。最近はずっと荒れてたから、おかしいと言えばずっとおかしかったね……」


 そう言えば会うたびに嫌な顔をされたり、誰かと言い争ってるのをよく見かけたなと、マリンは思った。


 学園やイニーの近くに居る事が多いマリンですら、そう感じているのだ。

 

 スターネイルの言葉に、嘘はないだろう。

 

「誰かに会うとか、どこかに行くとかは言ってました?」

「それらしい事は何も言ってなかったよ」

「そうなると、やはり虱潰しに探すしかないですか……」

 

 マリンは眉をハの字にして、不満をこぼす。


 限られた時間でブルーコレットを探すのは不可能に近い。


 妖精界に逃げたり、魔法少女に変身した場合は魔法局が察知出来るので、ブルーコレットが逃げる場合は現実で公共機関を使うか、自分の足しかないとマリンやスターネイルは考えている。


 なので、まだ北関東のどこかに居るはずだ。


 しかし、今のブルーコレットは魔女によってその性質を大きく変えてしまっていた。


 探そうとしたところで、見つからないのだ。


「そう言えば、朝に比べると体調が良くなった様に見えますが、何かありましたか? それと、珍しく家で昼食を済ませたみたいですね」


 マリンは仕方ないと諦めた後に、気になっていた事を聞いた。

 スターネイルの顔色は、朝に比べれば良くなって、ふらつく様な素振りも見せていなかった。


 スターネイルはどう答えようかと、人差し指を頬に当てながら考える。


 スターネイルが元気になった理由は、風瑠――実際はハルナになるのだが、彼女のおかげだ。

 しかし、謎の多い風瑠の事を話して良いのだろうかと悩む。

 出会いからして、普通ではなかったのだ。


 何より、今風瑠が居なくなった場合、自分は耐えられないだろうと、スターネイルは薄々理解している。

 

「少し前からペットを飼っていて、その子の世話をするために帰ってたの。もしかして、心配してくれてたの?」

「まあ、一応同じ魔法局の仲間ですからね。それにしても、ペットですか……」


 マリンは少し頬を赤くして素っ気なく返し、ペットについて考える。


 スターネイルに家族が居るなら、ペットを飼っていたとしてもおかしくないが、1人暮らしでペットを飼うのは少しおかしいと感じた。


 魔法少女をやっていれば、いつ命を落とすか分からない。

 そんな状態でペットなんて、普通飼うだろうか?

 少々きな臭さを感じるが、今はあまり関係ないことだ。


 素直に、スターネイルの体調が良くなった事を喜ぶことにした。


 なお、ペット呼ばわりされた風瑠はベッドで寝ている。


「ともかく、今日は当てもなく探すしかなさそうですね」

「うん。早く見つかると良いね」


 マリンとスターネイルは高い場所から辺りを見渡し、ブルーコレットを探す。


 この日の探索は夕方まで行われ、成果無しで北関東支部に帰ることとなった。


「戻りました」

「どうやら見つからなかったようね」


 北関東支部に戻った2人は天城に報告をしようしたところ、不在ということで、代わりに白橿へ報告をしに来ていた。


「……あの、その白菜は一体何ですか?」


 報告をしようとしたスターネイルだったが、白橿の脇に置かれた、2つの大きな白菜に目を奪われる。


「ああ、これ? 情報収集してる時に、知り合いに沢山貰ったのよ。これはネイルとマリンの分よ」

「ありがとうございます。何か情報はありましたか」


 マリンは少し微妙な顔をするが、直ぐに気を取り直す。


 白菜が嫌いってわけではないのだが、ここまで立派な白菜が珍しかったのだ。


「残念ながら、それらしい情報は無かったわね。妖精局や、知っていそうな人にも話を聞いてい見たけど、駄目だったわ」

「そうですか……分かりました。明日も引き続き探してみます」

「ええ。辛い役目を押し付ける事になると思うけど、どうか被害が出る前に、コレットを見つけて上げて」

 

 一般人を殺してしまった時のようになれば、もうブルーコレットは後戻りできなくなる。


 せめて魔法少女どうしの争いとなれば、言い訳のしようはある。


 だが、もうブルーコレットが戻ることはない。


 白橿はそう思っている。


 もう、手遅れなのだろう。


「もしもの時は私が手を下します。それが、私の魔法少女としての務めです」

「わ、私も一緒に戦うわ! コレットちゃんが間違いを起こすっていうなら、友達である私が最後を務めます!」


「そう……でも、無理はしないでちょうだいね。今日はもう帰って大丈夫よ。あっ、白菜は忘れないでね」


 明日は12月31日となり、通常ならば家で休んだり、家族で過ごす人がほとんどだろう。


 しかし、魔物が存在する限り、魔法少女に休みはない。


 せめて新しい年は…………。


 誰もがそう思う中、今年最後の日を迎えることとなる。


 魔法少女たちの今年最後の戦いが、始まりの幕を上げる。

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