魔法少女は愚者となる

 アクマはフールから能力を受け取った後、パスが繋がっていることを確認してから、ハルナが偽史郎と呼んでいる男の下に向かった。


(早く! もう、一体どこに居るんだ!)


 今は1分1秒が惜しい状態だ。時間が掛かれば掛るほど、ハルナの負担が増え、死ぬ可能性が上がる。

 そんな状態での移動時間を、もどかしく感じていた。


(――そこか!)


 アクマの視界が開け、椅子に座っている偽史郎が現れる。

 偽史郎は椅子に座った状態で、イニーが戦っている様子をモニターで見ていた。


 周りには何もなく、暗い空間が広がっている。


「来たようだね……そうか。どうやら、フールは逝ってしまったようだね」

「私に全てを託してね。フールはなぜこんなことをしたの?」


 アルカナたちの中で一番お調子者であり、ムードメーカーだったフール。

 アクマや、数名のアルカナとは仲は良くなかった。

 だが、負けたり誰かが死んだときに、彼のおかげで立ち直れた者も居た。


 フールの事が嫌いだったアクマも、フールの有能さは分かっていた。

 だが、アクマが逃げ出す前の戦いで、フールと主張の違いで喧嘩をし、そのまま別れた。


 その時の喧嘩が未だに尾を引いており、アクマはフールを許すことができないでいた。

 

「ああ。と、言うよりは全員だろうね。既に数百戦、数百年戦い続けている。そして、1度の勝利すら得られていない。まともな人間なら、どうにかなってしまうだろう」

「……残り4人しか残っていないのね」


 システム的な存在として、アルカナ達が存在していたなら、また違った結果になったかもしてない。

 だが、幸か不幸か。彼ら彼女らには人間の様に人格が与えられ、人間と一緒に暮らしてきた。

 

 その結果、情が芽生えてしまった。


 契約した魔法少女と戦い、敗れ、別れていった。

 ……耐える事ができなかったのだ。


 アクマは少しだけフールの事を思うが、彼はもう居ない。

 フールが何を思って、アクマに託したのは分からない。


 だが彼のおかげで、アクマはハルナを救うことが出来るかもしれないのだ。

 

「ここに来たってことは、気が変わったかね? 逃げ出した分際で」

「私は……私はハルナを死なせたくないだけだよ。戦い何て……もう、失うなんて嫌だから……だから、私とのパスを繋ぎ直して!」


 偽史郎はアクマの目を見据え、ため息を吐く。

 

「……次は無いぞ?」

「ハルナが死ぬ時が、私の死ぬ時だよ。もう、私は逃げない!」


 それは、アクマの決意であった。

 自暴自棄となり、偶然見つけた人間に、魔法少女としての身体を与えた。

 最後の時を最も大切だった存在と、過ごそうと考えていた。


 適当にハルナで遊び、自分の中に空いた穴を埋めようとしていた。


 だが、ハルナは戦う道を選び、アクマの思惑通りにはならなかった。

 M・D・Wの時は多少なりとも心が揺れ、結局契約を結び助けてしまった。

 軽口を叩いて魔女の事を気にしてない素振りを見せていたが、内心はいつ魔女が現れるかとヒヤヒヤしていた。

 

 それからも、アクマは色々とハルナに影響され、再び戦線に戻る事を決意した。

 

 アルカナの中で、唯一契約者と共にあるアクマが負ければ、もう偽史郎たちに次の手は残っていない。

 魔女が原初の世界を見つけ出し、その身諸共滅びるのを指をくわえて見てるしかない。


「そうか。ならば、今一度力を授けよう。どうか、希望の光となる事を願う」


 アクマの上下に魔法陣が現れ、光が溢れる。

 光が収まると、アクマの左腕の甲に悪魔の紋章が一瞬だけ浮かんだ後に消えた。


「ありがとう」

「なに、やるべきことをやっているだけだ。魔女さえ倒せれば、過程などどうでも良い」

「ふん。魔女が倒せても、を倒せないと意味がないじゃないか。それと、ハルナと変な契約をしたみたいだけど、許さないんだからね!」


 アクマはそう言い残し、ハルナの所に戻る為、ゲートを出して消えた。


 偽史郎はアクマを見送り、再び視線をモニターに戻す。

 そこにはマスティディザイアを囲むように4つの魔法陣を出し、魔法を唱えているイニーが映っていた。

 

「さて、ギリギリ間に合うかどうかと言った所だろうか。奴の目を見て、彼女が壊れなければ良いが……」


 イニーが負ければ、偽史郎が取れる手は無くなる。

 残っている3人。イブ女教皇エルメス恋人サン太陽

 既にアルカナたちには、自分の手で戦えるだけの気力は残されていない。


 力を取り戻し、フール愚者の力を取り込んだアクマとイニーがどれだけ戦えるかは、偽史郎には分からない。

 それでも、マスティディザイアに負ける事は無いだろう。


 だが、急に力を手に入れ、マスティディザイアを倒すイニーを見た者はどう思うだろうか?

 それだけが、偽史郎は心配だった。





1


 


 アクマが消えてから約4分半経過し、何とか準備は出来た。

 1回だけヘマをしてしまったが、それ以外は順調と言った所だろう。

 左腕がまた斬り落とされたが、流石に再生する余裕がなく、止血するだけで精いっぱいだった。


 だが、その左腕を触媒にすることにより、最も欲しかった時間を稼ぐに成功した。

 

 マスティディザイアの四方と上下に魔法陣を展開し、そこから鎖が出て、マスティディザイアを拘束している。

 持って1分だろうが、それだけあれば十分だ。

 

 詠唱も既に半分以上終えている。

 後はアクマが間に合うかどうかだが……。

 

「終わりなき旋律は世界に満ちる。悲しみを忘れた悪魔は反転する。憐れに踊る天使は許しを請う。抜けた羽は剣となり、咎人の前に突き刺さる。矛盾の邂逅は神を歪め、審判が下される」


 鎖に繋がれた状態のマスティディザイアを中心に、円形の魔法陣が5枚展開される。


秩序の無いカオス・エ世界に救済をンド・ワールド


 円形の魔法陣が変形し、無数の黒い魔法陣を作り出す。

 そして、光が降り注いだ。


 ふと、ガラスが割れる様な甲高い音が鳴り響いた。


 俺の魔法が消え失せ、世界が黒く染まっていく。

 恐ろしい咆哮と共に悍ましい気配が漂い、何が起きたのかを否応にも感じさせた。


 遂に顔の拘束具が外れ、マスティデザイアが本気になったのだ。

 

 ああ、戦いとは甘美なものだな。恐ろしく、身体が竦む様な咆哮と気配なのに、胸が高鳴ってしかたない。


 右腕と左腕は黒く禍々しくなり、4枚の翼が6枚に増えている。

 鎧の様なものも纏っており、さながら悪魔の騎士と言った所か。

 

 顔は見ない方が良いだろう。目が合えばどうなるか分からない。

 それに、身体の節々に違和感を感じるようになり、魔力が妙に纏まらない。

 これが、アクマがデバフと言っていたものかな。

 

『戻ったよ! ああ、もう頭の拘束具も……って、左腕はどうしたのさ!』

 

(ヘマして斬られたんだよ。回復する余裕すらないからこの有り様さ)


 ついでに、ヘマした原因は黒い翼を消したからだ。

 魔力を節約するために消したら、回避が間に合わなかったのだ。


 今回だけで2回も腕を落とされるとは思わなかった。


(それで、俺はどうすれば良い?)


『後20秒だけ待って。フールと合わせて2人分の能力があるから、ハルナ用に合わせるのにもう少し掛かるの』


 20秒か……既にまともに魔法を使う魔力は残っていない。

 今展開している”フリューゲル”も持って1分。急な動きをすれば更に縮まるだろう。


 先ずは逃げ……。


 ――マスティディザイアから距離を取ろうとすると、瞬く間に距離を詰められる。


 何とか逃げようとするも、まともに反応することが出来ない。


(チッ! 間に合わないか)


『クソ! ハルナ!』


「うっ……かは」


 マスティディザイアの左腕の剣が、俺の腹に深々と突き刺さり、口から血が溢れる。

 何とか魔法を唱えようとするも、身体の力が抜けていく。

 

 そして、視界にマスティディザイアの顔が映る。


 赤く光る眼。そして、その顔は俺をいたぶるのが楽しいのか、笑っていた。


 何かが脳に入り込むような感じがすると、古い記憶が呼び起こされる。

 

 ああ…………そう………………か。


 とても、とても懐かしい。

 忘れたくて封印していた俺の記憶。

 本当の姉である魔法少女が、違う魔法少女に殺された、あの日の思い出。


 憎しみが、怒りがふつふつと湧いてくる。

 魔物に弄ばれる人々。有り余る力を振るう魔法少女たち。

 欲に塗れた大人や、他人を顧みない妖精。


 そして、様変わりし、壊れていく世界。


 呪いましょう。怨みましょう。数多あまたの絶望の声を上げて。

 狂いましょう。踊りましょう。世界の嘆きを届けるために。

 俺の意識がに染まっていく……。

 

『良し、出来た! ハルナ! しっかりして! お願い! 私を1人にしないで……』


 ああ、アクマの声が聞こえるわ。

 あなたは今も変わらず、寂しがりやなのね……。


(アクマ。早く力を寄こしなさい。まだ……終わるわけにはいかないわ)


 マスティディザイアの大砲がの顔に照準を合わせる。


『ナンバーゼロ・愚者フール解放リリースって唱えて!』


 砲身がゆっくりと輝いていき、後数秒もしない内に砲弾が撃たれそうだ……。

 勿体ぶって溜めているのを見ると、あの時の姉の顔を思い出すわね……。

 とても……とても優しそうな顔をしていた……。

 

 ――違う。これは俺でも、私でもない…………混ざっている?

 

「ナンバーゼロ…………愚者フール…… 解放リリース


 最後の気力を振り絞り、アクマの言った通りの言葉を口に出す。


 ギリギリ右手にぶら下っていた杖が輝き、私を魔法陣が囲む。


 魔法陣にマスティディザイアの砲弾は弾かれ、同時にマスティディザイアを吹き飛ばす。

 腹に刺さっていた剣が抜け、少しだけ血が飛び散った。


 魔力が急速に回復し、左腕や傷が治っていき、意識が回復する。


 白いローブは青く染まり、マントに変わる。

 消し飛んでいたフードは、二股に分かれた帽子となり、黄色と青の2色に分かれる。


 服装も様変わりし、愚者フールと言うよりは道化クラウンと言った所だろ。

 偽の魔法少女にはお似合いの姿かもな。


 そして、木製だった杖が形を変え、2つの水晶の様な球に変わる。


 両肩の辺りに片方ずつ浮き、淡く光を放っている。


 これが俺の愚者としての力か……なるほど、素晴らしいものだな。


 ――そうか、愚者フールは俺の可能性と、アクマの意思に賭けたのか……全く、アルカナとは愚かであり、悲しいものだな。

 自我を与えられたばかりに、情など持ってしまって……。


『今のハルナだと持って2分だよ。それ以上は身体が持たないからね』


(それだけあれば十分だ)


 2つの玉を前方に出し、マスティディザイアが撃ち出すレーザーを弾く。

 それからも無数に撃たれる砲弾は、全て意味を成さない。

 

 白魔導師の時なら防ぐこともできず、即死するような攻撃が、今は御覧のありさまだ。


 この玉だけで全て防ぐことが出来る。


「選定しよう」


 球が眩い光を放ち、2つの魔法陣が現れる。


「我は愚者。愚かに踊り、笑う者。望むは果て。見出すは可能性」


 大砲による攻撃が効かないと判断したのか、マスティディザイアは剣を振りかぶって突進してくる。


 しかし、玉から出た2つの魔法陣がマスティディザイアを挟み、拘束する。


 あれほど苦戦していたと言うのに、儚いものだ……だが、これでも魔女には到底及ばないのだろう。

 

夢見た愚者は涙したフール・ザ・レクイエム

 

 片方の魔法陣から羽が、もう片方から花びらが噴き出し、マスティディザイアを覆い隠す。


 苦しいのか、マスティデザイアは咆哮を上げ、もがき苦しむ。


『オマエハナンノタメニタタカウ?』


 咆哮が頭の中に響いてくる。


 それはマスティディザイアの声だったのか、あるいは幻聴なのかは分からない。


 何の為に……ね。


「そんなものは無いさ。にはね。戦えればそれで良い」


 魔法陣が消え、羽と花が晴れると、そこには何も残っていなかった。


 黒く染まっていた景色が晴れ、愚者から白魔導師に戻る。

 そして、シミュレーションから現実に戻る。


 俺のポッドの中には夥しい量の血が溜まっていた。

 おそらく、シミュレーション中に起きたダメージがフイードバックしていたのだろう。

 全く、魔女は面倒くさい事をしてくれる。


 愚者の能力を解いたせいか、あれ程満ちていた魔力がほとんど無くなり、通常時の1割程度しか残っていない。

 そこまでもフィードバックしなくてもいいと思うが、これではまともな回復も出来ない。

 

 身体はまともに動かないし、視界も霞む。

 何とかポットの外に出ると、機材の整備などをしていた妖精は全員殺されており、誰も居ない。


 まだ他の魔法少女たちは目覚めていないようだな。


『ハルナ。辛いのは分かるけど、一旦逃げるよ』


 まあ、そうなるよな。

 元々この新魔大戦が終わったら居なくなる気だったが、そんな悠長なことも言ってられない。


 俺とマスティディザイアの戦いは世界中の人々に見られていた。

 新人が覚醒とは違う力を使い、SS級の魔物を倒したのだ。

 唯でさえ疎まれている俺だ。上の連中が何を言ってくるか分かったものではない。


 最悪、魔女の仲間と糾弾される可能性もある。


 一旦身を隠し、状況がどうなるか見極めた方が良いだろう。

 

(アクマ……頼んだ)


 場所は俺とアクマが初めて会った公園で良いだろう。

 あそこなら誰も来ないし、ベンチがある。


 多少寒いが、休むには丁度良い。


癒しよヒール


 なけなしの魔力を使って、怪我を治す。

 流石に血に染まったローブを綺麗にする余裕は無いが、仕方ない。


 俺の姿が転移によって消え始める。

 そんな時、爆音が鳴り響き、シミュレーター室の扉が吹き飛んだ。


 景色が変わる瞬間に、泣きそうなタラゴンさんの顔が、見えた気がした。

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