魔法少女は偽る

「起きてる?」


 その声を聞いて、目が覚めた。

 外は既に暗くなっており、夜みたいだ。

 ……ああそうか、スターネイルの家にお邪魔になっているんだったな。


「はい。起きています」

「……いや、今起きたんでしょ? 夕飯作るけど食べられる?」


 うどんを食べてから結構な時間が経っており、腹は空いている。

 まだ身体の調子は悪いが、動けなくはなさそうだ。

 元大人兼社会人としてはご馳走になるのは気が引けるが、ここは甘えておくとしよう。


「大丈夫です」

「そう。嫌いなものとかあるの?」

「何でも食べられます」


 スターネイル――多摩恵は俺に、夕飯が出来るまではゆっくりしているように言って、部屋を出て行く。


(アクマ)


『どうしたの?』


 あっ、今回はちゃんと居るみたいだな。


(聞き忘れてたけど、アクマって何が出来るようになったんだ?)


 愚者フールの力を手に入れ、アルカナとしての力を全て取り戻したのは知っているが、実際に何が出来るかはまだ教えられていない。

 マスティディザイアでは愚者の力を取り込んで戦ったが、俺が知っているのはそれだけだ。


『うーん。ハルナに関係する能力としては魔力の配給をほぼ無制限に受けられるのと、私と愚者の力を一時的に纏って戦う事が出来る様になったって所かな。ただ、どうしてもハルナに負荷が掛かるから、使えるのは1回の戦闘で5分って所かな。それ以上はハルナの身体が持たないよ』


 強化フォームになれなくても、あれだけの力を使えるのだ。

 制限時間があるのは、仕方ないだろう。

 

 前回使った愚者の力は、相手の力を溜め込んで、自分のものとして使う事が出来た。

 あの2つの玉の許容量を超えない限りは防御としても使える。


 球自体が杖の代わりになっているので、球に触っていなくてもこれまで通り魔法が使え、球自体がとても固いので、敵にぶつける事も出来る。


 それだけではなく、マントがこれまでの翼の代わりになっているので、魔法を使わなくても空を飛ぶ事が出来る。


 見た目が少々気になる所だが、強力なのは間違いない。


 それと、なんであの格好だとへそが出てるんだろうな?


(アクマの力を纏うと、どうなるんだ?)


『それは使ってみない事には分からないね。こればっかりは、魔法少女側に依存するから、使ってみないと何と分からないよ』

 

 なるほど、どうせS級やSS級。場合によってはランカークラスの魔法少女を相手にしなければならないだろうから、直ぐに出番はあるだろう。


 後は……。

 

第二形態闇落ちの時ってどうなるんだ?)


 あっちは俺としての内面が強く表れている。


 恐らくだが、この白魔導師形態はこの身体の元の持ち主と、俺が混ざったような状態だ。

 なので、魔法少女としては安定した能力があり、魔物を倒すのに特化している。


 だが、第二形態は違う。


 こちらは俺の魔法少女に対しての憎しみが元となっている形態だ。

 そして、アクマすら武器として使う事により、魔法少女に対して有利になるような能力になっている。


 アクマは遂に完全体となり、フールの力も手に入れているのだ。


 使えるものは全て力として使う第二形態が、そのままな変化なしって事はないだろう。


『……正直、全くの未知数だね。晨曦チェンシーと戦った時の事もあるし、場合によっては私じゃ手に負えないかもしれない。そもそも、2つの形態を持っていること自体が普通はありえないからね』


 それを言われたら何も言い返せないが、魔物相手にあれだけの力を使えたのだ。

 破滅主義派の奴らと戦うなら、第二形態の方が良いはずだろう。


 問題としては長期戦が出来ないって事だが、こればかりは仕方ないと割り切るしかないだろう。


(後1日か2日休めばそれなりに動けそうだし、それから活動を再開するか。それと、多摩恵の反応を常に捉えておく事って出来るか?)


『多摩恵がスターネイルに変身している間は追えるけど、どうしてだい?』

 

(うどん分位の恩は返してやろうと思ってな。それ以上でも、それ以下でもない)

 

 もしもスターネイルが死んだとしても、別段悲しむことはないだろう。

 ……だが、一応とはいえ助けられているのだ。


 食わせてもらったうどん分位は働かないと、大人としてカッコ悪いだろう。


『ふーん。まあ、ハルナがそう言うなら構わないよ』


(ありがとな)


 少々気に食わなさそうだが、アクマは受け入れてくれた。

 

「ごはん出来たから、降りてきてー」

 

 呆けて外を眺めていると、多摩恵の声が聞こえた。

 ベットから降りて、1階に向かう。

 1度トイレに行く際に間取りは把握してあるので、迷うことはない。


 今更だがトイレに行くのは、少し緊張する。

 26年間連れ添ってきた相棒がいなくなり、毎回座らなければならない。


 別にロリコンってわけではないが、何も付いてなく、生えていないのは、妙な気分だ。


 変身する時以外は、男の身体に戻る事とか出来るならありがたいが、そんな虫の良い話はないだろう。

 この力魔法少女は男では使えないのだ。


 身体には慣れてきたとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 1階に降りると、味噌の香りが漂ってくる。

 少女に夕飯を用意させる26歳の男か……ヒモだとしても、ここまで酷いのは中々ないだろう。


「来たわね。座って待っててね。後はご飯だけだから」


 テーブルの上には豚汁と生姜焼き。それから漬け物が置かれている。

 冬になると豚汁が食べたくなるのは、俺が群馬県民だからだろうか?


 冬と言えば、後数日で年が変わるな。

 恐らく、俺が再来年をこの世界で迎えることはない。


 既に死んでいるか、他の世界の魔女と戦って居るだろう。


「お待たせ。それじゅあいただきましょう」

「いただきます」


 ごはんを受け取り、夕飯をいただく。


 ――普通に美味しいな。


 豚汁は濃すぎないし、煮崩れしていない。

 こんにゃくが入っているのが高ポイントだ。


 生姜焼きは生姜が効いていて、寒い冬にはありがたい。


(そう言えば、多摩恵の両親ってどうしてるんだ?)


『数年前に魔物の被害を受けて他界してるね』


 ……ふむ、思い出のある家から出たくないってやつかな?

 

 多摩恵1人で住むには、一軒家は大きすぎる。

 普通に考えれば、どこかの養子になるか、もっと住みやすい場所に引っ越すだろう。


「……味はどう? 誰かと食べるなんて久しぶりだから、いつも通りに作っちゃったけど?」

「とても美味しいです。寒い冬には良いですね」


 多摩恵は少しぎこちなく微笑み、「良かった」と言って、ゆっくりと食べる。


 ゆっくりと食べているのだが、そのスピードは俺より早い。


 特に話すこともなく、箸が食器に当る音だけが響く。

 多摩恵の方が先に食べ終え、マリンみたいにこちらジッと見てくる。


「……何か?」

「何でもないわよ。ただ、自分の料理を誰かが食べるのって新鮮だな~って思って」

「そうですか」


 まあ、美味い飯を食べさせてもらっているのだ。見られる事くらいは我慢しよう。


 やっと食べ終えると、多摩恵はこちらを見たまま、口を開く。


「ねえ」

「はい?」

「行く当てがないなら、一緒に暮らさない? 体調もまだ悪そうだし、どう?」


 どうと聞かれても、答えはノーだ。

 今は仕方ないとはいえ、2日もすれば体調はどうにかなる。

 

 足がつく可能性が低いとはいえ、なにが起こるか予想が出来ない。

 できる限り1人で居た方が良いだろう。


「申し訳ないですが、体調が治り次第出て行こうと思います。助けてもらった礼は必ずします」

「礼なんていらないから、一緒に……」


 突如多摩恵の顔色が悪くなり、どこかに駆けていく。

 ……恐らくトイレだろうな。

 

『うわー』


 うわーって何だよ。


 アクマも俺が出て行こうとしている理由が分かっているのに、なんて言い草だ。


(一緒に居れば、多摩恵が巻き添えになる確率上がる。なら、一緒に居ない方が良いだろう?)


『まあね。私もハルナに賛成だけど、ほっとけばその内魔物にやられて死ぬよ? 既に結構被害が出てるしね』


(――そんなにか?)


『はいチクッと』


 頭に痛みが走り、情報が入ってくる。


 あー、これは酷いな。

 約2日しか経っていないのに、ランカーが1人行方不明となり、いつもより多くの魔法少女が殉職している……。


 うかうかしてられないが、無理をするのは良くない。

 

 だが、こんな状態では、スターネイルが死ぬのも時間の問題だろう。


 アクマに見張ってもらっているとはいえ、なにが起きるか分からない。

 

 …………1週間。

 それが限度だな。


 トイレの流れる音が聞こえ、多摩恵が戻ってくる。

 

「さっきはごめんね。風瑠にも都合があるもんね。仕方ない……よね」

「――1週間だけお世話になります。ですが、出かけていることもあるので、常に居るわけではないですよ?」


 多摩恵は喜んで、笑顔になる。

 

 全く、見捨ててベンチに寝かせたままにしてくれたら、こんなことにはならなかったのに……魔法少女ってのは本当にろくでもない。


 そう言えば、学園には冬休みって概念はなかったが、普通の学校は冬休みか。

 

「風瑠って何歳なの? 私は13歳よ」


 まあ、設定上の俺より年上だよな。

 確か4年か5年位、魔法少女やっているみたいだし。

 

「11歳になります」

「なら、私の方がお姉ちゃんね。ふふ。何かあったら、私を頼るのよ」


 何かね~?

 最低でもS級の魔物を倒せなければ、頼る事は出来ない。

 あれからどれ位スターネイルは強くなったかは知らないが、マリンよりは下だろう。


 マリンはどうしてあんな事になったか知りたいが、出来れば近寄りたくない。

 

 この戦いが終わった後に生き残る事が出来れば、ランカーになる事も出来るだろう。


 多摩恵と話してると、軽快なメロディーがなった後に、お風呂が沸いたと知らせてくれる。

 タラゴンさん家は温泉だったので、朝の掃除をしている時以外は常に入り放題だったが、普通は沸かさないと入れないからな。

 

「あっ、沸いたみたいね。一緒にお風呂に……」

「後で入らせてもらいますので、先にどうぞ」


 なんで女って奴は、一緒に入りたがるんだ?

 個人的に、風呂や温泉は1人で入りたい。

 湯に浸かってぼけーっとしているのが気持ちいいのだ。


 多摩恵はしょんぼりとしながら、先に風呂に入り、その後に俺も入った。

 服はアクマが用意しているのを着たかったが、多摩恵のおさがりを借りる事となった。


 俺が魔法少女って事を教えるのは不味いからな。

 もしも多摩恵の口からマリンや魔法局に話が洩れたら、俺が大変な事になる。

 少女の服を借りるのは抵抗があるが、仕方ない。


 お風呂から上がり、リビングに行くと、多摩恵がココアを飲みながらテレビを見ていた。


 テレビでは俺と、マスティディザイアの戦いを編集したニュースが流れている。


「あっ、お風呂上がったのね。ココア飲む?」

「ありがとうございます。いただきます」


 多摩恵はキッチンに行き、俺の分のココアを持ってきてくれた。


「イニーフリューリングね……」


 反応しそうになるのを、何とか我慢する。

 ここで「何でしょうか?」と言ってしまえば、即バレである。


「知っているのですか?」

「うん。私ね、魔法少女なんだけど、彼女に迷惑を掛けちゃったんだ。それに、助けてもらったのに、お礼も言えてないの」


 悲しそうな表情を浮かべ、ニュースを見る多摩恵。


「ですが、このニュースだと彼女は手配されているみたいですが、どう思いますか?」

「うーん。多分だけど、誰かの都合の悪い存在になっちゃったんじゃないかな? 新魔大戦って魔法局の偉い人たちも関わってるし」


 ふーむ。何か思ってたよりも自己中ってわけでもないし、馬鹿でもない。

 何か引っかかるな。


「そうですか。もし見つけたらどうします? どうやら魔法局からの命令となっているみたいですが?」

「私じゃ勝てないし、見逃すしかないかな。ただ、出来れば話だけはしてみたい。こんなにボロボロになって、どうして戦えるのか。どうして諦めないのか聞いてみたい」


 テレビには、俺がマスティディザイアに吹き飛ばされて、デンドロビウムと鉢合わせした所が流れている。


 編集されて映されていないが、回復する前は所々骨が飛び出ていたな。


「私にもあれだけの力があれば、何か出来たのかもしれないのに……」

「――私には魔法少女の事は分かりませんが、願い焦がれ、落ちることなく精進すれば、強くなれるのではないですか?」

「そうなのかな? 風瑠が言うとなんだが説得力がないけど、頑張ってみようかな……」


 説得力が無いとは心外だが、アクマの力を借りて戦っている俺が言ってるのだから、その通りかもしれんな。


 紛い物の魔法少女であり、紛い物の力を使う。

 

 どこに説得力があるのだろうか?


「今の世に魔法少女は必要ですからね。死なない程度に頑張ってください」

「なんだが投げやりね。風瑠は魔法少女じゃないの?」

「私はただの一般人ですよ。魔法少女なんて、未知の存在です」

 

『その外見で一般人は無理があるんじゃないかな?』


(変身しなければ魔法少女なんて一般人と一緒だろ? どんな外見でも一般人さ)


「ふーん。まあいいわ。さて、もうそろそろ寝ましょうか。布団が無いから、今日は一緒に寝ましょう」

「いえ、私はそこのソファーで結構です」

「良いから良いから」


 歯を磨いた後、多摩恵に引っ張られて、布団に連れ込まれる。

 毎度の事だが、抵抗しても全く意に返さないのだ。


 元の身体は望んでないが、せめてもう少し筋力が欲しい……。

 

 結局、多摩恵と一緒に、寝る羽目になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る