魔法少女たちが望むもの

 イニーとマスティディザイアの戦いはイニー優勢であったが、拘束具が外れる毎に、劣勢になっていた。


 特に、左腕が解禁されてからは、一方的と言っていい状態だ。


 1度左腕が斬り落とされ、直ぐに回復をするものの、マスティディザイアにイニーの魔法が当らないようになってきた。


 マリンは拳を握り締め、イニーの戦いを真剣に見つめる。

 昨日は賑わっていた会場も、今は悲鳴や怒声しか聞こえない。


 シミュレーションを止めようと、何人かの魔法少女や妖精がシミュレーター室に向かったが、イニーたちが居るシミュレーター室には結界が張られており、誰も入ることができなかった。


 邪魔が入らないように、魔女が結界を張ったのだ。

 

 この結界はランカーですら壊す事ができず、9人の魔法少女の命運はイニーに託されることとなった。


 だが、会場に居る観客は勿論、魔法局の重鎮たちはイニーが勝てるとは思っていない。


 既に諦めムードが漂っており、死にゆく魔法少女たちを見守っているだけだ。


 そんな人たちに文句を言いたいマリンだが、そんなことをしてもイニーが助かるわけではない。

 マリンの怒気に呼応するように魔力が漏れるが、その事にマリンは気づいていなかった。


 イニーが命の息吹よ終われエンドオブアイスを唱え、束の間の休憩をする。


『……苦しい戦いとなっていますが、大丈夫でしょうか? アロンガンテさん?』


 フェイの目に映るイニーは満身創痍であり、いつ殺されてしまってもおかしくない。

 腕が切り落とされたときは悲鳴を上げてしまった。


 すぐさま魔法で治すが、その戦いぶりに、観客の何人かは気を失ったり、吐いたりもしていた。


 しかし、イニーは表情を変えずに戦い続けている。


 そんなイニーを見て、アロンガンテの握り拳から血が滴っていた。

 

 出来る事なら今すぐ助けに入りたいが、それが出来ないことは、シミュレーター室に向かったタラゴンから連絡を貰い分かっている。


 そして、魔女が去り際に言い残したこともあり、アロンガンテは実況席から出ることができない。

 

『はい。既にマスティディザイアはS級上位からSS級に近い強さとなっているでしょう。幾ら新人の中では優秀とはいえ、あれに勝てるなんて……』

 

 アロンガンテはイニーではこれが限界だと、言う事が出来なかった。

 それを言ってしまえば、終わりだと思ったからだ。


 イニーは頑張った。


 勝てるはずがない魔物に挑み、ここまでやったのだ。


 もう、休んでしまっても、誰も文句は言わないだろう。


 なのに……。


 命の息吹よ終われエンドオブアイスの破片の中からビームが薙ぎ払われ、イニーは間一髪で防ぐが、大きく吹き飛ばされた。


 何度か地面にバウンドし、地面に杖を刺して無理やり止まる。

 両脚はあらぬ方向に曲がり、腕からも骨が飛び出ていた。


「これで終わりか」

「期待していたが、所詮は新人の域を出ない、普通の魔法少女だったな」


 VIP席に集まって新魔大戦を見ていた、魔法局の重鎮たちは心無い言葉を投げかける。


 散々期待させておいて、結局負けてしまうのか。

 そんな事を思っているのだ。


 新魔大戦に出ている魔法少女の中には、魔法局の息が掛った者も居るため、出来れば死んでほしくはない。

 だが、新人が居なくなった所で、代わりは幾らでもいる。

 今回の新魔大戦での利益は無くなるが、こうなってしまえば仕方がない。


「それにしても、魔女か……どうにか取り込むことが出来れば、楓に対する切り札になり得るかもしれんな」


 魔女から端末を渡され、シミュレーターにプログラムを流し込んだ男がしれっと言う。


 魔女の言う通り、イニーが優勝する事は無くなったが、それどころではない事態となって憤慨したものの、楓が慌てる様を見て、留飲を下げた。


「だが、奴らの思想は危険なものだ。あの様な魔物や、現在シミュレーター室に張られている結界の事を考えれば、取り込むのは早計だろう」

「どちらにせよ、今はこの魔法少女が負け、新魔大戦が終わるのを待つしかなかろう。全く。死ぬならさっさと死ねばいいものを……」

 

 男たちにとっては魔法少女は資源でしかない。だが、建前としてイニーの戦いを見守る必要があるから、仕方なく見ているのだ。


 もしもこの事をアロンガンテやマリン。楓などが知れば、このVIP席は血に染まる事になるだろう。


 男たちは酒と摘まみを食べながら、時間を潰すのであった。


 



1




 イニーが吹き飛んできた地点には丁度デンドロビウムとオーランタンなどの魔法少女が逃げて居る途中であり、突如現れたボロボロなイニーに驚いた。


 足は両方ともおかしな方向に向いており、腕は見るのも嫌な状態だ。

 身体中から血を流しながらも、イニーは立とうと藻掻く。


 イニーが魔法を唱えると、怪我は治ったのだが、流れた血の跡は消えておらず、戦闘の激しさを物語っていた。


 イニーは一瞬だけデンドロビウムたちを見るが、何事もなかったように立ち上がり、歩き出そうとする。


「待って!」

「あなた大丈夫なの? そんなに血が出て」

 

 思わず、デンドロビウムとオーランタンは声を上げた。

 

 同じ魔法少女なのに、自分たちは何もする事が出来ず、逃げているだけなのに……彼女は何も言わずに、魔物の所に戻ろうとしていた。


 イニーは足を止め、振り返る。


 オーランタンはイニーの素顔を見て思わず後ずさりそうになる。

 

 怪我は確かに治っているが、綺麗だった顔は血と土に汚れてしまっていた。

 今にも倒れそうにふらつき、足元がおぼついてない。


 そして、1人でSS級の魔物に挑んでいるというのに、その眼に怯えの色はない。

 弱音も吐かず、涙も泣かさず、たった1人で魔物に挑む魔法少女。

 

 その姿に、オーランタンは恐怖したのだ。


 全てを否定するような濁った眼で見られて、オーランタンは唾を飲み込む。

 

「大丈夫ですよ。それでは」

「――待ちなさいよ! あなたはそれで良いの! 1人で戦って……私たちだって……」

「邪魔なだけですよ。デンドロビウムから聞いていませんか?」


 カリプルヌスはイニーに食って掛かるも、イニーは表情を変えない。ただ、ありのままの真実を言うだけだ。


 今のマスティディザイアに、イニー以外の9人が挑んだ所で、30秒も持たない。


 居るだけで、邪魔になるだけなのだ。

 

「だけど、あなたはそんなに血が出て、今にも倒れそうじゃない!」


 魔法で回復をしているものの、イニーがどれだけの怪我をして血を流してきたかは、ボロボロになり、赤く染まったローブを見れば分かる。


 そして、イニーの戦いを見ている観客や、アロンガンテたちは何て言葉を投げかければ良いか分からない。


 もう、分かっているのだ。


 マスティディザイアと戦えるのはイニーだけだと。


 だが、そのイニーも既に限界が近い事を。


 最悪の未来が、直ぐそこまで迫って来ている。

 

「私を助けたいと思うなら、離れて固まっていて下さい。それだけで十分です」


 されどイニーは諦めず、挑むことを止めようとしない。

 

 その姿勢は魔法少女としては模範的だろう。


 だが、その姿はあまりにも痛々しく、悲壮的なものだった。

 

「私たちだって同じ魔法少女なのに……何で、何で何も出来ないのよ……」


 オーランタンが誰に話すのでもなく、ぽつりと、言葉を漏らす。

 それは、此処に居るイニー以外の魔法少女たち全員が思っていることだろう。


 SS級の魔物に、ただの魔法少女では抗うことすらできない。

 無駄死にするだけなのだ。


 ならば、イニーの言う通り、逃げて固まって居るのが、一番迷惑が掛からない。

 

「これから強くなりなさい。奴は私1人で十分です。私が必ず倒します」

「イニーフリューリング…………ごめんなさい」


 イニーの言葉は、とても胸が締め付けられるものだった。


 イニーはこんな状態になっても、彼女たちを助ける気なのだ。

 自分が必ず勝つと、伝えたのだ。


 イニーが飛び立つ。


 その姿はまるで、救いの天使のようだった。





2





 イニーが飛び始めてしばらくすると、杖から光が溢れ、イニーに吸い込まれていく。


『あれは一体何でしょうか?』


 イニーと新魔大戦の選手のやり取りに涙を流し、今も声が震えているフェイが首をかしげる。


『分かりませんが、イニーは何も詠唱していないので、魔法とは別のものだと思いますが……』


 杖から光が消えても、イニーの様子に変化はなく、再びマスティディザイアとの戦いが始まる。


 マスティディザイアはイニーを吹き飛ばした後は追撃をせず、滞空して待っていた。

 まるで、イニー以外と戦う気は無いといった様子だ。


 アロンガンテはこれまでの戦いを見て、思った事がある。

 

 イニーが今戦っているマスティディザイアと、アロンガンテが昔倒したマスティディザイアとでは恐らく別物だと。


 間違いなく、今イニーが戦っているマスティディザイアの方が狡猾で強い。


 まだ顔の拘束具があるというのに、既にSS級の強さはあるだろう。

 ――それは、イニーでは勝つ事が出来ない強さだ。


 もし、奇跡でも起きて顔の拘束具が破壊できたとしても、瞬く間に殺されてしまうだろう。

 

 そこからのイニーの戦いは、これまでの様に勝とうとする戦い方ではなく、全力を振り絞るような戦い方だった。


 あらゆる魔法を駆使して翻弄し、一撃に賭ける。そんな感じだ。


 それでは…………。


 途中でイニーの黒い翼が消え、その隙を突いてマスティディザイアが斬撃を飛ばす。


 黒い翼が消えた事により、俊敏に動く事が出来ないイニーは避けきる事が出来ず、再び左腕を斬り落とされる。

 前回は瞬時に治したというの、今回は止血するだけで、腕を再生しない。


 もう、治すだけの魔力が無いのだろうと、観客たちは思った。


『ああ。もう駄目なのでしょうか……』

『いえ、まだです。まだ終わっていません』


 イニーは腕が無い状態で、何とか杖を構え、魔法を唱える。


 そうすると、左腕が消え、5つの魔法陣を作り出す。

 そこからマスティディザイアの四肢に向かって鎖が飛び出し、拘束する。


『身体の一部を触媒にして魔法を使ったみたいですね。拘束したみたいですが、持って数十秒でしょう』

『イニーフリューリング選手は一体何をする気なのでしょうか?』

 

 誰がどう見ても、イニーは限界だと分かる。


 顔からは血の気は失せ、今もあちこちから血が流れている。

 身体に力が入らないのか、杖も上手く握れていないのか、腕に絡めるようにして持っている。


 イニーは顔をマスティディザイアに向けず、ゆっくりと詠唱を紡ぐ。


 まるで、最後の悪あがきをするように、力なく口を動かす。


 

秩序の無いカオス・エ世界に救済をンド・ワールド


 恐らく、イニーの最後となる魔法が、会場に木霊する。


 マスティディザイアが光に飲み込まれ、ガラスが割れる様な音が響く。


 シミュレーションのフィールドが黒く塗り替えられていき、心を揺さぶるような咆哮を、マスティディザイアが上げる。


 イニーの魔法が全て消し飛び、顔の拘束具が外れたマスティディザイアが姿を現した。


 その姿は先程までと様変わりし、映像越しだと言うのに寒気を感じさせる。


 昔アロンガンテが戦ったマスティディザイアは、拘束具が外れたからと、この様な変身はしなかった。


『――何ですか、この化け物は……』


 こんなもの、人が、魔法少女が勝てるわけない。

 フェイの心中は、その様な考えで埋め尽くされる。


「イニー……どうか……お願い」


 既に勝負は決していると言って良いだろう。

 片や左腕を失い、満身創痍のイニー。

 片や無傷であり、やっと本気を出せるとばかりに咆哮を上げるマスティディザイア。


 マリンは手を合わせて、強く祈る。

 その祈りは無駄な事かもしれない。


 けれど、想いは必ず力になる。

 それが魔法少女のはずだから……。


 しかし…………。


 霞む程の速さでマスティディザイアが動きだし、イニーに迫る。


 イニーもそれに気付き、逃げようとするが、間に合わない。


 イニーの腹部に、マスティディザイアの剣が深々と刺さる。


 皆が一様に目を背け、戦いの終わりを見ないようにする。


 しかし、マリンやミカ。アロンガンテは目を背けず、戦いの最後を見届けようとする。


『ズドン!』

 

 実況席のマイクから、何かが砕ける様な音が響く。


 イニーに剣を突き刺し、笑っているマスティディザイアを見たアロンガンテがキレて、機材の一部を叩き壊したのだ。


『失礼……しました』


 怒気が伝わらないように、アロンガンテは謝罪する。

 しかし、内心では怒り狂っており、今にも怒鳴り散らしたい。


 今のマスティディザイアならば、こんな事はせずとも、大砲の一撃でイニーを殺せるはずだ。

 なのに、わざわざ剣を突き刺し、笑っているのだ。


 アロンガンテはその理由が分かって、怒りを抑えることが出来なかったのだ。


(あいつ、わざとイニーを殺さず、自分の目を見せつけたのね……悪趣味な!)


 マスティディザイアと目が合ったイニーは一瞬目を見開くが、その瞼は直ぐに閉じられる。


 恐らく、血を流し過ぎ、精神的な負荷も相まって限界が来たのだろうと、アロンガンテは考える。


 マスティディザイアは右腕の大砲を、イニーの顔に近づける。


 誰もが、これで終わりだろうと予感する。


 今更強化フォームになれたとしても、勝つことは不可能だろう。


 マリンも目を閉じ、静かに涙を流す。

 ミカも泣き崩れ、親友の死を悲しむ。


 だが、アロンガンテは最後まで目を背けず見ていた。

 だから、微かに動くイニーの口を見ることが出来た。


 砲身が光を放ち、今にも砲弾を撃ち出そうとした、その時、微かにイニーの声が会場に……アロンガンテの耳に届いた。

 





 

 

『…………解放リリース

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