魔法少女楓は少し嬉しかった

「魔法局って必要ないんじゃない?」


 イニーの件でやさぐれているタラゴンは、お茶会が始まって早々そんな事を言った。


 急遽開催されることとなった今回のお茶会。


 主な議題は魔女と、その組織である破滅主義派。魔法局によるイニーへの過激なまでの制裁についてだ。

 妖精局も魔法局に乗っかる形で加担しているが、妖精局が知りたいのはシミュレーター室であった出来事だけだ。


 イニーの素行や変化については、そこまで気にしていなかった。


「気持ちは分かりますが、一応ないと困る方が居ますからね。イニーから連絡はないのですよね?」


 楓も苦笑いするが、タラゴンと同じ気持であった。

 魔法局については前々からどうにかしようと思っていた楓だが、後回しにした結果、この様な横暴を許す形となってしまった。

 楓としても待ったを掛けたのだが、あくまでも釈明の為だと魔法局の上層部は言い、取り合おうとはしなかった。


 魔法局の魂胆は分かっているのだが、状況が状況の為、何もする事が出来ない。


 イニーのパートナーを誰にするか考えていた楓だったが、それどころではなくなってしまった。

 或いは、もっと早くパートナーを付けて、身の潔白を証明できるような何かがあれば、魔法局の横暴を許さなくても済んだのかもしれない。


「イニーについてですが、そこら辺の魔法少女に負ける事はないでしょうし、本人が姿を現すまでは放って置くしかないでしょう。問題は破滅主義派の件です。妖精すら出来ないシミュレーターの改ざんや、高硬度の結界。更にはランカーを倒せるだけの戦力。どれ一つとっても脅威と言えるでしょう」


 妖精局の前に置かれたランカー達の首。シミュレーション内の出来事を全てフィードバックさせるプログラム。シミュレーター室を覆った未知の結界。


 どれ一つとっても脅威であり、人類史上初めて魔物以外が、組織的な脅威として現れたのだ。

 

 指定討伐種悪落ち魔法少女という形で、個別で犯罪を犯す魔法少女はこれまで幾度となく現れたが、組織を作るような者は現れなかった。


 原因の1つとして、指定討伐種の中にランカーを倒せるような者が、現れなかったのが理由だ。


 指定討伐種の討伐は基本的にランカーたちが行っており、ランカーを倒せなければ、纏まる事も出来ないのだ。

 

「殺られた中には、私たちより強いのも居たのだろう? 1人での行動はあまりしないように言われてたが、これからはさらに気を付けた方が良さそうだな」


 グリントは、楓が一晩で仕上げた資料を読んで、考えを纏める。

 

 人類を粛清する――その中には魔法少女も含まれている。

 魔法少女が居なくなれば、必然的に魔物が増えていき、魔物を倒す者が居なくなる。

 そうなれば必然的に人類は減っていき、滅亡するだろう。


 しかも、魔女は魔物を使役していた。

 今回のマスティディザイアや日本で出現したM・D・W。

 どちらも、ただの魔法少女では手も足も出ない、凶悪な魔物だ。


「っチ。面倒な相手が現れたものだね。結局どうするんだ?」

「魔女とその一味である破滅主義派は指定討伐種と認定し、全員討伐対象とします」


 ブレードの質問に対し、楓は明確に宣言した。

 

「そう言ってもらわないと困るわ。それは他の国も同じ考えなの?」

「ええ。既に周知済みです。しかし、魔法局の対応は鈍いですね……」


 魔法局の重鎮の1人が魔女に唆されたせいで、対応が遅れていた。

 更に、イニーが秘密を知っているのではないかと疑っている為、そちらの方が気になって仕方がないのだ。


「わしらがやることはかわらんって事じゃろう? ただ、敵が増えただけじゃ」


 3位の席に座る魔法少女――魔法少女桃童子は久々に出たお茶会が、物騒な内容になっていた事に辟易としていた。


 仕方ない事とは言え、もう少し明るい内容はないのかと、内心思っている。


 たまに会うタラゴンからは妹のイニーについて散々聞かされ、少し楽しみにしていたものの、当のイニーは行方不明となり、魔法局からは追われる身となっていた。


「そうですが、これからの行動は重々注意してください」


 今回の会議は重要なものであり、初回以来初めて10人全員参加している。


 3位の魔法少女桃童子。異名二つ名は鬼神。

 

 6位の魔法少女フルール。異名はワイズプラント。


 そして、10位の魔法少女ゼアーフィール。異名はunknown。


 童子とフルールは指定討伐種を専門としており、対人戦を得意としている。


 ゼアーフィールは、楓からしても何をしているか知らない。

 一度調査をしたこともあるが、ゼアーフィールの能力が能力の為、追う事が出来なかった。


「恐らく、今回以降お茶会を開く時間は無いと思います。何かあれば、今のうちにお願いします」

 

 直ぐに破滅主義派を倒す事が出来れば良いが、これまでやられてきた事を考えれば、長期戦になる事が予想される。

 魔法少女たちの最高戦力であるランカーが減れば一般人は勿論、魔法少女たちにも被害が拡大していく。


 正に、時間との勝負となるのだ。


 そんなランカーたちを集めて会議を開くのは、これ以降難しいだろう。


 楓が全員を見渡すと、ゼアーフィールが手を上げる。


「何でしょうか?」

「魔法局とイニーの件は私が引き受けるわ。流石に、これ以上静観は出来なさそうだからね。私は戦いに向いていないし、良いでしょう?」


 魔法少女ゼアーフィール。楓が1位になる前から10位として活動しているが、プロフィールや活動記録は全て謎に包まれている。

 日本の10位には常にゼアーフィールがおり、変わる事が無かった。


 そんな魔法少女に魔法局はともかく、イニーの事を任せるのは、楓は嫌だった。

 

「あんた、初めて話したと思ったら、私に喧嘩を売ってるの?」


 楓がそう考えるということは、イニーを可愛がっているタラゴンも、そう考えるという事だ。

 タラゴンは、知りもしない他人にイニーを任せる事は到底許容できないし、楓の言いつけを守りイニーの件は静観するつもりだった。


 なのに、しれっと関わろうとしているゼアーフィールを、タラゴンは認める気などない。


「破滅主義派は……魔女は放っておくことは出来ないわ。その魔女が、魔法局にちょっかいを出しているみたいなのよ。そこにイニーも関わっているみたいだから、誰かがやらないといけないでしょう?」


 ゼアーフィールが言った内容は衝撃的なものだった。

 もしもゼアーフィールが言っている事が本当なら、魔法局の反応が鈍いのにも納得できる。

 ならば、魔物や破滅主義派だけでもなく、魔法局にも手を伸ばす必要がある。


 しかし、戦力には限りがある。


 全てを上手く捌ける余裕は、楓には無い。


「……ふん!」


 タラゴンも自分たちがしなければいけない事は理解している。

 

 もしも魔法局やイニーの件に手を伸ばすのならば、自分ではなく、戦力として数えていないゼアーフィールかジャンヌ位しかいないのだ。

 

 タラゴンは八つ当たりとばかりに、ゼアーフィールに攻撃をするが、ゼアーフィールが展開した影に全て吞み込まれてしまった。


「――分かりました。魔法局とイニーの事は任せますが、イニーに何かあったら……分かりますね?」

「大丈夫よ。イニーはこのにまだ必要ですもの。必ず、自由に動けるようにしてみせるわ」


 ゼアーフィールは不敵に笑い、再び静かになる。


「最後にですが、新魔大戦に出場していた魔法少女は念の為病院に入院となっています。また、賭けは全て払い戻しとなるみたいです。それでは、全てが終わった後に、再びここで会いましょう」

 

 こうしてお茶会は終幕となり、各自が自分のやらなければいけない事の為に動き始めた。


 全ての決着が着いた時、何人の魔法少女が、再びお茶会の席に着く事が出来るかは、今は分からない。


 しかし、楓は勿論、他の魔法少女たちも犠牲を出すつもりなどない。


 だが、彼女たちは知らないのだ、魔女の恐ろしさを。


 既に幾多の世界を滅ぼし、終末を告げてきた事を。


 魔女は既に次の手を準備している。


 アンヘーレンプランは、既に開始されているのだ。


 


 



 

 1




 

「魔法局を辞めます」


 魔女による宣言から2日経ったその日、マリンは北関東支部に辞表を出していた。


「待ってくれマリン。早まるんじゃない」


 マリンの表情はとても冷めたものになっており、有無を言わさないオーラを出していた。

 イニーの件で落ち込んでいた時以外は、常に元気一杯で溌溂としており、挨拶を欠かさない少女だったのだが、今は見る影もない。


 辞表を持って局長室に入って来たマリンを見た天城あまぎは、嫌な予感を覚えていたが、まさか辞表を出されるとは思っていなかった。

 

「何か?」


 その一言で天城は冷や汗が出るが、冷静に考える。

 マリンが魔法局を辞めようとしている理由は。恐らくイニーフリューリング――イニーの件でだろう。


 日本の魔法局本部や、世界各地にある魔法局が下した判断が不服なのだろうと予想する。

 

「辞めてどうするんだ? マリン1人では何も出来ないだろう?」

「こんな腐った所に居るくらいでしたら、野良の方がマシです。まさか、ここまでとは思いませんでしたよ」


 マリンは魔法少女として北関東支部に所属する時、魔法局の現状を教えられていた。

 そして、天城の考えに賛同していたが、今回の件を受けて、このまま魔法局に居る意味を見出せなかった。


 ここに居るくらいなら、野良として活動し、イニーを探していた方が良い。そう思ったのだ。


 つまり、魔法局と敵対する気だという事だ。

 

「――それを言われたらぐうの音も出ないが、せめて話だけでも聞いてくれないか?」

「話ですか?」

「ああ。日本の本部はあんな馬鹿みたいな事を言っているが、俺を含め、東北と関西の局長は、今回の件に反対している。彼女イニーには散々助けられて来たし、彼女が悪だとは到底思えない」


 これまでイニーが残した功績は沢山ある。

 北関東支部としては、マリンや他の2人の魔法少女をM・D・Wの脅威から生還させ、関西ではジャンヌと共にボランティアで沢山の一般人を治療した。


 東北でも新人の魔法少女を救っているのだ。


 そんな魔法少女が少し様変わりした程度で、手の平を返すほど、天城を含めた他の局長も腐ってはいない。


「ですが、本部に逆らったらどうなるか分かっているのでしょう?」

「所詮ここは左遷先だ。それに、魔女と名乗った魔法少女たちの件もある」


 天城は勿論、他の支部の局長たちもイニーとマスティディザイアの戦いを見ていた。


 その戦いも問題だったが、それ以上に、魔女が魔物を使役する能力を持っている事の方が問題だった。

 これについてはアロンガンテも報告を上げており、魔女が好きな様に上位B級以上イレギュラーSS級~測定不能を使われたら、日本は簡単に滅びるだろう。


 日本のランカーたちは、世界の中でもトップレベルで強いが、一般の魔法少女はどちらかと言えば弱い。

 S級を倒せる魔法少女はそれなりに居るがSS級ともなれば、ランカー以外では時間稼ぎにすらならない。


 そんな中で、イニーは過程はともかくとして、SS級のマスティディザイアを軽く葬ってみせたのだ。

 今の日本にはイニーが絶対に必要だと、天城は思っている。

 

「マリンが怒るのも理解できるが、ここは取引といかないか?」

「……取引ですか?」

「ああ。私を含めた3人の局長はイニーを探す事に決めている。そして、見つけた際にはマリンに、1番最初に報告しよう」


 もしもマリンが野良となった場合、イニーを探す方法がなく、やみくもに探すしかない。

 だが、魔法局には魔法少女の波長を捉え、見つける装置がある。

 勿論色々と制約はあるが、やみくもに探すよりは、見つけられる確率は上がる。


 マリンとしては悪くない提案である。


 そして、天城としてはマリンに抜けられると非常に困る。


 精神的に不安定であり、あまり良い状態ではないスターネイルと、言う事を聞かないブルーコレット。


 スターネイルについては時間が解決してくれるだろうが、ブルーコレットはそうもいかない。


 今のままなら近い将来、魔法少女を辞めさせなければならない。

 そうなれば、北関東支部の魔法少女はスターネイル1人だけとなる。


 スターネイルだけで、魔法局としての体制を保つことは、不可能だ。


「……嘘ではありませんよね?」

「私がこれまで、マリンに嘘を言ったことがあったかね? 」

 

 マリンは長いため息をついてから、机の上の辞表を取り下げた。

 ここで感情的になり魔法局を辞めるよりは、このまま所属していた方が、メリットがあると考えたのだ。


「ありがとうマリン」

「そう思うのでしたら、本部の横暴を如何にかして下さい」

「あはは。頑張ってはいるのだが、どうしても人手が足りなくてね。だが、そうも言っていられなさそうだ」


 魔女の宣言から、魔物の出現数は大きく増えている。

 それだけではなく、高階級の魔物が増え、魔法少女や一般人の被害も出ている。


 ランカーも、更に1人行方不明者が出ていると報告が上がっており、このまま魔女に好き勝手されれば、未来はないだろう。


「……中位D~C級以上は私の方で対処しますから、全て回してください。2人の様子はどうですか?」

「スターネイルは白橿しらかしが面倒を見ているが、ブルーコレットの方は駄目そうだ。我ながら情けない」


 M・D・W辺りから、2人の変化について知らされていたマリンは何かと気に掛けていた。

 だが、ドッペルと戦って以降は、自分も引きこもったりしていたため、気にしている余裕もなかった

 

「――そうですか。それでは、失礼します」


 マリンは思うところもあるが、特に何も言わないで局長室を後にする。


 残された天城は、何とかマリンを引き留めることができ、流れてきた汗を拭う。


「すまないマリン。本当にすまない……」


 できる事なら、マリンには自由に生きてほしい。

 しかし、マリンがいなくなれば、北関東支部は機能不全に陥り、本部に吸収される事となる。


 そうすれば、天城は責任を取って辞めさせられ、これ以上本部の不正の証拠を集める事が出来なくなる。


 天城は大人の都合のため、少女を利用することに罪悪感を感じるも、どうしようもない状況に、ただ謝ることしかできなかった。

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