魔法少女は拾われる

 此処はどこだ?


 俺が死んだ公園のベンチで変身を解いて寝てたはずなのだが、いつの間にかベッドに寝かされている。


 身体を起こして周りを見渡すと、どこかの学校の制服や、机などが見える。


(アクマ?)


 …………反応がないな。恐らく、力を使った関係で寝ているのだろうか?


 どれ位寝ていたか分からないが、まだ身体の調子は悪い。

 正直、身体を起こす事すら億劫だ。


 しかし、誰ともわからない人の部屋に、長居するのはあまり良くない。

 とりあえず、逃げるとするか。


 ふらつきながらベッドから出て、部屋のドアに向かう。


 その時、ドアのノブが下がった。

 

 部屋の扉が開き、知らない少女が入ってくる。

 

「あら、目が覚めたの? 起き上がって大丈夫?」

「大丈夫です。すみませんが、これで失礼します」


 ベッドで寝ることができたのはありがたいが、誰とも分からない少女の部屋に居るのは嫌だ。

 

 軽く頭を下げて礼を言おうとすると、そのまま倒れそうになる。


 血を流しすぎたせいで、身体にうまく力が入らない。

 

「あっ! そんな状態で、どこに行こうっていうのよ。いいから寝てなさい」


 倒れる寸前に、少女に支えられ、ベッドに戻される。

 抵抗したくても、今の俺には無理だった。


「もう。公園で倒れてたから連れていたけど、家はあるの? 親は?」


 矢継ぎ早に質問されるが、何て答えたものか……。

 イニーフリューリングとしての俺が、どの様な扱いになっているかが、まだ分からない。


 逃げたとは言え、表面上は何も問題を起こしていないから大丈夫だと思うが、俺の糞運が何を呼び寄せるか分からないからな……。

 

『ただいまーっと。ちょっと色々あったから情報流しちゃうね。えい!』


 殴られたような痛みが頭に走り、情報が流れ込んでくる。


 …………うそーん。


 俺なにも悪いことしてないじゃん?


「……顔色が悪くなってきてるけど、大丈夫なの?」

 

 おっと、あまりの事態に気が動転してしまったな。

 とりあえず、本名を名乗るのは止めといた方が良さそうだ。

 まさか、指名手配されるとは思わなかった。


 名前……名前ね。

 

「大丈夫です。私は風瑠ふうると申します。ベッドに寝かせていただき、ありがとうございます」

「そうなのね。私は高橋多摩恵たまえよ。誰か連絡を取れる相手は居るの?」

「……居ません」


 一応タラゴンさんが保護者となっているが、今は連絡を取ることができない。


 何なら、魔法少女に変身するのもまずいかもしれない。


 偽名は愚者フールから取らせてもらった。


「……そうなの。何で公園に倒れていたの? 見るからに体調も悪そうだし、一体どうしたの?」

「お答えすることは出来ません。直ぐに出て行くので、気にしないで下さい」


 ふらつくが、歩けない程でもない。適当なホテルにでも泊まれば良いだろう。


 或いは、国外にで出て野宿でも良い。


「そう……話せないなら構わないから、せめて顔色が良くなるまでは休んでいてよ」


 多摩恵は起き上がろうとする俺をベッドに押しつけ、「食べ物を持ってくるから」と言い残して、部屋を出て行く。


 ――仕方ないが、ここはご厚意に甘えるとしよう。

 身体は怠いし、瞼も重い。

 この状態で戦うことになった場合、魔物はともかく、魔法少女相手に手加減している余裕は無い。

 

(それで、一体何がどうしてこうなっているんだ?)


 俺の身体の調子は置いておくとして、先ずは俺が置かれている状況を確認したい。

 曲がりなりにもSS級の魔物を倒し、一応とはいえ魔法少女を救ったのに、なぜ指名手配されているんだ?


『どうやら、魔法局のお偉いさんたちが暴走しているみたい。それに、仕方ないとは言え、私たちの力を使ったのもまずかったかな』


(どうしてだ?)


『覚醒とは異なった力を使い、SS級の魔物を圧倒したんだよ? 人間ってのは、分からないものを怖がるのが常だ。ついでに、逃げたのは仕方ないとは言え、シミュレーター室の惨状はハルナがしたことにされてるんだよね』


 何から何まで悪い方向に、話が転がっていくな……。

 体調さえ万全になればどうとでもなるし、少しだけ休むとしよう。


(これからどうする?)


『一旦休んだ後は破滅主義派のメンバーと、魔物たちを倒しながら力を蓄え、決戦に備えるって所かな。魔法局や妖精局はもう頼れないけど、妖精界に行く時は第二形態になれば大丈夫でしょ。魔力の波長は私が弄れるから、そうそう見つからないだろうしね』


 定住先が無くなっただけで、後はいつも通りと言った所だな。


(タラゴンさんや学園の奴らの反応は?)


『タラゴンは魔法局とは元々険悪だったけど、今回の件で袂を分かつ形になったね。後は……』


 アクマに流し込まれた情報と、今の話を聞くと相当大変なことになってるみたいだな。


 俺がマスティディザイアを倒してから、大体1日しか経っていないはずなんだがな……。


 ざっくり纏めれば、俺を追う勢力と静観する勢力に分かれている感じだ。

 問題なのは、下手に釈明しようと魔法局に訪れれば、そのまま身動きを取れなくなる可能性があるってことだ。


 魔法局のお偉いさんたちは俺を監禁して、自分たちの手駒にしたいらしい。

 

 しかも、捕まってから逃げた場合、指定討伐種悪落ち魔法少女として追われる身になる。


 今は疑惑を持たれている程度なので、見つけたら捕まえるだけだが、正式に指定討伐種悪落ち魔法少女となれば、全ての魔法少女を敵に回す形となる。


 今は指定討伐種(仮)と言った感じだな。

 

 妙に魔法局が暴走しているような感じだが、魔女が何かしたのだろうか?


 学園組は表面上問題無いが、魔法局の決定に不満をもっているみたいだ。

 下手なことをしない事を祈るしかない。


 俺なんかの為に、人生を棒に振るのは間違っている。


 問題は山積みだが、今は休んで体調を整えることに専念しよう。

 

『そうそう。さっきの多摩恵って子だけど、魔法少女だよ』


 …………うん?

 俺が寝ていたのは、群馬の伊勢崎にある公園だ。

 群馬は北関東にある。

 北関東に居る魔法少女は、マリンを除くと2人だけだ。


(――スターネイルか?)


『正解』


 まさかスターネイルに助けられるとは、思わなかったな。

 しかし、を見捨てたのに、俺を助けるとは、何だが面白いな。

 

(何で公園になんて来てたんだ?)

 

『えーっと……花を供えてたみたいだね』


 なるほど、罪滅ぼしの為ってわけか。

 M・D・Wの時を思うと少々ムカつくが、助けてもらったし、チャラにしてやるか。


 あそこで喧嘩してくれたおかげで、俺は魔法少女になれたんだしな。


 俺が言えたことではないが、やつれている様にも見えたな……。

 まあ、他人の事だし、深く考えなくてもいいだろう。


 アクマと情報のすり合わせをしていると、再びドアが開いて、多摩恵が入ってくる。

 

「うどんを作ってきたわ。熱いから気をつけてね」


 そこは普通お粥とかだと思うんだが、お粥よりはうどんの方が好きなので、良しとしよう。

 ベッドから降りて、テーブルの前に座る。

 

「ありがとうございます。いただきます」


 あっ、このめんつゆ俺が買ってるのと同じやつだ。

 ちょっとお高いけど、美味しいんだよな。


 俺が美味しくうどんを食べていると、多摩恵の方から、端末の呼び出し音が鳴る。

 

 音を聞いた多摩恵は急に顔が青白くなり、袋を取り出して嘔吐した。

 一体どうしたんだ?


(原因は分かるか?)


『精神的に弱ってるんじゃないかな? ハルナの件があったり、他にも色々あるみたいだし』


 ……色々とあったが、このままにしておくのは目覚めが悪いな。

 

「大丈夫ですか?」

「けほ! けほ! 大丈夫よ。少し出かけて来るから、休んでてね」


 影のある笑みを残して、多摩恵は部屋を出て行った。


 恐らく、北関東支部に向かったのだろう。


 まずはうどんを完食して、一眠りしてから考えよう。


 せめて、うどん1杯分の恩は返してやるとするか。






1






 魔法少女スターネイル。


 ブルーコレットと同期の魔法少女であり、よく喧嘩をしていたが一般人を巻き込む事件を起こしてから精神的に不安定になり、M・D・W戦以降は更に悪化していた。


 ブルーコレットとコンビを組んで戦う事が多かったが、最近は本人の望みにより、1人で戦うようになった。

 

 見るからに体調も悪く、危なげな戦いを繰り返していたので、北関東支部の局長である天城や、北関東支部所属の魔法少女のまとめ役である白橿も心配して休むように言った。


 しかし、本人は頑なに拒否していた。


「こちらスターネイル。現場に到着しました」

 

『了解しました。今回の魔物はD級が4体程となっています。付近の住人の避難は済んでいますが、建物の損害は注意してください。それでは、健闘を祈ります』


 スターネイルは通信を切り、深呼吸をする。


 ふと、偶然拾った少女の事を思い出す。


 自分が犯した罪の贖罪の為、スターネイルは週に1度、公園に花を供えに行っていた。

 偶然居合わせた一般人を実際に殺したのはブルーコレットの魔法だが、世間にはそんな事は関係なかった。


 学校は勿論、SNSツナガッターや掲示板でも叩かれ、その結果スターネイルは追い詰められていった。


 自分が悪い。悪い事をしたら償わなければならない。

 そんな思考に囚われ、徐々に衰弱していった。


 そして、血まみれの服を着た少女を見つけた。


 少女の寝ているベンチは、死んだ一般人が死ぬ直前まで座って居た物であり、事件の後に新しく置かれたものだ。

 少女の顔色はとても悪く、色の抜けている白い髪も相まって、ぱっと見では生きているのか分からなかった。


 スターネイルは不思議に思いながらも、少女を助ける事にした。

 そこには贖罪の意もあったかも知れない。

 

 だが、この出会いはきっと、スターネイルにとっては幸運だったのかも知れない。


 スターネイルは自分の武器である銃を両手に持ち、油断なく辺りを見回す。


 視界の端に黒い靄が立ち込め、ゴブリン型の魔物が現れる。


「アサルトバレット!」


 貫通力のある弾を撃ち出し、魔物を倒す。

 魔力が減ったのと、銃の反動を受けて少しふらつくが、後ろから襲い掛かって来る魔物を足で蹴り飛ばし、銃を撃つ。


 続いて2匹同時に襲い掛かって来る魔物をバックステップで避けるが、勢いを上手く殺せず、足を滑らせてしまう。


(しまった!)

 

 スターネイルは倒れながらも何とか銃を魔物に向けて、弾を発射する。

 弾は運良く魔物の頭を貫通し、全て討伐する事が出来た。

 

「はぁ、はぁ……まだ、まだ頑張らないと」

 

 少し息を切らしながらスターネイルは立ち上がり、北関東支部に連絡を入れる。


「こちらスターネイル。魔物の討伐終わりました」


『討伐お疲れ様です。また出撃命令が出るまでは休んでいて下さい…………無理はしないで下さいね』


 通信を切り、スターネイルはよろよろと歩き出した。


 多摩恵は実家に住んで居るが、既に両親は他界しており、1人で暮らして居る。

 普通の少女なら養子になる手もあるのだが、魔法少女に変身できる多摩恵は1人で生きていく事を選んだ。


 そこには両親と暮らして居た家から、離れたくないという思いもあった。


 スターネイルは助けた少女が逃げずに、ちゃんと休んでいるか少し心配になりながら家に帰る。

 

 そう言えば、誰かにご飯を作るのはいつ振りだっただろうかと、スターネイルは考える。

 作ったのは簡単なうどんだが、少女は黙々と食べていた。


 少女――風瑠は見た目にそぐわない濁った眼をしており、今にも死んでしまいそうだった。


 もしも逃げないで家に居たら、何か栄養の付く物を食べさせて上げよう。


 そう思いながら、スターネイルは家の玄関を開けるのだった。

 

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