魔法少女の参拝

 雪か……今日は寒くなりそうだな。


 抱きついている多摩恵の腕から抜け出し、軽くストレッチして目を覚ます。

 

 魔石を使った暖房が効いているため、部屋はそこそこ暖かい。

 まだ身体が重く感じるが、この調子なら明日には戦う事も出来そうだ。


 時間は……5時か……雪が降っているが、少し散歩でもしてくるかな。


(そう言えば、多摩恵の家ってどこにあるんだ?)


『……うみゅ? ああ、家ね。渋川の榛名寄りだよ』


 どうやら起こしてしまったみたいだが、悪く思うなよ。


 山の方なら、雪が降ってもおかしくないか。


(靴とパーカを頼む。少し散歩してくるから、寝てても良いぞ)


『うい。私はもう少し寝てるよ』


 アクマに服と靴を出してもらい、外に出る。

 

 雪が降っているので当たり前だが、空は曇っており、まだ暗い。

 ……暗いというか、真っ暗だな。街灯がなければ散歩を止めていたところだ。

 地面や道路は少し白くなっているが、積もるにはまだ時間が掛かりそうだ。


 こんな風にゆっくりと散歩をするのは、いつ振りだろうか?

 生前――史郎だった頃を含めても、思い出せないほど昔だ。

 一応、最後の魔法少女になった日は公園で散歩をしていたが、あれはノーカンだ。


 少しの間はランニングなどもしていたが、最近はそんな余裕もないからな。


 学園へ転入する前の水上でもタラゴンさんに連れ回されて、ゆっくりできなかったからな。


 そんなこんなで、少し歩いていると、神社が見えてきた。

 結構立派な鳥居があり、歴史を感じさせる。


 神仏なんてのは信じてないが、折角だし参拝でもしていくか。


 幸いポケットには、小銭が入っている。


 鳥居をくぐり、境内を見渡しながら拝殿に向かう。

 思ったよりも、綺麗な状態を保っているな……。


 こんな田舎にあるから寂れていると思ったが、珍しい。


 雪が降っているせいか、あるいはまだ早い時間だからなのか、人は誰もいない。

 ポケットの小銭を賽銭箱に投げ入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をする。


 これと言って願い事はないが、強いて言うなら健康でありたい。

 多少の怪我や骨折なら、回復魔法で問題なく治せるが、四肢の再生は身体に負担がある。

 弱った身体では、戦うことはできないからな。


 健康が一番だ。


 二礼二拍手一礼の最後の一礼をして顔を上げると、変な格好をした女性が、賽銭箱の上に座っていた。


 ……無視だな。

 

 多摩恵も待っているだろうし、帰ろう。


 踵を返し、歩き出す。


「無視は流石に酷くない?」


 事はできなかった。


「何か用ですか? 寒いので手短にお願いします」


 アクマが寝たままって事は、この女性は敵ではないのだろう。


 ならば、適当でいい。


「用ははないけど、こんな所に若い少女が参拝に来れば気になるでしょう?」

「そうですか。ではさようなら」

「だから、帰ろうとしないでってば」


 振り向いて歩き出すと、女性は賽銭箱から飛び降り、俺の肩を掴んだ。


 いっそのこと警察でも呼びたいが、捕まるのは自分なので、呼ぶことはできない。


 なんせ、指名手配されてるからな。


 素顔を知ってるのはタラゴンさんとマリンだけだから大丈夫かもしれないが、呼ばない方が賢明だろう。


 女性は俺の肩を掴んだ後、あちこち触ってきた。

 

「ふむふむ。貧血と、それに伴って臓器の機能低下ね。戦いは見てたけど、結構無理をしているわね」

「確認ですが、敵ではないのですよね?」

「当たり前でしょう。こんな美人が敵だと思うのかしら?」


 まあ、美人なのは否定しないが、賽銭箱の上に突如として現れたのだ。

 

 地面は雪で多少白くなっているから、足跡が残るはずだが、ここに俺以外の足跡は無い。

 

 拝殿の中から出て来たのなら扉を開く音がするはずだが、それも無かった。


 普通じゃないのは明らかだろう。


 そんな相手は偽史郎やアクマだけで沢山だ。


「それで、あなたは誰なんですか?」

「あなたが会った、悪魔や愚者の親玉の関係者よ。まあ、正確にはその下っ端みたいなもんだけどね。名前らしい名前はないわ」


 ふむ。偽史郎のねえ。


「それにしても、これで元が男っていうんだから驚きよねー。応援しかできないけど、必ず魔女を倒してよ」


 俺の頭を撫で、優しい笑みを浮かべる。

 全てを包み込むような優しさを感じるが、俺の心は拒絶反応を起こす。


 その優しさは、俺に向けて良いものではない。その優しは、既に俺が捨てたものだ。

 混じり気の無い善意など、受け取ることは出来ない。

 

「ええ。必ず倒しますよ。そうしなければ、世界は滅び、あなたも消えるのでしょう?」

「――そうなるわね。この世界で魔女を倒せる可能性があるのは、あなただけでしょう。そして、あの魔物を倒せるのも……」


 女性は撫でるのを止め、俺を強く抱きしめる。その身体は僅かに震えていた。

 

 全戦全敗。

 ラスボスの2連戦は常に1戦目で負けている。

 本音では、俺が勝てるとは思っていないのだろう。


 恐らく、魔女の事を知っている者で、俺が勝てると思っている者は誰もいないのだろうな。


 悲しいとは思わないが、これが現実ってやつだ。


 だから、他人は嫌いなんだ……。


「アクマと、あいつ偽史郎とも契約してますから、倒して見せますよ。それに、私が勝てば、初めて助かった世界として、自慢できますよ?」

「――そうなることを祈っているわ。引き留めて悪かったわね。またいつか会いましょう」


 女性は最後に笑い、初めからそこに居なかったかの様に、姿を消す。


 なぜ姿を現したのか分からないが、次会うことがあるとしたら、全てが終わった時だろう。


 その時はどや顔でもしてろうかな?

 初めて助かって良かったなってな。


 ……帰るか。


 多摩恵の家を出た時よりも雪が強くなり、少しずつ積もり始める。

 血が足りなくて、変な方に思考が暴走していたな。

 頭を冷やすのに、雪は丁度良いだろう。

 

『ふぁー、よく寝た。うわ、結構降ってきてるね。早く帰った方が良いんじゃない?』


(分かってるさ。今帰ってるところだよ)


 後5分くらい早く目を覚ませばいいのに、タイミングの悪い奴だ。


 来た道を戻り、多摩恵の家に帰る。

 

 そう言えば鍵を開けたままにしてしまったが、一応魔法少女だし大丈夫だろう。

 家の近くまで来ると、部屋の明かりが見えた。


 どうやら多摩恵も起きたみたいだな。


 家に入る前に、服は戻しておかないとな。

 

(服を戻しといてくれ)


『了解』


 多摩恵から借りてる服は完全に少女ものなので、あまり着たくないが、無いはずの服を着てれば怪しまれるので仕方ない。

 

 玄関を開けようとドアノブを握ると、突然ドアが開き、尻餅をついてしまった。


「風瑠! 良かった……てっきり出て行っちゃったのかと心配して……」


 多摩恵は焦っていたのか、髪も乱れ、パジャマのままだ。

 

 どうやら、起きて直ぐに俺を探し始めたみたいだな。

 

 何を考えているんだか……。


「約束は守りますよ。顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。あっ、ごめんね? 怪我とかしてない?」


 多摩恵が差しだしてくれた手を掴んで立ち上がる。

 痛みは無いが、少々尻が冷たい。

 こんな日は珈琲でも飲みながら、本を読んでいたいものだな。


 家の中に入り、多摩恵がココアを淹れると言うので、それまでリビングで寛ぐ。


 俺が自分でやろうかと提案した所、自分がやると言って聞かなかったのだ。

 

 テレビをつけると、俺の事や魔女の事。死んだランカーたちの話題ばかり放送されている。

 

「この顔を見かけたら魔法局まで連絡を」って、何だが一昔前の人探し番組だな。


 希望的観測になってしまうが、ここまで大々的に魔法局が動いてるって事は、楓さんたちも何か手を打っているだろう。


 楓さんやタラゴンさんは、ここ最近の魔法局のやり方と反発していたからな。


(そうだろう? アクマ)


『足取りは掴めないけど、10位が動いてるみたいだよ』


 10位……確か、ゼアーフィールって名前だったかな? 能力以外が非公開だったので印象に残ってるな。

 動画も全くないので、どの様な魔法少女なのか全くわからない。

 

(まあ、動いているならそっちは任せるさ。こっちはこっちで、魔女の部下を倒さなければならないからな)

 

『問題は相手の足取りを掴むことが出来ないって事だね。闇雲に探しても見つけられないし、こればっかりは受け身になっちゃうね』

 

 せめて、先手が取れれば作戦を考えるのも楽だが、受け身になる関係上、その場勝負になるだろう。

 言っちゃ悪いが、アクマたちアルカナは負けるべくして、負けたのだろう。


『一応私だけじゃなくて、フールの分のリソースがあるし、これまでよりできる事が増えてるから、昔よりは活躍できるよ』


(その言葉を信じるとするさ)


「お待たせ」


 トーストにイチゴジャムを塗ったものと、ココアを持ってきてくれた。


 本音を言えば珈琲が良いが、普通の少女の家に珈琲はないだろう。

 

「ありがとうございます」

「いいのよ、私がやりたくてやってるんだもの。はい、どうぞ」


 冷えた身体に、温かいココアが染み渡る。


「私はこの後魔法局に行くんだけど、良かったら一緒に来ない?」

「申し訳ないですが、遠慮しておきます」


 運悪くマリンと鉢合わせしようものなら、一発で素性がバレてしまう。


 そんな危ない橋を渡る必要はないだろう。


 だから、またそんな顔をするのは止めてくれませんかね?

 

「そう……。分かったわ。今日は何かすることはあるの?」

「まだ体調が万全ではないので、一日休んでいようと思います」


 もう外には出れなさそうだし、妖精界へ行くにしても、まだ万全と言えるほど体調がよくない。


「分かったわ。お昼はお弁当を作っとくから食べてね。もしかしたら早めに戻ってこれるかもしれないから、そうしたら一緒に食べましょう」

「……ありがとうございます」


 そこまで甲斐甲斐しくしなくてもいいのだがな……。


 どうせ寝ているだけだし、うどんでも置いといてくれれば足りる。


「明日は大晦日だけど、うどんとそばどっちが良い?」


 もう大晦日か。


 1人で暮らしてた頃はまったく気にしてなかったな。


「そうですね……きつねうどんが良いです」

「ふふ。分かったわ」


 何がおかしいのか、多摩恵が笑う。


 何故だ?


『(そのきつねのせいだよと、アクマちゃんは思うのでした)』


 ゆっくりとココアを飲み、トーストを食べていると7時になり、多摩恵が出かける準備を始めた。


 その間に見ているテレビでは、俺のこれまでの経歴についてなどが放送されているが、アナウンサーやコメンテイターの感想が的外ればかりで面白い。


 双子の妹説や、魔女のスパイ。妖精の落とし子など様々だ。

 

「それじゃあ行ってくるけど、しっかりと休んでるのよ」


 お弁当をポンとテーブルに置いた後、多摩恵は簡易テレポーターを使って出かけた。

 雪が降ってる中を移動する位なら、金の掛かるテレポーターの方がマシだろう。


 これで、最低でも昼までは自由な時間ができたな。

 戦う事は出来ないが、やれることはやっておこう。

 

(変身した場合って、直ぐにバレるのか?)


『魔法局の探知範囲に入るか、結界の中に入らない限りは大丈夫だね。今は簡易結界を私が張れるから、変身するなら一声掛けてね』


(了解。その簡易結界ってのは何なんだ?)


『魔力を察知されないようにするための狭い結界だよ。この家を覆う位の大きさまでなら張れるよ』


 使うことはほとんどなさそうだが、今回は都合が良い。

 

(なら張ってくれ)

 

『りょうか~い』


 腹の辺りから透明な波のようなものが広がる。


 これで結界が張れたのかな?

 

『これで大丈夫だよ。それで何するの?』


(安全なうちに第二形態に変身して、感触を確かめておこうと思ってな)


 第二形態は俺の精神状態に左右されるので、平穏な状態で変身してもあまり意味はないかもしれないが、確認しといて損はないだろう。


(変身)


 晨曦チェンシーと戦った時の様な、異様な変身ではなく、いつもの様に光って服装や髪が変わる。


 軽く体を見渡すと、若干服装が豪華になった感じがする。

 スカートも二層構造になり、フリルが追加された。

 ついでにフード付きのケープが追加された。


 地味に嬉しい。

 

 後は……ほう。


『どう? これまでと何か変わった?』


(今の状態だと、前より防御面が強化されたな。それと――)


 右手にアクマが変化した黒剣を召喚し、左手に愚者のリソースで作った赤い剣を召喚した。


『ふむふむ。防御面の強化と、手数の増加ね。魔物相手なら良いかもしれないけど、複数の魔法少女と同時に戦う事は早々ないだろうし、微妙かもね』


 アクマの言う通り、魔法少女相手には手数よりも一撃の強さの方が重要だ。


 まあ、使う使わないは俺の自由だし、投擲用として使うのはありかもな。


 一応ケープは装備品と同じ仕様らしく、消すことが出来た。


 両手の剣を消し、白魔導師に戻る。


 貧血による倦怠感はあるが、それ以外の違和感はない。


 今更だが、杖には黄色い線が引かれている。


 これが愚者……フールの残滓か。


 フールで思い出したが、アクマに聞いておきたい事があったんだった。


(なあアクマ)


『どうしたの?』


(アクマって姿を変えられるのか?)

 

『変えられるよ? 今の姿は省エネ兼擬態だよ。この姿なら、もしも誰かに見られても妖精って誤魔化せるからね』


 フールの姿を見て思っていたが、やはり姿を変えられるのか。

 

 いつかはアクマの本当の姿を見て見たいが、今はまだいいや。


 確かめたいことも終わったし、寝るとしよう。


(そんじゃ、変身を解いて寝るから、何かあったら起こしてくれ)


『了解。ゆっくり休んでね』


 ソファーで寝ると後で怒られるので、多摩恵の布団で寝る事にした。


 冷静に考えると、26歳の男が少女の布団で寝るのって結構駄目な気がするが、仕方ない。

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