魔法少女は指定討伐種になる

 それは奇跡だったのだろうか?

 或るは、幻だったのだろうか?


 イニーを魔法陣が包み、腕が再生し、怪我が治っていく。


 白いローブは青く染まり、マントに変わる。


 フードの代わりに、二股に分かれた帽子を被っており、先には丸いポンポンが付いていた。

 色は青と黄色に分かれており、所々模様が描かれている。


 武器のはずの杖すら形を変え、2つの水晶に変化する。


『一体何なのでしょうか?』

『これは……覚醒では……ない? 私にも理解が出来ないですが……もしかしたら』


 魔法陣が弾け、様変わりしたイニーが姿を現す。

 それは、アロンガンテが知る覚醒とは違う、得体の知れないものだった。


 イニーの身に起きた変化を理解できる者は、この場には誰も居ない。

 

 もしも理解できる者が居るとすれば、魔女だけだろう。

 

 イニーが目を開くと、青と黄色のオッドアイが姿を現す。

 青い眼は相変わらず濁っているが、黄色い眼は未来の可能性を信じるかのように、輝いている。


 その姿は、これまでの白魔導師とは違い、道化の様だった。

 

 そして、死の淵に立っていたイニーは、復活を果たしたのだ。

 

 吹き飛ばされたマスティディザイアは態勢を立て直し、大砲をイニーに向け、凍てつくレーザーを発射する。


 杖だった水晶がイニーの前に移動すると、レーザーを全て弾く。


『あのレーザーを、全て弾いてしまいました……』

『あんな芸当、ランカーだって簡単に出来ないはずです。こんな事はあり得ない……。何が彼女を突き動かしているのでしょうか?』


 これまで目を背け、痛々しい状態のイニーを見ない様にしていた観客たちは、次々と映像を見るようになり、マスティディザイアの攻撃をもろともしないイニーに目が釘付けになる。


 あれ程苦戦していたはずなのに、今は赤子の手を捻る様に、マスティディザイアを翻弄している。


 だからだろう。どこからともなく、声が上がったのだ。


「化け物」と。


 イニーが魔法を唱えると、水晶から魔法陣が放たれ、マスティディザイアを拘束する。

 鎖で拘束していた時と違い、今のマスティディザイアは抗う事すらできない。


 魔法陣から羽と花が噴き出し、マスティディザイアを覆う。

 マスティディザイアが呻き声の様な咆哮を上げるが、直ぐに静かになる。


 魔法陣が消え、羽と花が消えると、そこには何も居なかった。


『これは……勝ったのでしょうか?』

『――ええ。イニーはマスティディザイアを退け、9人の魔法少女を救ったのです』


 それはとても喜ばしい事だろう。

 なのに、歓声は上がらない。


 いや、マリンやミカの学園組やタラゴンたちなど、イニーと関りがあった者は喜んでいる。

 しかし、それ以外の者はイニーの圧倒的な力に恐怖した。


 イニーの変化を受け入れられるほど、世の中は寛容ではなかった。

 それに、イニーの変化は覚醒とはあまりにも違いすぎていて、普通ではないと受け取られたのだ。


 そんな静まり返っている観客席とは違い、イニーの戦い振りを見ていた魔法局の重鎮の1人は大いに慌てた。

 その男は魔女に唆され、このような事態を起こす発端となった者だ。


 このまま全員死ねば、男のやった事は有耶無耶になったかも知れない。

 だが、イニーが生き残り、他の魔法少女たちも生還したとなれば、直ぐに調査が始まるだろう。

 そうすれば、男の悪行がバレる可能性がある。


 いくら魔女が大丈夫だと言っても、それを信用できるほど、男は馬鹿ではない。


 だから、このイニーの変化を悪用する事にしたのだ。


「イニーフリューリングは魔女と繋がりのある魔法少女かもしれない。よって、拘束する」


 その様なことを、さもあり得る事かの様に話したのだ。


 また、イニーの立場も悪かった。

 タラゴンの庇護下にあると言っても、どこにも属していない野良だ。


 更に日本の魔法局は一時期、イニーを取り込むため強引な方法を取っていた。

 なので、これ程まで力のあるイニーを放っておくのは、悪手だと判断した。


 しかし、ここで監禁するなど馬鹿正直に言えば、タラゴンがキレるだろうと、皆分かっている。


 なので、あくまでも事情聴取するので、イニーを連れてくるように、タラゴンに命令したのだ。


 後はイニーを1人にし、脅せば事足りると考えて。

 所詮はただの小娘だと、侮っているのだ。

 

 もしもイニーが逃げたり、タラゴンが逃がしたとしても、それはそれで手の打ちようはあるので構わない。

 勿論、命令されたタラゴンは、危うく壁に穴を開けそうになるほど怒った。

 

 だが、タラゴンもイニーの身に起きた変化については知りたい。

 タラゴンはシミュレーションで、昔アロンガンテが戦ったマスティディザイアと戦ったことがある。


 SS級の中では珍しく眷属を召喚しないマスティディザイアは、個としては強い部類に入るが、更に細かく階級を分けると、SS級下位といった所だろう。


 その時のタラゴンは、多少苦戦はしたものの倒すこと出来た。

 そう、タラゴンをしても苦戦するような相手を、完封したのだ。


 そんなイニーが、気にならないわけがない。


 しかし、シミュレーター室は未だに入ることが出来ず、タラゴンは結界に向かって魔法を飛ばす。

 その様子から、他の魔法少女や妖精たちは、近づく事が出来ず、遠巻きに見ている事しかできない。

 そんな時、突然結界が消失したのだ。


 タラゴンの操る爆発により、扉が吹き飛ぶ。

 最初に目にしたのは、血まみれのイニーだった。

 

 なぜ? と考えると共に、魔女が言っていた事を思い出す。

 シミュレーションでの死は、現実での死を意味する。


 死の一歩手前だったイニーが、無事なはずが無かったのだ。

 タラゴンは悲しそうに顔を歪め、イニーに声を掛けようとするが、イニーの姿が消えていく。


 そして、イニーが消えたことにより、部屋の惨状を知ることとなる。


 機材を操作するために居た妖精は全員殺されており、生存者は居ない。

 

 タラゴンはシミュレーターに入り、辺りを見渡す。

 モニターにはポットに入っている魔法少女たちが映し出されており、イニーが入っていたと思われるポットだけは、血によって染まっていた。


 タラゴンは、この状況は不味いと思い、他の魔法少女や妖精たちに入ってこないように指示を出そうとするが、間に合わなかった。

 

 殺されている妖精と、1人だけいない魔法少女。

 疑惑を掛けられているイニーにとって、この状況は最悪なものと言っていいだろう。


「これは……酷い。うっ!」

 

 部屋の惨状を見た魔法少女が、嘔吐し、部屋から出て行く。

 妖精たちも顔色が優れないが、部屋の中に入って、辺りを見渡す。


「イニーフリューリングはどうしましたか?」

「……」


 タラゴンは何も言う事が出来なかった。


「――もしかして」

「それは違うわ!」

「しかし、この状況でそれを信じろというのですか?」


 流れは魔法局の男が望む方向に流れていく。


 シミュレーター室の出来事は、直ぐに妖精局と魔法局に伝わり、結論が下された。


 それは……。


「イニーフリューリングの魔法少女資格を一時剝奪する。また、全魔法少女にイニーフリューリングの捕縛を要請する。もしも抵抗するようなら指定討伐種悪落ち魔法少女と判断し、生死は問わない」


 それが、妖精局と魔法局の正式見解だった。


 この事態に魔女は笑い、己の計画を進めていく。


 イニーに味方はいない。


 世界を救うために、人類を敵に回すこととなったのだ。

 

 そして、世界を更なる絶望が襲うこととなる。


 



 


 魔法少女名:イニーフリューリング

(日本)ランキング:圏外(一時剥奪)

 年齢:11歳 

 武器:杖

 能力:魔法+回復(結界内に侵入出来る能力有り)+未確認の変身能力

 討伐数

 SS以上:1

 S:11

 A:4

 B:50

 C:70 

 D:20

 E以下:0

 

 備考

 新魔大戦も1戦目で、武器無しの目隠しで戦うが、圧倒的な力で対戦相手を倒した。

 その事態を重く見た魔法局は、2日目の対戦方法を急遽変更することとなる。

 しかし、魔女を名乗る者の襲撃を受け、SS級の魔物と戦うことになるが、単独で討伐する。


 その時起きたイニーフリューリングの変化と、その後の行動から問題があると判断され、手配されることとなった。

 それに伴い、魔法少女資格が一時剥奪される。


 しかし、多くの魔法少女や一部の一般人たちは、この魔法局の判断に反発している。

 当の本人たるイニーフリューリングは、行方が分からなくなっており、本人の口で真実が語られるのを待つしかない。

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