魔法少女ブルーコレットの歪み
魔女たちが拠点として使っている屋敷。
基本的に居るのはリンネ1人だが、今日は珍しく、ロックヴェルトと魔女も居た。
「随分と機嫌がよさそうじゃないか」
リンネがいつも本を読んでいる部屋で、魔女は鼻歌を歌いながら、紅茶を飲んでいた。
「そうかもしれないわね。久々に面白いものが見られたんだもの」
「――イニーのあれかい?」
「ええ。まさかあんな事になるとは思わなかったわ。予想ではイニー諸共、全員死ぬとおもってたんだけどね」
SS級の中で、単騎最強の一角であるマスティディザイア。
当初はもっと弱い魔物を投入する予定であったが、イニーが居たため、この魔物を使うことを急遽決めたのだ。
アクマが本来の力を失っていると、魔女は会った時に気付いていたが、イニーがM・D・Wを倒していることもあり、念には念を入れたのだ。
イニーは頑張ってマスティディザイアの拘束具を壊していくが、徐々にボロボロとなり、防戦一方となっていた。
まるで最後の力を振り絞るようにして最後の拘束具を壊すも、腹を刺されて終わりとなるはずだった。
「あの力は恐らく愚者のものだろうけど、基本的にアルカナの契約は1人に付き1人だ。なのに、イニーは悪魔ではなく、愚者の力を使った。どうやってだと思う?」
魔女はリンネに問いかける。
それに対してリンネは一口紅茶を飲んでから、自分の考えを話す。
「考えられるのは力の譲渡だが、そうすればアルカナはどうなるのかね?」
「アルカナは力そのものが意志を持った存在だわ。そんなことをすれば、消滅するだろう。そう、消滅してしまうのよ」
何が可笑しいのか、魔女はクスクスと笑う。
「今まで、誰かを守ろうとして死んだり、絶望の果てに朽ち果てた者は居たけど、まさか力を譲る者が現れるとは思わなかったわ」
アルカナの中で、初めて能力を譲渡して死んだ愚者。
この世界では、これまで起こらなかった事が次々と起きている。
その事が、魔女は面白かった。
「しかし、イニーにそこまで期待はしていないのだろう?」
イニーを気に掛けているが、魔女は期待をしていなかった。
これまでも契約者の中では恐らく最弱であり、将来性を見込めない魔法少女。
2つの形態を持っているとはいえ、その程度の力は気にするほどではなかった。
「弱い者に興味はないもの。けど、これで少しは楽しめそうね。なにせ、1人で2人分のアルカナの力を持っているんですもの」
「だが、アルカナの力は強力なのだろう? その力に耐えられるものなのかい?」
破滅主義派のメンバーは魔女が持っている情報は全て知らされており、残りのアルカナや、アルカナの能力も知っている。
過去の戦いでは、限界を超えてアルカナの力を使った結果、そのまま死んでしまった例もある。
2人分の力を持っていたとしても、使うことは出来ないだろう。
「そうかも知れないし、そうならないかも知れない。物語ではよくあるでしょう? 平凡な者が、巨悪を倒すってお話が」
「そんなのは物語だけの話さ。そもそも、あなたを倒すなんて不可能だろう」
魔女の素顔を知ってるリンネは、魔女がどれくらい強いのかを理解している。
この世界に、魔女に勝てる魔法少女は居ないだろう。
そう、リンネは思っている。
「確率は常に変わるものよ。まあ、負けるつもりはないけどね」
「それなら良いが、次はどうするんだい?」
魔女は1枚の紙を取り出し、リンネに渡す。
「……なるほど。悪趣味だが、面白いね」
「折角魔法局が踊ってくれてるからね。踊ってくれているなら、音楽でも奏でて上げた方が、親切でしょう?」
魔女が気まぐれに手を貸した結果、魔法局内部は混乱していた。
イニーを捕まえようと躍起になっていたり、魔女と連絡を取ろうと秘密裏に動いてる者すらいる。
支部は比較的まともだが、各国の本部は使い物にならなくなっている。
「それじゃあロックヴェルト。これを例の男の、机の上に置いてきてくれ」
2人の会話を聞きながら、黙々とお菓子を食べているロックヴェルトに封筒を渡す。
封筒には厚みがあり、何か固いものが入っているのがわかる。
「分かったわ。何時までに届ければ良いの?」
「31日の朝までに頼むわ。そうすれば、年明けに良いものが見れるわよ」
「分かったわ。これを食べて、休んだら行ってくる」
魔女は紅茶を飲み終え、ゆっくりと席を立つ。
ここに来た用事も終わり、次の場所に向かうのだ。
「こちらで他にやっておくことはあるかい?」
「今の所は計画通りで大丈夫よ。ただ、返り討ちにされないように気をつけなさい。それじゃあ、またね」
魔女は何時ものように、魔法陣の中に入り、姿を消す。
「それで、さっきの紙には何が書いてあったの?」
「ああ、これかい? それは内緒だよ。ただ、その封筒の中身と関係があるのは、確かかな」
ロックヴェルトは少し不貞腐れ、リンネに軽く悪態をつく。
ただ、リンネが教えてないという事で、紙に書かれている情報の価値を、図ることは出来た。
「ご馳走様。それじゃあ、行ってくるわね」
「ああ。見つからないように気を付けたまえ。君の能力は失うには惜しいからね」
ロックヴェルトも部屋から去り、リンネだけが残される。
「全く、食べたなら片づけてから去ればいいのに……」
部屋には魔女が召喚した机と、お菓子の残骸が残されており、リンネは1人で片付けるのであった。
1
「全く、こんな簡単な討伐ばかりやらせて、なに考えてるんだが」
ブルーコレットは指示された魔物を倒しながら、愚痴をこぼしていた。
少し前までは、スターネイルとコンビを組んで討伐をしていたのだが、スターネイルが不調となってからは、1人で活動していた。
2人でならB級や、場合によってはA級とも戦えるが、1人ではC級がやっとだ。
そうなると、これまでより稼げる額は少なくなり、討伐も単調なものになる。
ブルーコレットは1人でもB級と戦えると
スターネイルと一緒にいた時より素行も悪くなり、周りから煙たがられる事も増えてきている。
「オペレーター。倒し終わったわよ」
『確認しました。今回の討伐は以上となります。お疲れ様でした』
「はいはい」
通話を切り、土がむき出しとなった地面から槍を引き抜く。
元々はアスファルトで綺麗に舗装されていた道路だったのだが、今は見る影もない。
「たく、ネイルも、マリンもつまらないわね。折角魔法少女になれるんだし、もっと自由にやれば良いのに」
人とは違う力。
自分たちは選ばれた存在。
そんな風に考えているブルーコレットにとって、一般人を殺したことに思い悩むスターネイルや、品行方正なマリンの事を、理解することができなかった。
イラつきをぶつける様に、地面に槍を叩きつけ、土が舞い上がる。
「……帰るか」
ブルーコレットが槍を肩に担ぎ、歩き出そうとした、その時だった。
塗り変わるように景色が変わり、黒いフードを被った怪しげな人物が現れたのだ。
「随分と荒れているようだね」
「――確か魔女だったかしら? 何か用?」
ブルーコレットは魔女がいつ動いてもいいように、油断なく槍を構える。
景色が変わる現象――結界に囚われたと理解しているからだ。
「そう構えなくても、私からは何もしないわ。あなた、力が欲しくないかしら?」
「……」
「自分より強いものを倒すための力。他者を蹴落とすための力。気に食わない者を黙らすための力。あなたは欲しいはずよ。ブル-コレット」
ブルーコレットの構える槍が、僅かに揺らぐ。
そんなブルーコレットに向かって、ゆっくりと魔女は近づいていく。
「魔法少女。選ばれた存在のはずなのに、あれやこれやと雁字搦めにされ、魔法局にこき使われる。後輩のはずの魔法少女は自分より強くなり、あなたを見ようともしない」
魔女は液体が入った小瓶を取り出し、ブルーコレットに見せる。
「この液体を飲めば、強化フォームと同程度の力が手に入るわ。後はあなたの好きなようにすれば良いわ」
「……本当に力が手に入るのね?」
「ええ。あなたの望むような力が、必ず手に入るわ」
ブルーコレットは悩んだ末、小瓶を受け取り、軽く揺らす。
ブルーコレットは魔法少女として活動するようになってから、急激に強くなることがなかった。
後輩となる魔法少女や、マリンにも順位を抜かれ、その苛立ちをスターネイルにぶつけたりもしていた。
もしも、魔女の言うとおり力が手に入るのなら……。
魔女の甘言に惑わされ、ブルーコレットは一気に飲み干した。
「ああ。これよ! これだわ! はは。あはははは!」
ブルーコレットは高笑いを始め、急激に変化をしていく。
槍は大きく刺々しくなり、異様な雰囲気を出し、身体に幾何学的な紋様が浮かび上がる。
頭には角が生え、背からは片翼の黒い翼が生える。
そこにはもう、ブルーコレットと呼ばれた魔法少女の面影はなかった。
「この力があれば、誰にも見下されない! 誰にも負けないわ!」
「気にいってくれたなら良かったわ。後は好きにしなさい。まあ、結末は分かっているけど」
最後に魔女はブルーコレットに結界を張る道具を渡す。
説明をするが、 高笑いするブルーコレットに魔女の声は届かず、魔女はやれやれと首を振って、どこかに消える。
そして、ブルーコレットは北関東支部から姿を消した。
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